学位論文要旨



No 119798
著者(漢字) 富川,尚充
著者(英字)
著者(カナ) トミカワ,タカミツ
標題(和) Colombeau型の超関数のなす空間における非線型微分方程式の可解性と非可解性
標題(洋) Solvability and unsolvability of nonlinear differential equations in a space of generalized functions of Colombeau's type
報告番号 119798
報告番号 甲19798
学位授与日 2005.02.18
学位種別 課程博士
学位種類 博士(数理科学)
学位記番号 博数理第257号
研究科 数理科学研究科
専攻 数理科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 片岡,清臣
 東京大学 教授 大島,利雄
 東京大学 教授 儀我,美一
 東京大学 教授 中村,周
 東京大学 助教授 山本,昌宏
内容要旨 要旨を表示する

 Colombeau型の超関数のなす空間はdistributionを含むalgebraであり任意の階数の偏微分をもつという良い性質を備えている.この関数にはいくつかの枠組みがあるが本論文では片岡[3]により定義された空間を考える.この空間はColombeau[2]による空間と完全に同値ではないが定義はより簡潔で扱いやすい.本論文ではColombeau型の超関数のなす空間における線型,及び非線型の微分方程式の可解性と非可解性に関する研究を行った.結果は以下の通り三部に分かれる.

 第一部,Colombeau型の超関数の非線型性とその非線型微分方程式への応用について.

 まず,Colombeau型の超関数の非線型性について論じる.空間Rno上で考える.Colombeau型の超関数のなす空間をgで表す.gにおける等号より少し弱い同値関係〓を導入する.u=vならばu2=v2は成立するが,u〓vであってもu2〓v2は成立するとは限らない.また,多重指数のなす空間に線型順序を導入する.

 そしてこの線型順序を用いて自然数nに対して多重指数のn対,すなわちn-多重指数のなす空間に線型順序〓と擬順序〓を導入する.n-多重指数β=(α1,α2,…,αn),β'=(α'1,α'2,…,α'n),αi,α'i∈Zno+,α1〓α2〓…〓αn,α'1〓α'2〓…〓α'nに対して(α1,α2,…,αn-1)<(α'1,α'2,…,α'n-1)のときβ≪β'と定義する.また,n-多重指数β=(α1,α2,…,αn),αi∈Zn0+,n0〓1に対してПβu=(∂α1u)(∂α2u)…(∂αnu)と定義する.このとき,次の定理が成り立つ.

Theorem0.1.(第一部Theorem3.4.)n2,β≪β≪…≪βmを満たす任意のn-多重指数βi(i=1,2,…,m)と任意のfi∈C∞(Ω)(i=0,1,2,…,m)に対して次式を満たすu∈g(Ω)が存在する.

u〓f0,П∂β1u〓f1,ПII∂β2u〓f2,…,П∂βmu〓fm.

さらに,uの初期値はC∞(Ω)の範囲内で任意にとれる.

 次にその応用について論じる.次の定理が成り立つ.

Theorem0.2.(第一部Theorem3.6.)n〓2とし,n-多重指数βi(i=1,2,…,m)はβ≪β≪…≪βmを満たすとする.f∈C∞(Ω)とする.∞-係数線型微分作用素Pi(i=0,1,2,…,m)はその中にΩ上可解で準楕円型のものが最低一つあるとする.このとき,

P0u+P1П∂β1u+P2П∂β2u+…+PmП∂βmu〓f

はg(Ω)の範囲で可解である.またこの解の初期値はC∞(Ω)の範囲内で任意にとれる.

 例えば,多重指数α1,α2,…,αmとC∞(Ω)-係数線型微分作用素Pとf1,f2∈C∞(Ω)が与えられているとする.このとき,

Pu+(∂α1u)(∂α2u)…(∂αmu)〓f1,u〓f2

はg(Ω)の範囲で可解である.またこの解の初期値はC∞(Ω)の範囲内で任意にとれる.

 これらの定理はC∞(Ω)をga(Ω)に置き換えても成り立つ.よってS'(Ω)はg1(Ω)に含まれるのでdistribution係数の非線型微分方程式の可解性を示したことになる.ここにおいてga(Ω)はg(Ω)の元uでその偏微分∂αuがε-a|α|-b程度で抑えられるもののなす空間で,S'(Ω)はS'のある元のΩへの制限となっているもののなす空間とする.

 第二部,Colombeau型の超関数のなす空間におけるLewy-溝畑方程式の可解性と非可解性について.

 m∈Nに対してLewy-溝畑方程式

(∂1+ix2m-11∂2)u=f(x2)

のgにおける可解性と非可解性について研究する.f(x2)∈Cω at x2=0ならばCauchy-Kovalevskajaの定理により,この方程式は原点で解析的な局所解をもつことがわかる.Schapiraは[6]で,f(x2)∈C∞\Cω at x2=0ならばhyperfunctionの範囲でこの方程式が原点で局所非可解であることを証明した.ここにおいてCωはanalytic functionのなす空間を表す.Colombeauは[1]で,f(x2)∈C∞のときColombeau型の超関数の枠組みでこの方程式がassociationの意味で可解であることを証明した.しかし,その論文において彼は関数u(φ,ε;x)の微分を通常の微分ではなく,u(φ,ε;x)とφ(x)の畳み込みの微分として定義した.本論文では通常の微分の定義を採用する.

 三種類の弱解を導入する.一つめは通常のassociation〓である.これはパラメーターεが0に収束するにつれ,テスト関数との積の積分が0に収束するという意味である.第二部第三節では次の定理を証明する.

Theorem0.3.

(∂1+ix2m-11∂2)u〓f(x2)

はgの範囲で原点で局所可解である.

f∈C∞の場合が第二部Theorem3.1,f∈Cの場合が第二部Theorem3.3,f∈S'の場合が第二部Theorem3.5である.またこれらの解は非一意的であることを第二部Theorem3.6で示した.

 二つめはθ-association〓である.これはテスト関数との積の積分が,ある定数θ>0を用いてεθによって評価されるという意味である.θ-associationはassociationよりも強い.第二部第四節では次の定理を証明する.

Theorem0.4.(第二部Theorem4.1.)

(∂1+ix2m-11∂2)u〓f(x2)

はf(x2)∈C∞\Cωα at x2=0のときgの範囲で原点で局所非可解である.

 三つめはinfinity-association〓である.これはテスト関数との積の積分が,任意のι∈Nに対してειによって評価されるという意味である.infinity-associatignはθ-associationよりも強い.第二部第五節では次の定理を証明する.

Theorem0.5.n〓2なる整数nに対し,

((∂1+ix2m-11∂2)u)n〓f(x2)

はf(x2)∈S'(Ω)のときg(Ω)の範囲で可解である.

 n=2の場合が第二部Theorem5.2,n〓3の場合が第二部Theorem5.7である.またこれらの解は非一意的であることを示した.

 第三部,Colombeau型の超関数のなす空間での3次元Navier-Stokes方程式の大域的な弱解について.

 3次元Navier-Stokes方程式の大域的な弱解の存在はLeray[5]によってその存在が示された.それ以来,その弱解の性質について様々な研究がなされてきた.Lerayの弱解の定義としてはKozono[4]で定義されているものを用い,古典的弱解とよぶ.

 第三部ではColombeau型の超関数のなす空間における3次元Navier-Stokes方程式の大域的な弱解の研究を行う.この解をg-弱解とよぶ.次の定理を証明する.

Theorem0.6.(第三部Theorem3.1.)u=(u1,u2,u3)を速度ベクトル,pを圧力,u0を与えられた初期値とする.このとき,

∂tu+(u・∇)u〓Δu-∇p,

∂xu1+∂yu2+∂zu3〓0,

u|t=0=u0,

‖u(t)‖2L2(R3)+2ft0‖∇u(s)‖2L2(R3)ds〓‖u0‖L2(R3)2

を満たすg-解(g-弱解)が存在する.この解は非一意的である.

 そして次の系を証明する.

Corollary0.7.(第三部Corollary3.2.)上の定理の条件を満たすg-弱解でφ,ε,tを固定するごとにC∞0(R3)となるものが非一意的に存在する.

 g-弱解のなす空間と古典的弱解のなす空間の間に包含関係はないが,上の系で構成したg-弱解と古典的弱解とはどちらもC∞0-関数列を用いて定義されている点で非常に似ている.実際,系のg-弱解はノルムが定まらないことと,質量保存の式が強い意味で成り立っていないことを除けば古典的弱解の条件を満たしている.

REFERENCES[1] J.F.Colombeau, New general existence results for partial differential equations in the C∞ case, University of Bordeaux, (1984).[2] J.F.Colombeau, Elementary Introduction in New Generalized Functions, North Holland Mathematics Studies, vol.113, (1985).[3] K.Kataoka, Some remarks on Colombeau's generalized functions, RIMS Koukyuuroku 856, Kyoto Univ. 101-106, (1994).[4] H.Kozono, Hiasshukunenseiryuutai no houteisiki, Suurikagaku, (1997.11), 9-14.[5] J.Leray, Sur le mouvement d'un liquide visqueux emplissant l'espace, ActaMath., 63 (1934), 193-248.[6] P.Schapira, Une equation aux derivees partielles sans solutions dans l'space des hyperfunctions, C.R.Acad.Sc.Paris, t.265, serie A, 665-667, (1967).
審査要旨 要旨を表示する

 本論文提出者は,Colombeau型の超関数のなす空間における非線型微分方程式の可解性と非可解性に関する研究を行った。

 Colombeau超関数のなす空間とはフランスのColombeau教授が1985年頃定義した,積が常に定義できるような一般関数の可換代数である。この空間には微分作用素が作用し,C∞-関数を部分微分代数として自然に含む。また局所性を持ち,層をなす。その実態は微少パラメーターε>0をもつ,ほぼ任意のC∞-関数の全体に非常に強い同値関係を入れて得られる可換微分代数である。シュバルツ超関数もある種の軟化作用素とのたたみ込みによってColombeau超関数に埋め込まれるが軟化作用素の取り方に依存するので埋め込み方は一意的ではない。これがColombeau超関数論がモデル理論といわれる所以である。ただしC∞-関数の埋め込みに関しては許される軟化作用素の取り方によらないように工夫されている。この理論の中で通常の超関数論と著しく異なるのはC∞-関数と埋め込まれたシュバルツ超関数との積が必ずしもシュバルツ超関数の中での積と一致しないことである。例えばx×δ(x)はゼロではない。従ってC∞-係数の線形微分方程式のシュバルツ超関数解でさえ,一般にはColombeau超関数解とはならない。(ただしその逆は常に成立する。)これは微少パラメーターεをもつC∞-関数がColombeau超関数として0であるための同値関係が極めて強すぎることにある。このギャップを埋め,ある程度通常の微分方程式論に適合するためにはシュバルツ理論のようなある種の弱い同値関係を導入する必要があった。実際Colombeau自身によってコンパクト台∞-関数との積分がε→0のとき0に収束する事として,弱い同値関係(associationという)が定義された。もちろんこの同値関係は非線形演算とは両立しないので積など非線形演算に当たっては注意する必要がある。

 このような状況下で論文提出者は次の様な主結果を得た。ただしここでのColombeau超関数とは従来のものとやや異なり,片岡によって提案された,より理論的に取り扱い易い,急減少C∞-級関数の部分族を軟化作用素の許されるモデルに使うクラスであるがその本質は従来のものと変わらない。

 結果1,弱い同値関係の下ではほぼどんな微分方程式でも局所可解になってしまう。例えば佐藤超関数の中でさえ解を持たない,与えられた右辺をもつLevy−Mizohata型方程式が可解となる。これはColombeauも示していたがその際の弱い解の意味が素朴なものとやや異なっていたのに対し,ここでは完全に最初に定義した弱い意味の等式を満たしている解である。さらに,論文提出者は新たに,弱い同値関係の定義をやや計量的に制限した,θ-association(εθ(θ>0)のスピードで0に収束)なる同値関係を導入し,このより強い同値関係の下では可解性がブロックされることを示した。すなわち,Levy-Mizohata型方程式は再び解を持たなくなることを示した。

 結果2,さらにθ-associationの条件を究極的に強化した∞-associationというべき概念を新たに導入する。そうしてもやはり非線形演算とは両立しないのであるが弱い意味の同値関係の中ではもっとも強い。この∞-associationの下では結果1で見たように線形方程式に関する結果は通常の常識が通用するが非線形項を少しでも含むような偏微分方程式では全く違う現象が起こる事を示した。すなわち非線形項を少しでも含むと非常に広い範囲の方程式が∞-associationの意味では可解になってしまうことである。さらには一つの解がいくつもの非線形方程式を同時に満たすことさえありうることも示し,そのことからある種のシュバルツ超関数係数の微分方程式の可解性も得た。またLevy-Mizohata型方程式の両辺をm乗した方程式(m=2,3,…)がこの意味で可解になってしまうことも示した。

 結果3,Navier-Stokes方程式の初期値問題が非常に具体的に書けるColombeau超関数の弱い意味での解をもつことを示した。また同時にこの解は一意的ではないもののエネルギー評価式を満たしている事を示した。

 これらの結果はどれも常識とは相容れないような驚くべき内容を含んでいて今後この方面の研究に多大な影響を与えると思われ,得られた結果,導入された概念ともに高く評価できる。特に結果1については既にこの方面の専門家であるPilipovic教授によっても大変評価されている。

 よって,論文提出者富川尚充は,博士(数理科学)の学位を受けるにふさわしい充分な資格があると認める。

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