学位論文要旨



No 119394
著者(漢字) 瀬月内,健一
著者(英字)
著者(カナ) セツキナイ,ケンイチ
標題(和) 活性酸素種を種選択的に検出可能な蛍光プローブの開発とその生物応用
標題(洋)
報告番号 119394
報告番号 甲19394
学位授与日 2004.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 博薬第1055号
研究科 薬学系研究科
専攻 分子薬学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 長野,哲雄
 東京大学 教授 大和田,智彦
 東京大学 教授 福山,透
 東京大学 教授 新井,洋由
 東京大学 教授 一條,秀憲
内容要旨 要旨を表示する

<序論>

活性酸素種(ROS)は炎症、老化、動脈硬化といった各種疾患や情報伝達系への関与が示唆されており注目を集めている小分子群である。ROS の生体内での役割を明らかにするためにESR法、吸光法、蛍光法、化学発光法等種々の検出法が開発されてきた。この中でも蛍光法は感度良く検出できる、蛍光顕微鏡の普及により実験が簡便に行えるといった理由によりよく用いられる優れた検出法である。そのため、2',7'-dichlorodihydrofluorescein(DCFH)をはじめとするROS蛍光プローブがこれまでに数種開発されてきた。しかしながら、これら既存のROS 蛍光プローブはROS 間での選択性がない、光による自動酸化に対して極めて弱いという致命的な問題点を抱えており実用性に乏しかった。そのため、これらの問題点を克服した新規ROS 蛍光プローブの開発が待ち望まれていた。

私は上記問題点を克服した蛍光プローブの開発を目指した研究を行い、二種の新規ROS 蛍光プローブHPF、APF の開発に成功した。また、これらを用いて抗酸化酵素catalase(CAT)がO2?の酸化力を強くすることにより酸化ストレスを増悪させることを初めて見出した。以下順にこれらを述べていく。

<新規ROS 蛍光プローブHPF、APF の開発>

ある分子を選択的に検出する蛍光プローブを開発するためには、その分子と選択的に起こる化学反応の前後で蛍光特性が大きく変わるようにデザインする必要がある。私は、蛍光物質fluorescein の6'-位のphenol 性水酸基を電子密度の高いphenyl 基で保護することにより蛍光量子収率を大きく下げることができることを見出した。そこで、この6'-O-arylfluorescein の蛍光特性とROS の中でも?OH やperoxidase 酸化活性種等の酸化力の強いROS(hROS)でのみ進行し、O2?H2O2 のようなその他のROS では進行しないaryloxyphenol 類のipso 置換反応の二点を組み合わせて新規ROS 蛍光プローブHPF、APF をデザイン、合成した(Figure 1)。HPF、APF はfluoresceinの6'-位の水酸基が電子密度の高いhydroxyphenyl 基、aminophenyl 基で保護されているのでほぼ無蛍光であるが、hROS 選択的に置換phenyl 基が脱保護され、強い蛍光を有するfluorescein を生成することを検出原理としている。HPF、APF はそれぞれ4-iodophenol、4-fluoronitrobenzene を出発物質として3 steps、2steps で合成した。

<HPF、APF のROS との反応性及び光による自動酸化のされやすさに関する検討>

最初にHPF、APF のROS との反応性を最も広く用いられている既存のROS 蛍光プローブDCFHと比較した(Table 1)。その結果、DCFH は全てのROS に対して反応性を有するのに対して、HPFでは?OH、ONOO?と、APF では?OH、ONOO?、?OCl と反して蛍光強度が増大したが、その他のROS では蛍光強度が変わらなかった。従って、HPF、APF はROS 間での選択性に欠けるという既存のROS蛍光プローブの問題点を克服していた。さらに、HPF とAPFを併用することにより?OCl を選択的に検出可能であることがわかった。

また、DCFH では光により容易に自動酸化され顕著な蛍光増大が起こったが、HPF、APF では全く蛍光増大が起こらなかった(Table 1)。さらに、HPF もしくはDCFH-DA をload したHLE 細胞に励起光を10 秒間照射したところ、DCFH-DA をload した細胞では顕著な蛍光増大が起こったが、HPF をload した細胞では蛍光強度は変わらなかった。従って、HPF、APF は光による自動酸化に対して弱いという既存のROS 蛍光プローブの問題点を克服しており、高い信頼性をもってhROS を検出できるROS 蛍光プローブであることが示された。

<HPF、APF の好中球への適用>

好中球は体内に侵入した細菌を殺菌する際に重要な役割を果たしている。好中球内にはmyeloperoxidase(MPO)を大量に含むアズール顆粒が存在し、好中球は種々の刺激を受けるとNADPH oxidase の活性化を初発としてH2O2 を生成し、MPO/H2O2/Cl?系により産生された?OCl を用いて殺菌する。そこで、HPF、APF をブタ好中球にload し、NADPH oxidase を活性化するPMA で好中球を刺激した時の細胞内蛍光変化を共焦点顕微鏡で観察した(Figure2)。その結果、PF をload した好中球に比べ、APF をload した好中球では顕著な蛍光増大が見られ、かつその蛍光増大は顆粒状であった。HPF、APF の化学反応性からこの蛍光増大は?OCl によると考えられ、世界で初めて?OCl の生成を時空間的に可視化することに成功した。

次に、殺菌が行われる場であるファゴリソソーム内は細胞外と実質的に同一な空間であるため、好中球が細胞外に誘起する酸化ストレス系に関してHPF、APF を用いて検討した。その結果、HPF、APF を用いた系で蛍光増大の様式が異なること、HPF の蛍光増大はO2?の生成のtimeprofile と一致することが分かった。さらに、この蛍光増大に及ぼす種々の物質の効果を調べたところ、superoxide dismutase(SOD)により蛍光増大が完全に抑制されること、CAT によりAPFを用いた系の蛍光増大は抑制されるが、HPF を用いた系の蛍光増大は増強されることが明らかとなった。

<CAT、SOD の生理学的重要性の証明>

上記の結果は抗酸化酵素CAT が酸化ストレスを増悪させることを示唆しているが、この「CATによる酸化ストレスの増悪」もSOD により抑制されることがSOD とCAT を共に添加する実験から明らかとなった(Figure 3)。O2?とCAT が協調して酸化ストレスを増悪させる可能性が示唆されたので、O2?を生成するxanthine/xanthine oxidase(x/x.o.)系にHPF を適用し、この系におけるCAT、SOD の効果を調べた。その結果、x/x.o.系においてHPF の蛍光は増大するが、CAT を添加することにより蛍光増大が増強され、さらにCAT 添加の有無に関わらずSOD が蛍光増大を完全に抑制することがわかった。ここで、x/x.o.系から生じるO2?、H2O2 はHPF とは反応しない活性酸素種であり、x/x.o.系においてHPF の蛍光が増大する原因は不明であった。そこで、O2?生成源としてKO2 を用い、CAT もしくはxanthine oxidase を含む溶液中でO2?を生成させ、HPF の蛍光強度の変化を調べた。その結果、HPF はO2?とは反応しないが、CAT もしくはxanthine oxidase が存在すると蛍光増大が起こることを見出した。吸収スペクトルを測定した結果から、この酸化ストレスの増悪はCAT のcompound III により引き起こされることが示唆された。このO2?とCATが協調して酸化ストレスを増悪させるという現象は、脂質過酸化実験においても確認された。上記の結果から、O2?がH2O2 生成のための単なる前駆体ではなく、CAT やxanthine oxidase 等の酵素により酸化力の強い活性種に変換されることにより生体内で重要な役割を果たしていること、SODが抗酸化酵素CAT によるO2?の毒性を抑える重要な役割を担っていることが強く示唆され、SOD とCAT の両者が協力して活性酸素種消去系に働くことが生理学的に重要であることが示された。

<まとめ>

本研究で開発されたHPF、APF は、ROS を区別して高い信頼性を持って検出でき、また化学系、酵素系、細胞系へ幅広く応用可能であることが明らかとなった。また、従来考えられてきた概念とは異なる酸化ストレス生成・消去系としてのO2?、SOD、CAT の新しい役割を発見した。今後、HPF、APF が生体内のROS の真の役割を時空間的に解明していくことが期待される。

Scheme of O-dearylation reaction of HPF and APF with hROS.

Fluorescence increase of HPF, APF and DCFH in various ROS-generating systems .

Fluorescence images of the HPF- or APF-loaded eutrophils.

We applied HPF to PMA-activated neutrophils.

Setsukinai, K., Urano, Y., Kikuchi, K., Higuchi, T., and Nagano, T. (2000) J. Chem. Soc., Perkin Trans.2, 2453-2457.Setsukinai, K., Urano, Y., Kakinuma, K., Majima, H. J., and Nagano, T. (2003) J. Biol.Chem. 278, 3170-3175.長野哲雄、瀬月内健一、浦野泰照 (2003) 実験医学 21、2144-2146
審査要旨 要旨を表示する

活性酸素種(ROS)は炎症、老化、動脈硬化といった各種疾患や情報伝達系への関与が示唆されており注目を集めている小分子群である。ROS の生体内での役割を明らかにするためにESR法、吸光法、蛍光法、化学発光法等種々の検出法が開発されてきた。この中でも蛍光法は感度良く検出できる、蛍光顕微鏡の普及により実験が簡便に行えるといった理由によりよく用いられる優れた検出法である。そのため、2',7'-dichlorodihydrofluorescein(DCFH)をはじめとするROS蛍光プローブがこれまでに数種開発されてきた。しかしながら、これら既存のROS 蛍光プローブはROS 間での選択性がない、光による自動酸化に対して極めて弱いという致命的な問題点を抱えており実用性に乏しかった。そのため、これらの問題点を克服した新規ROS 蛍光プローブの開発が待ち望まれていた。瀬月内健一君は、上記問題点を克服した蛍光プローブの開発を目指した研究を行い、二種の新規ROS 蛍光プローブHPF、APF の開発に成功した。以下、論文内容を簡単に概説する。

ある分子を選択的に検出する蛍光プローブを開発するためには、その分子と選択的に起こる化学反応の前後で蛍光特性が大きく変わるようにデザインする必要がある。瀬月内君は、蛍光物質fluorescein の6'-位のphenol 性水酸基を電子密度の高いphenyl 基で保護することにより蛍光量子収率を大きく下げることができることを見出した。そこで、この6'-O-arylfluorescein の蛍光特性とROS の中でも?OH やperoxidase 酸化活性種等の酸化力の強いROS(hROS)でのみ進行し、O2?、H2O2 のようなその他のROS では進行しないaryloxyphenol 類のipso 置換反応の二点を組み合わせて新規ROS 蛍光プローブHPF、APF をデザイン、合成した(Figure 1)。HPF、APF はfluorescein の6'-位の水酸基が電子密度の高いhydroxyphenyl 基、aminophenyl 基で保護されているのでほぼ無蛍光であるが、hROS 選択的に置換phenyl 基が脱保護され、強い蛍光を有するfluorescein を生成することを検出原理とするものである。

開発したHPF、APF のROS との反応性を最も広く用いられている既存のROS 蛍光プローブDCFH と比較したところ(Table 1)、DCFH は全てのROS に対して反応性を有するのに対して、HPF では?OH、ONOO?と、APF ではOH、ONOO?、?OCl と反応して蛍光強度が増大したがそ他のROS では蛍光強度が変わらなかった。従って、HPF、APF はROS 間での選択性に欠けるという既存のROS 蛍光プローブの問題点を克服していた。さらに、HPF とAPF を併用することにより?OCl を選択的に検出可能であることがわかった。また、DCFH では光により容易に自動酸化され顕著な蛍光増大が起こったが、HPF、APF では全く蛍光増大が起こらなかった。このように、HPF、APFは光による自動酸化に対して弱いという既存のROS 蛍光プローブの問題点を克服しており、高い信頼性をもってhROS を検出できるROS 蛍光プローブであることが示された。

次にHPF、APF をブタ好中球にload し、NADPH oxidase を活性化するPMA で好中球を刺激した時の細胞内蛍光変化を共焦点顕微鏡で観察した。その結果、HPF をload した好中球に比べ、APFをload した好中球では顕著な蛍光増大が見られ、かつその蛍光増大は顆粒状であった。HPF、APFの化学反応性からこの蛍光増大は?OCl によると考えられ、世界で初めて?OCl の生成を時空間的に可視化することに成功した。さらに両プローブの種選択性の高さを生かすことで、O2?とCATが協調して酸化ストレスを増悪させる事実を見いだした。この結果は、O2?がH2O2 生成のための単なる前駆体ではなく、CAT やxanthine oxidase 等の酵素により酸化力の強い活性種に変換されることにより生体内で重要な役割を果たしていること、SOD が抗酸化酵素CAT によるO2?の毒性を抑える重要な役割を担っていることを強く示唆するものであり、酸化ストレスとその消去酵素の概念に一石を投じる重要な知見である。

以上のように瀬月内健一君の研究は、全く新しい機能を持つ蛍光プローブの開発という化学的な側面と、この応用による酸化ストレス分野での新たな発見という生物学的な側面を合わせ持ち、さらに関連分野への波及効果も大きく、薬学研究に寄与するところも大きい。よって博士(薬学)の学位を授与するに値すると判断した。

Scheme of O-dearylation reaction of HPF and APF with hROS.

Fluorescence increase of HPF, APF and DCFH in various ROS-generating systems.

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