学位論文要旨



No 118433
著者(漢字) 劉,京軍
著者(英字)
著者(カナ) リュウ,ジンジュン
標題(和) フィルタリング問題と大偏差原理
標題(洋) Filtering Problem and Large Deviations
報告番号 118433
報告番号 甲18433
学位授与日 2003.03.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(数理科学)
学位記番号 博数第233号
研究科 数理科学研究科
専攻 数理科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 楠岡,成雄
 東京大学 教授 舟木,直久
 東京大学 教授 時弘,哲治
 東京大学 助教授 吉田,朋広
 東京大学 助教授 高橋,明彦
内容要旨 要旨を表示する

 本論文では,確率論に関連する2つの話題を取りあげている.最初に,ファルタリング問題でDirichelet境界条件をもつ系過程に対する問題を考察し,その条件付き分布の密度関数の存在と滑らかさに関する十分条件を与える.次に,大偏差原理の精密評価について研究した.マルコフ連鎖とマルコフ過程に対する,それぞれ精密評価の問題を考えた.

 1.部分マリアヴァン解析のDirichelet境界条件を付きフィルタリング問題へ応用

 T>0をある有限定数,(Ω,B,P)をある完備な確率空間とする.また,(Bt,Wt)を独立なd1+d2-次元ブラウン運動とする.次で与えられるフィルタリングモデルを考える.Xt=(X0t,X1t)とYtは次の確率微分方程式の解とするただし,〓は有界で滑らかな関数とする.Vik∈C∞b(RN+1)とする,V0,V2,…,Vd1∈C∞b(RN+1,RN)はベクトル場とする.ここで,〓のようなものである.特に,a(x)=σ(x)σ(x)Tとする,a(x)は一様楕円条件を満たす(即ち〓,ただし,ε>0はある定数,IMはM-次元単位行列).とすると,σ-1(x)が存在し,有界である.

 ここで,非負値ランダム時刻rをr=inf{t>0:X0t=0}と定義する.ただし,inft∈[0,T]Xt>0の時は,r=+∞とおくことにする.また右連続フィルトレーション(gYt)は過程Ytが生成するとする,即ち〓とする.以下を仮定する〓とする.〓に対して,〓と定義する.非退化条件は以下のものである.ある正数〓とε>0を存在して,ただし,η=(η1,…,ηN).以上の設定の下で次の問題を考える.条件確率分布P(Xt∈dx,r>t|gY)に対する,密度関数の存在と滑らかさを考察する.主結果は次の定理である.

 定理1非退化条件を仮定する,ある〓可測関数p(t,x,w):(t,x,w)∈(0,∞)×(0,∞)×RN×Ω→[0,∞)が存在し,次の結論が成り立つ.

 (1)t∈(0,∞)に対して,〓は〓可測.

 (2)(t,x,w)∈(0,∞)×(0,∞)×RN×Ωに対して,P(Xt∈dx,r>t|gYt)=p(t,x,w)dx,P-a.e.が成立する.即ち,任意のB([0,∞)×RN)可測関数fに対して,E[f(Xt),r>t|gYt]=∫(0,∞)×RNf(x)p(t,x,w)dxが成立をする.

 (3)(t,x0,w)∈(0,∞)×(0,∞)×Ωに対して,〓はC∞級関数;

 (4)(t,x',w)∈(0,∞)×RN×Ωに対して,〓は連続微分可能.任意のδ∈(0,1)に対して,導関数∂x0∂αx'p(t,x0,x',w)はL2-δ(Ω)でHolder連続.i.e.(t,z',w)∈(0,∞)×RN×Ωに対して,〓はC1-関数.また,任意の〓に対して,は有限である.

 2.大偏差原理Laplace近似の精密評価

 Eはコンパクト距離空間,εはボレルσ-代数,C(E)はEからRへの連続関数全体の集合とし、一様ノルム‖f‖∞=supx∈E|f(x)|ともつバナッハ空間である.Nで非負な整数とし,Ω≡ENとする.〓に対して,Xn:Ω→EはXn(w)=w(n)が定義された.FはΩ上〓が生成するσ-代数Fhkは〓により生成される子-σ-代数である.(Ω,F,{Fn},{Xn},Px)は出発点をxとする,推移確率Π(x,dy)を持つ斉次のマルコフ連鎖.ΠはΠf(x)=∫Ef(y)Π(x,dy)と定義する.次を仮定する.

 A.1あるsuppμ=Eを持つΠ-不変測度μ∈M1(E)が存在して,正の連続関数π:E×E→(0,∞)が存在して,Π(x,dy)=π(x,y)μ(dy)を満たす.

 〓は経験測度とする,即ち,〓.仮定(A.1)から,〓大偏差定理が成り立つ,レート関数J:M1→[0,∞]は次に定義される

 A.2Φ:M(E)→Rは3回連続Frechet微分可能な関数で,Frechet微分は連続関数Φ(i)(ν;x1,…,xi),i=1,2,3に関する積分で表わせる.

 Donsker-Varadhanの定理より,任意のx∈Eに対してが成立する.KΦ≡{ν∈M1(E):Φ(ν)-J(ν)=bΦ}.とする.KΦはM1(E)上空でなくコンパクト集合である.次の仮定をする,

 A・3KΦは唯一つの元ν0をもつ.即ちKΦ={ν0}.

 任意のV∈C(E)に対して,作用素ΠVがΠVf(x)=ev(x)∫EΠ(x,dy)f(y),f∈C(E)と定義する.Feynman-Kac公式が成り立つ

 Λ(V)は次に定義されたΠVの対数スペクトル半径,〓が成り立つ.任意の〓に対して,exp(Λ(V)n)は(ΠV)nのスペクトル半径である,Λ(V)=sup{∫EV(x)ν(dx)-J(ν):ν∈M1(E)}が成立する.

 仮定A.1から,ΠVは正の核πV=eV(x)π(x,y)を持つコンパクト作用素である.Perron-Frobinus定理よって,正の関数hv∈C(E)が存在して,次が成り立つe-Λ(V)ΠVhV=hV.すべてのx∈E,n∈N,A∈Fn対して,Kolmogorov拡張定理より(Ω,F)上の確率測度族QVxを次ように定義するQVはQVxに対応するC(E)上の有界線形作用素.すなわち,QVf(x)=EQVx[f(X1)].同様にQVはμに対して,正の連続推移密度関数〓を持つことがわかる.次で不変測度ν0を持つマルコフ連鎖が構成する.Vν0=DΦ(ν0)(δx-ν0)+Φ(ν0)とする.hは唯一の正規なΠVν0の特性関数.bΦ=Λ(Vν0)とν0は(QVν0x)の不変測度である.Qは{Qx}x∈Eに対応するC(E)上の作用素.ν0はQの不変測度になり,Qはν0に関する正の密度関数q(x,y)を持つ,すべてのxに対して,n→∞の時,qn(x,y)が‖qn(x,・)-1‖∞→0指数的収束する.ただし,qn(x,y)は次のように定義される〓.g(x,y)∈C(E×E)をg(x,y)=Σ∞n=1(qn(x,y)-1)とする.すべてのf∈C(E)に対して,線形作用素〓を次のように定義する.G:C(E)→C(E)をGf(x)=∫Eg(x,y)f(y)ν0(dy),G*f(x)=∫Eg(y,x)f(y)ν0(dy),〓,Pf(x)=f(x)-∫Efdν0.

 〓と〓とする.Bは〓上内積となる.〓は〓のBに関する完備化を表す.Hは〓の双対空間とする,このとき,Hはノルム〓を持つM(E)の部分集合とみなせる.

 また,∫Efdν0=0を満たすすべてのf∈C(E)に対してである.次を仮定する

 A.4〓の固有値はすべて1より小さい.

 A.5任意のδ>0に対して,定数ε>0及び対称な連続関数Kδ:E×E→Rが存在して,関数Kδ(x,y)が〓を満たすとする.このとき,〓と定義する.R∈M1(E)ν∈M1(E),dist(R,ν0)<εdist(ν,ν0)<εに対して,が成り立つとする.

 次の結果が得られた.

 定理2A.1-A.5,を仮定する.この時,すべてのx,y∈Eに対して,

 連続な場合は第3章で考察した.

審査要旨 要旨を表示する

 本論文では、ディリクレ境界条件を持つ拡散過程を系過程とするフィルターリングの問題、及びマルコフ連鎖及びマルコフ過程に対する大偏差原理のLaplace近似の精密評価についての研究を行っている。

 (Ω,F,P)を確率空間とし、(Bt,Wt)t∈[0,∞)をd+M-次元ブラウン運動とする。Xt=(X0t,X1t),Ytを次の確率微分方程式の形とする。ただし、〓は有界で滑らかな関数、V0,V2,...,Vd1∈C∞b(R1+N,RN)とする。ここで,Vkは微分作用素〓と同一視し、R1+N上のベクトル場と考える。さらに、σは一様に非退化であると仮定する。フィルトレーション{gYt}を〓で定義する。さらに、非負値ランダム時刻rをr=inf{t>0:X0t=0}により定義する。

 P(Xt∈dx|gYt)を調べることはフィルターリングの基本的な問題である。これに対して、数理ファイナンスのデフォルトのモデルではフィルターリングモデルが提唱され、ディリクレ境界条件付きの条件付き確率P(Xt∈dx,r>t|gYt)の性質が問題となっている。

 以下、さらに次のことを仮定する。

 (仮定)〓とおき、C0={V1,...,Vd}とする。〓に対して,〓と帰納的に定義する。この時、ある正数〓とε>0が存在して,

 以上の設定の下で本論文では以下の定理が示されている。

 定理 ある〓可測関数p:(0,∞)×(0,∞)×RN×Ω→[0,∞)が存在し、次が成り立つ。

 (1)各t>0に対して,P(Xt∈dx,r>t|gYt)=p(t,x,w)dx,P-a.e.

 (2)(t,x0,w)∈(0,∞)×(0,∞)×Ωに対して,p(t,x0,・,w):RN→Rは滑らか。

 (3)(t,x',w)∈(0,∞)×RN×Ωに対して,∂αx'p(t,・,x',w):[0,∞)→Rは連続微分可能でその導関数はHolder連続。さらに、がすべてのλ∈(0,1),k,p∈(1,∞)に対して成立する。

 これまで境界条件のない場合には同様の結果があったが、境界条件のある場合は初めてで証明方法も新しい。また、数理ファイナンスヘの応用もあり、高く評価できる。

 また、マルコフ連鎖及びマルコフ過程に対する大偏差原理のLaplace近似の精密評価の研究においては、従来の2次の項に対する核型の仮定を弱め、ヒルベルト-シュミット型でも精密評価を与えることができることを示した。

 以上のように本論文は独創性のあるきわめて質の高いもので、論文提出者劉京軍は博士(数理科学)の学位を受けるにふさわしい充分な資格があると認める。

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