学位論文要旨



No 118434
著者(漢字) 伊藤,哲史
著者(英字)
著者(カナ) イトウ,テツシ
標題(和) P進一意化を持つ多様体に対するウェイト・モノドロミー予想
標題(洋) Weight-monodromy conjecture for p-adically uniformized varieties
報告番号 118434
報告番号 甲18434
学位授与日 2003.03.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(数理科学)
学位記番号 博数第234号
研究科 数理科学研究科
専攻 数理科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 斎藤,毅
 東京大学 教授 桂,利行
 東京大学 教授 織田,孝幸
 東京大学 助教授 辻,雄
 東京大学 助教授 志甫,淳
 京都大学 教授 加藤,和也
内容要旨 要旨を表示する

 ウェイト・モノドロミー予想(weight-monodromy conjecture)とは,Deligneにより1970年の国際数学者会議において提出された予想である([D1]).これは,完備離散付値体上の固有かつ滑らかな代数多様体のl進コホモロジーに定義されたモノドロミー・フィルトレーションの重み(weight)が純であるという予想として定式化されており,"Deligneによるモノドロミー・フィルトレーションの純性予想"とも呼ばれている.本論文の主結果は,Drinfeld上半空間によるp進一意化を持つ代数多様体に対し,ウェイト・モノドロミー予想が成り立つ,ということである.

 ウェイト・モノドロミー予想は,代数多様体が有限体上の曲線上の族から来ているときは,Deligne自身によってWeil予想の証明の中で解かれており([D2]),一般の正標数の場合はこれから従う.また,複素数体C上では,Hodge理論における対応物が単位円板上のHodge構造の退化の理論として研究され,Steenbrink,斎藤盛彦氏によって示されている([Sa]).Kが混標数の場合も,曲線またはアーベル多様体の場合はGrothendieckにより([SGA7-I]),曲面の場合はRapoport-Zink,de Jongらにより示されている([RZ]).また,ある種の3次元代数多様体に対する結果もある(参考論文[1]).しかし,予想の提出から30年以上経った今日でも,3次元以上では一般には未解決である.

 まず,ウェイト・モノドロミー予想について簡単に復習しよう.混標数の場合が問題なので,Kをp進体Qpの有限次拡大体とし,Fqをその剰余体とする.lをpと異なる素数とする.XをK上の固有かつ滑らかな代数多様体とすると,l進コホモロジー〓にはKの絶対Galois群〓が連続的に作用する.完全系列によって惰性群IKを定める.IKの副l部分は,によってZl(1)と同形である(πはKの素元,(1)はTate捻り).Grothendieckのモノドロミー定理により,IKのVへの作用は準巾単である.これよりIKの開部分群J⊂IKと,モノドロミー作用素と呼ばれる巾零写像N:V(1)→Vが存在し,各σ∈Jに対してp(σ)=exp(tl(σ)N)となることが分かる.NからVのモノドロミー・フィルトレーションM.が次の条件をみたす唯一のフィルトレーションとして定まる.M.は〓の作用で安定なVの増大フィルトレーションであり,十分大きなkに関してM-kV=0,MkV=V,全てのkに対してN(MkV(1))⊂Mk-2Vを満たし,さらに,これから誘導される写像Nk:GrMkV(k)→GrM-kVは同形である(GrMkV:=MkV/Mk-1V).〓の〓における像が〓となるとき,σを幾何学的Frobeniusの持ち上げという.

 予想(ウェイト・モノドロミー予想).〓を幾何学的Frobeniusの持ち上げとすると,全てのkに対して,σのGrMkVへの作用の固有値は代数的整数であり,その全ての複素共役の複素絶対値はq(k+w)/2である.

 Xが良い還元を持てば,IKのVへの作用は自明で,この予想はXのFq上への還元に関するWeil予想に他ならず,既にDeligne自身によって示されている.従って,この予想は,Xが良い還元を持たないときが本質的である.

 次に,p進一意化について説明しよう.これは,1960年代初めにTateにより創始され,Raynaud,Mumford,Mustafin,栗原氏らにより一般化・高次元化された理論である([Mu],[K]).〓をK上のd次元Drinfeld上半空間とする.これは,d次元複素球体のp進類似であり,リジッド解析空間として,射影空間PdKからすべてのK上定義された超平面を除いた"補空間"として定義される。このとき,〓にはPGLd+1(K)が自然に作用する.Γ⊂PGLd+1(K)を非自明な捩れ元を持たない離散部分群で,商PGLd+1(K)/Γがp進位相に関してコンパクトなものとすると,リジッド解析空間としての商空間"〓"はK上の滑らかな射影的代数多様体の構造を持つ.これをXΓで表す.

 以下が本論文の主結果である.

 定理(論文Theorem1.2).XΓに対してウェイト・モノドロミー予想が成立する.

 混標数の場合,特に高次元では,ウェイト・モノドロミー予想の成り立つ非自明な例はあまり知られていなかったようである.本論文により,特殊な種類の代数多様体ではあるが,そのような例が一般次元で得られたことになる.

 証明について述べよう.方針としては,Steenbrink,斎藤盛彦氏による複素数体C上のHodge理論版の証明を真似るのだが,l進コホモロジーには偏極Hodge構造の良い類似が無いことが問題となる.本論文では,この困難を,〓の形式的スキームとしてのモデル〓の特殊ファイバーを詳しく調べることで克服する.まず,形式的スキーム〓の構成法から,その特殊ファイバーの既約成分は全て互いに同形であり,それをBdとおくと,BdはFq上の射影空間PdFqの線形部分多様体に沿った具体的な爆発で得られることが分かる.これより,Bdのl進コホモロジーはQ-構造を持つ.さらに,爆発の具体的な様子や,Bd上の例外因子の組み合わせ的状況を注意深く見ることで,これらのQ-構造に対し偏極Hodge構造の類似が定義されることが分かる.すなわち,GrothendieckのHodge標準予想がBdに対して成り立つのである.さて,〓の構成法から,XΓはKの整数環OK上の半安定モデルXΓを持つ.XΓに対してRapoport-Zinkのウェイト・スペクトル系列([RZ])を適用することで,ウェイト・モノドロミー予想は,XΓの特殊ファイバーのコホモロジーのある部分空間に定義された二次形式の非退化性を示すことに帰着される.この非退化性は,Bdに関するHodge標準予想を用いることで,C上の場合と同様に示される.

 本論文で得られた結果の応用として,XΓの局所ゼータ関数を表現論的な不変量で計算することができる.Schneider-Stuhlerは,リジッド幾何学に表現論的手法を組み合わせて,Drinfeld上半空間〓およびその商空間XΓのl進コホモロジーの半単純化を計算している([SS]).この結果に,本論文で得られたXΓに対するウェイト・モノドロミー予想を組み合わせることで,l進コホモロジーの半単純化からl進コホモロジー自身が復元され,XΓの局所ゼータ関数ζ(s,XΓ)が計算できる.具体的には,以下の公式を得る(論文Theorem6.4).ここでμ(Γ)は,Γの自明な指標から誘導されたPGLd+1(K)-表現の中でのSteinberg表現の重複度であり,ある種の保型形式の空間の次元とも解釈できる表現論的な不変量である.特に,ζ(s,XΓ)は素数lの取り方によらない.また,他の応用として,ウェイト・スペクトル系列がQ-構造のみならず,lによらないZ-構造を持つことに注目することで,有限個の例外を除く殆ど全てのlに対し,XΓの有限体Fl係数のコホモロジー〓を求めることができる(論文Theorem6.7).さらに,l進コホモロジー(l≠p)に対するウェイト・スペクトル系列と,Mokraneにより構成されたp進コホモロジーに対するウェイト・スペクトル系列([Mo])を比較することで,p進コホモロジー〓からp進Hodge理論によって定義された局所ゼータ関数ζp-adic(s,XΓ)が,l進の場合と同様に,上記の公式で与えられることが示される(論文Theorem6.12).

 最後に,今後の展望について述べよう.近年目覚しい発展を遂げている数論幾何学においては,志村多様体と呼ばれる種類の代数多様体のl進コホモロジーを研究することが極めて重要である.ある種の志村多様体は,Cerednik,Drinfeld,Rapoport-Zink,Varshavskyらによってp進一意化を持つことが知られており,従って本論文の結果が適用できる.これにより,p進一意化を持つ志村多様体のl進コホモロジーの研究が進み,大域Langlands対応と局所Langlands対応の両立性の問題等([H],Problem1)に進展を与えると期待される.

 参考論文

 [1]T.Ito,Weight-monodromy conjecture for certain threefolds in mixed characteristic.

 [2]T.Ito,Stringy Hodge numbers and p-adic Hodge theory.

 [Dl]P.Deligne,Theorie de Hodge I,in Actes du Congres International des Mathematiciens(Nice,1970),Tome 1,425-430,Gauthier-Villars,Paris,1971.

 [D2]P.Deligne,La conjecture de Weil II,Inst.Hautes Etudes Sci.Publ.Math.No.52,(1980),137-252.

 [H]M.Harris,On the local Langlands correspondence,Proceedings of the International Congress of Mathematics,Beijing,2002.

 [K]A.Kurihara,Construction of p-adic unit balls and the Hirzebruch proportionality,Amer.J.Math.102(1980),no.3,565-648.

 [Mo]A.Mokrane,La suite spectrale des poids en cohomologie de Hyodo-Kato,Duke Math.J.72(1993),no.2,301-337.

 [Mu]G.A.Mustafin,Non-archimedean uniformization,Mat.Sb.(N.S.)105(147)(1978),no.2,207-237,287.

 [RZ]M.Rapoport,T.Zink,Uber die lokale Zetafunktion von Shimuravarietaten.Monodromiefiltration und verschwindende Zyklen in ungleicher Charakteristik,Invent.Math.68(1982),no.l,21-101.

 [Sa]M.Saito,Modules de Hodge polarisables,Publ.Res.Inst.Math.Sci.24(1988),no.6,849-995(1989).

 [SS]P.Schneider,U.Stuhler,The cohomology of p-adic symmetric spaces,Invent.Math.,105,(1991),no.1,47-122.

 [SGA7-I]Groupes de monodromie en geometrie algebrique.I,Lecture Notes in Math.,288,Springer,Berlin,1972.

審査要旨 要旨を表示する

 伊藤君は本論文において,weight-monodromy予想とよばれる数論幾何の基本的な未解決問題について研究し、Drinfeld上半空間によるp進一意化をもつような多様体に対し証明した。代数体上定義された代数多様体は一般に有限個の有限素点で悪い還元をもつが,そこでおこる分岐から生ずる現象は興味深くかつ難しい現象である.よい還元をもつ素点では、そこでGalois群のエタール・コホモロジーへの作用は不分岐であり,Weil予想により、よくわかるものである.悪い素点では一般に分岐がおこるが,Weil予想の拡張とも考えられるweight-monodromy予想が成り立てば,Galois群の作用がよく理解できるものとなる.特にHasse-Weil L関数の悪い因子の性質がわかるようになる.weight-monodromy予想はこのように重要な意味をもつものである.約30年前にDeligneにより定式化されて以来,C上の多様体に対するHodge理論的類似や関数体上の場合,2次元以下の場合は示されたが,混標数の場合で3次元以上の多様体については未解決である.

 この論文で、伊藤君は多様体がDrinfeld上半空間によるp進一意化をもつ場合にweight-monodromy予想を証明した.C上の多様体は,その普遍被覆空間の離散群による商として表すことができるが,p進体上の多様体についても、その類似が考えられる場合がある.これがp進一意化であり,リジッド解析多様体を使って定式化される.特にある種の志村多様体は,悪い還元をもつ素点でp進一意化をもつ.そして志村多様体のコホモロジーは保型形式にともなうl進表現の構成というLanglandsプログラムヘの応用からも重要な対象である.

 weight-monodromy予想とは次の命題である.Kをp進体とし,XをK上固有非特異な代数多様体とする.lをpとは異なる素数とする.l進エタール・コホモロジー〓はKの絶対Galois群GKの有限次元l進表現を定める.以下Xは準安定な還元をもつとする。惰性群をIで表し,〓を標準全射とし,同型〓を1つとってこれをtl:I→zlと同一視する.このとき,〓の巾零自己準同型Nでσ∈Iの作用がexp(tl(σ)N)で与えられるようなものがただ1つ存在する.〓のモノドロミー・フィルトレイションMkをΣi-j=k(KerNi+1∩ImNj)と定義する.

 weight-monodromy予想 F∈GKを幾何的Frobeniusのもちあげとすると,FのMk/Mk-1への作用の固有値は代数的整数であるが,そのすべての共役の複素絶対値はqをKの剰余体の位数とするとq(m+k)/2である.

 ΩdをK上のd次元Drinfeld上半空間とする.ΩdはK上のリジッド解析多様体であり,〓値点〓は〓から,K上定義されたすべての超平面を除いたものである.主結果は次の定理である.

 定理ΓをPGLd+1(K)のねじれのない離散部分群で,商PGLd+1(K)/Γがコンパクトなものとする.このとき商XΓ=Ωd/ΓはK上の射影非特異代数多様体であるが,このXΓについてweight-monodromy予想がなりたつ.

 証明の方針は斎藤盛彦氏によるHodge理論的類似の証明にヒントを得たものである.Hodge理論的類似では,Hodge構造の偏極から得られる正値性が証明の重要な役割をはたす.l進コホモロジーでは正値性を考えることは一般にはできない。しかしp進一意化をもつ場合には,還元の各既約成分やそれらの交わりは射影空間から出発して具体的に構成できるものであり,とくにそのl進コホモロジーは代数的サイクルの空間からなるQ構造をもちその正値性を考えることができる.これについて,Grothedieckにより定式化された標準予想の一部であるHodge標準予想やLefschetz分解が成り立っていることが確認できる.ここで考えるアンプル可逆層としてはPGLの作用で不変なものだけを考えている.これらの事実と,重さスペクトル系列をもちいたweight-monodromy予想のいいかえ,さらに盛彦氏による正値性の議論を組み合わせることにより,定理の証明がなされる.

 この論文の内容は,weight-monodromy予想という数論幾何の基本的な未解決予想を,応用上重要な多様体に対し証明した優れた業績である.よって論文提出者伊藤哲史は博士(数理科学)の学位を受けるにふさわしい充分な資格があると認める。

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