No | 119438 | |
著者(漢字) | 中江,康晴 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | ナカエ,ヤスハル | |
標題(和) | トーラス結び目補空間のtaut葉層構造について | |
標題(洋) | Taut foliations of torus knot complements | |
報告番号 | 119438 | |
報告番号 | 甲19438 | |
学位授与日 | 2004.03.25 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(数理科学) | |
学位記番号 | 博数理第242号 | |
研究科 | 数理科学研究科 | |
専攻 | 数理科学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 本論文において,筆者はトーラス結び目補空間におけるtaut葉層構造について研究した.3次元多様体の研究において,余次元1葉層構造を用いる手法は多くの研究者により行われ,様々な成果をあげてきている.特に,3次元多様体上にどのような葉層構造が存在するかがその多様体の位相的性質をよく表していることを,いままでの研究の成果が示している.その中で重要な役割を果たすのが「Reeb葉層」である.Reeb葉層とはソリッドトーラス上の葉層構造で,そのソリッドトーラスの境界を唯一のコンパクトな葉とし,内部にある葉は全て二次元平面R2に同相である.その内部の非コンパクトな葉は,ソリッドトーラスの中心に頂点を持ち,コンパクトな葉に向かって広がって巻き付いていく放物面に似た曲面の形をしている.Novikov[2]は,3次元球面S3上の葉層構造は必ずこのReeb葉層を含むことを証明した.しかしながら,3次元多様体の位相的性質の研究においては「Reeb葉層の非存在」が重要である.Novikovはまた,二次元球面と円周の積空間S2×S1と同相ではない3次元多様体にReeb葉層を含まない余次元1葉層構造が存在するとき,その多様体は,(1)基本群が無限群,(2)二次ホモトピー群が自明,そして(3)全ての葉はπ1単射的であることを証明した.ここで余次元1葉層構造の葉がπ1単射的であるとは,葉から多様体への包含写像が誘導する基本群の準同型が単射になることを言う.Rosenberg[5]は,ある3次元多様体にReeb葉層を含まない葉層構造が存在すれば,その多様体は既約であることを証明した.ここで3次元多様体が既約であるとは,任意に埋め込まれた二次元球面は必ず埋め込まれた三次元球体の境界になっているときを言う.さらにこれらNovikovとRosenbergの結果にPalmeira[3]の定理を用いると,Reeb葉層を含まない葉層構造が存在するこのような3次元多様体の普遍被覆空間は,三次元ユークリッド空間R3に同相であることが示される.基本群が無限群であることはその多様体がレンズ空間ではないことを導き,二次ホモトピー群が自明であることと多様体の既約性は普遍被覆空間が可縮であることを導く.このように,Reeb葉層構造の非存在が3次元多様体の位相的性質を研究する上で重要な意味を持っている. この論文の主たる対象であるtaut葉層構造とは,3次元多様体上の余次元1葉層構造であって,全ての葉に対しその葉に横断的に交わる円周で他の葉にも横断的に交わるものが存在するときを言う.Reeb葉層はこのような横断的に交わる円周を持たない.すなわちtaut葉層構造はReeb葉層を含まないので,ある3次元多様体にtaut葉層構造が存在すれば,Reeb葉層を含まない葉層構造と同様の位相的性質がその多様体にあることがわかる. このtaut葉層構造の存在に関して,Roberts[4]は以下の定理を証明した. 定理(Roberts) オイラー数が負の一つ穴あき曲面をファイバーとする円周上の曲面束で,向きづけ可能なコンパクト3次元多様体をMとする.このときある区間(-a, b)⊂ R,a,b>0が存在して,この区間の任意の有理数に対してこれをboundary slopeとして持つtaut葉層構造FがMに存在する. このMの境界∂Mは2次元トーラスT2であり,このFの葉の∂Mへの制限はT2上の平行な単純閉曲線の族になる.この単純閉曲線が代表するT2の1次元ホモロジー群H1(T2)の元をFのboundary slopeと呼ぶ.H1(T2)〓Z2の基底を定めることにより,このboundary slopeはQ∪{∞}の元と対応づけられる.この葉の境界としての単純閉曲線によるboundary slopeρに沿ってDehn fillingをすることで,閉3次元多様体M(ρ)が得られる.このとき,Fは自然にM(ρ)上のtaut葉層構造Fに拡張される.よって,この区間(-a,b)の範囲にあるboundary slopeによるDehn fillingで得られた閉3次元多様体すべては前記のような位相的性質を持つことがわかる. 三次元球面S3に標準的に埋め込まれたソリッドトーラスTに対し,その境界∂T上の単純閉曲線をトーラス結び目と呼ぶ.トーラス結び目Kの補空間〓は円周上の曲面束であることが知られている.筆者はこのトーラス結び目補空間に対してRobertsの定理と同様の研究を行い,本論文において以下を得た. 主定理(定理3.1)S3に埋め込まれた任意のトーラス結び目Kに対して,区間(-∞,1)のどの有理数ρに対してもboundary slopeとしてρをもつtaut葉層構造Fがその補空間に存在する. この定理により,任意のトーラス結び目に沿ったDehn手術のうち(-∞,1)の範囲のslopeにより得られる閉3次元多様体Mにはtaut葉層構造が存在すること,すなわちπ1(M)は無限群であり,Mは既約で普遍被覆空間がR3と同相であることがわかる.主定理は以下のように証明される.まず一般のトーラス結び目に対し,その補空間の曲面束を明示的に構成する.このファイバー曲面を利用して分岐曲面Bを構成し,Bの各分岐に重みをパラメータxを付けて与えることでラミネーションλxを構成する.このλxの補空間を埋めることでMのパラメータ付きtaut葉層構造Fxを得て,これが定理の結論を満たすことを証明した. 主定理の証明における曲面束の構成を応用することで,本論文においてさらに以下の結果を得た. 定理(系4.9)KをS3に埋め込まれたファイバー結び目とする.Kを∂N(K)上の単純閉曲線,すなわちKのケーブル結び目とする.このとき,Kはファイバー結び目になり,さらに区間(-∞,1)のどの有理数ρに対してもboundary slopeとしてρをもつtaut葉層構造FがKの補空間に存在する. この定理のKをトーラス結び目とすると,Kはiteratedトーラス結び目になる.この操作を繰り返すことでiteratedトーラス結び目の列{Ki}が得られるが,この{Ki}に対して以下を得た. 定理(定理4.1)各iteratedトーラス結び目Kiはファイバー結び目になり,さらに区間(-∞,1)のどの有理数ρに対してもboundary slopeとしてρをもつtaut葉層構造Fが各Kiの補空間に存在する. Lickorishの定理[1]により,任意の閉3次元多様体はS3に埋め込まれた絡み目に沿ったDehn手術によって得られる閉3次元多様体と同相である.よって結び目だけではなく絡み目に沿ったDehn手術の研究も重要であるが,Robertsの定理はこのままでは絡み目には用いることが出来ない.本論文において,Robertsの定理を以下のように絡み目に対して部分的に拡張した. 定理(定理5.1)境界成分が二つで種数が2以上の曲面をファイバーとする円周上の曲面束で,向きづけ可能なコンパクト3次元多様体をMとする.曲面束のモノドロミーがある条件を満たすとき,区間(-ai, bi)⊂ R, ai, bi>0, i=1, 2が存在して,ρ1∈(-a1, b1), ρ2∈(-a2, b2)なる有理数ρ1, ρ2に対して,任意に選んだρ1もしくはρ2を各境界成分のboundary slopeとして持つtaut葉層構造FがMに存在する. この定理において,曲面束のモノドロミーに条件がついてるが(6, 4)型トーラス絡み目に対しては,定理の区間(-ai, bi)として両方の境界成分に対して(-∞, 1)が取れることを例5.7において示しており,この定理の条件を満たすような曲面束が存在していることも証明した. | |
審査要旨 | 3次元多様体を葉層構造を使って研究するというプログラムは、「レーブ成分を含まない葉層構造においては葉の基本群が多様体の基本群の部分群になる」というノビコフの1960年代の結果から始まっている。レーブ成分を含まない葉層の分類が多くの3次元多様体で行われ、さらにガバイが結び目の補空間等に対しレーブ成分を持たない葉層の構成の手順を示してからは、この方面で多くの研究がなされている。 ザイバーグ・ウイッテン理論等により、taut葉層構造の接束のホモトピー類は有限個である事が知られているが、taut葉層構造自体は3次元多様体上の連続な変形を許す構造である。絡み目補空間のデーン手術後の多様体の記述をするためにtaut葉層構造を考えるのは、taut葉層構造の連続変形の中で境界に有理的スロープを与えるものを考えることにより、無限通りのデーン手術に対しての情報を一挙に得ることができるからである。とくに、ファイバー結び目の補空間に対する、taut葉層構造の構成がロバーツにより開始されている。 論文提出者は、taut葉層構造のロバーツによる構成を、まずトーラス結び目補空間に対して実行し、次の定理を得た。 定理。3次元球面S3に埋め込まれた任意のトーラス結び目Kに対して,区間(-∞,1)のどの有理数ρに対してもboundary slopeとしてρをもつtaut葉層構造Fがその補空間に存在する. この定理により,任意のトーラス結び目に沿ったDehn手術で(-∞,1)のの範囲のslopeによるもので得られる閉3次元多様体Mにはtaut葉層構造が存在すること,すなわちπ1(M)は無限群であり,Mは既約で普遍被覆空間がR3と同相であることがわかる.ロバーツの構成においては、ある条件をみたすファイバー結び目に対し、boundary slopeの属する0を含む開区間の存在が主張されていただけであったが、この定理は、トーラス結び目に対し、区間(-∞,1)をきちんと定めたことに大きな意義がある。論文提出者は、定理の証明のためにトーラス結び目をファイバー結び目として非常に具体的な記述し、その補空間の分岐曲面を記述し、さらに横断的にアフィン構造を持つtaut葉層を構成した。この具体的な構成によりさらに一般に次が成立することが分かった。 定理。Kを3次元球面S3に埋め込まれたファイバー結び目とする.Kを∂N(K)上の単純閉曲線,すなわちKのケーブル結び目とする.このとき,Kはファイバー結び目になり,さらに区間(-∞,1)のどの有理数ρに対してもboundary slopeとしてρをもつtaut葉層構造Fがその補空間に存在する. すなわち、すべてのファイバー結び目をそのケーブルに変形すれぼ前の定理と同じことが成立するのである。とくに代数方程式と関係して現れるiteratedトーラス結び目に対して、この定理は適用される。 さらに、論文提出者は、境界成分が二つで種数が2以上の曲面をファイバーとする円周上の曲面束で,向きづけ可能なコンパクト3次元多様体をMに対し、ロバーツの結果の拡張を得ている。これは、一般の3次元多様体を絡み目についてのデーン手術の結果として考えるときに、その上のtaut葉層の構成において必要なステップである。 このように、論文提出者の結果はtaut葉層構造の構成の仕方を具体的に提示した点で重要であり、そのことによって3次元多様体のトポロジーの研究に重要な意味を持つものである。よって論文提出者中江康晴は、博士(数理科学)の学位を受けるにふさわしい充分な資格があると認める。 | |
UTokyo Repositoryリンク |