学位論文要旨



No 120446
著者(漢字) 伏屋,広隆
著者(英字)
著者(カナ) フシヤ,ヒロタカ
標題(和) 市場の歪みに対する資産価格モデル
標題(洋)
報告番号 120446
報告番号 甲20446
学位授与日 2005.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(数理科学)
学位記番号 博数理第258号
研究科 数理科学研究科
専攻 数理科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 楠岡,成雄
 東京大学 教授 舟木,直久
 東京大学 教授 吉田,朋広
 東京大学 教授 時弘,哲治
 東京大学 教授 薩摩,順吉
内容要旨 要旨を表示する

 現実の金融市場では様々な要因によって資産の価格が一時的に本来あるべき価格から乖離することがある。本論文では市場が歪みに対する2つの資産価格のモデルについて考察する。

1 1次元マルコフ過程の粘性的反射壁ブラウン運動への収束

〓,λ∈(0,1],はR上の確率分布、〓,λ∈(0,1],は(0,∞)上の確率分布、pλ∈(0,1],λ∈(0,1]は数列とする。これらに対して以下の仮定(A.1),(A.2)が成立するものとする。

(A.1) 正の定数a,Kが存在して、

(A.2) 正の定数σ,mz+,pが存在して、

〓,〓は次の性質を満たす(Ω,F,P)上の確率過程とする。

1 〓,〓,n=1,2,…,は独立。

2 〓は同じ分布をもち、分布は〓で与えられる。

3 〓は同じ分布をもち,〓〓0 a.s.,P(〓∈dx|〓>0)=〓(dx),

Fn=σ(〓,〓;0〓m〓n)とおき、確率過程〓=0,x∈[0,∞),λ∈(0,1],を帰納的に

で定義する。このマルコフ過程〓を粘性的反射壁ランダムウォークという。また、

を定義し、(B.1)〜(B.3)を仮定する。

(B.1)

(B.2)

(B.3)

さらに、

とし、{(〓(x),〓,t〓0}の与える(C([0,∞);R2),β(C([0,∞);R2)))上の分布をQλとする。このとき、次の定理が成立する。

定理 1.1 Qλはλ↓0のときC([o,∞);R2)上の確率測度として弱収束する。その収束先をQとする。w=(w1,w2)∈C([0,∞);R2)に対してXt=Xt(w)=w1(t),Wt=Wt(w)=σ-1w2(t)とおくと、Qの下で{Wt}はWiener過程であり、

が成立する。

 先行研究としてはAmir[1],Harrison,M.J.-Lemonine,J.A.[2]の研究がある。Amir[1]ではP(〓=±λ)=1/2,P(〓=λ|〓>0)=1の場合における収束定理が示されおり、Harrison-Lemonine[2]ではP(〓∈dxl〓>0)とP(〓∈dx|〓>0)がポアソン分布で、正の定数Kが存在してP(〓=-Kλ|〓<0)=1の場合における収束定理が示されている。

2 Asymptotic Expansion for a Filtering Problem and a Short Term Rate Model

 (Ω,F,{Ft}t∈T,P)をフィルター付確率空間とする。{(〓,〓)t∈Tをl+l'次元Ft-ブラウン運動、T=[0,T],T>0、b:T×Rd→Rd,σ1:T×Rd→Rd〓Rlを連続関数とする。各ε∈[0,∞)に対して次の確率微分方程式を考える。

F:[0,∞)×T×Rd×Rl'→Rl',σ2:T×Rl'→Rl'〓Rl'は有界な連続関数で{Yt}t∈Tは次の確率微分方程式を満たすとする。

この章ではXt(ε)をシステム過程、Yt(ε)を観測過程とするフィルタリング問題(c.f.Kallianpur[4]およびその参考文献)を考える。Gt=σ(Ys(ε);0〓s〓t),t∈T,ε〓0とする。我々の目的は任意の有界でなめらかな関数g(x)に対してE[g(Xt(ε))|Gt]の漸近展開を与えることである。漸近展開のファイナンスヘの応用研究はKunitomo&Takahashi[5],[6]がある。また、我々の定理の類似研究としてHisanaga[3]がある。以下を仮定する。

 (A.1) 確率微分方程式(1)は任意のε∈[0,1]に対して強い解を一意にもち、

〓が成立する。

 (A.2) 定数K>0が存在して

が任意の(ε,t,x,y,z)∈[0,∞)×T×Rd×Rl'×Rl'に対して成立する。

 (A.3) 定数η>0が存在して、b(t,x),σ1(t,x)は次の閉集合の上でなめらかである。

また、Fは[0,1]×Dη,DxRl'の上でなめらかである。

 (A.4) σ2(t,x)-1が存在して(t,x)について有界である。

 この下で我々は次の定理を得る。

定理 2.1 g:Rd→Rはなめらかな関数で、定数N>0,K>0に対して、

が成立するものとする。このとき任意のt∈Tに対して、可測汎関数h(k):C(T;Rd')→R,K=0,1,2,…が存在して、

が任意のp∈(1,∞),η∈Nに対して成立する。

参考文献[1] Amir,M. Sticky Brownian motion as the strong limit of a sequence of random walks, Stochastic Process. Appl. 39, 1991, no.2, 221-237.[2] Harrison,M.J. & Lemoine,J.A., Sticky Brownian motion as the limit of storage processes, J. Appl. Probab. 18, 1981, 216-226.[3] Hisanaga,T., The Filtering Problem for Affine Term Structure Model of the bond, in Japanese, Master Thesis University of Tokyo, 1996.[4] Kallianpur,G., Stochastic filtering: a part of stochastic nonlinear analysis, Proceedings of the Nobert Wiener Centenary Congress, 1994, 371-385.[5] Kunitomo,N. & Takahashi,A., The asymptotic expansion approach to the valuation of interest rate contingent claims, Mathematical Finance. 11, No.1, 2001, 117-151.[6] Kunitomo,N. & Takahashi,A., On validity of the asymptotic expansion approach in contingent claim analysis, Ann. Appl. Probab. 13, No.3, 2003, 914-952.
審査要旨 要旨を表示する

 本論文では市場が完全ではない現実的な状況において、無裁定条件の下では現れない確率過程が導かれうることを、確率過程の極限定理を通じて考察している。確率モデルをたて、問題を数学的問題に帰着させたことにより、実際には、数学としては1次元離散時間マルコフ過程の粘性的反射壁ブラウン運動への収束定理を証明している。

 〓,〓+,λ∈(0,1],はそれぞれR及び(0,∞)上の確率分布、pλ∈(0,1],λ∈(0,1]は数列とする。これらに対して以下の仮定(A.1),(A.2)が成立するものとする。

(A.1)正の定数a,Kが存在して、

(A.2)正の定数a,mz+,pが存在して

〓,〓を次を満たす確率空間(Ω,F,P)上の確率過程とする。

(1)〓,〓,n=1,2,…,は独立。

(2)〓,n=1,2,...,は同分布〓を持つ。

(3)〓,nP=1,2,...,は同分布を持ち、〓≧0 a.s.,

確率過程〓,x∈{0,∞),λ∈(0,1],を帰納的に

で定義する。また、

で定義する。さらに、

とおき、{(〓(x),〓),t〓0}の与える(C([0,∞);R2),B(C([0,∞);R2)))上の分布をQλとする。論文では、さらに若干技術的な仮定(B.1)〜(B.3)の下で次の定理が証明されている。

 定理 Qλはλ↓0のときC([0,∞);R2)上の確率測度として弱収束する。その収束先をQとすると、Xt=Xt(w)=w1(t),Wt=Wt(w)=σ-1ω2(t),w=(w1,w2)∈C([0,∞);R2),とおくと、Qの下で{Wt}はWiener過程であり、

が成立する。ここで、β>0は仮定(B.2)に現れる定数。

 この定理は、従来知られている結果を例として含み、大幅に拡張したものとなっている。

 論文ではまたフィルトレーションの漸近展開の問題も取り扱っており、系過程の拡散項がゼロに収束するとき観測過程の情報に対する条件付き期待値の漸近展開公式を与えている。

 このように本論文ではファイナンスのモデルに関連して確率過程の極限定理を示し、新しい確率過程モデルの可能性を示唆しており高く評価できるものである。

 よって、論文提出者 伏屋広隆 は、博士(数理科学)の学位を受けるにふさわしい十分な資格があると認める。

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