No | 119450 | |
著者(漢字) | 高木,俊輔 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | タカギ,シュンスケ | |
標題(和) | 乗数イデアルの局所的性質の研究 | |
標題(洋) | Studies on local properties of multiplier ideals | |
報告番号 | 119450 | |
報告番号 | 甲19450 | |
学位授与日 | 2004.03.25 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(数理科学) | |
学位記番号 | 博数理第254号 | |
研究科 | 数理科学研究科 | |
専攻 | 数理科学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 乗数イデアルは最初 Demailly, Nadel, Siu 等の仕事において,複素解析的文脈で登場した.彼らは線束上の特異計量に付随する乗数イデアルの概念を導入し,乗数イデアルを巻き込んだ形の小平型消滅定理を証明した.その後すぐに乗数イデアルは,特異点解消と食い違い因子を用いて,純代数幾何的に再定式化された.原理的には解析的な乗数イデアルの方がより一般的な概念だが,実際にはこれまでに得られた応用のほとんどは本質的に代数幾何的なものであり,代数的な言葉に翻訳できる.さらに代数的な乗数イデアルはそれ自体で様々な応用を生み出し始めた(cf. [2], [1], [3], [8], [9]). 今やこのイデアルは双有理幾何学において重要な道具となりつつあるように思われる.本論文では,乗数イデアルの局所的性質に関する次の4つの内容を扱う. いつ乗数イデアルの劣加法性は成立するか? 乗数イデアルの劣加法性とは,イデアルの積の乗数イデアルが,各々の乗数イデアルの積に含まれるという性質である.Demailly-Ein-Lazarsfeld [1] は,複素数体C上定義された非特異代数多様体上でこの劣加法性が成り立つことを証明した.彼らの結果は,可換環論及び代数幾何学に優れた応用を持つ.例えば,正則局所環のイデアルの形式冪の増大度に関する問題[3]や,巨大な因子の体積は爆発の上の豊富な因子の自己交点数によって近似できるという藤田の近似定理[5]などがある.しかしながら彼らの証明は,川又-Viehweg の消滅定理と対角線埋め込みが完全交差であるという事実を用いるため,正標数の体上定義されている多様体や特異点を許す多様体上では機能しない.従って,乗数イデアルの劣加法性がどのような多様体上で成立するか,というのは大変興味深い問題である.この問題について,2次元の場合には,反ネフサイクルによる整閉イデアルの特徴づけを用いると,次の結果が得られる. 定理1 (Theorem 2.2.2).(R, m) を2次元エクセレント Q-Gorenstein 正規局所環とする.このとき,Spec R が高々ログ端末特異点しか持たないことと,乗数イデアルの劣加法性が成り立つことは同値である. 3次元では定理1の反例が存在する (Example 2.3.1).またトーリック多様体上の単項式イデアルに付随する乗数イデアルに関しても,3次元で劣加法生が成り立たない例が存在する (Example 2.3.2). 判定イデアルの一般化について 乗数イデアルは密着閉包の理論によって解釈され得る.Rを標数p>0のネーター可換環とする.Hochster-Huneke [7] によって導入された判定イデアルτ(R)⊆Rは,Rにおける全ての密着閉包関係の零化イデアルとして定義され,密着閉包の理論において中心的な役割を担う.原-吉田[6]は,密着閉包の一般化として,与えられたイデアルa⊆Rと実数t>0に付随するat-密着閉包という概念を導入し,Rの全てのat-密着閉包関係の零化イデアルとしてτ(at)⊆Rというイデアルを定義した.そして彼らは,(R, a)を標数0の正規 Q-Gorenstein 局所環とそのイデアルの対の十分大きな標数p≫0への還元としたとき,イデアルa⊆Rと実数t>0に付随する乗数イデアルJ(at)がτ(at)と一致することを証明した. 我々は Matlis 双対性を用いて,このτ(at)というイデアルの特徴付けを与え (Lemma 3.2.1),局所化や完備化,余次元1でエタールな有限射におけるτ(at)の振る舞いを調べる (Proposition 3.3.1, 3.3.2, Theorem 3.3.3).さらにこの特徴付けの応用として,次の Lipman-Skoda の定理[12], [11]の類似及びτ((a+b)t)の和公式を証明する. 定理2.Rを正標数の正規 Q-Gorenstein 局所環とし,a, bをRの非零イデアルとする.さらに任意の実数t>0を固定する.(1) (Theorem 3.4.2)aは高々l個の元で生成される還元イデアルを持つと仮定する.このとき,τ(R, albt)=τ(R, al-1bt)a (2) (Theorem 3.5.1) τ((a+b)t)=Σλ+μ=t τ(aλbμ).τ(at)と乗数イデアルJ(at)の対応より,定理2の(1)は Lipman-Skoda の定理の別証明を,(2)は Mustata による乗数イデアルの和公式[13]の一般化を与える.Lipman-Skoda の定理及び Mustata の和公式の証明には,標数0の体上でしか成り立たない消滅定理を用いる.それに対し我々の定理は,上記のτ(at)の特徴づけを用いると,イデアルの冪に関する簡単な考察から直ちに従う.ここにτ(at)というイデアルを考える利点がある. F-特異点対と一般余次元の逆同伴 Ein-Mustata 安田[4]はジェットスキームとモチーフ積分の理論を用いて,全空間が非特異の場合に,LC対の逆同伴を証明した.すなわち,Xを複素数体C上定義された非特異代数多様体とし,Y=Σk i=1 tiYi をXの閉部分スキームYi〓Xと実数ti>0の形式和とする.またZをX上の正規有効因子で,Z〓Uk i=1 Yiを満たすものとする.このとき対(Z, Y|z)がLCであることと,対(X, Y+Z)がZの近傍でLCであることは同値である、この結果を,密着閉包の理論を用いて,Zが任意余次元の正規 Q-Gorenstein 閉部分多様体の場合に拡張する. まずF-正則環,F-純環の概念を,環Rとそのイデアルa1, …, ak⊂・Rと実数t1, …,tk>0の対(R, at11…atkk)に対して拡張する.このようなF-特異点対は,双有理幾何学に現れる特異点対と対応する.より正確に言えば,Q-Gorenstein 強F-正則型対とKLT対は一致し,Q-Gorenstein 純F-正則型対(resp. Q-Gorenstein F-純型対)はPLT対(resp. LC対)である (Proposition 4.1.9).この対応とイデアルτ(at)と乗数イデアルJ(at)の対応を利用すると,次の定理が得られる. 定理3 (Theorem 4.2.1, 4.2.2).Xを標数0の体上定義された非特異代数多様体とし,Y=Σk i=1 をXの閉部分スキームYi〓Xと実数ti>0の形式和とする,またZ〓Xを,Z〓Uk i=1 Yi を満たす正規 Q-Gorenstein 閉部分多様体とする.もし対 (Z, Y|z) がKLT (resp. LC) ならば,対 (X, Y+Z) はZの近傍においてPLT (resp. LC) になる. IKLT対の場合は,上記のF-特異点対と特異点対の対応から,F-特異点対の問題 (Theorem 4.1.12) に帰着される.それに対し,LC対と Q-Gorenstein F-純型対の同値性は未解決なので,同じ方針ではLC対の場合は証明できない.LC対の場合の証明は次の3段階からなる.簡単のためY=0の場合を考える.また局所的性質を論じているので,X=Spec Rとして良い. (1) 乗数イデアルの最も重要な局所的性質である制限定理 [11, Theorem 9.5.1, Example 9.5.3] を任意余次元の場合に拡張する.すなわちa⊆Oxを任意のイデアル層,t>0を任意の実数,Iz⊂OxをZの定義イデアルとしたとき,任意の実数0≦s<1に対し,J(Z, (aOz)t)⊂J(X, atIsZ)・Ozとなることを示す (Corollary 4.1.14).(2) (1) を用いて,WをZの非KLT点集合としたとき,対 (X, Z) がLCであることと対 (X, W) がLCであることが同値であることを示す.(3) IW⊂OxをWの定義イデアルとしたとき,任意の実数0≦s<1に対し,J(X, IsW)=Oxであることを示す.これは対 (X, W) がLCであることを意味する.従って(2)より,対 (X, Z) はLCである.(1), (3) を示すためには,十分大きな標数p≫0に還元し,乗数イデアルJ(X, at)の代わりにイデアルτ(R, at)を考える.その際Xが非特異であるので,環R上の Frobenius 射が平坦になることが重要である.Frobenius 射の平坦性を用いると,Matlis 双対性を通じて,イデアルτ(R, at)に関する条件をイデアル論の問題に翻訳することができ,これによって(1)と(3)が従う. 4F-純閾値について 乗数イデアルと関連の深い不変量であるLC閾値の類似として,F-純閾値の概念を導入する.Rを正標数のF-純環,aをRのイデアルとしたとき,十分小さい実数t≧0に対して対(R, at)はF-純になり,非常に大きな実数t>0に対して(R, at)はF-純になり得ない.このtの臨界値をイデアルaのF-純閾値c(a)と定義する.標数p>0への還元を考えることにより,標数0の環(のイデアル)に対してもF-純閾値は定義できる.イデアルτ(at)と乗数イデアルJ(at)の対応を用いると,標数0のログ端末特異点においては,F-純閾値とLC閾値は一致する. 我々はまず正標数の環のF-純閾値の基本的性質を調べ,極大イデアルのF-純閾値がその環の性質を規定することを見る.すなわち,(R, m) を標数p>0のd次元ネーター局所環としたとき,c(m)>d-1とRが正則であることが同値であり,またRが Q-Gorenstein ならば,c(m)=d-2とRの完備化Rが一般化されたcAn特異点であることが同値である (Theorem 5.1.7). 次に標数0の環のF-純閾値の性質を調べ,それを用いて3次元端末特異点の性質を調べる.特にF-純閾値を用いて,次元端末特異点の重複度に関する垣見の結果[10]の別証明を与える (Proposition 5.2.10). またF-純閾値を用いて,LC閾値に関する幾つかの結果の類似を与える.(R, m) を正標数の正則局所環としたとき,LC閾値の場合と同様の議論が機能して,m-準素イデアルa⊂RのF-準閾値c(a)とaの重複度e(a)の間の不等式が得られる (Proposition 5.3.5).さらに,F-準閾値の上界,下界 (Proposition 5.3.1, 5.3.2) 並びにF-純閾値の制限定理 (Proposition 5.3.3),和公式 (Proposition 5.3.4) が,LC閾値の場合より簡単な議論によって示される. | |
審査要旨 | 乗法イデアルの概念はDemailly、Nadal、Siu等の仕事において、複素解析の分野において登場した概念であるが、まもなく代数幾何の概念として再定式化され、双有理幾何学における有用な道具として用いられるようになった。高木俊輔はこの概念を正標数における可換環の理論と結び付け、その局所的性質の解明を行ない、次のような結果を得た。 乗数イデアルの劣加法性の研究 Demailly-Ein-Lazarsfeld は、非特異な多様体の上で乗数イデアルの劣加法性が成り立つことを証明した。特異点を有する多様体の場合に一般化することが次に問題となるが、高木は渡辺との共同研究として、(R, m)を2次元のエクセレント Q-Gorenstein 正規局所環とするとき、Spec Rが高々ログ端末特異点しか持たないことと、乗法イデアルの劣加法性が成り立つことが同値であることを証明した。 判定イデアルの一般化の振る舞いの研究 原-吉田は判定イデアルの概念を一般化し、それが乗数イデアルと対応することを証明した。高木は原との共同研究として、この判定イデアルの一般化の性質を研究し、判定イデアルに対し、乗数イデアルにおける Lipman-Skoda の定理の類似と和公式を証明した。 ログ標準特異点の逆同伴の研究 Ein-Mustata-安田は、超曲面の場合にログ標準特異点の逆同伴を証明した。高木は判定イデアルの一般化と乗数イデアルの対応を利用し、密着閉包の理論を用いて、彼らの結果を、非特異な多様体に埋め込まれている任意余次元の多様体の場合に拡張した。正確に一は、Xを標数0の体上定義された非特異代数多様体とし、Y=Σk i=1 tiYi をXの真の閉部分スキームYiと実数ti>0の形式和とし、Xの真の閉部分スキームZをZ〓Uk i=1 Yiをみたす正規 Gorenstein 閉部分多様体とする。このとき、もし対(Z, Y|z)がKLT (resp. LC)ならば、対(X, Y+Z)はZの近傍でPLT (resp. LC)になることを示した。 F-純閾値 渡辺との共同の研究によって、乗法イデアルと関連して定義されるLC閾値の類似として、正標数の可換環に対しF-純閾値の概念を定義し、その基本的な性質を解明した。また、その2つの閾値の関係をあきらかにした。たとえば、たとえば、標数0のログ端末特異点の場合には、LC閾値と、十分大きな素数pに対し標数pに還元して得られるF-純閾値は一致することを示した。 高木俊輔は、このように、代数幾何学と可換環論にまたがる数多くの研究成果をあげており、その成果はこの分野において世界的に高く評価されている。また、共同研究者である渡辺敬一、原伸生両氏からは、共同研究における高木の貢献が十分大きく、それらの部分も高木の博士論文として提出するにふさわしいものである旨の承諾が得られている。よって、論文提出者高木俊輔は、博士(数理科学)の学位を受けるにふさわしい充分な資格があると認める。 | |
UTokyo Repositoryリンク |