学位論文要旨



No 119442
著者(漢字) 谷口,隆
著者(英字)
著者(カナ) タニグチ,タカシ
標題(和) 単純環のペアの概均質ベクトル空間のゼータ関数について
標題(洋) On the zeta functions of prehomogeneous vector spaces for pair of simple algebras
報告番号 119442
報告番号 甲19442
学位授与日 2004.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(数理科学)
学位記番号 博数理第246号
研究科 数理科学研究科
専攻 数理科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 寺杣,友秀
 東京大学 教授 桂,利行
 東京大学 教授 織田,孝幸
 東京大学 教授 斎藤,毅
 東京大学 助教授 辻,雄
 東北大学 教授 雪江,明彦
内容要旨 要旨を表示する

κを体とし,Dをκ上次元が4または9の中心的単純環とする.DopでDに反同形な単純環を表わす.代数群Gと線型空間Vを〓とし.GのVへの表現pを〓によって定めると(G,V)=(G,ρ,V)は概均質ベクトル空間になる.本論文ではこの概均質ベクトル空間について考察した.この概均質ベクトル空間をDの次元が4のときD4型, 9のときE6型と呼ぶ.この表現はそれぞれ〓のn=2, 3の場合のκ形式であり,Dが分裂している場合は(G,V)と(G',V')はκ上同変である.本論文では,概均質ベクトル空間(G,V)のκ-有理軌道のある解釈を与えた.またDが代数体κ上分裂しない場合について,大域ゼータ関数の主要部を決定した.

具体的な内容について述べる前に,概均質ベクトル空間の定義を復習しておく.簡単のため,ここではある制限されたクラスの定義を与えることにする.

定義1体κ上定義された連結簡約代数群の既約表現(G,V)は以下の条件をみたすとき概均質ベクトル空間と呼ばれる.

(I) VはZariski開軌道を持つ.(II)零でない多項式P∈κ[V]との指標χで,関係P(gx)=χ(g)P(x)をみたすものがある.

標数0の閉体上の既約な概均質ベクトル空間は佐藤木村[6]によって分類されている.佐藤-新谷[7]は,代数体上定義された概均質ベクトル空間に対して,大域ゼータ関数を定義した.

概均質ベクトル空間のゼータ関数の最右極の情報に,適切な局所理論を組み合わせることで,整数論的に興味深い密度定理が得られることがある.例えば,Datskovsky-Wright[1,2]は新谷の2元3次形式の大域理論の結果を用いて,以下のDavenport-Heilbronnによる密度定理の,ゼータ関数の理論による証明を与えた.〓ここにFは判別式の絶対値|ΔF|がxを超えないような3次体全体を走る.また,最近,Kable-雪江[3, 4, 5]は2次Hermite形式の組の空間について考察し,雪江による大域理論の結果を用いて,これまでに知られていなかった新しい密度定理を証明した.この定理については[3]のIntroductionを参照されたい.なおこの空間はD4型の別のκ形式である.

本論文の概均質ベクトル空間(1)に戻る.主定理を述べよう.

定理2Dを次元mが4または9の非分裂な単純環とする.概均質ベクトル空間 (1) に付随する大域ゼータ関数Z(Φ,s)は,領域sR(s)>2m-2でs=2mでの可能な極を除き正則であり,s=2mでの極は〓で与えられる.

定数τ(G1), D2およびVA上の測度dxはSection4で定義されるものである.Theorem 4.24では他の全ての極の主要部もそれぞれ超関数を用いて記述されるが,密度定理のためには上の形で十分である.一方で,期待される密度定理を得るためには通常のTauber型定理だけでなく,適切な局所理論及び“フィルター化プロセス”と呼ばれる過程が必要であり,これらは将来別の論文で扱われる予定である.概均質ベクトル空間の大域ゼータ関数の極の情報から密度定理に至るプロセスについては,[1,2]または[8]を参照されたい.

定理2の証明について簡単に述べておく.ゼータ関数を解析接続するためにPoissonの和公式を用いた.この方法の場合,特異部の積分を実行するとき,VκをGκ研軌道に分けると可積分にならないことが問題であり,発散積分を何らかの意味で解釈する必要がある.これについては,新谷によるEisenstein級数を平滑化したものを用いて計算した.D×の分裂階数は0なので,今回の場合の群GのEisenstein級数はGL(2)の時と同じものでよい.

本論文の概均質ベクトル空間から期待される密度定理についてはSection 3の結果を用いてRemark 3.10で議論されるが,ここでも簡単にまとめておく.簡単のためκ=Qとする.Qの有限次拡大Fに対して,hF,RFでそれぞれFの類数と単数基準を表わすものとする.

一般に,定義1の概均質ベクトル空間(G,V)に対して,〓とおき,またT=ker(G→GL(V))とする.そしてx∈VssQに対して,Gxをxの固定部分群とし,Goxをその単位連結成分とする.大雑把に言えば,大域ゼータ関数は,有理軌道の集合GQ\VssQの点Gκxたちを,Gox/〓の正規化されていない玉河数の重みをつけて数え上げる関数である.したがって Proposition 3.6 および3.7により,D4型およびE6型の(分裂の場合も非分裂の場合も)ゼータ関数の最右極の振る舞いが,それぞれ以下のxの関数〓のx→∞のときの漸近挙動の情報を導くことが期待される.

もし[3, 4, 5]などにあるフィルター化プロセスによる方法で上の密度を計算することが可能であれば,その場合は,Fに有限個の局所的な条件を付け加えた場合の密度も同じ方法によって計算することが可能である.一方で,各々の単純環Dに対し,FがDに埋め込めるためのFの条件が局所的な条件で表わされることも簡単に確かめられる.したがって,分裂の場合と非分裂の場合で,期待される密度定理はかなり似たものであることが予想される.

非分裂の場合を考える利点の一つは,大域理論が簡単になることである.大域ゼータ関数の解析は,群の分裂階数が増加するに従い非常に困難になることが通常であり,分裂の場合のD4型およびE6型の極の主要部はまだ決定されていない.特に分裂E6型の場合は分裂階数が5であり,極の主要部を計算する複雑さは相当のものであると考えられる.

B. Datskovsky and D. J. Wright. The adelic zeta function associated with the space of binary cubic forms II : Local theory. J. Reine Angew. Math., 367 : 27-75, 1986.B. Datskovsky and D. J. Wright. Density of discriminants of cubic extensions. J. Reine Angew. Math., 386 : 116-138, 1988.A. C. Kable and A. Yukie. The mean value of the product of class numbers of paired quadratic fields, I. Tohoku Math. J., 54 : 513-565, 2002.A. C. Kable and A. Yukie. The mean value of the product of class numbers of paired quadratic fields, II. J. Math. Soc. Japan, 55 : 739-764, 2003.A.C. Kable and A. Yukie. The mean value of the product of class numbers of paired quadratic fields, III. J. Number Theory, 99 : 185-218, 2003.M. Sato and T. Kimura. A classification of irreducible prehomogeneous vector spaces and their relative invariants. Nagoya Math. J., 65 : 1-155, 1977.M. Sato and T. Shintani. On zeta functions associated with prehomogeneous vector spaces. Ann. of Math., 100 : 131-170, 1974.A. Yukie. Shintani zeta functions, volume 183 of London Math. Soc. Lecture Note Series. Cambridge University Press, Cambridge, 1993.
審査要旨 要旨を表示する

谷口隆氏はその博士論文 On the zeta functions of prehomogeneous vector spaces for pair of simple algebras において、ある種の外均質ベクトルのゼータ関数の解析的性質およびのその有理軌道の数論的解釈を与えた。代数体κ上の4次元あるいは9次元の中心的単純環Dを考え、D上の階数2の自由加群Vを考えると、代数群〓の作用が〓に右からのDの作用、左からのDの作用、およびQ2のテンソル因子への作用を用いて定義される。この作用に関してVは概均質ベクトル空間となる。ここで概均質ベクトル空間とはV(C)のあるZariski開集合Vreg上にG(C)が推移的に作用し、V-Vregの定義方程式がGの相対不変式であたえられているということである。より一般的な概均質ベクトル空間に対して、佐藤、新谷、雪江らによりゼータ関数が定義されており、さらに新谷、雪江らはある種のゼータ関数の解析的性質を用いて、与えられた数xより判別式が小さい3次体の個数、2次体の類数と単数基準の積の和をxの関数として漸近的にあらわす公式を得た。このような公式は一般に数論的な密度定理と呼ばれている。

この博士論文では二つのことを扱っている一つ目はVのGの作用に関する有理軌道をDの整数論的不変量を用いて表した。

定理0.1. n=2,3とし、Dの次元をm=n2とする。Vの有理軌道はDに埋め込み可能なn次体と一対一に対応する。

さらにその軌道に対する固定化群を計算し、その非正規化玉河数が類数と単数基準の2乗で与えられることをしめした。この計算はこれからの研究テーマである密度定理を得るために用いられる。

二つ目に、Dがdivision algebraの時にVのゼータの解析性質を扱っている。その主定理は次のようなものである。

定理0.2. 上の定理にさらにDがdivision algebraであると仮定する。ΦをVのアデール化上の急減少関数に対して、大域的ゼータ関数Z(Φ,s)はRe(s)>2m-2においてs=2mにおいて高々単純な極を除いて、正則関数となる。さらにs=2mでの極は、τ(G1)D2∫VAΦ(x)dxで与えられる。τ(G1)とD2は群Gと体κにより決定される数である。

論文の前半部分と合わせれば、この定理からDの次元がそれぞれ4,9の時それぞれ、〓をxの関数として漸近的に評価する密度定理が期待される。二つ目の定理においてゼータ関数の解析接続のためにPoissonの和公式を適用した。このとき特異部分の積分を実行するとき、VκをGκ軌道に分けると、可積分とならないことが問題となる。その発散部分を何らかのいみで解釈することが必要となってくる。そのために用いられたのが、新谷によるEisenstein級数による平滑化のテクニックである。D×の分裂階数が0なので用いられるEisenstein級数はGL(2)と同じものでよい。

この研究により、期待される密度定理はDが分裂するときの密度定理の一部となっていることを考えると、懸案であった分裂するばあいの研究の足ががりとなる点が評価される。またここで使われる整数論の手法を見ても、その能力は十分評価できるものである。したがって、論文提出者 谷口隆 氏は博士(数理科学)の学位を受けるにふさわしい充分な資格があると認める。

UTokyo Repositoryリンク