学位論文要旨



No 119449
著者(漢字) 金,成煥
著者(英字)
著者(カナ) キム,スンワン
標題(和) 楕円型方程式における不均質性決定逆問題
標題(洋) Inverse Problems of Determining Inhomogeneity in Elliptic Equations
報告番号 119449
報告番号 甲19449
学位授与日 2004.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(数理科学)
学位記番号 博数理第253号
研究科 数理科学研究科
専攻 数理科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 山本,昌宏
 東京大学 教授 片岡,清臣
 東京大学 教授 中村,周
 東京大学 助教授 Weiss,Georg
 東京大学 教授 俣野,博
 北海道大学 教授 中村,玄
内容要旨 要旨を表示する

本論文において私は楕円型方程式に対して次の4つの逆問題を考察した。 (1) 金属と半導体の接触に関する逆問題 (2) 伝導率逆問題 (3) 磁気共鳴電気インピーダンス・トモグラフィ (4) 電場探査

これらの逆問題は間接的な観測によって未知の物理的な性質や構造を決定する問題であり、現代科学、工学ならびに医学などの分野で重要な問題である。

金属と半導体の接触に関する逆問題

すべての半導体素子には金属層との接触面があり、それは電子に対する障壁として働く。したがって、半導体素子の設計においては、金属と半導体の間の界面における状態を制御することはきわめて重要である。このために界面での接触抵抗を規定する接触面やそこでの物理的な性質を決定しなくてはならない。これがここで考察した第一の逆問題である。境界入力として、半導体が占めている領域Ωの境界で電流密度g≠0を加える。このとき、対応する電位uは次の楕円型方程式の境界値問題の解となる:〓ここでpはある物理的な性質を記述するパラメータ、Dは金属と半導体の接触面でχDはDの特性関数である。AD(g)によって接触面Dによって決まる境界での観測量u|∂Ωを表すものとする。したがって、金属と半導体の接触に関する逆問題は境界観測(g, AD(g))によるDの決定問題として定式化することができる。数学の観点から第一に考察されるべき問題は一意性である。すなわち、コーシー・データ(g, AD(g))がDを一意的に決定するかどうかを証明する問題がこれである。しかしながら、数学ならびに工学の領域でおびただしい研究がなされてきたにも関わらず、一般の凸領域Dに対して一意性は未解決問題である。本論文の第一の課題は一意性の問題に答えることである。

第1章において、次の一意性の結果を証明した:Ωの二つの部分領域D1, D2に対して、もしD1\D2ならびにD2\D1をともに分離する直線(または3次元の場合は平面)が存在すれば、デイリクレ境界データが一致するとき、すなわちAD1(g)=AD2(g)、ならばD1=D2を結論づけることができる。この結果の特別な場合として、D1, D2が円板(3次元の場合は球)であれば、つねに一意性が成り立つことがわかる。

第2章においてD1\D2、またはD2\D1の連結成分の個数が2以上のときに一意性を示した。実は第1章では連結成分の個数が1である場合を取り扱っていた。

第3章において、境界が滑らかでない部分領域に対して一意性の結果を証明した。すなわち、ラプラス方程式のコーシー問題の空間H1における解の非存在の定理に基づいて、一般の多角形領域の凸包についての一意性を証明した。この証明では、楕円型方程式のH1での弱解の領域の”かどの点”における滑らかさが本質的である。そのためにはDの境界が”かどの点”を持ちさえずればよいので、ここでの証明は多角形領域のみならず境界が曲線の場合にも適用できる。第4章において変数係数の楕円型方程式に対してDの境界が曲線の場合に”かどの点”を決定する際の一意性の結果を証明した。さらに”かどでの滑らかさ”の性質は他の逆問題にも適用できる。すなわち、第5章で等方的な定常ラメ方程式に対する類似の逆問題の一意性を考察した。

伝導率逆問題

伝導率逆問題は電気インピーダンス・トモグラフィ (EIT) において現れ、人体表面の電場または磁場の観測値から医学診断を行うために有効性が期待できる新しい方法である。人体の胸郭部分の断面をΩ⊂R2とする。電流を人体表面から横断する方向に加えると誘導される電位uは次の2次元の伝導方程式を満たす:〓ただし、σは人体の伝導率の分布を表している。代表的なモデルとして、次を仮定する:σ(x)=l(x)+m(x)χD(x)。ただし、l、mは既知の正値関数である。そのとき、表面∂Ωでの電位uの観測値からDを決定することがここで考察した問題である。

理論面ならびに応用面での重要性のために多くの研究者が、このような逆問題に取り組み、多角形領域Dの範囲内での一意性が証明されている。しかしながら、既存の論文においては係数l、mはともに正の定数でなくてはならなかった。それらの論文においては、関連した自由境界問題における解析性が本質的に用いられており、一般の変数係数の場合には適用できない。物理的な見地からl、mが変数係数の場合に一意性を証明することはきわめて重要であり、第6章でそのような場合において、より一般的な仮定〓の下で一意性を確立した。

磁気共鳴電気インピーダンス・トモグラフィ

人体の伝導率の分布を決定するために、伝導率逆問題においては境界データのみを使用したが、磁気共鳴電気インピーダンス・トモグラフィ (MREIT) においては、磁気共鳴画像 (MRI) によって内部データを観測することが可能となる。そのとき、前述の伝導率逆問題は次の非線形MREIT方程式に書き換えることができる:〓非線形MREIT方程式に関して、解の存在や一意性などの基本的な課題を調べることは自然なことである。第7章で1つの解に基づいて無限個の相異なる解を構成し、さらに解が存在しない例を示した。これは非線形MREIT方程式が実際上の仮定の下では一般に一意可解でないことを示している。したがって、モデル方程式を修正する必要がある。このように修正された方程式に対して、区分的に連続な伝導率の分布の不連続性の決定について一意性を証明した。

電場探査

第8章において、与えられた領域の内部にコンパクトに埋め込まれた伝導体Dを再構成するという逆問題を考察した。支配方程式は次のように記述できる:〓Γ⊂∂Ωとして、単一のコーシーデータ(f, ∂u/∂v|Γ)からDを決定する間題を解いた。これは電場探査の数学モデルである。

この逆問題に関しては、一意性は古典的な一意接続性によって証明されるので、観測データからDを再構成することが次に重要な課題となる。このために、データから領域Dの情報を抽出することが重要である。この逆問題は非線形で不安定なので、これは困難な課題である。そこで再構成のために数値的に有効なアルゴリズムの構築を目指した。そのようなアルゴリズムはリアルタイムで実行できるものでなくてはならない。このような観点から、第8章でリアルタイムで実行できる新しい方法として球面探査法ならびに平面探査法を提案し有効性を検討した。

審査要旨 要旨を表示する

金成換氏は学位申請論文「楕円型方程式における不均質性決定逆問題 (Inverse Problems of Determining Inhomogeneity in Elliptic Equations)」において以下の4つの逆問題の数学解析を行った。(1) 金属と半導体の接触に関する逆問題 (2) 伝導率逆問題 (2) 磁気共鳴電気インピーダンス・トモグラフィ (4) 電場探査

これらの逆問題は半導体素子の設計、医学診断ならびに非破壊検査と密接に結びついた実際上の必要性の高い極めて重要な応用逆問題である。そのような実世界における重要性にも関わらず、個々の数値実験の結果は数多くあるものの、数学解析的な成果は乏しい。金成換氏は上述の逆問題の数学解析の第一の課題である一意性の問題を中心に考察した。これらの逆問題は数学的には、楕円型方程式の係数の不連続点や方程式が成り立っている領域の形状を境界観測によって決定する逆問題として定式化することができる。しかしながら具体的な解析のためには、それぞれの逆問題に応じて最大値原理、対称性、解の滑らかさなど数学的な知見を駆使する必要がある。上述の4つの逆問題に関して簡単に審査結果を述べる。

金属と半導体の接触に関する逆問題:この逆問題は次の楕円型方程式の境界値問題における特性関数χDの台Dを境界における観測チータu|∂Ωから決定する問題として定式化することができる:〓ここでpは既知の定数である。境界データ(g, u|∂Ω)がDを一意的に決定するかどうかを証明するという一意性の問題は合理的な数値計算を実施する上で必要不可欠の基本的な問題であるが、一般の凸領域Dに対してながらく未解決問題であった。金氏はこのような未解決問題に対して、次のような2つの場合に一意性を証明した。(a) 未知領域Dがある種の対称性をもつことが仮定できる場合:このような仮定はDが例えば楕円ならば成立し、既存の結果を特殊な場合として含んでいる。(b) 未知領域Dが多角形領域の場合:この場合の一意性は本論文以前には知られていなかった。この手法は本論文において等方弾性体の外力項の台を決定する逆問題の一意性にも適用された。

伝導率逆問題:これは電気インピーダンス・トモグラフィにおいて現れ、医学診断において極めて重要な逆問題である。以下のように数学的にモデル化することができる:〓ただし、人体の伝導率の分布σの代表的なモデルとしてσ(x)=l(x)+m(x)Dχ(x)を採用する。ここでl、mは既知の正値関数である。そのとき、u|∂Ωの観測値からDを決定する際の一意性を考察した。 係数l、mがともに正の定数である場合には一意性は、多角形領域Dの範囲内で証明されているが、人体のモデルとしてはl、mが場所とともに変化する関数であることが自然である。既存の論文における手法はl、mがともに正の定数でなくては適用できなかったが、本論文において一般の変数係数の場合に一意性を確立し、既存の成果の一般化に成功した。

磁気共鳴電気インピーダンス・トモグラフィ:人体の伝導率の分布は医学診断にとって重要度がたいへん高い逆問題である。磁気共鳴電気インピーダンス・トモグラフィにおいては、人体内部のデータを観測することが可能となり、次のようにモデル化することができる:〓ここでa(x)は観測データから決まる関数であって、a(x)/|▽u(x)|の不連続点を決定することが主要課題となる。本論文においてこの境界値問題の解の非一意性を構成的に証明し、実用上の要請を考慮に入れて修正されたモデル方程式に対して、伝導率の分布関数の不連続性の決定について一意性を証明した。

電場探査:領域の内部に埋め込まれた伝導体Dを境界データを用いて再構成するという逆問題を考察した。これは次のようにモデル化される:〓ここでDの再構成のためのアルゴリズムを2つ提案し、その有効性を確かめた。

本学位申請論文における成果はすべて国際的な学術誌に既に出版されていたり、出版が受諾されているものばかりであり、この分野で著しい成果である。

よって、論文提出者 金成換 は、博士(数理科学)の学位を受けるにふさわしい充分な資格があると認める。

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