学位論文要旨



No 119441
著者(漢字) 島倉,裕樹
著者(英字)
著者(カナ) シマクラ,ヒロキ
標題(和) 頂点作用素代数V+Lの自己同型群とその応用について
標題(洋) The Automorphism Group of the Vertex Operator Algebra V+L and its Applicaitons
報告番号 119441
報告番号 甲19441
学位授与日 2004.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(数理科学)
学位記番号 博数理第245号
研究科 数理科学研究科
専攻 数理科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 松尾,厚
 東京大学 教授 神保,道夫
 東京大学 教授 岡本,和夫
 東京大学 助教授 吉川,謙一
 東京大学 助教授 小木曽,啓示
 東京女子大学 教授 吉荒,聡
内容要旨 要旨を表示する

本論文では,正定値偶格子Lに付随する頂点作用素代数VLの格子の自己同型-1の持ち上げによる固定点として得られる頂点作用素代数V+Lの全自己同型群の決定を行い,そのムーンシャイン加群への応用を与えた.

頂点作用素代数の研究において,全自己同型群の決定は非常に大切な問題である.例えば,ムーンシャイン加群の全自己同型群がモンスター単純群であり,そこから有限群論との密接な関係や保形関数論との不思議な繋がりがあることが知られている.しかしながら,一般に頂点作用素代数の全自己同型群を決定することは難しく,いくつかの例を除いて決定されていない.

頂点作用素代数Vとその自己同型群Gに対して,固定部分空間VGもまた頂点作用素代数となる.一般にVに対して成立する性質がVGに対して成立するとは限らない.それゆえVGの研究には困難が伴う.

頂点作用素代数の中で良く知られている例として正定値偶格子Lに付随して得られる格子頂点作用素代数VLがある.Lの自己同型をVLの自己同型に持ち上げることが出来るのは良く知られている.任意の格子は-1倍する自己同型を持つので,その持ち上げとして得られる位数2の自己同型によるVLの固定点として頂点作用素代数V+Lが得られる.最近,多くの研究者によってV+Lの既約加群の分類やフュージョン則の決定などが行われた.本論文ではこれらV+Lの性質を用いていくつかの例外を除いて全自己同型群の生成元を与え,おおまかな群構造を与えた.具体例としてLが階数1の偶格子,階数が24以上の偶ユニモジュラ格子,既約ルート格子を√2倍して得られる格子または階数16の Barnes-Wall 格子の場合にV+Lの全自己同型群をこの方法を用いて決定した.特に,いままで個別に計算されていた例に対して本論文で統一的な計算方法を与えたことになる.

この応用としてムーンシャイン加群の全自己同型群のいくつかの基本可換2-群の正規化群を計算した.この計算においてモンスター単純群の群論的な性質を全く仮定していない.このようなモンスター単純群のムーンシャイン加群の全自己同型群として考察により新しい解釈が生まれることが期待される.

本論文の主定理である頂点作用素代数V+Lの全自己同型群 Aut(V+L) の計算法について簡単に述べる.頂点作用素代数VLの格子の自己同型-1の持ち上げθの固定点をV+L,-1-固有空間をV-Lとする.するとV-Lは既約V+L-加群となる.一般に頂点作用素代数の自己同型はその既約加群全体の集合へ作用することが知られている.そこで Aut(V+L) の既約V+L-加群全体への作用を考える.次のような手順で Aut(V+L)を決定する:

(1) V-Lの固定部分群Hの決定.(2)V-Lを含む軌道Qの決定.(3) GからQ上の置換群への写像の像,核の決定.

Hが Aut(VL) におけるθの中心化群 CAut(VL)(θ) の V+L への制限と一致することを示した.よって H=CAut(VL)(θ)/〈θ〉となる.Aut(VL) はすでに決定されているので,Hを計算することが可能である.

自己同型の加群への作用は次数付き次元やフュージョン則を保つ.そこでV-Lと同じフュージョン則を持ちV-Lと次数1の空間の次元が一致するRとする.するとQ⊆Rとなる.この集合Rは簡単な格子の計算によって求めることができる.V+Lの既約加群は twisted 型と untwisted 型の二種類に分けられる.そこで次の二通りの場合を考える.

Qがuntwisted型を含んでいる場合.

フュージョン則を用いてQとRが一致することを示した.さらに(I)が成り立つ格子について考察した.V-Lとuntwisted型の既約加群の次数付き次元が一致していることなどから,Lは階数8または16の2-基本等方偶格子であることがわかる.さらにユニモジュラかあるいは二進線形符号に関する構成法Bで実現可能であることを示した.階数8または16のユニモジュラ格子は同型を除いて3つ存在していることが知られている.これらの格子に関してAut(V+L) とHの指数が2以下であることがわかる.また,Lが二進線形符号に関する構成法Bとして得られる場合は可能性のある二進符号の重み関数を列挙した.Aut(V+L)が有限群となるための必要十分条件はLが長さ2の元を持たないことであるので,有限群との関係を調べる立場においてはそのような格子が重要である.長さ2の元を持たない階数8, 16の2-基本等方偶格子はE8格子を√2倍して得られる√2E8または階数16のBarnes-Wall格子Λ16と同型であることを示した。実際に,これらの格子に対してV+Lの自己同型群を決定し,V-Lの軌道がuntwisted型を含むことを確かめた.

Qがuntwisted型を含まない場合.

構成法Bで実現されている格子Nに対してV+Nの例外型自己同型の構成が知られている.例外型の意味はVNの自己同型の制限として得られない,すなわちHの元ではないということである.各Rの元に対して,それが例外型自己同型でV-Lに移るようなLの構成法Bによる実現があることを示した.特にQとRは一致することがわかる.(1)より Aut(V+L) はHとこれら例外型自己同型で生成されている.

軌道Q上に構造を与え,像をより詳しく調べた.

(I)の場合:2-基本等方偶格子Lに対して,V+Lの既約加群全体Sがフュージョン則を積として二元体上の線形空間となり,その上に既約加群の次数付き次元から決まる自然な二次形式が定義できることを示した.したがってAut(V+L)から直交群O(S)への群準同型を得る.この写像の核はV-Lの固定部分群Hに含まれるので,計算可能である.特にLが√2E8またはΛ16の場合にはHの像がO(S)の極大部分群またはその指数2の部分群となっていることがわかり,Aut(V+√2E8)とAut(V+Λ16)の構造が決定できる.

(II)の場合:QU{V+L}がフュージョン則を積として二元体上の線形空間となることを示した.よって,Aut(V+L)から一般線形群への群準同型を得る.この写像の核はV-Lの固定部分群Hに含まれるので,計算可能である.また,この写像が全射となるかどうかは格子の自己同型群に依存するため一般論を述べることは出来ないが,多くの場合は全射となることが期待される.実際に具体例で与えた格子については全射となっており,V+Lの全自己同型群を決定することが出来た.

審査要旨 要旨を表示する

本論文において、島倉裕樹氏は正定値偶格子Lから標準的に構成される頂点作用素代数VLの標準的な対合θによる固定点部分空間のなす頂点作用素代数V+Lの自己同型群の構造を格子Lの情報から決定する手続きを与え、それをモンスター単純群のいくつかの極大2-局所部分群の具体的記述に応用した。

頂点作用素代数は、1986年に Borcherds によって考案された代数系であり、理論物理学における弦理論やそれを記述する枠組みである共形場理論と密接な関係がある。それと関連して、アフィン Lie 代数の表現論や Virasoro 代数の表現論とも深い結びつきがある。

その一方で、Frenkel-Lepowsky-Meurman によって構成されたムーンシャイン加群と呼ばれる頂点作用素代数Vは、自己同型群が有限単純群モンスターと同型であり、ムーンシャインと呼ばれる現象を引き起こす重要な研究対象である。この立場からすれば、自己同型群が有限群となるような頂点作用素代数について、自己同型群の構造を具体的に決定することは、基本的かつ重要な問題である。

しかしながら、そのような頂点作用素代数の自己同型群を組織的に決定する研究はいまだなされていない。それは、既存の方法が個々の頂点作用素代数の特殊事情に立脚しているからであり、冒頭に述べたV+Lの場合も例外ではない。これに対し、島倉氏が本論文で与えた方法は、あらゆる正定値偶格子Lに対して原理的には適用でき、ほぼ一様な手続きでV+Lの自己同型群を決定できるという点で、これまでになく有力な方法である。

島倉氏の基本的なアイデアは、自己同型群を頂点作用素代数の既約加群の同型類の集合の置換として作用させることである。それ自体は良く用いられる手法であるが、その置換表現の中の特別な軌道に着目すれば自己同型群の概形が決まってしまうことに気づいたところが島倉氏の慧眼である。具体的には、V+Lはその構成法からV-Lと書かれる特別な既約加群を持っている。するとAut(V+L)におけるV-Lの同型類の安定化群はCAut(VL)(θ)/〈θ〉と同型であるが,その構造はすでに知られている結果を用いて具体的に計算できる。従ってV-Lの同型類の軌道Qとその上へのAut(V+L)の作用が決定されれば、Aut(V+L)の構造が決まるというわけである。

軌道Qを決定する際には、ツイスト型と呼ばれるタイプの既約加群の同型類が軌道に含まれるかどうかで場合分けをする必要がある。いずれの場合も格子に関する情報から軌道Qは具体的に決定されるのだが、そこで鍵となるのが、二進符号から格子を構成する方法の一つである構成法Bである。格子Lが構成法Bによって得られる場合には、その構成法から自然にV+Lの自己同型が得られるのである。これは元来 Frenkel-Lepowsky-Meurman がムーンシャイン加群の構造を調べるときに用いた方法であるが、島倉氏は、このようにして得られる自己同型のV-Lの同型類への作用を見ることによって、軌道Qを決定した。さらに、V+L-加群に対するフュージョン則を考慮すると、軌道QにF2上の代数構造を導入することができて、Aut(V+L)の置換表現はこの構造を保つように作用することも分かる。

島倉氏は、格子Lのいくつかの具体例について以上の手続きを適用し、細かい計算も実行してV+Lの自己同型群の構造を具体的に求めた。特にLがLeech格子の部分格子である場合は興味あるケースである。そのときには、V+Lがムーンシャイン加群V〓の部分頂点作用素代数となるからである。

そのようなV+Lを考え、その自己同型であってV〓の自己同型を誘導するようなものをとることによって、モンスターの部分群の具体的記述が得られる場合がある。島倉氏は、そのような具体例としてLが√2E8型の格子と階数16の Barnes-Wall 格子の場合を考え、対応する二つのV+Lのテンソル積のV〓への埋め込みから得られるモンスターの部分群を考察した。それは、極大2-局所部分群と呼ばれるタイプの群の一つで、特に近年注目されているものになる。この方法によれば、この部分群がどのようにモンスターの中に埋め込まれているのかが具体的に記述されるので、モンスターの群論的構造の理解が深まるのではないかと期待される。

以上のように、本論文で得られた結果は、頂点作用素代数の理論に新風を吹き込むものであると同時に、旧くて新しい有限単純群の理論にも貢献が期待される第一級の業績であると考えられる。

よって、論文提出者 島倉裕樹 は、博士(数理科学)の学位を受けるにふさわしい十分な資格があると認める。

UTokyo Repositoryリンク