学位論文要旨



No 118435
著者(漢字) 勝良,健史
著者(英字)
著者(カナ) カツラ,タケシ
標題(和) グラフ環と同相写像C*環を共に拡張したC*環のあるクラス
標題(洋) A class of C*-algebras generalizing both graph algebras and homeomorphism C*-algebras
報告番号 118435
報告番号 甲18435
学位授与日 2003.03.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(数理科学)
学位記番号 博数第235号
研究科 数理科学研究科
専攻 数理科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 河東,泰之
 東京大学 教授 河野,俊丈
 東京大学 教授 大島,利雄
 東京大学 助教授 松本,久義
 東京大学 助教授 林,修平
 東京都立大学 名誉教授 富山,淳
内容要旨 要旨を表示する

 本論文では,位相グラフというものを定義し,それからC*環を構成する方法を提案した.位相グラフは(有向)グラフの拡張であると同時に位相力学系の拡張にもなっており,この論文で提案したC*環の構成方法はグラフ環や同相写像C*環の構成方法の自然な拡張になっている.そして,グラフ環や同相写像C*環に対して成り立つ様々な定理がこの広いクラスに対しても成り立つことを示した.これにより,グラフ環や同相写像C*環という2つの活発な分野で発展してきた技術をより多くのC*環に適用できるようになっただけでなく,今までは別々のものと思われていたグラフ環と同相写像C*環を統一的に研究することができるようになり,これら2つの分野に新たな視点を与えることができた.例えば,位相グラフからできるC*環のクラスは,帰納極限,イデアル,商をとるなどの操作に関してグラフ環や同相写像C*環のクラスよりもよくふるまう.また,この論文で考えているC*環のクラスは,グラフ環や同相写像C*環のクラスよりもかなり広く,現在K理論で分類されているC*環をほぼ全て含んでいる.よって,この論文で考えているC*環はK理論を用いたC*環の分類理論において重要な役割を担うと信じている.

 本論文の結果を述べる前にグラフ環と同相写像C*環の定義を復習しよう.コンパクト空間Xとその上の同相写像σの組Σ=(X,σ)を位相力学系という.位相力学系Σ=(X,σ)が与えられたとき,空間Xと同相写像σのどちらの情報も含んでいるC*環〓を定義することができる.このC*環を同相写像C*環といい,何十年も前から現在にいたるまで多くの研究者によって研究されてきた.1980年,CuntzとKriegerは有限{0,1}値行列AからC*環OAを構成する方法を提案した.このC*環は現在Cuntz-Krieger環と呼ばれている.有限{0,1}値行列AからMarkovシフトと呼ばれる力学系を定義することができ,Cuntz-Krieger環OAはこのMarkovシフトを調べる上で大変有効である.有限{0,1}値行列を与えることは有限グラフを与えることと同値であり,Cuntz-Krieger環の構成方法は,Fowler,Kumjian,Laca,Pask,Raeburn,Renaultらによって有限とは限らないグラフに対して拡張された.グラフは,頂点の集合E0,線分の集合E1と,各線分の始点と終点を定める写像d,r:E1→E0の4つ組E=(E0,E1,d,r)として表すことができ,グラフE=(E0,E1,d,r)のグラフ環C*(E)は,互いに直交する射影子の集合{Pv}v∈E0と部分等距離写像の集合{Se}e∈E1であって,2つの写像d,rによって定まるある関係式を満たすもので生成される普遍的なC*環として定義される.

 本論文中で位相力学系とグラフを拡張した位相グラフというものを定義した.位相グラフとは,局所コンパクト空間E0,E1,局所同相写像d:E1→E0と連続写像r:E1→E0の4つ組E=(E0,E1,d,r)のことである.E0とE1が離散空間のときは,位相グラフは普通のグラフに他ならない.また,位相力学系Σ=(X,σ)から位相グラフE=(E0,E1,d,r)がE0=E1=X,d=idx,r=σとして定まる.位相グラフE=(E0,E1,d,r)が与えられたとき,C*環O(E)をE0とE1によって定まる2つの線形空間C0(E0)とCd(E1)であって,2つの写像d,rによって定まるある関係式を満たすもので生成される普遍的なC*環として定義される.この関係式はグラフ環の定義に現れる関係式を自然に拡張したものである.よって,E0とE1が離散空間である位相グラフE=(E0,E1,d,r)によって定まるC*環O(E)はグラフ環C*(E)と等しい.また,位相グラフEが位相力学系Σ=(X,σ)から定まっているときは,C*環O(E)は同相写像C*環A(Σ)と同型になる.

 C*環O(E)はある関係式を満たす元から生成される普遍的なC*環と定義されたが,ここで重要なことはその関係式を満たす元が与えられたとき,いつそれらで生成されるC*環がO(E)と同型になるかということを決定することである。これに関し,ゲージ不変一意性定理とCuntz-Krieger一意性定理という2つの定理を証明した(Theorem6.5,Theorem7.11).ゲージ不変一意性定理とは,関係式を満たす元で生成されるC*環にゲージ作用という1次元卜一ラスの作用があるとき,そのC*環はO(E)と同型であるという定理である.また,Cuntz-Krieger一意性定理とは,位相グラフEが位相的に自由という条件を満たすときは忠実な生成元で生成されるC*環は全てO(E)と同型であるという定理である.これら2つの定理は本論文中で繰り返し使われる.

 現在のC*環の分類理論の主流は,K理論的情報を用いた分類である、そのK理論を用いたC*環の分類において,核型である,及び普遍係数定理を満たすという2つの条件が必要であるということが認識されてきた(全ての核型C*環が普遍係数定理を満たすか否かは知られていない).位相グラフEから定まるC*環O(E)は全て上記の2つの条件を満たす(Proposition8.1,Proposition8.6).それだけでなく,位相グラフEから定まるC*環O(E)のクラスは,現在K群を用いた分類が成功しているAF環,実次元0単純AT環,普遍係数定理を満たす可分単純核型純粋無限環などを含んでいる.しかも,今のところ分類が完成していない単純で射影を持たないC*環の例などを多く含んでいる.よって,このようなクラスに対する分類を押し進める上で,位相グラフから作られるC*環が重要な役割を果たすと信じている.

 C*環が与えられたとき,分類理論の観点からいってまずしなければならないことは,そのC*環のK群を計算することと,そのC*環が単純であるか否かを決定し,単純でないときは原始的か否かや,どのくらいのイデアルを持っているかを調べることである.本論文では,KK理論を用いることにより,位相グラフから作られるC*環のK群を計算する上で大変有用な6項完全系列を求めることができた(Corollary8.10).位相力学系に対して,極小,位相的に推移的という2つの概念があり,これらは同相写像C*環の単純,原始的という条件に対応している.本論文では,これらの概念を位相グラフに対して拡張し,これらが位相グラフから作られるC*環O(E)が単純,原始的になるという条件に対応していることを証明した(Theorem21.3,Theorem22.4).また,ゲージ作用で不変なO(E)のイデアルは,ある条件を満たすE0の閉集合2つの組と1対1に対応することを示した(Theorem16.22).位相グラフEが自由という条件を満たすときは,O(E)の全てのイデアルはゲージ作用で不変になるので,このときは上の1対1対応によりO(E)のイデアル構造を完全に決定することができる(Theorem20.8).これらの結果を用いて,まだまだ分かっていないことが多い非単純C*環の分類にも取り組みたいと思っている.

審査要旨 要旨を表示する

 本論文では,広いクラスのC*-環を構成する方法と,そのように構成されたC*-環の構造が研究されている.局所compact Hausdorff空間の自己同相写像から接合積と呼ばれるC*-環が構成できることは昔から知られており,位相力学系とも関連して非常に多くの研究がある.これらを同相写像C*-環と呼ぶ.一方,Cuntz-Kriegerに始まるC*-環の構成を一般化して,有向グラフからグラフ環と呼ばれるC*-環を構成する方法も近年盛んに研究されている.この二つはこれまで別々のものとして研究されてきたが,本論文ではこれらを統合した一般的な枠組みでC*-環の構成が研究されており,C*-環の構造についても多くの詳細な結果が得られている.これらを含む非常に一般的な構成もPimsnerによって提案されているが,これはあまりにも一般的過ぎて構造解析にはあまり適していない.

 上述のCuntz-Kriegerによる研究は{0,1}に成分を持つ有限行列からC*-環を構成するものであった.こうしてできるC*-環はCuntz-Krieger環と呼ばれる基本的なものであるが,この行列は有限グラフを与えているとも考えられるので,この見方に基づいて,無限グラフも含めた,一般のグラフからC*-環を作る方法が近年多くの人々によって研究されている.その構成法は,グラフによって生成元とそれらの関係式が定まっていると考え,その関係式の定めるuniversalなC*-環を考えるというものである.本論文では論文提出者は,これを一般化して,位相構造もこめた位相グラフを考え,そこから同様に生成元と関係式で定まるuniversalなC*-環を考えた.これは,上述の同相写像C*-環も特別な場合として含んでいる.

 これらのC*-環の構成を調べたいのだが,「ある関係式を満たすuniversalなC*-環」というのは定義が抽象的で,具体的な構造解析にはあまり適していない.そこで,具体的に関係式が実現されたとき,それらの元の生成するC*-環がuniversalなものに同型であることを保証するタイプの定理が非常に有用である.グラフ環や,同相写像C*-環については,そのようなタイプの定理がこれまで二種類知られている.本論文では,これら二種類の定理が位相グラフから生じるC*-環に対して一般化されている.すなわち,1次元トーラスの作用があるときの,ゲージ不変一意性定理と,グラフが「位相的に自由」と言われる条件を満たすときの,Cuntz-Krieger一意性定理である.

 C*-環の構造解析において基本的なことは,いつ単純環になるかを決定すること,また,単純でないときにもいつ原始的になるかや,どのくらいイデアルがあるかを調べることである.位相力学系については極小性,位相的な推移性という条件があり,これが対応する同相写像C*-環の単純性,原始性と同値であることがわかっている.本論文ではこれらの定理も位相グラフから生じるC*-環に対して一般化されている.また,イデアル構造についても詳しい解析が行われている.

 C*-環の分類理論について近年多くの進展があるが,本論文ではこの話題についてもさまざまな研究がなされている.まず,近年の進展から,分類理論を成功させるためには,C*-環についてnuclearityと,普遍係数定理を満たすという条件が必要であることが認識されてきている.(後者の条件は前者の条件から従うのかもしれないが,そうであるかどうかは未解決の基本的問題である.)本論文中では,位相グラフから生じるC*-環がすべてこの二つの条件を満たすことが示されている.最初に述べたPimsnerの構成では一般にnuclearityは成立しないので,この結果は,この論文での構成が不要に広すぎないと言うことを示している.この二つの条件を満たすC*-環については,完全分類が成功しているクラスと,そうでないものの両方があるが,本論文中で構成しているC*-環はこの両方にまたがっている.いずれにしろ,分類するための基本的な不変量はK-群であるが,本論文中ではそのK-群を計算するための完全列がKK-理論を用いて与えられている.

 以上の結果はC*-環論に対する重要な貢献であり,よって,論文提出者勝良健史は,博士(数理科学)の学位を受けるにふさわしい充分な資格があると認める.

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