学位論文要旨



No 118624
著者(漢字) 市原,直幸
著者(英字)
著者(カナ) イチハラ,ナオユキ
標題(和) あるクラスの確率偏微分方程式に対する均質化問題
標題(洋) Homogenization problems for a class of stochastic partial differential equations
報告番号 118624
報告番号 甲18624
学位授与日 2003.09.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(数理科学)
学位記番号 博数理第239号
研究科 数理科学研究科
専攻 数理科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 舟木,直久
 東京大学 教授 楠岡,成雄
 東京大学 教授 片岡,清臣
 東京大学 教授 俣野,博
 東京大学 教授 中村,周
 東京大学 教授 吉田,朋広
内容要旨 要旨を表示する

本論文では、空間L2 (Rd) 上に値をとる次のような確率微分方程式に対する均質化問題を考える:〓ただし、ε>0はパラメータとし、Y=(Yt)はRn上に値をとるBrown運動、Lε : H1(Rd)→H-1(Rd)は周期的な係数を持つ2階の偏微分作用素、Mε : L2(Rd)→(L2(Rd))nは一般に非線形の作用素とする。方程式(1)は通常の偏微分方程式にノイズ項の加わった方程式と考えることができる。またこの方程式は、非線形フィルタリング問題を考える際に現れるZakai方程式と呼ばれるクラスを含んでいる。我々の自的は、様々な偏微分作用素Lε, Mεに対する(1)の解pεについて、以下の2つの命題を示すことである。

(a) ε→0とするときのpεの適切な意味での収束。(b) 極限p0の満たすべき方程式の特定。一般にp0は定数係数の確率偏微分方程式〓をみたすので、(2)に現れる作用素L0, M0を具体的に決定する。本論文では命題 (a), (b) を均質化問題と呼ぶことにする。この種の問題はBensoussanによって非線形フィルタリング問題との関連で論じられた([1]参照)。[1]においてBensoussanはLε, Mεとして〓を考え、〓, (∀x∈Rd)という条件のもとで、pεのL2(0,T;L2-λ(Rd))での分布がp0の分布に弱収束することを示した。ここで係数a=(aij), g=(gi)は周期関数とし、L2-λ(Rd) (λ>0)は重みつきL2空間で、埋め込みH1(Rd)→L2-λ(Rd)がコンパクトになるようなものとする。[1]で仮定されているhεに関する条件は、hε(x)=h(x/ε)という形の周期関数を考えることができないという意味で強い仮定といえる。そこで我々は、周期関数hを係数に持つ作用素を第1章で扱う。具体的にはLε, Mεとして〓を考え、(1)の解pεが(2)の解p0に適切な意味で収束することを解析的、確率論的双方のアプローチで証明する。ただし極限(2)の係数は次のようにして決定される。まずLεから定まるd次元トーラスTd上の微分作用素A=a(y)▽y・▽y+b(y)▽y, 〓に対して次の偏微分方程式〓を考える。するとL0, M0はこれらの解を使って次のように表わされる:〓ただし記号〈・〉は〓を表わし、〈・〉ijは行列の(i,j)成分をあらわすものとする。解析的方法に関しては、(3),(4)を次の2通りの場合〓に制限して考え、それぞれの作用素を持つ確率偏微分方程式(1)の解(pε)に対して、確率変数族(mεpε)(ただしmε(x)=m(x/ε)とおいた)のC(0,T;H-1-λ(Rd))での分布が、(5)を作用素とする(2)の解p0のC(0,T;H-1-λ(Rd))上の分布に弱収束することを、無限次元空間上の確率微分方程式に対応するマルチンゲール問題の解として定式化することで証明する。([1]では作用素の具体形までは特定していない)。ここでH-1-λ(Rd)は重みつきSobolev空間で、埋め込みL2(Rd)→H-1-λ(Rd)がコンパクトになるような空間とする。作用素の扱いに関してこの方法はむしろ解析的であることに注意する。

一方確率論的証明については、作用素(3),(4)を持つ確率偏微分方程式(1)に対する均質化問題を、後ろ向き確率微分方程式を使った方法で証明する。係数にある程度の正則性を仮定すると、(1)の古典解(つまり各ωごとにxに関して2階微分可能でtに関して連続)が存在し、その解pε(t,x)は次のような前向き・後ろ向き確率微分方程式の解として表現できる(いわゆる非線形ファインマン=カッツの公式):〓ただし〓は後ろ向き伊藤積分を表すものとする。この解(Xεs(t,x),Vεs(t,x))のε→0に関する挙動を調べることでpε(t,x)に対する収束定理を証明する。

また、我々は次のようなランダムな係数を持つ作用素も考える:〓ここで係数a=(aij), h=(hκ)は、ある確率空間(Ω,F,μ)上の確率変数a=(aij), h=(hκ)と、エルゴード的シフト{Tx}x∈Rd (Tx : Ω→Ω)を使ってaij(x/ε,ω)=aij(Tx/εω), hk(x/ε,ω)=hk(Tx/εω)と表わされるような定常過程とする。このタイプのランダム項を含んだ偏微分方程式に対する均質化問題は既に詳しく調べられている。我々はこれらと類似の収束定理が確率偏微分方程式の場合も成立することを示す。即ち(1)の解pεは、作用素〓をもつ確率偏微分方程式に適切な意味で収束することを示す。ここでf=(fij)は関係式〓をみたすΩ上の確率変数である。

第2章では前章とは異なるタイプの作用素を扱う。具体的にはLε, Mεとして〓を考える。ここでZε=(Zεt)は次のRn上の確率微分方程式〓の解とする。ただしfは周期関数とし、Qは正定値の定数行列とする。係数a, んが第二成分に依存しない関数であれば、Lε, Mεは第1章で考えたものに含まれる。第2章では、(1)に対する解pεのS=C(0,T;H-1-λ(Rd))上の分布IIεが、(2)に対する解p0のS上の分布II0に弱収束することを示し、極限方程式を具体的に決定する。作用素L0, M0は、Lεと(Zεt)の生成作用素Aεから決まる(d+n)次元トーラスTd+n上の微分作用素〓(ただし2A=Q*Q)に関する微分方程式〓の解Xκ,(κ=1,…,d)を使って次のように表わせる:〓ただし記号〈・〉は〓を表わす。ランダム項Zεの影響でL0は第1章で得られたものとは異なっていることに注意する(L0の中にhの項があることからMεにも依存して決まっていることがわかる。前章ではM0はLεに依存して決まったが、L0はMεに依存せずに決まっていた)。

第3章では作用素〓を持つ確率偏微分方程式に対する均質化問題を考える。ここでυ(・)∈L2(Ω×[0,T])は与えられたYt=σ(Ys;s〓t)-適合な確率過程とする。我々の目標は第1章で考えた収束よりも強い意味での収束を示すことである。具体的にはυ(・)∈L2(Ω×[0,T])を固定するごとに決まる(1),(2)の解pε,υ, p0,υに対して収束〓を、適切な補正項p(1), p(2)をとることにより〓という形で証明する。特にこの収束はυ(・)∈L2(Ω×[0,T])のとり方によらないものであることがわかる。この事実の簡単な系として、以下のような確率制御問題の値関数に関する収束定理を示すことができる:〓ただしJεp(υ(・)) (ε>0あるいはε=0はL2(Rd)上の適当な汎関数R(・), G(・)を使って〓という形で表わせる費用関数である。この種の無限次元空間上での確率制御問題は、部分可観測の確率制御問題を考える際にしばしば現れる。

BENSOUSSAN,A., Homogenization of a class of stochastic partial differential equations, Composite media and homogeniezation theory (Trieste, 1990). Progr. Nonlinear Differential Equations Appl. 5, pp. 47-65 Birkhauser Boston, (1991)
審査要旨 要旨を表示する

微視的な分子レベルにおいて周期構造をもつような媒体内にある物質の巨視的様相を調べる問題は「均質化」とよばれる。微視的な周期構造は巨視的レベルでは激しく振動する量となって現れるが、それは巨視的スケール極限の下で適当な意味で平均化され均一化されるのである。数学的には均質化は、周期係数をもつ(例えば2階の)偏微分方程式に対する特異極限の問題として定式化され、解析的な側面あるいは確率論的な側面からこれまでに膨大な量の研究がなされてきた。周期係数は、ランダムな係数をもつ場合に自然に一般化されることが知られている。

論文提出者市原直幸は、対象とする偏微分方程式のクラスを拡張し、時間に関するホワイトノイズを係数として含むような場合、すなわち、確率偏微分方程式を考え、それに対する均質化の問題を考察した。このような方程式はランダムな係数をもつ偏微分方程式ととらえることができるが、係数に含まれるホワイトノイズは超関数であり、上記の一般化の枠組みには入らず、これまでに殆ど研究がなされていない対象であった。

市原の得た結果は、以下の4点である。

確率偏微分方程式に対する均質化問題については過去にBensoussan(1991年)による研究があるが、ホワイトノイズにかかる係数はある関数に単純に各点収束するとの仮定が必要であった。市原は、ホワイトノイズの係数が微視的レベルで周期構造をもつ場合に、非線形の場合も含めて考察した。このような場合には、均質化の影響をホワイトノイズ項についても詳しく調べる必要が生ずる。市原は、確率偏微分方程式の解が属する空間の位相を弱めることによりこの問題を解決した。より具体的に述べると、Bensoussanの仮定の下では通常の関数空間、L2-空間内で論ずることが可能であるが、それを超関数のクラスH-1-空間(重みつきソボレフ空間)において考えれば、係数が各点収束しないような場合に結果を拡張することができることを証明したのである。

上記の結果は、H-1-空間、すなわち無限次元空間上のマルチンゲール問題の解の収束として論ずることができるが、市原は他の手法として、逆向き確率微分方程式 (Backward SDE) に基づく方法についても考察した。逆向き確率微分方程式は非線形偏微分方程式に対応する確率過程を定めるためにPardouxとPengにより導入されたもので、多くの応用をもつことが知られている。係数にホワイトノイズを含まない場合の均質化問題について、逆向き確率微分方程式に基づくアプローチは最近Buckdahnらによって論じられているが、市原の結果は、それを係数にホワイトノイズが含まれるような場合にまで拡張するものである。

さらに、確率偏微分方程式の係数の中に、ホワイトノイズとは異なる確率過程が含まれるという意味で、二重にランダムな構造をもつ場合について論じた。このような確率偏微分方程式は、非線形フィルタリング問題と関連して自然に現れ、Zakai方程式とよばれている。係数に含まれる確率過程の均質化への寄与は、上記の1、2の結果と基本的に異なるものであることが示された。

最後に、確率偏微分方程式に関する本質的に非線形な均質化問題の例として、確率制御問題を取り上げた。すなわち、制御項をもつ確率偏微分方程式の族を考え、その値関数(費用関数)の均質化の下での挙動について考察した。市原が取り扱った系では、確率偏微分方程式の解は均質化の下で制御項について一様に収束することが示され、その帰結として値関数の収束が証明された。

これらはいずれも重要な結果であり、均質化問題に対する新しい視点を開くものとして大変興味深い。

以上のような理由により、論文提出者市原直幸は博士(数理科学)の学位を受けるにふさわしい充分な資格があると認める。

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