学位論文要旨



No 119451
著者(漢字) 安田,健彦
著者(英字)
著者(カナ) ヤスダ,タケヒコ
標題(和) 双有理幾何学における新しい手法 ; 構成的射とモティヴィック積分
標題(洋) NEW METHODS IN BIRATIONAL GEOMETRY ; PIECEWISE MORPHISMS AND MOTIVIC INTEGRATION
報告番号 119451
報告番号 甲19451
学位授与日 2004.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(数理科学)
学位記番号 博数理第255号
研究科 数理科学研究科
専攻 数理科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 川又,雄二郎
 東京大学 教授 宮岡,洋一
 東京大学 教授 桂,利行
 東京大学 助教授 寺杣,友秀
 東京大学 助教授 小木曽,啓示
 日本大学 教授 渡辺,敬一
内容要旨 要旨を表示する

本論文は次の二つの部分からなる。1. Piecewise morphisms of birational foliated varieties(双有理葉層多様体の構成的射)2. Motivic integration over Deligne-Mumford stacks(Deligne-Mumford スタック上のモティヴィック積分)

第一部は、モティヴィック積分により示される事実「K同値な非特異完備代数多様体は等しいホッジ数を持つ」から自然に生じる、「どのように二つの代数多様体の点集合の間に、1対1対応を与えるか」という問題を提起し、部分的回答を与える。第二部では、モティヴィック積分を Deligne-Mumford スタックに一般する。この非自明な一般化により新しい現象(自己同型群の数値的寄与)が現れることを確認する。また応用として、スタックとQ-因子の対で川又ログ端末特異点を持つものに対し、不変量を定義する。この不変量は、Batyrev による弦理論E関数や軌道体E関数、Chen と Ruan による軌道体コホモロジーの一般化になっている。

双有理葉層多様体の構成的射

X、Yを双有理同値な非特異射影的複素代数多様体とする。X、YはK同値であると仮定しよう。すなわち、非特異代数多様体Zと固有双有理射Z→X、Z→Xが存在し、KZ/X=KZ/Yを満たす。たとえば、X、Yが極小モデルのとき、これらはK同値である。このとき、モティヴィック積分の変換公式から、X、Yのホッジ数が等しいことがしたがう。hp,q(X)=hp,q(Y). そこで、次の問題を考えるのは自然であろう。

問題:局所的閉部分集合への分解、〓が存在し、全てのiに対し〓が成り立つか。そして、もし成り立つ場合は、どのように同型写像〓を構成するか。

実際、もしこのような局所的閉部分集合への分解が存在すれば、E多項式の加法性からホッジ数の等価性はモティヴィック積分を経ずに直ちに従う。K同値の最も単純な例の一つフロップの場合は、このような分解が明らかに存在する。しかし、一般に標準的な同型射〓、標準的な写像X→Yは存在しないことも明らかである。したがって、それらを見つけるためにはX、Yがさらに何らかの構造を備えている必要がある。

本論分ではこの構造の候補として、1次元葉層構造を考える。Xが1次元葉層構造を備え、適当な条件を満たすとき、標準的な写像f : X→Yが存在し、適当な局所的閉部分集合への分解〓に対してf|Xi三は代数多様体の射であるということを証明する。そして、Xの葉層構造から自然に導かれるYの葉層構造が非特異であるとき、この射は全単射であることを証明する。

第一部の最後に、具体的な例をしめす。また、その例をGIT商の視点から解釈し、点の対応が軌道の分裂に対応することを見る。

Deligne-Mumfbrd スタック上のモティヴィック積分

モティヴィック積分において、ジェットとアークが基本的な役割を果たす。代数多様体Xに対し、nジェットとはXのk[t]/tn+1点のことで、アークとはk[[t]]点のことである。nジェットやアークをパラメタ付けるスキームJnX、J∞Xが存在し、自然な射πn : J∞X→JnXが存在する。射πnを使い、アーク空間J∞Xにある種の測度が定義され、積分を行うことができる。これがモティヴィック積分の概要である。

これを Deligne-Mumford スタックに一般化するためには、スタックχk[t]/tn+1点やk[[t]]点を考えるだけでは不十分である。ツイステッド・nジェットをスタックの表現可能射[(Spec k[t]/tnl+1)/μl]→χと定義し、ツイステッド・アークを表現可能射[(Spec k[t]/μl]→χと定義する。ここで記号[/]は商スタックを表すものとする。kスキームによってパラメタ付けられたツイステッド・nジェットやツイステッド・アークの圏をJnχ、J∞χとする。これらも Deligne-Mumford スタックになることを第二部の最初の部分で証明する。各nに対し自然な射πn : J∞χ→Jnχが存在し、これを使って代数多様体の場合と同様にJ∞χに測度を導入する。

代数多様体の固有双有理射f : Y→Xに付随する写像f∞ : J∞Y→J∞Xはそれぞれの測度零(従って無視することができる)部分集合を除いて、全単射となることが、固有性の付値判定法より従う。そして二つの測度の関係はつぎの変換公式に依って表される:〓この公式はモティヴィック積分の理論の中で最も基本かつ重要なもので、特異点の特徴付け、不変量のK同値性などはこの公式を使って証明できる。

第二部の主要定理は、この変換公式のスタックへの一般化である。Deligne-Mumford スタックの固有双有理射f : Y→χに対し、付随する写像f∞ : J∞Y→J∞χは同様に測度零の部分集合を除いたところで、全単射となっている。しかし変換公式を定式化する際に、スタック特有の新しい現象が現れる。まず代数多様体の場合は整数値関数だったfの Jacobian の位数関数がスタックの場合は一般に有理数値関数になる。更に各点の自己同型群の数値的寄与を考慮しなければならない。公式は次のようになる:スタックに対する変換公式〓関数sxとsyが自己同型群の寄与にあたる部分である。この公式の特別な場合は著者により以前の論文の中で証明されていた。

変換公式の応用として、正規 Deligne-Mumford スタックχとQ因子Dの対で川又ログ端末特異点を持つものと構成的部分集合W⊂χに対し不変量Σ(W ; X, D)を定義する。この不変量は同時に Batyrev の弦理論ホッジ数と Chen と Ruan の軌道体コホモロジーの一般化になっている。この不変量を使うと、いくつかのタイプのMcKay対応が直ちに従う。

審査要旨 要旨を表示する

論文提出者安田健彦は,双有理幾何学における新しい手法について研究した.これらの手法は,モティヴィック積分の手法を発展させたものである.

Batyrev は,二つの双有理同値な Calabi-Yau 多様体(滑らかな射影的多様体で標準因子が0と線形同値なもの)のベッチ数は等しいということを,p進積分の理論を使って証明した.Kontsevich はモティヴィック積.分の理論を作ることによって,ベッチ数のみならず,ホッジ構造までこめて等しいことを証明した.さて,双有理幾何学においては,特別な種類の特異点が重要であり,このような特異点を持った代数多様体も同時に扱う必要がある.そこで,Batyrev はこれを推し進めて,対数的末端特異点を持つような代数多様体とその上のQ-因子の組に対して,stringy なホッジ構造というものを定義した.さらに,滑らかな多様体の有限群による商多様体になっているような代数多様体に対しては,orbifold としてのホッジ構造というものも定義した.そして,これらが等しいといういわゆるコホモロジカルな MacKay 対応を証明した.

しかし,商特異点のみを持つような一般の代数多様体は,このように大域的にみて商多様体になっているとは限らない.このような代数多様体は,エタール位相でみると局所的には商多様体になっているので,滑らかな Deligne-Mumford スタックというものを構成することができる.そこで,安田氏は Deligne-Mumfbrd スタックに対するモティヴィック積分の理論を構築することにした.通常のモティヴィック積分の場合には,与えられた代数多様体上のジェットのなす空間上に,測度を定義することからはじめる.この測度は,代数多様体全体のなす集合の Grothendieck 環を,局所化して完備化して得られる環に値を持つものである.Deligne-Mumford スタックの場合には,各点が自己同型群を持つので,それを考慮に入れて,ねじれたジェットの空間というものを考えることになる.そして,測度の値も,アフィン直線の同値類Lの分数べきまで付け加えた環に値をとることになる.このような基礎理論を整備することによって,安田氏は stringy なホッジ構造と orbifold としてのホッジ構造とを,統一した不変量を定義することに成功した.

主定理は以下に述べる変数変換公式である,滑らかな Deligne-Mumford スタックχから滑らかな Deligne-Mumford スタックまたは特異点を許す代数多様体yへの固有双有理写像f : χ→Yを考える.このとき,公式〓が成り立つ.ここで,Bは可測集合,hは可測関数,ord Jacfはヤコビアンの位数であり、sは自己同型群の作用から来る重さ関数である.この定理の系として,安田氏はより一般的な MacKay 対応を証明することができた.安田氏の証明は,Batyrev による証明よりも自然な証明であることに注意する.

このようにして,フロップによってつながった二つの代数多様体においては,モティヴィック積分の値は等しいことがわかった.すなわち,これらの代数多様体は互いに切り貼りを行うという操作を,無限回行うことによってつながっていることがわかった.しかし,フロップの既知の例では,切り貼りの操作は有限回で十分であることが知られている.そこで安田氏は,構成的射の理論を展開した.そして,特殊な条件を満たすようなフロップにおいては,切り貼りの操作は有限回で十分であることを証明した.

以上の結果は,双有理幾何学の発展に大きく貢献するものである.よって,論文提出者安田健彦は,博士(数理科学)の学位を受けるにふさわしい充分な資格があると認める.

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