学位論文要旨



No 119882
著者(漢字) 市川,憲人
著者(英字)
著者(カナ) イチカワ,ケント
標題(和) Orbifold上におけるD-braneの非可換幾何的記述
標題(洋) A Noncommutative Geometrical Description of D-branes on Orbifolds
報告番号 119882
報告番号 甲19882
学位授与日 2005.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第4611号
研究科 理学系研究科
専攻 物理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 江口,徹
 東京大学 教授 米谷,民明
 東京大学 教授 風間,洋一
 東京大学 講師 和田,純夫
 東京大学 助教授 筒井,泉
内容要旨 要旨を表示する

概要

 非可換幾何学は弦理論における時空の幾何学における重要な性質を記述する有力な候補である。特にD-braneと呼ばれる弦理論のソリトン解は、非可換ソリトンと呼ばれる非可換空間における場の理論特有のソリトン解として記述することができる。

 筆者は非可換ソリトン解をシステマティックに構成する方法であるsolution generating techniqueを、非可換オービフォールドにも適応できるように拡張した。この拡張された手法はC2/Zn型オービフォールド上の弦理論の非摂動論的性質を記述するのに有用である。例えばC2/Zn型オービフォールド上における一般的なD-braneと反D-braneの対消滅の結果を計算することが可能になる。筆者はこの計算を実行し、D-braneと反D-braneの対消滅を分類した。新しい結果としてオービフォールドをwrapするD4-braneと反D4-braneの対消滅の結果としてD2-braneとD0-braneの束縛状態が生じる現象を発見した。この結果は非可換幾何学的な方法の有用性を示している。この論文において拡張されたsolution generating techniqueやそれと同様な方法を用いて、平坦な空間以外における弦理論の非摂動論的性質を調べることのできる可能性を示唆している。

1動機

 素粒子論の大きな目的の一つは、全ての物理的な現象のもとになる要素的な現象を解明し、それに統一的な記述を与えることである。現在のところ、ミクロの領域はゲージ理論の一種である標準理論にいくつかの修正を加えた理論が非常に精度よく記述しており、一方マクロの領域では、一般相対性理論が良い記述を与えている。しかし、この両理論を統一する為に必要な重力場の理論の量子化は重力場が繰り込み不可能な為にうまくいっていない。したがって、統一理論を与える為には重力場とゲージ場の新しい量子化を考える必要がある。その有力な候補が弦理論である。

 弦理論はゲージ理論と一般相対論の双方をその低エネルギー極限として自然に含み、一般相対論とゲージ理論を統一した理論になっている。さらに弦理論が自然を記述する統一理論であることを示す為には、宇宙の時空の次元や時空の形を導き出したり、標準理論のゲージ群や素粒子の種類・質量・結合定数等を説明する必要がある。その為には、弦理論の真空の構造を調べて、真の真空がどのようにして選ばれるかを知る必要がある。よって、弦理論の非摂動論的性質の理解が不可欠である。

 一方で、弦理論は非可換幾何としての一面を持っている。NS-NS2形式のバックグラウンドを入れた場合の低エネルギー極限は非可換空間上の場の理論となり顕な非可換性を持つ他、開弦の場の理論も非可換性を持つ等、いくつかの非可換幾何学的な性質が知られている。

 弦理論を非可換幾何としてとらえると、比較的理解しやすい非可換空間上の場の理論で弦理論の非摂動論的性質の一部を捉えることができる。特に非可換空間上の場の理論に特徴的なソリトン解である非可換ソリトンは、D-braneと同定することができる。この同定に特に注目して、非可換場の理論をはじめとする非可換幾何学の概念を用いて弦理論の非摂動論的な性質の理解を深める為の方法を深めようというのが、本論文の動機である。

2 諸概念

2.1 非可換幾何学

 点の集合としての空間を捉えるという一般的な方法以外に、空間の上の関数のなす代数を研究することによっても、様々な幾何学の情報を研究することができる。このことに注目して、代数として非可換な代数を導入することにより、空間の概念を拡張することができる。Seiberg-Wittenは弦理論のある極限の下でこうした空間が導かれることを示した。

2.2 Solution generating technique

 弦理論と関係する非可換空間の理論の中でも最も単純な空間として非可換平面を挙げることができる。非可換平面上の場の理論の非可換ソリトン解を研究する上で、非常に有用な手法としてsolution generating techniqueという手法が知られている。この手法は非可換ソリトン解から別の非可換ソリトン解をシステマティックにいくつも生成する手法で、これによって簡単なソリトン解を一つ見付ければそこから別のソリトン解をいくつでも得ることができる。

2.3 Orbifold上の弦理論

 Orbifoldとは、多様体に有限群が作用している時に、その多様体を有限群の作用で割った商空間のことである。今この論文で考えるのは、複素2次元空間C2に位数nの巡回群Znが次のような作用

(1)

を考えた時の商空間である。この空間をC2/Znと表記する。

 今、この空間にZ6.を直積した10次元空間の上での弦理論を考える。Orbifold上の弦理論には、いくつかの特徴的な性質があることが知られている。これは、Orbifoldに作用する有限群が理論に作用することにより、twisted-sectorという新たな対象が導入されることに由来している。

3 本論の結論

 MartinecとMooreの論文に基いて、筆者は非可換C2/ZN上の非可換代数を構成した。このC2/ZNは解析しやすいが非自明な空間であり、非可換の方法を非自明な空間にまで拡張する第一歩として適している。

 そこにはN種類の非可換ソリトン解があり、筆者はこのソリトン解とOrbifold上のソリトン解の与えるルールを提唱した。またD-braneやD-braneと反D-braneの系を与える作用を導出した。さらに、平面上でのみ定義されていた、Solution generating techniqueを非可換C2/ZN上でも適用できるように拡張を行った。この拡張の副産物として、非可換ソリトンをC2/ZN上のD-braneと同一視した時に非可換ソリトンが満たすべき性質である、tensionとchargeの分数化や原点へのD0-braneの固定などについて議論した。

 以上の結果の応用として、非可換C2/ZN上の様々なD-braneと反D-braneからなる系が崩壊してより低い次元のD-braneになる現象についての計算を行ない、どのようなD-braneが作られるかを計算した。これは境界場の弦の場の理論によって計算されていた過去の結果と一致しており、その計算結果のうちのいくつかは、この論文により提唱された方法によって初めて計算されたものであった。

審査要旨 要旨を表示する

 超弦理論のD −ブレーン上には低エネルギーで超対称ゲージ理論が誘導されることはよく知られている。このとき、もとの弦理論にいわゆるB 場(NS セクターの2階反対称テンソル場) が存在しているとD −ブレーン上の座標xi はたがいに非可換となり非可換空間上のゲージ理論が得られる。非可換空間上の理論は通常の場の理論と異なる性格のソリトン解(非可換ソリトン)を持ち、また量子論的にも紫外と赤外領域が混合する独特の振る舞いを示す。また、D―ブレーン自身も非可換ソリトン解と解釈できる。

 簡単のため二つの座標x1,x2 が非可換の場合を考える

[x1,x2]= iθ (1)

すると座標の代わりに調和振動子の生成消滅演算子

(2)

を用いることも出来る。

 可換な空間上の関数f(x) に対して非可換空間上の作用素Of が次の様にして定義される

(3)

(4)

するとオペレターの積は関数のモヤル積に対応する

(5)

(6)

上の関係を用いると非可換空間では、座標についての微分が交換子

(7)

に対応することが分かる。

 非可換2次元空間のスカラー場の理論を考える。ハミルトニアンは

(8)

ここで場の積は全てモヤル積で定義されている。座標をスケール変換x1→√θx1,x2→θx2するとハミルトニアンは

(9)

で与えられる。非可換性の強い極限θ→∞ ではポテンシャル項が残る。運動方程式は〓=0 となる。今λi がV の極値の一つとするとφ =λi は運動方程式の一つの解である。しかしモヤル積の下で自分自身に戻る作用素

(p * p)(x)= p(x) (10)

を考えるとφ = λip も運動方程式の解となる。調和振動子のbasis ベクトルを使うと(10) を満たす作用素は、例えば基底状態への射影演算子p=10><01で与えられる。座標表示ではp(x)=e-(〓)となるため、原点付近に集中した波動関数を表す。こうした非可換場の理論のソリトン解はGMS(Gopakumar-Minwalla-Strominger) ソリトンと呼ばれる。

 Solution generating technique を議論するため非可換2次元空間上のゲージ理論を考える。作用は

(11)

共変微分は作用素

(12)

(13)

で与えられる。これらの作用素を用いるとハミルトニアンは

(14)

と書かれる。ポテンシャルの極値をθ*とすると運動方程式の自明な解は

(15)

で与えられる。

 ここでシフト作用素

(16)

を導入すると

SS = I, SS = I - P1 (17)

を得る。ここでPn は射影演算子Pn = 〓である。

 シフト作用素の任意のべきを用いて新しいソリトン解

φ = φ*(I - Pn) (18)

(19)

が作ることが出来る。場の強さは

(20)

である。ここで構成した解はゲージ場が原点付近に集中するためD0 ブレーンをあらわすと解釈できる。

 GMS ソリトンはD ーブレーンと反D-ブレーンからなる系に拡張することも可能である。この場合、新たにタキオン場が現れる。系の作用は

(21)

の形を持つ。

 論文提出者はsolution generating technique を非可換オービフォルド空間に適用できる様に拡張した。この手法はオービフォルド空間上の弦理論の非摂動的な性質を議論するのに有効である。オービフォルドとは、多様体に有限群が作用している時に、その多様体を有限郡の作用で割った商空間のことである。この論文では特に複素2次元空間に位数n の巡回群Zn が次のように作用している

(22)

時の商空間C2/Zn を考える。

 著者はまずこの非可換空間上にはn 種類のソリトン解があることを示し、特にD4―ブレーンと反D4―ブレーンからなる系が崩壊してより低い次元のブレーンになる現象についての解析を行ない、どのようなブレーンが作られるかを決定した。これは境界場の弦の場の理論によって計算された結果と一致しており、またその結果の幾つかはこの論文によって提唱された方法によって初めて得られたものである。

 ブレーンの崩壊の現象は位相的K 理論の手法を用いて議論されるのが普通であるが、ここでは空間の非可換性を用いてK 理論とは異なる代数的方法によって独自の分析がなされており興味深い結果を得ている。

 したがって、博士(理学)の学位を授与できると認める。

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