学位論文要旨



No 118663
著者(漢字) 榊原,正人
著者(英字)
著者(カナ) サカキバラ,マサト
標題(和) 南部-ハミルトン系の超対称化及び変形量子化
標題(洋) Supersymmetrization and Deformation Quantization of Nambu-Hamilton Systems
報告番号 118663
報告番号 甲18663
学位授与日 2003.12.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第4424号
研究科 理学系研究科
専攻 物理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 国場,敦夫
 東京大学 教授 佐野,雅己
 東京大学 助教授 松尾,泰
 東京大学 教授 大塚,孝治
 東京大学 助教授 白石,潤一
内容要旨 要旨を表示する

ハミルトン系は、物理現象の幾何学的代数的描写を与え得る基本的概念である。特に古典論と量子論の対応を見る上で、興味深い哲学的、数学的示唆を我々に与える。1973年に、南部陽一郎はリウビルの定理を指導原理として、ハミルトン系の拡張を提案した。この力学系は複数のハミルトニアンと、ポアッソン括弧の拡張である南部括弧により定義される。大きな特徴として、その時間発展において相空間の体積を保存するという性質を持つ。南部は、二つの保存量を持つオイラーのコマ(ナーム方程式と等価である。)が、この力学系で記述されることを示した。古典論としての性質はよく理解されていて、タクタジャンにより微分幾何学的に整備された。さらに、超流体における渦や弦理論におけるブレーンなどの広がりを持つ物体の作用が、南部括弧積により記述される、という発見があり、多くの研究者の興味を引いている。一方、その量子化は、さまざまな手法で試されているにもかかわらず、いずれの場合も本質的な問題を含み、現在でも完全には成功していない。もし量子化が可能ならば、広がりを持つ物体が量子化されることを意味し、このことは研究の大きな動機となっている。

この論文では、まず南部-ハミルトン系の古典論における物理的、数学的性質を要約した。特にシンプレクティック幾何の拡張という視点から、その性質をまとめ、リウビルの定理の拡張が成立することを示した。また南部括弧積と広がりを持つ物体との関連をまとめ、その作用の持つ体積保存対称性が、南部括弧積を用いて書けることを見た。また、南部-ハミルトン系の量子化について。今まで試みられてきた正準量子化、経路積分による量子化などの方法をまとめ、量子化が困難な理由やその問題点を整理した。

南部-ハミルトン系が作用原理を持つという事実により、この力学系はハミルトン系と見なすことができる。ただし、特異系となり拘束条件を解く必要がある。この事実を用いて、Rn上の標準的南部括弧積が、ディラック括弧積に相当すると予想されるポアッソン括弧積を用いて書けることを示した。さらにそのポアッソン括弧積をコンセビッチの結果を用いてモイヤル括弧積に置き換えると、標準的南部括弧積の変形量子化が得らる。この量子化された南部括弧積が、基本恒等式を満たすことを示した。ただし、物理最は補助変数に陰に依存することになる。また、通常のディラックの方法を用いても、この拘束条件を解析することができることを示した。実際にディラック括弧を静的ゲージ条件のもとで計算した。特に、拘束の構造が非可換ブレーンのそれと同等になることを見た。これらの結果を用いて、演算子形式の量子化についての考察をした。南部-ハミルトン系のヒルベルト空間は、トーラス上の場の理論におけるフォック空間の部分空間となる。また演算子の満たすディラックの条件の拡張を提案した。さらに新しい行列正則化の方法も提案した。

ゴパクマー等による非可換ソリトンは、南部括弧との直接関係は持たないが、弦理論における高次元のソリトンに対応していることが知られており、間接的な関係が示唆される。また変形量子化と可積分系の関連という観点からも興味深い。非可換ソリトンはKP階層とよく似た性質を持っているが、可積分系との関係ははっきりしていなかった。そこでKP階層の解空間である佐藤グラスマン多様体と、非可換ソリトンの解空間が、ほとんど同一視できることを示した。さらに佐藤グラスマン多様体上の流れにより、非可換ソリトンも同様な流れを持つことを示し、その時間発展の方程式を得た。これはKP階層の新しい記述とも見なせる。また、その流れの意味を非可換ゲージ理論の立場から考察した。

これまで南部-ハミルトン系はボーズ粒子を含む場合のみ考えられてきた。しかし、この力学系が有用であるならば、フェルミ粒子も含む場合も考察されるべきであろう。さらに超対称性を持つ広がりを持つ物体を考える上でも、応用が期待される。フェルミ粒子を加えるためには、南部括弧積をZ2次数付きのものに拡張しなければならない。南部括弧積は一般に三つの性質で特徴づけされているため、これらをZ2次数付きのものに拡張し、それをもって定義することは自然であろう。この論文ではこの三つの性質がどのように拡張されるべきかを考察し、それにより特徴付けされる超南部括弧積を定義した。これにより、一般の超多様体上での超南部-ポアッソン代数を考えることができるようになった。南部括弧積は、その他の高次の括弧積をもつ代数L∞代数や、それと関連深いバタリン-フィルコフスキー代数との関連が長い間、示唆されていた。我々の定義した超南部括弧を用いると、その南部-ハミルトン・ベクトル場の発散を考えることにより、自然にバタリン-フィルコフスキー代数の拡張が得られることを見た。実際に、発散が拡張された性質を導出し、超南部括弧積とコジュール及びアクマンが定義した高次の括弧積との関連について述べた。

我々の定義した超南部-括弧を用いると、フェルミ自由度を持つ南部-ハミルトン系を考えることができる。まずその基本的性質を考察し、超南部-ハミルトン系のいくつかの例をあげた。またボゾンのみを含む場合と同様に、作用原理を持つことを見た。またこれらの作用原理を用いて、超南部-ハミルトン系を特異的なハミルトン系と見なし、その拘束系の構造を解析し、ディラック括弧を求めた。

審査要旨 要旨を表示する

本論文の主題は、南部-ハミルトン系の量子化と超対称化の研究である.南部-ハミルトン系とは,解析力学におけるポアソン括弧,ポアソン構造の拡張として,1973年に南部陽一郎により提案されたもので,複数のハミルトニアンを持ち,時間発展が相空間の体積を保存するという特徴をもつ力学系である.二つの保存量を持つオイラーのコマは,南部-ハミルトン力学系の古典的な例となっている.近年においてもブレーンなど拡がった物体の作用が南部括弧積により記述されるなどの発見があり,多くの研究者の興味を引いている.本論文における主な結果は三つある.第一は,標準的南部括弧積に対する量子化の処方箋の提案である.古典論としての南部-ハミルトン系は,タカタジャンらによる研究等により数学的に整備されているが,量子化については様々な手法で試みられているにも関わらず,いずれも問題を含み,現在でも完全には成功していない.論文提出者は作用原理と変形量子化を用いてヤコビ律の類似を満たす独自の量子化の処方箋を提出した.第二は,非可換ソリトンと可積分系の理論の結びつきに関する指摘である.これは南部括弧と直接には関係しない話題であるが,前者は弦理論における高次元のソリトンに対応しており,変形量子化と可積分の関連という観点から興味深い結果である.第三は,南部括弧をフェルミオンの自由度の入った系に拡張し,超南部括弧積,超南部-ハミルトン系を定式化し,その基本的な性質を明らかにしたことである.以下,各章ごとにその内容を概観する.

第1章では導入として、1973年の南部陽一郎による南部-ハミルトン系の定式化に始まる問題の背景、関連するこれまでの研究やその問題点等が議論され、本論文の動機やその位置づけ等が述べられている。

第2章ではまず南部-ハミルトン系の基本事項を概説している.シンプレクティック幾何学の拡張に相当すること,南部括弧の満たすべき公理として反対称性,ライプニッツ則,そしてヤコビ律の自然な拡張として基本恒等式があること,標準南部括弧積,オイラーのコマをはじめとする古典的な力学系の例,作用原理による定式化,正準量子化,経路積分など量子化に関する試み,その困難,問題点などに関して既知の結果がまとめられている.

第3章は本論文の最初の主結果である,標準南部括弧積の変形量子化を扱っている.南部-ハミルトン力学系は作用原理を持つことが知られている.この事実を用いてRn上の標準的南部括弧積をディラック括弧積に相当するポアソン括弧積により表した.次に後者をモイヤル括弧積におきかえることにより,標準的南部括弧積の変形量子化を提唱し,それが基本関係式を満たすことを証明した.ここで得られた量子化では,作用原理を介するため物理量が補助変数に依存し,また演算子形式による正準量子化との関係も明確にはされていない.しかしこの困難な問題の研究の現状に照らしてみれば,基本関係式を満たす量子化が提唱されたことは一定の成果といえる.

第4章では非可換ソリトンと古典可積分系の関係についての指摘を行った.非可換ソリトンとは非可換空間上のポテンシャル停留値問題についてゴパクマーらにより定式化された解のことで,モイヤル積についての射影子となるものである.ここでは古典可積分系としてよく知られた非線形波動方程式,カドモツェフーペトビアシビリ(KP)階層との関係を扱っている.KP階層の有理関数解全体のなす空間と非可換ソリトンの空間が一対一に対応し,同一視できることを示した.また,佐藤グラスマン多様体の流れが誘導する非可換ソリトンの流れを記述し,非可換ゲージ理論の観点からその意味を考察している.

第5章では南部-ハミルトン系の超対称化に関する結果を与えている.まずフェルミオンの自由度を取り入れるために,南部括弧積を特徴づける公理系をZ2次数つきのものに拡張し,力学系の枠組みとして超南部-ポアソン多様体を定式化した.これは反対称性の課し方についての技術的な議論を含んでいる.また超対称南部-ハミルトン系や超南部括弧積の明示式の具体例も与えている.応用として,南部-ハミルトン・ベクトル場の発散からバタリンーフィルコフスキー代数の拡張が得られることを示し,超南部括弧積とコスチュールによる高次括弧積との関係を明らかにした.更に超対称南部-ハミルトン系が作用原理による定式化を持つことを示し,そのディラック括弧積を導いている.

第6章は論文全般の要約と展望が述べられている.

付録には,微分幾何,スター積,非可換場の理論,ソリトン理論など,本文で必要な種々の事項についての概説がなされている.

本論文の成果は南部-ハミルトン系についての新たな知見を提供するもので,学位論文として十分な内容を持っている.

以上のことから,博士(理学)の学位を授与できると認める.

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