No | 119437 | |
著者(漢字) | 河備,浩司 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | カワビ,ヒロシ | |
標題(和) | ある無限次元拡散過程に対する解析学の話題 | |
標題(洋) | Topics in Analysis for Certain Infinite Dimensional Diffusion Processes | |
報告番号 | 119437 | |
報告番号 | 甲19437 | |
学位授与日 | 2004.03.25 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(数理科学) | |
学位記番号 | 博数理第241号 | |
研究科 | 数理科学研究科 | |
専攻 | 数理科学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 本論文は、無限次元空間に値をとる拡散過程に関する解析学のうち、関数不等式とその応用を中心に論じたものである。そのうち特に放物型の確率偏微分方程式(以下ではSPDEと略記する)で記述された経路空間C(R, Rd)上の拡散過程を中心に取り扱った。放物型SPDEとは、反応拡散方程式に白色雑音によるランダムな揺動項をつけて得られるものである。例えば、ランダムな媒質中を漂う弦のランダムな運動がこの種の方程式で記述されるほか、統計力学的な観点からは強磁性体のスピンのランダムな時間発展を記述する方程式としても知られている。その他にも場の量子論、工学、経済学など様々な分野において現れるものである。本論文では以下の2種類のSPDEを取り扱い、それぞれの推移半群の関係を調べ、不変測度とGibbs測度の関係、半群の微分評価や放物型Harnack不等式を中心とする関数不等式やその応用について論じた。これは[7]と[8]に基づく。〓ここでU(z) : Rd→Rはポテンシャル関数、B∈Rd×Rd、△x=d2/dx2、∇=(∂/∂zi)di=1、Wt(x)は確率空間(Ω,F,P,{Ft}t≧0)上の白色雑音とする。なお{Ft}t≧0はBrowinian filtrationとする。また以下では、b(z):=-1/2▽U(x)+Bzとも書く。UとBに以下の条件を課す。 (U1):U∈C2(Rd, R)で球対称である。 (U2):全てのz∈Rdに対して▽2U(z)≧-K1となるようなK1∈Rが存在する。 (U3):全てのz∈Rdに対して|∇U(z)|≦K2(1+|z|p)となるようなK2>0とp>0が存在する。 (U4):lim|z|→∞U(z)=∞. (B):B*=-B. これらを満たす興味深い例として2次ポテンシャルU(z)=a|z|2や、2重井戸型ポテンシャルU(z)=a(|z|4-|z|2)が挙げられる。またBの簡単と一例としてはd=2の場合では〓が挙げられる。この行列は回転行列〓を生成する。ゆえに物理的には{Bz}z∈Rdを磁場と解釈することができるので、SPDE(1)を外力項だけではなく磁場の影響も受けるSPDEと見ることができる。 SPDE(1)、(2)の解の数学的な研究は岩田[6]によってなされている。[6]ではXt(x)と|x|→∞での増大度を制御するために、C(R, Rd)の適切な部分空間での議論がなされている。まずX∈C∞(R, R)を|x|≧1でX(x)=|x|となる正値対称凸関数として固定し、Frechet空間〓を考える。また、任意に固定したλ>0に対してHilbert空間〓を導入する。以下では、これらの空間を問題の拡散過程Mの状態空間と解釈する。またH:=L2(R, Rd)とも記す。 すると仮定(U1)〜(U3)、(B)(より緩い仮定)の下で、任意の初期データω∈Cに対してSPDE(1)、(2)の解X.∈C([0, ∞), C)が存在し、pathwise uniquenessが成り立つことが知られている。以下では{Pω}ω∈C、{P(0)ω}ω∈Cを、それぞれX、Yから導入されたC([0, ∞), E)上の確率法則とし、M:=(X, Pω)、M(0);=(Y, P(0)ω)と書く。また対応する推移半群をそれぞれ{Pt}t≧0、{P(0)t}t≧0と書く。また岩田[5]では仮定(U4)の下ではU-Gibbs測度が存在し、拡散過程M(0)の可逆測度であることも示されている。 本論文ではまず、C上のU-Gibbs測度が非対称な拡散過程Mの不変測度の関係を拡散半群{P(0)t}と{Pt}の関係を通して論じた。ただし本論文ではU-Gibbs測度として〓で定義されたものを考えることにする。ここでBr、はC|[-r, r]により生成されるσ-fieldであり、κ>0はL2(Rd, dz)上のSchrodinger作用素H;=-1/2△+Uの最小固有値、Ωは対応する正規化された固有関数である。また〓で、〓なるBrowinan bridgeの測度に関する平均である。Feynman-Kacの公式によりこの測度がC上の確率測度であり、DLR方程式を満たすことが容易に分かる。以下ではU-Gibbs測度μをE上の確率測度とも解釈する。ここで半群{Qt}t≧0を〓で定義する。これに関して以下の結果を得た。以下ではcylinder関数全体をFC∞bと記す。 定理1. (1)任意のF∈FC∞bとs, t≧0に対して以下が成り立つ。〓(2) 任意のF∈FC∞bとt≧0に対して以下が成り立つ。〓するとこの定理とGibbs測度μの{Qt}-不変性と、Gibbs測度μの{P(0)t}-可逆性を合わせることで以下の定理が容易に得られた。 定理2. Gibbs測度μは、拡散過程Mの不変測度である。すなわち任意のF∈FC∞bとt>0に対して〓が成り立つ。(4)が成り立つC上の確率測度全体をS(b)と書く。条件(U2)の代わりに、ポテンシャル関数の凸性 (U5):全てのz∈Rdに対して∇2U(z)≧K1となるようなK1>0が存在する。 を課すと以下の定理が得られた。 定理3. S(b)は一意である。すなわち、拡散過程Mの不変測度は(3)で定義したGibbs測度に限られる。 本論文では次にU-Gibbs測度μに対して対称な推移半群{P(0)t}の微分評価について論じた。そのために、拡散過程M(0)とDirichlet形式との対応関係について述べる。U-Gibbs測度μに対して対称な双線型形式εを〓で定義する。ただしDはH-Frechet微分である。〓と置き、D(ε)をFC∞bの〓による完備化と定義する。すると舟木[2]により(ε, D(ε))はL2(E; μ)上のDirichlet形式となり、対応する拡散半群がL2(E; μ)上の強連続縮小半群としてM(0)から定まる推移半群{P(0)t}と一致することが分かる。これより以下の結果を得た。 定理4. F∈D(ε)に対して以下の微分評価が全てのt∈[0, ∞)とμ-a. e. ω∈Eに対して成り立つ。〓 M(0)に対してのΓ2は形式的には〓と評価されるのでBakry-EmeryのΓ2-methodによりこの定理が成り立つと理解できるが、厳密な証明において注意すべきことがある。この種の議論では半群と生成作用素に関して不変なcoreの存在が大前提になっている。ところが一般に無限次元空間上の設定ではそのようなcoreを見つけることが非常に困難である。(FC∞bは半群と生成作用素に関して不変ではない。)それに対して本論文では拡散半群{P(0)t}による作用を問題の拡散過程に関する平均であるとみなし、問題の拡散過程のstochastic flowに関するL2-評価式〓を用いて定理を得ると言うものである。なおこの評価式は半線型の熱方程式のエネルギー評価では良く知られたものであるので、方程式で記述されたモデルにおいてはΓ2-methodを用いる既存の方法より、計算の見通しが立ちやすいという利点を持つ。またこの方法により条件(U5)の下での対数Sobolev不等式の別証明も行った。 本論文では次にU-Gibbs測度μに対して非対称な推移半群{Pt}(定理2により{Pt}はLp(E; μ), p≧1-上の強連続縮小半群とみなす事ができる)に対して同様な議論を行うことを目標にした。ただし、半群の非対称性により、generatorに関する適切な定式化と基本性質について議論を行う必要が生じる。{Pt}のLp(E; μ), p≧1におけるgeneratorを(Lp, Dom(Lp))とする。(L, D(L))を〓で定義する。このgeneratorの確率論的解釈は以下の通りである。 命題5. 関数F : E→RがD(〓)の元であるための必要十分条件は〓なる関数〓と〓が存在して以下を満たすことである。〓ただしPμ:=∫Epωμ(dω)である。また上記のΦ[F]が〓Fとなる。 この命題を用いることにより以下の定理を得た。 定理6. (1)FC∞b⊂D(L). (2)任意のt≧0に対して、Pt(D(L))⊂D(L)が成り立つ。これはD(L)が半群{Pt}の作用について閉じていることを意味する。(3)〓が成り立つ。ただし〓である。(4)任意のF∈D(L)に対して、martingale{M[F]t}t≧0は確率積分表現〓を持つ。(5)任意のF1, F2∈D(L)に対してF1F2∈D(L)であり、以下が成り立つ。〓これはD(L)が環をなしていることを意味する。 この定理の中で最も重要な主張は(3)である。これは対称な場合における「拡散半群のgeneratorのdomainはDirichlet形式のdomainに含まれる」という基本的な性質が、回転効果を付けても不変である事を意味する。証明は定理1と、対称な推移半群{P(0)t}に対するLittlewood-Paley-Stein不等式(これは定理4から得られる)を組み合わせることで行った。また(4)の証明にはmartingale表現定理を用いるので、{Ft}t≧0がBrownian filtrationであることが本質的に効いてくる。無限次元空間に値をとる非対称拡散過程に対しては、W. Stannat[12]の類似の研究があるが、本論文で扱っている回転項は対称なgeneratorの摂動とみなすことができない。よってこの定理は[12]とは全く異なるものである。 定理6を用いることで、非対称な推移半群{Pt}に対しても対称な場合とほぼ同じ議論ができ、以下の微分評価を得ることが出来た。 定理7. F∈D(ε)に対して以下の微分評価が全てのt∈[0, ∞)とμ-a. e. ω∈Eに対して成り立つ。次に本論文では上記の定理の応用として、半群{P(0)t}と{Pt}に対する放物型Harnack不等式を得た。 定理8. F∈FC∞bとする。この時、任意のh∈H、a>1、t>0でが全てのω∈Eに対して成り立つ。またF∈L∞(E; μ)の時は上記の不等式がμ-a. e. ω∈Eで成り立つ。〓ただしK1=0の時は〓とする。また上記と同じ主張が対称な推移半群{P(0)t}に対しても成立する。 最後に定理8の応用として、E内の2つのBorel集合A, B間の拡散過程Mの推移確率Pt(A, B)とM(0)の推移確率P(0)t(A, B)の下からの評価式を論じた。それと共に、2つの集合間の適切なH-距離dH(A, B)の基本性質についても議論を行った。 定理9. μ(A),μ(B)>0なるBorel集合A, B⊂Eの内のどちらかがH-openであるとする。(1)dH(A, B)<∞とする。任意のα>2とε>0に対して定数C(α, ε, A, B)>0が存在して、以下の評価式が成り立つ。〓また以下のVaradhan型短時間漸近公式が(dH(A, B)=∞の場合も含めて)成り立つ。〓(2)非対称拡散過程Mに対しては、〓なる推移確率の下からの短時間漸近評価が成り立つ。 ちなみに対称な拡散過程に対しては、日野とRamirez([11],[3],[4])が一般的な枠組みでVaradhan型短時間漸近公式が成立することを示しているので(6)は彼らの結果に含まれるが、評価式(5)は含まれない事に注意しておきたい。また非対称な拡散過程にたいしては、Ramirez[11]がGirsanov変換で対称な拡散過程の評価に持ち込める設定ではVaradhan型短時間漸近公式を得ているが、先に述べた通り、本論文のように非対称性が回転効果によって生じている場合はこのような方法は使えないため、(7)は新しい結果であると言える。またPt(A, B)の上からの短時間漸近評価式に関してであるが、摂動とみなせないような非対称項が入った場合のLyons-Zhengのmartingale分解公式の定式化から問題になり、まだ得られていない。SPDE(1)に対する大偏差原理の適用による証明の可能性も含めて、今後の課題である。 なお本論文の第1章では[1]に基づき、抽象Wiener空間上で楠岡[10]の定式化したDirichlet形式に対応するWiener測度に対称な拡散過程に対して上記と同様な問題を論じた。この章では拡散係数にCameron-Martin空間方向のみの正則性条件を課したために、確率微分方程式によるアプローチを使うことが出来ないが、Malliavin解析におけるSobolev空間論を用いることで関数解析的に議論を行った。また本論文の第2章では[9]に基づき、完備可分距離空間上の確率測度に対称な拡散過程に対するLittlewood-Paley-Stein不等式と、その応用としてのSobolevノルムの関係について論じた。先にも述べたように、これは定理6の証明で重要な役割を果たすことに注意しておきたい。 | |
審査要旨 | 本論文は、無限次元空間上のある拡散作用素の解析的性質を論じたものである。以下のような確率微分方程式を考える。〓x∈R, t>0. ここでB:Rd→Rdは反対称な線形写像、Wt(x), t≧0, x∈R, はホワイトノイズを値にとるWiener過程、U∈C2(Rd, R)は球対称な関数で K1∈Rが存在して、▽2U(z)≧-K1, z∈Rd K2∈R, P≧1が存在して、|▽U(z)|≦K2(1+|z|p), z∈Rdの2条件を満たすものとする。 この確率微分方程式はFrechet空間〓の中に一意な解をもつことが示される。この確率微分方程式はL2(Rd, dz)上のSchrodinger作用素1/2△+Uに対する(非)対称なstochastic quanti-zationの方程式と見なせ、このSchrodinger作用素に付随するdistorted Brownian motionのC上に定める分布をμとおけば、μが不変測度になることが示せる。Ptをこの確率微分方程式に付随したH=L2(C, dμ)上の推移半群、P(0)tをB=0の時の確率微分方程式に付随したH上の推移半群とする。論文では先ず以下の定理を示した。 定理t∈[0, ∞)及びF∈FC∞bに対し〓 論文では、この不等式を基にP(0)tに対するLittlewood-Paley-Stein型の不等式を導いている。 拡散半群{Pt}はLp(C;dμ), P∈[1,∞)上の強連続縮小半群とみなすことができるが、その生成作用素をLpとし、(L,D(L))をで定義する。この時、次の事実を示した。 定理 関数F : C→RがD(L)の元であるための必要十分条件はΦ[F]∈∩p∈[1,∞)Lp(C;dμ)なる関数Φ[F]:E→Rと{Ft}martingale{M[F]t}t≧0が存在して以下を満たすことである。〓さらにΦ[F]はLFと一致する。 さらに、この定理を用いて以下の定理を得ている。 定理 (1)FC∞b⊂D(L).(2)任意のt≧0に対して、Pt(D(L))⊂D(L)が成り立つ。(3)D(L)⊂∩p∈[1,∞W1,p(C;μ)が成り立つ。ただし 〓(4)任意のF∈D(L)に対して、martingale{M[F]t}t≧0は確率積分表現〓を持つ。(5)任意のF1,F2∈D(L)に対してF1F2∈D(L)であり、以下が成り立つ。〓この定理を基に次のようなHarnack型の不等式を得ている。 定理 F∈FC∞bとする。この時、任意のh∈H, a>1, t>0に対して〓が成り立つ。 最後にこれらの定理の応用として、Varadhan型の短時間における漸近公式について論じている。 このように本論文では無限次元空間上の拡散作用素に対する実解析的な研究の新しい方向性を打ち出しており、高く評価できるものである。 よって、論文提出者 河備浩司 は、博士(数理科学)の学位を受けるにふさわしい十分な資格があると認める。 | |
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