学位論文要旨



No 118625
著者(漢字) 許,斌
著者(英字)
著者(カナ) キョ,ビン
標題(和) 閉多様体上の調和解析と幾何
標題(洋) HARMONIC ANALYSIS AND GEOMETRY ON CLOSED MANIFOLDS
報告番号 118625
報告番号 甲18625
学位授与日 2003.09.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(数理科学)
学位記番号 博数理第240号
研究科 数理科学研究科
専攻 数理科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 新井,仁之
 東京大学 教授 落合,卓四郎
 東京大学 教授 谷島,賢二
 東京大学 助教授 今野,宏
 東京大学 助教授 坂井,秀隆
内容要旨 要旨を表示する

本論文は独立な二つ部分を含み,それぞれが多様体上の調和解析と幾何に関する研究である.具体的には,前者において,閉Riemann多様体上のスペクトル関数と固有関数の漸近的性質を調べた.後者において,調和写像と同境理論の閉多様体上の変換群理論への新しい応用を与えた.

まず,Riemann多様体上のスペクトル関数と固有関数に関する研究について述べる.Mnを閉Riemann多様体とし,ΔをMn上の正定値のLaplace-Beltrami作用素とする.Δの区間[0,λ2]におけるスペクトル射影作用素の積分核e(x,y,λ)をΔのスペクトル関数と言い,区間[λ2,(λ+1)2]におけるスペクトル射影作用素をχλで表す.このとき,次の重要な結果がある:(ア)(Hormander,1968)λ→∞のとき,式が成り立つ:〓(イ)(Sogge,1988)p∈[2,∞],λ→∞のとき,χλ:L2(M)→Lp(M)の作用素ノルムは次のような精確な評価をもつ:〓(ア)及び(イ)はそれぞれ,多様体上の固有値の漸近的な性質とBochner-Riesz総和問題の研究に本質的な役割を果たした.波動方程式の手法を使って,私は(ア)及び(イ)の次のような一般化を得た:(ア')Mのある十分小さい測地座標系(X,x)の下で,任意の多重指数α,βに対して,λ→∞のとき,次のような漸近式が成り立つ:〓ここに(-1)!!=1,正整数mに対して(2m-1)!!=(2m-1)(2m-3)…3・1とするα≡β(mod 2)とは任意1〓j〓nについてαj≡βj(mod 2)であるとする.(イ')p∈[2,∞],λ→∞のとき,χλ:L2(M)→Hpκ(M)(κ階微分までLp空間に入る関数の全体のなすSobolev空間)の作用素ノルムは次のような精密な評価をもつ:〓(ア)と(イ)と同じように,(ア')と(イ')も基本的な結果であるので,今後解析における様々な問題への応用が期待できる.

次に調和写像を正でない断面曲率をもつ多様体上の変換群に適用して得られた結果を紹介する.1948年にBochnerにより,負定値のRicciテンソルをもつコンパクトRiemann多様体の距離同型群が有限群であることが示された.さらに1966年にT.T.Frankelにより,正でない断面曲率かつ負定値のRicciテンソルをもつコンパクトRiemann多様体N上の恒等写像とホモトープな距離同型写像が恒等写像に他ならないことが証明された.私はNの上に効果的かつ滑らかに働くコンパクトなLie群Gを考えた.ある位相的な条件を満たすRiemann多様体Nへの調和写像の剛性(自身とホモトープな調和写像が自身に他ならないこと)を示した上で,Lie群Gは実は有限群であり,Gの中の恒等写像とホモトープな元が恒等写像に他ならないことを証明し,T.T.Frankelの結果を一般化した.さて,一時的に話をasphericalな多様体上の変換群に移す.普遍被覆空間が可縮である多様体をasphericalと言う.正でない断面曲率をもつRiemann多様体はその特例である.1970年にP.ConnerとF.Raymondは次の事実を発見した:Aをコンパクトかつasphericalな多様体とし,Aの上に効果的に働くコンパクトかつ連結なLie群がトーラス群であり,群の次元がπ1(A)の中心のランクに押さえられる.多様体A上の群作用の中のすべての元がAの恒等写像とホモトープであれば,この群作用がホモトープに自明と言う.1985年D.H.Gottlieb,K.B.LeeとM.Ozaydinは次の結果を示した:Aの上にホモトープに自明かつ効果的に働くコンパクトなLie群は可換である.Nを正でない断面曲率をもつコンパクトで実解析的なRiemann多様体とし,GをNの上にホモトープに自明,実解析的かつ効果的に働くコンパクトなLie群とする.このとき,私はある技術的な仮定の下でGottlieb-Lee-Ozaydinの結果を精密化した:Gがπ1(N)の中心のランクに等しければ,Gはトーラス群である.

もう一つ調和写像の変換群への応用として,ある多様体の対称性に対する最良な評価を与えた.Mを滑らかな多様体とし,Mの上に効果的かつ滑らかに働く全てのコンパクトなLie群の次元の上限をN(M)で表し,Mの対称度と言う.コンパクトな半単純Lie群を考えれば,Mの半単純対称度Ns(M)も定義できる.大まかな意味で,N(M)及びNs(M)は多様体Mの対称性を計る量であり,Mの位相と微分構造に強く依存する.以下の文章において,特に断らない限り,出てくる全ての多様体は滑らかで連結な閉多様体とする.FrobeniusとBirkhoffによる古典的な結果がある:任意のn次元多様体Mnに対して,N(Mn)〓<n>(<n>:=n(n+1)/2)が成り立つ.ただし等号が成立するため必要十分条件はMnがn次元標準球面Snあるいは実射影空間RPnと微分同相である.多様体Mnが適当な(微分)位相的な条件を満たすとき,その対称度が<n>より小さくなると予想される.そこで,私は次の三種類の(微分)位相的な制限の対称度への影響を調べた.

1次元コホモロジー群

1985年D.BurgheleaとR.Schultzは位相的な手法を用いて,n次元多様体Mの上にH1(M;R)の元α1,…,αnが存在して,それらのカップ積α1U…UαnがHn(M;R)で消えないとき,Ns(M)=0を示した.第1Betti数b1≠0の向き付けられたRiemann多様体Mからb1次元平坦トーラスへのMのAlbanese写像と呼ばれる標準調和写像が存在する.Albanese写像の固有の性質と調和写像の一意接続性を活用して,私は次の結果を示した:(i)多様体Mnの第一Betti数が3以上かつ次元nが5以上のとき,N(M)〓<n-2>.(ii)H1(M;R)の元α1,…,ακが存在して,それらのカップ積α1U…UακがHκ(M;R)で消えないとき,〓(iii)(ii)の仮定の下で,もしb1>κ≧3かつ次元nがκ+3以上のとき,N(M)〓<n-κ>+κ-2.明らかに(ii)はBurghelea-Schultzの結果より強い.なお,(i)-(iii)で等式が成立する例も容易に作ることができる.

正でない曲率をもつRiemann多様体上ファイバー・バンドル

1969年H.T.Ku,L.N.Mann,J.L.SicksとJ.C.Suは積多様体の対称度を調べ,次の結果を得た:N(Mn11×Mn12)〓<n1>+<n2>(n1+n2≧19),等号が成り立つ必要十分条件はM1,M2が標準球面或は実射影空間と微分同相になることである.Vを正でない断面曲率をもつ実解析的なRiemann多様体とする.1972年H.B.LawsonとS-T.YauはN(V)がπ1(V)の中心のランクに等しいことを示し,1979年R.SchoenとS-T.Yauはある位相条件をみたすVへのホモトープな調和写像の全体となす空間を特徴付けた.以下EをV上の連結なファイバーFmをもつコンパクトなファイバー・バンドルとする.彼らの結果と同境理論を用いて,私は次の結果を得た:(iv)N(E)〓<m>+N(V),Ns(E)〓Ns(Sm),N(Sm×V)=N(Sm)+N(V),Ns(Sm×V)=Ns(Sm).(v)κを1或は5以上の整数とする.ファイバーF4κを向きつけ可能で,ゼロでない符号数をもつとし,Eも向きつけ可能とする.このとき,N(E)〓4κ(κ+1)+N(V).さらに,Vが向きつけ可能であれば,N(CP2κ×V)=N(CP2κ)+N(V)=4κ(κ+1)+N(V).ここにCPnがn次元複素射影空間である.(vi)ファイバーF4がS4或はRP4と2を法とする同境でなければ,N(E)〓N(V)+8,Ns(E)〓8.特に,N(CP2×V)=N(V)+8,Ns(CP2×V)=8.(iv)-(vi)はある意味でKu-Mann-Sicks-Suの結果を精密化したと言える.さらに,(iv)-(vi)の中の等式は評価式が最良であることを主張し,等式そのものも興味深い.

正でない曲率をもつRiemann多様体上のスピン束

1970年にAtiyahとHirzebruchは指数定理で次の有名な定理を示した:ゼロでないA種数をもつスピン多様体の対称度はゼロである.Schoen-Yauの結果とスピン同境理論を用いて,私はAtiyah-Hirzebruchの定理のバンドル版を作った:(vii)FをゼロでないA種数をもつスピン多様体とし,Eもスピンとする.このとき,N(E)〓N(V), Ns(E)=0.さらに,Vがスピンであれば,等式N(V×F)=N(V)が成り立つ.Ωspin*をスピン同境環とし,Ωspin*からKO-*(point)への自然な環準同型を〓*とする.特に8q+1或は8q+2次元のスピン多様体Xの〓*による像がZ/2に入り,Xのα不変量をいう.1972年R.SchoenとS-T.Yauは,8q+1或は8q+2次元のスピン多様体Xのα不変量が消えなければ,Ns(X)=0を証明した.やはりSchoen-Yauの結果とスピン同境理論を用いて,私はLawson-Yauの定理のバンドル版を作った:(viii)Fを8q+1或は8q+2次元でゼロでないα不変量をもつスピン多様体とし,Eもスピンとする.このとき,Ns(E)=0, N(E)〓N(V)+dim F. 最後に私は対称度の応用として次の位相学的な結果を示した:(ix)Σnをスピン多様体の境界にならないn次元異種球面とし,Vをスピンとする.このとき,二つ積多様体Σn×VとSn×Vは微分同相にならない.

審査要旨 要旨を表示する

提出された論文は大きく分けて二つの部分からなる.前半は閉多様体上の調和解析に関するものであり,後半は閉多様体上の幾何,特に調和写像と同境理論の変換群理論への応用に関するものである.

前半では,n次元コンパクトリーマン多様体Mn(以下扱う多様体は境界を持たないものとする)上のラプラス・ベルトラミ作用素Δの区間[0,λ2]におけるスペクトル射影作用素の積分核e(x,y,λ)のx=yにおけるの導関数の漸近挙動について新しい結果を証明し,それを用いて区間[λ2,(λ+1)2]におけるスペクトル射影χλの精密なソボレフノルム評価を見出した.前半の結果についてはe(x,y,λ)のx=yでの漸近評価が1960年代にL.Hormanderにより得られているが,本論文ではさらに踏み込んでe(x,y,λ)の任意階の導関数の場合が証明されている.証明はcos(t√△)のwave kernelの精密な解析によっている.これは重要な進展であり,実際このことを用いて,作用素χλのLpノルム評価に関するC.Soggeの定理をソボレフ空間の場合に次のように一般化した.

定理 2〓r,λ〓;1に対して,〓ただしここでHrκ(M)はκ階のLrソボレフ空間であり,∈(r)は論文中で定義されている指数である.

Lpノルム評価と違って,ソボレフノルムの場合には評価すべき関数の導関数のLpノルム評価をする必要があるので,本論文で得られたe(x,y,λ)の導関数の評価が本質的な役割を果たすことになる.さらに本論文では,この定理の評価式がシャープであることも球面上の場合に球面調和関数に関する解析を行って示している.

論文の後半は多様体の幾何に関するものである.コンパクトリーマン多様体(M,gM),(N,gN)の間の調和写像の全体をHで表す.(N,gN)の等長変換とその単位元の連結成分をそれぞれI(N,gN),I0(N,gN)で表す.さらに(N,gN)の断面曲率が非正とする.このとき、下記の3つのことが知られていた:

事実1 Hは空集合ではない(J.Eells and J.H.Samson).

事実2 h1,h2∈Hが互いにホモトープならば、すでにHの中でホモトープである(P.Hartman).

事実3 さらに両リーマン多様体が実解析的とする.HにI0(N,gN)が左から自然に作用するが、この作用による同値類は連結成分による同値類に等しい.I0(N,gN)の次元はπ1(N)の中心のランクに等しい.

学位論文申請者は上記の事実とアルバーネゼ写像の基本的性質をもとにして、独創的なアイデアでテクニークを開発して、MがN上のファイバーバンドルであるときのI(N,gN)の次元あるいはその構造についての、興味深い結果を得た.その主なものを以下に述べる:

定理 Diff0(N)でNの微分同相写像のなす群の単位連結成分とする.GをDiff0(N)のコンパクト部分群とする.Gの次元はπ1(N)の中心のランク以下であり、等しければ、Gは連結トーラスでI0(N,gN)に同形である.Mの上に効果的かつ滑らかに働く全てのコンパクトなLie群の次元の上限をN(M)で表し,Mの対称度と言う.コンパクトな半単純Lie群を考えれば,Mの半単純対称度Ns(M)も定義できる.

定理 (i)多様体Mnの第一Betti数が3以上かつ次元nが5以上のとき,N(M)〓<n-2>(<n>:=n(n+1)/2). (ii)H1(M;R)の元α1,…,ακが存在して,それらのカップ積α1U…UακがHκ(M;R)で消えないとき,N(M)〓<n-κ>+κ,Ns(M)〓<n-κ>. (iii)(ii)の仮定の下で,もしb1>κ〓3かつ次元nがκ+3以上のとき,N(M)〓<n-κ>+κ-2. なお,(i)-(iii)で等式が成立する例も容易に作ることができる.

定理 以下MをV上の連結なファイバーFmをもつコンパクトなファイバー・バンドルとする. (iv)N(M)〓<m>+N(V), Ns(M)〓Ns(Sm), N(Sm×V)=N(Sm)+N(V), Ns(Sm×V)=Ns(Sm). (v)κを1或は5以上の整数とする.ファイバーF4κを向きつけ可能で,ゼロでない符号数をもつとし,Mも向きつけ可能とする.このとき,N(M)〓4κ(κ+1)+N(V). さらに,Vが向きつけ可能であれば,N(CP2κ×V)=N(CP2κ)+N(V)=4κ(κ+1)+N(V).ここにCPnがn次元複素射影空間である.

(vi)ファイバーF4がS4或はRP4と2を法とする同境でなければ,N(M)〓N(V)+8,Ns(M)〓8.特に,N(CP2×V)=N(V)+8,Ns(CP2×V)=8. (iv)-(vi)の中の等式は評価式が最良であることを主張し,等式そのものも興味深い.

定理 以下MをV上の連結なファイバーFmをもつコンパクトなファイバー・バンドルとする. (vii)FをゼロでないA種数をもつスピン多様体とし,Mもスピンとする.このとき,N(M)〓N(V),Ns(M)=0.さらに,Vがスピンであれば,等式N(V×F)=N(V)が成り立つ. (viii)Fを8q+1或は8q+2次元でゼロでないα不変量をもつスピン多様体とし,Mもスピンとする.このとき,Ns(M)=0,N(M)〓N(V)+dim F.(ix)Σnをスピン多様体の境界にならないn次元異種球面とし,Vをスピンとする.このとき,二つ積多様体Σn×VとSn×Vは微分同相にならない.

本論文後半における学位論文申請者の開発したテクニークの主要な部分は、(M,gM)から(N,gN)への調和写像hと準同形写像ρ:G→I(N,gN)を構成して、h(g(m))=ρ(g)h(m)(m∈M)となることを証明することにある。これをもとに次にKer(ρ)のhのファイバーへの作用の様子を分析することにより結果を証明した。

以上のように申請者は論文の前半で閉多様体上のスペクトル関数に関する深い解析をし,精密な新しい結果を得ており,また後半では独創的なアイデアにより対称度N(M),Ns(M)に関する新しい結果を得ている.よって論文提出者許斌は,博士(数理科学)の学位を受けるにふさわしい充分な資格があると認める.

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