No | 118746 | |
著者(漢字) | 室井,芳史 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | ムロイ,ヨシフミ | |
標題(和) | 信用派生証券とオプションの価格付け問題と統計的分析 | |
標題(洋) | Pricing Problems and Statistical Analysis of Credit Derivatives and Options | |
報告番号 | 118746 | |
報告番号 | 甲18746 | |
学位授与日 | 2004.03.25 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(経済学) | |
学位記番号 | 博経第184号 | |
研究科 | 経済学研究科 | |
専攻 | 経済理論専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 本研究では、信用派生商品および経路依存型派生商品の価格付け問題について考察を行なった。今回の研究では6つの節に分けてそれぞれに研究を行なった。6つの節にはそれぞれ以下のような研究が行なわれている。 本研究では、社債オプションの計算法についての概要を解説した。クレジットデリバティブの計算法は、大きく分けて、構造モデルアプローチと誘導モデルアプローチに大別される。荒い言い方をすると、倒産時刻は企業価値があるしきい値を下回る時刻に企業倒産を起こすとしてモデリングされているのが構造モデルアプローチであり、倒産時刻がポアソン過程のジャンプのタイミングのように唐突に来るようにモデリングされているのが誘導型アプローチである。過去の先行研究では、少数の例外を除き、誘導モデルアプローチを用いた社債オプションの価格計算法に関する研究は行なわれた事がなかった。ここでは特に金利過程とハザード過程が一般の多変量アファインモデルに従う場合について、社債オプションの偏微分方程式アプローチを用いた計算法について考え、レビューとしてまとめてみた。また本研究の後半部分には、ゼロクーポン債に関するオプションのダフィー=パン=シングルトン(2000)の変数変換アプローチを用いた計算方法についても言及を行なった。この節の結果は、すべての個所について既に先行研究がある事柄のみに焦点を絞って考察を行なったのでレビューと言う位置付けにしたが、実は社債オプションを一般的な多変量アファインモデルに的を絞って研究した例は過去に存在していないので、研究論文の位置付けに限りなく近いレビュー論文になっている研究内容になっていると考えている。 Duffie, Pan and Singleton (2000)Transformation analysis and asset pricing for affine jump diffusions, Econometrica 68, 1343-1376 この節では1ファクターアファインモデルにおける誘導モデルアプローチを用いた社債アメリカンオプションの解析を行なった。ダフィ−等のファイナンスの研究者から社債アメリカンオプション等の早期行使権のついた信用派生商品の価格の解析は必要性が認識されていた。しかし、最近になるまでこのような派生商品の価格付け問題は全くと言ってよい程研究されて来なかった。それは、ジャンプがある場合の最適停止問題の解の存在証明が極めて難しかったことが理由の一つにあげられるものと思う。本研究では、まずジャロー=タンブル(1995)の結果に基づき社債価格を偏微分方程式で特徴づけた。その後、ジャンプのある確率過程の最適停止問題の存在証明を行なっい、その結果を基礎にして社債アメリカンオプションの価格を変分不等式を基礎にした特徴付けをおこなった。またオプションのヘッジ戦略等の研究も行なった。 Jarrow and Turnbull (1995)Pricing derivatives with credit risk, Journal of Finance 50, 53-86 この節では誘導モデルアプローチを基礎に、金利とハザードがかなり一般の拡散過程に従う場合に信用派生商品の価格の小分散漸近展開を用いた計算法を考察してみた。誘導モデルアプローチを用いて信用派生商品の価格を計算する際に社債の返済ルールは大きな問題になることが知られている。過去において信用派生商品の価格つけ問題においてはRMVルールとRTルールの2つのルールが用いられることが多かった。ここでは小分散漸近展開法はそのどちらにも適用可能である事を見るために、RMVルールを用いてクレジットスワップの価格の導出問題を、RTルールを用いて社債オプション価格の導出問題を研究してみた。本研究ではその両方の近似解を導出した上で数値計算も行なってみた。小分散漸近展開法とモンテカルロ法で求めた数値計算の比較を行なってみたところその近似精度は極めてよいことが分かった。 本節では複数の企業による信用リスクを考慮しなければ価格が計算できないような信用派生商品の価格計算を小分散漸近展開を用いて計算してみた。ここではそのような派生商品としてバスケット型のデフォルトスワップの価格計算を試みた。バスケット型のデフォルトスワップの価格つけ問題は京都大学の木島先生がいくつかの結果を導いているが、過去の研究では金利過程およびハザード過程がガウス過程の場合を除き具体的な計算がされた事はなかった。そこでこれらの確率過程が一般の拡散過程にしたがっている場合に複数の企業のなかで初めて倒産する企業の発行する社債による損失額を保証するスワップの価格付を小分散漸近展開を用いて近似式を求めてみた。また、更に経路依存性の強い商品についても価格の計算を行った。つまり、2度目の倒産する企業の発行する社債の損出額までを保証するバスケット型デフォルトスワップの価格の近似式の導出も行なった。 近年、数多くの経路依存型派生商品が考案され研究されてきた。ここでは代表的な経路依存型商品であるノックアウトオプションとルックバックオプションの両方の性質を兼ね備えた商品を考案し価格の計算を行った。本研究ではKunitomo=Ikeda(1992)に基づき、Levyの公式を用いて7種類のオプションの価格公式を導出した。このような商品を考案した理由としては、元来ルックバックオプションはオプションの保有者にとって最も有利な価格で行使価格を固定できる利点を持つ一方、価格が高いことが知られている。そこでルックバックオプションのノックアウト条項を付加することで価格を下げる事が出来るというメリットを持つているものと考えている。 Kunitomo=Ikeda(1992)Pricing options with curved boundaries, Mathematical Finance 2, 275-295 近年、複雑な金融派生商品が取引されている。それにともない様々な経路依存型の派生商品の理論価格の導出に関する議論がなされている。本研究では前節と同様にKunitomo=Ikeda(1992)を基礎に置き、あるしきい値を越えると価値がなくなったり、オプションとしての権利が生じるような派生商品について原証券の価格過程のボラティリティが確率的に変動するモデルにおける価格付けの方法に関する研究を行なった。今回の問題のように原証券の価格過程に2個以上のファクターがある問題において、しきい値をもつ派生商品の価格の問題を考える事は解析的が困難であり、考察が余り行なわれてこなかったように感じられる。しかし、近年、特異摂動展開を用いる方法が提案され価格計算への道が開かれた。そこで今回は上下に二つのしきい値がある派生商品の価格の導出を試みた。 | |
審査要旨 | 論文の内容: この論文は、近年の数理ファイナンス・計量ファイナンス分野において重要な研究課題となっている信用リスクに関連する派生証券やおよび経路依存型派生証券の価格評価を巡る重要な幾つかの問題について、数理的な考察と研究結果をまとめたものである。全体の内容は6つの章に分かれているが、各章ではそれぞれある程度まで独立したテーマに関する研究結果を報告している。各章の概要は次のようにまとめることができよう。 第1章では社債オプション契約の価値の評価法について、最近になりようやく理解されるようになった経緯と重要と見なされる研究の概要をまとめている。クレジット(信用)デリバティブの価値の評価では、大きく構造モデル・アプローチと誘導モデル・アプローチに分けられる。企業価値がある閾値を下回ることが初めて発生した時刻に企業倒産が生じると見なして倒産時刻の統計的モデリングを導入するのが構造モデル・アプローチであり、倒産時刻がポアソン過程のジャンプの発生時刻のように、いわば事前に予見することほとんどできず、唐突に倒産が発生するような統計的モデルを導入するのが誘導型アプローチの特徴である。これまでの先行研究では、少数の例外を除き、誘導モデルアプローチを用いた社債オプション契約の価格評価に関する研究は多くはない。本章では特に金利過程とハザード過程が一般の多変量アファインモデルに従う場合について、社債オプション契約の偏微分方程式アプローチを用いた評価法について考察し、最近の重要な研究を展望している。次にゼロ・クーポン債のオプション契約に関連してダフィー=パン=シングルトン(2000) によって導入された変数変換アプローチを用いた評価方法についても言及している。この章ではすべての議論は既に先行研究がある事柄であり、既存研究の解説になっているが、社債オプション契約を一般的な多変量アファイン・モデルに焦点を当てて研究した例はこれまであまり見かけないので興味深い幾つかの論点が指摘されており、独自な研究展望となっている。 第2章では1 ファクター・アファイン・モデルにおける誘導モデル・アプローチを用いた社債アメリカン・オプション契約の分析を行っている。ダフィ−氏などにより社債のアメリカ型オプション契約など早期行使権のついた信用派生証券価格の分析の必要性は既に認識されている。しかしながら、ここで展開している派生証券の価格付け問題は最近にいたるまで全くと言ってよい程検討されてきていない。そうした研究状況の主要な原因として、確率過程にジャンプが存在する場合においては最適停止問題の解の存在証明が極めて難しかったことを挙げることができよう。本章ではジャロー=タンブル(1995) の結果に基づき社債価格を偏微分方程式で特徴づけ、ジャンプのある確率過程の最適停止問題の存在証明を行っている。さらに、その結果をもとに社債アメリカン・オプション契約の価格について変分不等式による特徴付けを行い、オプションのヘッジ戦略についても考察している。 第3章では誘導モデル・アプローチを基礎に、金利と強度関数(ハザード関数)がかなり一般の拡散過程に従う場合に、信用派生証券価格の小分散漸近展開を用いた評価法を考察している。誘導モデル・アプローチを用いて信用派生証券の価格を評価する際には、社債の返済ルールは大きな問題になることが知られている。これまで信用派生商品の価格つけ問題においては、RMV(recovery of market value)ルールとRT(recover of treaury)ルールの2つのルールが用いられることが多い。本章では小分散漸近展開法が二つのルールのどちらにも適用可能である事を見るために、RMVルールを用いたクレジット・スワップ契約の理論価格の導出問題とRTルールを用いた社債オプション契約の理論価格の導出問題を研究している。この章ではその両方の近似解を導出した上で数値計算も行なっているが、小分散漸近展開法とモンテカルロ法で求めた数値計算によると近似精度は極めてよいことも報告している。 第4章では複数の企業による信用リスクを同時に考慮しなければ価格が評価できないような信用派生証券価格を小分散漸近展開を用いて分析している。特にこうした派生証券の重要な例として、バスケット型のデフォルト・スワップ契約の価格評価を試みている。バスケット型のデフォルト・スワップ契約の価格評価についてはいくつかの結果が知られているが、これまでの研究では金利過程および強度(ハザード)過程がガウス過程の場合を除き具体的な計算することができなかった。(例えばこうした既存の研究では金利やハザードが非負になる保証はない。)本章では確率過程が一般的な拡散過程にしたがっている場合に複数の企業のなかで初めて倒産する企業が発行する社債により損失額を保証するスワップ契約の価格評価を小分散漸近展開を用いて行っている。また、更に経路依存性の強い証券の理論価格も検討し、2 度目の倒産する企業の発行する社債の損出額までを保証するバスケット型デフォルト・スワップ契約価格の近似式の導出も行なっている。 第5章では近年、数多くの経路依存型派生証券が考案されている中で、代表的な経路依存型商品であるノックアウト・オプション契約とルックバック・オプション契約の両方の性質を兼ね備えた証券を考案しその理論価格を検討している。本研究ではKunitomo=Ikeda(1992) の研究に基づき、Levy の公式を用いて7 種類のオプションの価格公式を導出している。このような証券を考察した理由は、元来ルックバック・オプションはオプションの保有者にとって最も有利な価格で行使価格を固定できる利点を持つ一方、価格が高いことが知られているからである。ルックバック・オプションへノックアウト条項を付加することで、理論価格を下げる事が出来るという長所があることが主張されている。 第6章は第5章に続いて経路依存型の派生証券の理論価格についての検討結果を報告している。特に5章と同様にKunitomo = Ikeda(1992) を基礎に置き、ある閾値を越えると価値がなくなったり、オプションとしての権利が生じるような派生証券について、原証券の価格過程のボラティリティが確率的に変動する場合の価格評価に関する研究結果を報告している。原証券の価格過程が2 個以上のファクターに依存している時、閾値をもつ派生商品の価格の問題を考える事は解析的が困難であり、これまではほとんど考察が行なわれてこなかった。ここでは、特異摂動展開を用いる方法が応用可能であることに着目し、上下に二つの閾い値がある派生証券の理論価格についての検討結果を報告している。 講評: 本論文は室井氏が信用リスクを含む派生証券分析についてこれまで行ってきた(および現在行っている)研究をまとめたものである。数理ファイナンス・計量ファイナンスと呼ばれるようになっている研究分野では、近年、研究における数理的レベルは飛躍的に高度化している。そうした状況下で室井氏は偏微分方程式論に関する数理的研究を基礎として、信用リスクに関する新しい派生証券理論をかなりの程度まで独自に展開している。この論文における理論的考察の数理的水準は高度なものであり、これまでの研究水準をしばしばかなり超えていると判断することができる。 第二に、主要なテーマとして本論文で取りあげた信用リスクの派生証券は近年の日本の金融市場においては特に現実味のある重要なテーマであり、この論文で報告されている内容は例えば様々な金融取引や金融リスク管理への応用も考えられる。また、間接的には金融市場の設計や運営などにも関係するので、本論文における研究はきわめて時期を得た内容を多く含んでいると判断できよう。 こうした一般的な好意的コメントに加えて個々の研究結果については審査委員から次のような具体的コメントがあった。 第1章は倒産確率を含む連続確率過程を利用した信用リスクの派生証券理論に対するほどよいサーベイとなっている。特にコックス過程とその応用の観点から情報構造に関するフィルタリング変換の説明はかなり有益である。さらに欲を言えば、ここで仮定されている条件が満たさない場合や金融市場における現実妥当性についての考察が望まれよう。 第2章は信用リスクの派生証券理論が実はジャンプを含む確率過程における最適停止時刻に関する未知の問題であることを指摘し、一定の仮定の下で存在証明を行っている。この結果はかなり重要と思われるが、証明はかなりの困難性を含んでいると判断されるので、かなりの研究価値がある。むろん、この章で得られた結果のさらなる一般化や、逐次解析と呼ばれている統計学分野へのさらなる応用を期待したい。 第3章と第4章はKunitomo=Takahashi (2001, 2003) で開発した小分散漸近理論のこれまで行われたことがない問題への応用である。小分散理論が信用リスクの派生証券分析に有効に応用できることが示されていることは興味深い。 第5章と第6章ではより一般的な派生証券理論に関する研究を展開しているが、特に派生証券が時間に依存する両側境界条件を持つ場合を検討している。こうした状況ではこれまでの研究では技術的困難性から原資産価格が幾何ブラウン運動にしたがうような比較的単純な連続確率過程の場合にのみしか研究が行われていなかった。また第6章では特異摂動展開と呼ばれる偏微分方程式論における展開と関連づけて研究している意味ではかなりオリジナルな内容を含んでいるとみることができよう。 ところで、本論文の後半の章、特に第5章や6章での展開が第3章と第4章での議論とどのように関わるかはあまりはっきりしていない印象であることをある審査員は指摘した。この種の問題も今後に著者に取り組んでほしいかなり重要な問題であると考えられる。また、本論文で展開しているデフォルト・リスクの派生証券についての理論的考察が、金融市場において実際に観察されるデータの変動においては、どの程度まで符合するのか否かは必ずしも明らかにされていない。すなわち、本論文で得られた理論的結果を巡る実証的考察も今後の大きな検討課題であろう。 論文審査の結論: 以上の講評では室井氏の論文の各章における分析について、審査委員が気がついた細かな点や今後の研究課題などについて重要と思われる事項を指摘した。むろん、本論文の全体的な内容そのものはオリジナルな内容が多く含まれているだけにとどまらず、既に完成度も高く、本研究科が要求する課程博士論文の基準を十分に満たしていると考えられる。したがって、この審査委員会は、この論文は博士(経済学)の学位を授与するにふさわしいと全員一致で判断した。 | |
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