学位論文要旨



No 118428
著者(漢字) 安田,幹
著者(英字)
著者(カナ) ヤスダ,カン
標題(和) 離散付値環上の加群の部分加群束の自己同型群について
標題(洋) On the Automorphism Group of the Submodule Lattice of a Module over Discrete Valuation Ring
報告番号 118428
報告番号 甲18428
学位授与日 2003.03.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(数理科学)
学位記番号 博数第228号
研究科 数理科学研究科
専攻 数理科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 寺田,至
 東京大学 教授 堀川,穎二
 東京大学 教授 織田,孝幸
 東京大学 教授 桂,利行
 東京大学 助教授 五味,建作
内容要旨 要旨を表示する

 οを極大イデアルpを持つ離散付値環とし,Mを長さ有限のο加群とする.すると〓と書ける.ただしλ=(λ1,λ2,...,λl)はある非負整数の分割で,〓としておく.L(M)でMのο部分加群の全体を表すことにすると,L(M)は包含関係に関してモジュラー束をなす.この束L(M)の自己同型群AutL(M)を求めることが本論文の主題である.

 ο加群Mのο自己同型群をAut(M)と書くことにする.Mのο自己同型は自然にL(M)に作用するので,自然な準同型Aut(M)→AutL(M)を得る.この準同型の像をPAut(M)と書くことにする.Mの(順序の付いた)基底e=(e1,e2,...,el)を1つ決めると,これに付随したあるAutL(M)の部分群R(e)が定まって,AutL(M)=R(e)・PAut(M),R(e)∩PAut(M)=1と分解する.

 1939年頃の一連の論文において,R.Baerは実質的に次のことを示した:λ1=λ2=λ3ならば,〓であり,かつである.ここでAutο/pλ3はο/pλ3の環自己同型群を表す.このBaerの結果は,3次元以上の有限射影幾何はある有限体上の有限ベクトル空間束と同型であることを主張する,いわゆる「有限射影幾何の基本定理」を含んでいる.

 このλ1=λ2=λ3という条件を外せば,Baerの結果が成立しないことは明らかであったが,その他のλに関して次の結果が出たのは実に約50年ぶりのことで,1988年にC.Holmesが実質的に以下を示した:ο=Zp(p進整数環)のとき,λ1=λ2,λ3=0であれば,ただし〓はwreath積を表し,連続するwreath積を指数の形で書いた.また,Holmesはλ1>λ2でλ3=0の場合にも同様の結果を得ている.

 したがって,特に残りの〓の場合に対してこれら2つの結果の間にあるギャップを埋めようと,1990年代になって,Schmidt,Holmes,Zacher,Costantiniらによって幾つかの試みがなされている.

 これらBaerの結果とHolmesの結果は,ある意味で2つの「極限」を与えていると考えることができる.すなわち,Baerの場合はAutL(M)がMのο加群という代数的な情報のみによって完全に統制される場合であり,またHolmesの場合は,その反対にL(M)の束という組合せ論的構造がMの代数的情報を遥かに上回っている状態であると捉えられる.そしてこれら2つの両極端の間には,何か新しい対象が隠れているのではないかと期待できる.さらに、その新しい対象の構造を分析すれば、それはMの代数的構造とL(M)の組合せ論的構造のハイブリッドになっていると推測される.

 本論文ではこのような視点に立ち,R(e)をοのある商集合の上の置換群として表現し,R(e)がその置換群もしくは場合によってはそれらの直積の部分群に同型となることをまず示した.この置換群は,ο上の全単射であってοの中の付値・積・差を「ある意味で」保存するようなものから引き起こされるものである。ここでいう「ある意味で」とは,λ1,λ2,λ3をパラメータに持つ条件で,λ1=λ2=人3の場合には商集合ο/pλ3上の環の構造を保つ(すなわち和と積を保存し,1を固定する)という条件に一致し,λ1とλ2の差,またλ2とλ3の差が大きくなるにつれて制約が弱くなっていくものである.

 上記の同型を示した後,この置換群の構造を分析することにより,R(e)の構造を知ることができる.大雑把に言って,R(e)はその商群として環自己同型群Autο/pλ3を含み,その核に環自己同型から「外れた」部分が現れる.但しその核の構造も,οの環構造に依るところが大きい.具体的には,R(e)の構造に関して以下の結果を得た:

 λ1>λ2=λ3とする.すると,R(e)のある正規部分群Nが存在して,となる.また,が成立する.但しここに〓はοの剰余体を表す.特に,οが有限体Fq上のWitt環の場合には,〓となる.また拡大R(e)/Nもこの場合には分裂する.

 〓とする.すると,R(e)のある部分群G,Kが存在して,さらにGの正規部分群〓が存在して,およびまた,ある群〓が存在して,ただしこのKは前出のKと同一のもので,とかける.各Qiは次の正規部分群列を持つ:ここでもしοが(形式的)1変数冪級数環の場合には,上の列は全ての点で分裂する.また,οが一般の場合でも,λ3=1であればこれはすべて分裂し,特に

 また一方で,Qiはアーベル部分群たちの積で書けることが示され,それにより特に〓の場合にはKおよびQ0がアーベル群になることが示される:〓に関しては省略するが,Q0の部分群であり,同様の記述ができる.

 G/Nや〓の拡大の様子は,οにより異なる.例えば,οが有限体上の1変数冪級数環の場合には,〓となる.οが有限体上のWitt環の場合には,G/Nは分裂する.

 最後に,剰余体が有限体Fqの場合には,R(e)も有限になるので,上の構造定理よりR(e)の位数を求めることができる:

審査要旨 要旨を表示する

 提出された論文は,離散付値環ο上の長さ有限の加群Mのο部分加群全体のなす束(そく)L(M)の自己同型群AutL(M)を記述したものである。

 οを決め,その極大イデアルをpとおくとMは〓の形に表すことができ,Mの同型類は分割λ=(λ1,λ2,...,λl)と1対1に対応する。例えばpを素数とし,οとしてp進整数環ZpをとるとMは有限アーベルp群でL(M)はその部分群束,οとしてp元体Fp上の1変数形式べき級数環Fp[[t]]をとると,MはFp上の有限次元ベクトル空間VにJordan typeがλのべき零線型変換Nを併せ考えたもの,L(M)はNの作用で安定なVの部分空間の全体である。両者はp-primary latticeの例であり組合せ論的性質を多く共有するが,AutL(M)にοからくる違いがある。οとしてFq係数Wittベクトル環W(Fq)とFq[[t]](Fqは素体と限らない有限体)をとった場合も同様である。そこで提出者は問題を一般の離散付値環(剰余体も有限体とは限らない)の上の有限の長さの加群の問題ととらえ,その部分加群束の自己同型群を研究した。

 Mのο加群としての自己同型が引き起こすAutL(M)の元全体をPAutοMと書き,AutL(M)の元のうちoei(1≦i≦l)およびο(e1+ei)(2≦i≦l)をすべて固定するもの全体をR(e)と書くとAutL(M)=PAutοM・R(e),PAutοM∩R(e)=1となる。Baer(1939,1942)の扱った最も"素直な"λ1=λ2=λ3(λ4以降もあってもよい)の場合には〓(環自己同型群)となる。これはο/pλ1の元が正確に測れる"座標軸"が3本あれば,ο(e1+ae2)(a∈ο/pλ1)のように現れる係数環の元に対し,部分加群間の束の演算を用いてο/pλ1の加法・乗法が行えることを意味する。これと対照的にο=Zpでλ3=0の〓に対するAutL(M)をHolmes(1988)が扱い,対称群の巨大な環積の形に書き表した。これは"座標軸"が2本しかない場合には束から係数環についてわかることはさまざまなiに対する(pi)を平行移動した剰余類の間の包含関係ぐらいであることを意味する。

 提出論文は中間のλ3>0の場合すべて(λ4以降もあってもよい)を扱い,R(e)の元から,完全な環自己同型とはいかないまでも環自己同型の条件を緩めた係数環の置換が取り出されることを示している。ここではλ2>λ3の場合を述べる(λ2=λ3のほうが易しい)。R(e)の元はU1={ο(ae1+e2)|a∈ο/pλ1},U2={ο(e1+ae2)|a∈o/pλ2}にそれぞれ作用し,その作用によって決まる。U1,U2は,λ1=λ2=1(L(οe1+οe2)がο/p上の射影直線)の場合になぞらえれば"射影直線"の開被覆をなす2本のアフィン直線に相当する。ただし〓であるが,U1はο/pλ1をuλ2=1+pλ2の元による乗法で写りあうという同値関係〜uλ2で割った集合になる。U1,U2への作用から(ο/pλ1)/〜uλ2の置換σとο/pλ2の置換rが引き起こされ,σ,rはそれぞれ,環自己同型の条件を環演算の復元に必要な3番目の座標軸の"精度"λ3に応じて弱めた3法則(付値法則・積法則・差法則)を満たし,1を固定する。これは単にο/pλ3に落とすと環自己同型になるという条件より強い。さらにσとrの間にはU1,U2の貼合せ部分の座標変換に相当する関係(これもλ3に応じて弱めたもの)がある。逆にこれらの条件を満たす(σ,r)から詳細な議論によりR(e)の元が構成できる。これが前半で示している「主同型定理」である。後半はこうしてR(e)が"表現"された,特別な条件を満たす(σ,r)のなす群の構造を論じている。射影〓からできる短完全系列はsplitし,R(e)はkerΛ(σ=idと組になりうるr全体)にimΛ(σとして現れうるもの全体)が半直積としてかかった群になる。rは付値を保つので,ο/pλ2\{0}の元を付値で分けるとkerΛはその各部分集合の置換群の直積に埋め込まれるが,これはkerΛの直積分解を与える。各直積因子の元は係数環の元のp進表示を用いて具体的に書き表すことができ,直積因子はο/pを積み重ねた可解群になる。直積因子の二通りの正規列から,構造が簡単になる特別な場合がそれぞれ導かれる。imΛはkerΛと似た構造をもつ群(λ3=1の場合のみその上に(ο/p)×を重ねたやはり可解な群)の上に環自己同型群Auto/pλ3が乗った構造を持つ。有限abelp群だけならCostantiniらの結果もあるが,提出者のアプローチでは一貫してοを意識したことにより環自己同型を一般化した概念を抽出することに成功し,剰余体も有限と限らない一般の場合でも見通しのよい記述を与えた。

 よって論文提出者安田幹は,博士(数理科学)の学位を受けるにふさわしい十分な資格があると認める。

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