学位論文要旨



No 119447
著者(漢字) 間田,潤
著者(英字)
著者(カナ) マダ,ジュン
標題(和) 周期箱玉系の研究
標題(洋) Studies on Periodic Box-Ball Systems
報告番号 119447
報告番号 甲19447
学位授与日 2004.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(数理科学)
学位記番号 博数理第251号
研究科 数理科学研究科
専攻 数理科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 時弘,哲治
 東京大学 教授 薩摩,順吉
 東京大学 教授 岡本,和夫
 東京大学 助教授 白石,潤一
 東京大学 助教授 ウィロックス,ラルフ
内容要旨 要旨を表示する

はじめに

本論文は、「周期箱玉系」に関する研究を行い、そこで得られた成果についてまとめたものである。

箱玉系は、高橋・薩摩の提案したソリトン・セルオートマトンを、1次元的に並んだ箱の中を動く玉のなす力学系として表現したものであり、代表的な非線形可積分方程式系であるKdV方程式および戸田方程式を超離散化したものになっている。また、その時間発展パターンは、量子代数Uq(A(1)M)の対称性を持つ可解格子模型のいわゆる結晶化 (crystallization) に一致している。このような無限次元可積分系との関係から、箱玉系は「可積分な」セルオートマトンと呼ばれている。

周期箱玉系は、この箱玉系に周期条件を課して有限なオートマトンとしたものである。もとの箱玉系と同様、周期戸田格子系を超離散化した非線形離散方程式系であり、また、周期可解格子模型の結晶化でもある。しかしながら、もともとの箱玉系とのひとつの際立った違いは、周期箱玉系が、「有限の状態しかとらない可逆な系」であることである。したがって、力学系としての位相空間は有限集合であり、すべての軌道は有限な周期軌道となる。そのため、必ず初期状態と同じ状態に戻ることになり、与えられた初期状態に対して元に戻るまでの最小の周期(以下、「基本周期」と呼ぶことにする)が存在する。一般の非線形な力学系において、任意の初期状態に対して、その基本周期を計算することはきわめて困難であるが、周期箱玉系では、ある種の繰り込み操作が可能であるため、基本周期を求めるアルゴリズムが存在することが吉原らによって示されていた。そこで私は、エルゴード力学系やカオス力学系と対置する意味で、周期箱玉系の「力学系としての可積分性」を、基本周期の観点、すなわち各軌道が位相空間のどの程度を占めるかという観点から研究した。

周期箱玉系の基本周期の漸近挙動

系の基本周期の熱力学的極限(系のサイズNを無限大にした極限)における漸近的挙動の考察を行い、基本周期の最大値と一般の初期状態に対する基本周期についての評価を得た。系の位相空間の体積は系のサイズに対して指数関数的に増大する。「可積分系」であれば、基本周期のふるまいは定性的に異なるはずであり、それを肯定する結果が得られた。簡単にまとめると次の通りである。

定理1:箱の数:N, 玉の数:Mとし、密度 : ρ : = M/N (0<ρ<1/2)とする。このとき、基本周期の最大値Tmax(N ; ρ)は、N≧1016とするとepx[2(1-nax[√2-7ρ-1, 0])√N(1-c/logN)]<Tmax(N ; ρ)<exp[2√2ρ√NlogN]が成立する。ここでcは、c〜0.1である正定数である。

定理の証明は、吉原らのアルゴリズムに基づく。このアルゴリズムは、系の保存量から順次定義される正整数列を構成し、基本周期がそれらの最小公倍数で与えられるとするものである。定理の下限は、基本周期の最大値を与えると考えられる初期状態を近似的に構成し、素数定理を利用して証明した。上限は、正整数列を上から評価して証明した。

箱と玉の数を定めたとき、位相空間の体積V(N ; ρ)は〓で与えられる。したがって、基本周期の最大値が漸近的にexp[√N]程度の増大をするのに対し、位相空間の体積はexp[N]程度である。系が非常に大きいときには、軌道が位相空間内のほとんどの状態を通らないという意味で、周期箱玉系はエルゴード力学系とは非常に異なるといえる。

定理2:N, ρ, V(N ; ρ)を前述のもの、t0 : = ρ/(1+ρ)とする。与えられた正数δに対して、Vδ(N ; ρ)を、基本周期がexp[(1+δ)(logN)2/-logt0]よりも小さくなるような初期状態の数と定義する。このとき、任意のδ>0に対し〓が成り立つ。

証明には、保存量に対する母関数を導入し、保存量と基本周期との関係を用いた。漸近形の評価は、分割数に関するロジャーズ-ラマヌジャンの漸近評価と同様な解析数論の手法(基本的には鞍点法)によった。

この定理2から更に、系が十分に大きいとき、ほとんどの初期状態の基本周期exp[(logN)2/-logt0]よりも小さくなることがいえる。

まとめ:周期箱玉系の最大周期は〜exp[√N]で増大する。 ほとんどの初期状態に対する基本周期は〓exp[(logN)2]程度で抑えられる。 周期箱玉系のほとんどの軌道は、位相空間(体積(〜exp[N]))のごく一部しか通らない。という結果を得た。

さらに、考察過程において、Tの漸近評価と Riemann 予想とが等価であること、フェルミオン公式との関係、テータ函数の周期行列などといった、他の重要事項との関係を見出すことが出来た。

一般化された周期箱玉系の保存量のndKP方程式からの構成

一般化された周期箱玉系(箱の数:N, 玉の種類:M, 箱の容量:θn)の基本周期についても同様の議論を行いたいが、現段階で基本周期を与える明示公式は得られていない。そこで、その手がかりとなるであろう保存量の考察を行った。まず、一般化された周期箱玉系の方程式〓ただし〓を得た(Usnは玉の数、κsnは箱の空き容量に関する量を示す)。

そして、この方程式がndKP方程式 (nonautonomous discrete KP equation) (bm-cn)TlTmn+(cn-al)TmTnl+(al-bm)TnTlm=0 に reduction 条件を課して得られる〓に周期境界条件を課して超離散極限をとることで導き出されることを示した。

これによりndKP方程式におけるLax形式〓から保存量を求め、それらの超極限をとることにより周期箱玉系の保存量が得られる。

そして、実際にM=1で具体的な保存量を求め、特に、箱の容量が1のときには、既に知られている保存量に一致することを示した。

まとめ

周期箱玉系の可積分性を特徴付けるという目標に向け、その手段として周期箱玉系の基本周期に着目した。箱の容量1,玉の種類1の場合における周期箱玉系の基本周期の漸近挙動の研究からは、周期箱玉系の基本周期は、位相空間の体積からすると非常に小さいという結果が得られた。また、一般化された周期箱玉系においては、周期箱玉系とndKP方程式との対応関係を示し、そこから任意のM(玉の種類)に対して、周期箱玉系に対応するndKP方程式のLax行列を得た。さらに、M=1では、箱の容量が1のとき、既に知られている保存量に一致することを示した。

審査要旨 要旨を表示する

周期箱玉系とは,周期的な1次元的に並んだ箱の中を動く玉のなす力学系で,セルオートマトンの1例である.この系は,戸田格子系から超離散極限によって得られ,また,A(1)n型可解格子模型の結晶化に対応し,十分な数の保存量の存在や組み合わせ論的R行列との関係から「可積分性」をもっと考えられている.また,この系は,有限個の状態しかとらない可逆な力学系であるので,その軌道はすべて周期軌道となり,与えられた初期状態に対して最小の周期(基本周期)が存在する.本論文は二つの部分からなり,前半は周期箱玉系の基本周期の漸近的な性質を明らかにしたものであり,後半は,一般化された周期箱玉系について non-autonomous discrete KP (ndKP) 方程式からの超離散極限を利用してその保存量を求めるアルゴリズムを構成したものである.

間田氏は,Yoshihara らによって得られた基本周期公式を利用して基本周期の系のサイズが無限大に発散する場合の漸近的性質を調べた.この公式によれば,基本周期は系の保存量を定めるヤング図形から導かれる有限数列の最小公倍数として与えられる.氏は,まず,すべての初期状態に対する基本周期の最大値 (Tmax) の漸近評価として2√N+O(1)<logTmax<2√NlogNを証明した.ここで,上限はヤング図形の分布の考察から,下限は準三角的なヤング図形に対する有限数列の構成と素数定理に基づく評価式から得ている.さらに,この下限の評価式を与える定理の系として,準三角的なヤング図形に対応する保存量をもつ状態の基本周期の漸近評価を与えることと,有名な Riemann 予想の証明とが等価であることを示した.これは,周期箱玉系の基本周期と素数分布の問題が密接に関係しているためであり,可積分系と整数論との関係を示す一つの良い結果である.さらに,氏はほとんどの基本周期はlogT<NlogNを満たすことを,深さの決まったヤング図形を与える初期値分布関数の母関数を求め,古典的な解析数論の手法(本質的には鞍点法)により母関数の漸近形を評価することにより証明した.この結果,系が非常に大きいときには,軌道が位相空間内のわずかな状態しか通らないという意味で周期箱玉系は力学系としてのエルゴード性をもたないことが示されたことになる.非自明な力学系において基本周期を求める問題は通常大変困難な問題であり,このようにその漸近評価を厳密に行った例はほとんどなく,離散力学系の観点からも高く評価できるものである.

次に氏は,拡張された周期箱玉系(玉の種類M,箱nの容量θnが任意のもの)を考察し,系の時間発展方程式を区分線形方程式で陽に書き表した.そしてこの方程式がndKP方程式にM+1-reductionと周期境界条件を課した離散可積分方程式の超離散極限であることを証明した.この結果と,ndKP方程式のLax形式を利用し,Lax演算子の固有値が時間的に不変であることを用いて,周期箱玉系の保存量を求めるアルゴリズムを構成した.さらにM=1の場合には,その保存量を具体的に書き下し,その保存量を2種類の玉を用いた組合せ論的な表現によって表示することで,θn=1のばあいには,すでに知られているヤング図形を用いた保存量に一致することを証明した.以上の成果によって,一般化された箱玉系の基本周期を決定する手がかりが与えられたことになる.

以上のように本論文は,可積分セルオートマトンの数理構造に新しい知見を与え,また,可積分系の数論的側面を発見したものでもあり,今後の可積分系理論の発展に良い材料を提供したものと考えられる.論文全体を通して,複雑な計算を実行して明快な結果を得る計算力や,初等的ではあるものの独創的な証明のアイデアが見て取られる.また,論文の記述も明快である.よって,論文提出者間田潤は,博士(数理科学)の学位を受けるにふさわしい充分な資格があると認める.

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