学位論文要旨



No 120450
著者(漢字) 礒島,伸
著者(英字)
著者(カナ) イソジマ,シン
標題(和) 連続、離散及び超離散ソリトン方程式の解
標題(洋) Solutions of Continuous, Discrete and Ultradiscrete Soliton Equations
報告番号 120450
報告番号 甲20450
学位授与日 2005.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(数理科学)
学位記番号 博数理第262号
研究科 数理科学研究科
専攻 数理科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 薩摩,順吉
 東京大学 教授 岡本,和夫
 東京大学 教授 時弘,哲治
 東京大学 教授 楠岡,成雄
 東京大学 助教授 ウィロックス,ラルフ
内容要旨 要旨を表示する

1 有限領域でのソリトン解の挙動解析

 ソリトンとは衝突しても壊れないという粒子的な性質を持った孤立波である.そのソリトンの相互作用を表すNソリトン解と呼ばれる厳密解を持つ非線形方程式をソリトン方程式という.ソリトン方程式に関する近代的数学理論はクルスカルらによる逆散乱法,広田の双線形化法などを経て佐藤理論に至り,現在ではソリトン方程式についてNソリトン解の公式も含めて多くのことがわかっている.しかし個々のソリトン解の挙動については解を書き下して個別に調べるしかない.ソリトン解の挙動の研究は非線形現象を理解するために,またソリトンの物理的・工学的応用の可能性を模索する観点からも重要である.

 第2章ではcoupled Kadomtsev-Petviashvili (cKP) 方程式

のソリトン解の振る舞いに対する解析の結果を示す.cKP方程式のNソリトン解は,通常のKP方程式など代表的なソリトン方程式の解よりも多くのパラメータを持ち,自由度が高いと言える.従ってcKP方程式のソリトン解はより複雑なソリトン相互作用のモデルとなることが期待される.このことを実証する一例として,cKP方程式のソリトン解が有限な空間領域で網目状の構造を持ったパターンを描くことが報告されている(図1).しかし従来の無限遠領域の漸近挙動解析では有限領域での解の挙動を調べることはできない.そこで漸近挙動解析に改良を加えた,有限領域での解の挙動を解析的に調べる手法を提案する.この手法はcKP方程式の解だけでなく一般のソリトン解に対して用いることができる.この手法によって,網目をなす波がソリトンでよく近似されることを示す.また,この手法は「ソリトン解に現れる位相のうち,どの位相がどういった領域で最大になるか」という問題に深く関わっている.この視点から,cKP方程式の2ソリトン解はパラメータの選び方によっては3つのソリトンの相互作用を記述する場合があることが示される.

2 「超離散化における負の困難」の克服へ向けて

 セルオートマトンとは有限個の状態をとるセルの列からなる離散力学系である.時間発展規則は単純であるにもかかわらず,セルオートマトンは一般に複雑な挙動を示す.この特徴に加えて計算機でのシミュレーションが容易なことから,自然現象あるいは社会現象のモデルとしてセルオートマトンを用いた研究がなされてきた.

 高橋・薩摩はソリトン的な挙動を示すセルオートマトン,ソリトンセルオートマトンを提出した.その後,時弘・高橋・松木平・薩摩によってソリトンセルオートマトンとKdV 方程式などの連続系ソリトン方程式との直接の対応関係が明らかにされた.鍵となったのは超離散化と呼ばれる以下の手続きである.

1. パラメータε を含む適当な差分方程式を構成する.

2. 極限ε↓0をとり,区分線形関数で表される差分方程式を得る.この差分方程式の値域を離散値に制限し,セルオートマトンの時間発展ルールとみなす.

極限操作では次の恒等式が重要である.

超離散化の利点の1つは,もし差分方程式の解や保存量の極限が存在すればそれが対応するセルオートマトンの解や保存量となることである.よってソリトン方程式の超離散化によって得られるセルオートマトンは可積分系のよい数理構造を保ったものになる.また超離散化は系の可積分性とは無関係な手続きであり,交通流や数理病理学のモデルなど非可積分系の研究にも応用され始めている.

 しかしながら,超離散化には「負の困難」と呼ばれる次のような問題点がある.超離散化を考える際に,差分系の従属変数に対して指数関数を用いた変数変換

を施すことによって系にε依存性を入れる,という手法が用いられる.だが,変換(5)を施すためには差分系の従属変数〓は正でなければならない.また,恒等式(4)の和を差に置き換えた場合,その意味のある極限は報告されていない.よって負値をとる変数あるいは減算を含む系を一般に超離散化することは困難である.このために超離散化の手続きを素直に適用できる系は限定され,ソリトン方程式ならば必ず超離散化できる,というわけではない.

 本研究第3章の目的は,ソリトン方程式の超離散化において負の困難のため未解決である諸問題に一定の解答を与え,その研究を通して負の困難を克服する一般的な手続きの構成を試みることである.

 第3章2節ではsine-Gordon(SG)方程式

のある超離散化を与える.SG方程式は様々な応用を持つ有名なソリトン方程式の1つである.その超離散化の試みは既になされているものの,超離散系の解と差分系の解との直接の対応は論じられていなかった.本章で与える超離散系の特徴は,差分系のソリトン解と直接対応する解を持つことである.鍵になるのは差分sinh-Gordon方程式

の従属変数〓に対して

で定義される従属変数〓を導入することである.この〓は超離散化に適した変数であり,その超離散化によって超離散SG方程式とその解を得る.

 第3章3節では負値変数を超離散化するための一般的な手続きとしてsinh関数を用いた変数変換

を施すことを提案する.具体例として離散mKdV方程式のソリトン解にこの手法を適用し,得られた極限関数がmKdV 方程式の解の特徴である正のソリトンと負のソリトンとの相互作用をよく再現していることを示す.

3 まとめ

 連続ソリトン解の有限領域での挙動を解析する手法を提案した.この手法を用いてcKP方程式のソリトン解を解析し,網目状のパターンが現れる仕組みを明らかにした.

 SG方程式のある超離散類似を与え,その解と離散SG 方程式のソリトン解との対応を示した.また,sinh関数を用いて負値変数を超離散化する手法を提案し,その手法をmKdV方程式に適用して正と負のソリトン同士の相互作用現象をよく再現する解を得た.

図1:網目状のパターンを描くcKP方程式の3ソリトン解

図2:超離散mKdV方程式の2ソリトン解.左図が相互作用前(時刻m=5),右図が相互作用後(m=40)を表す.相互作用の前後でそれぞれの波が個性を保っている.

審査要旨 要旨を表示する

 本論文提出者は二つの問題を扱っている。一つはcoupled Kadbmtsev-Petviashvili(cKP)方程式のソリトン解の挙動に関するもので、もう一つはソリトン方程式の超離散化として得られるセルオートマトンに関するものである。

 ソリトンとは衝突しても壊れないという粒子的な性質を持った孤立波であり、ソリトンの相互作用を表すNソリトン解と呼ばれる厳密解を持つ非線形方程式をソリトン方程式という。ソリトン方程式に関する近代的数学理論は逆散乱法,双線形化法などを経て佐藤理論に至り,現在ではソリトン方程式についてNソリトン解の公式も含めて多くのことがわかっている。しかし個々のソリトン解の挙動については解を書き下して個別に調べるしかない。ソリトン解の挙動の研究は非線形現象を理解するために,またソリトンの物理的・工学的応用の可能性を模索する観点からも重要である。

セルオートマトンとは有限個の状態をとるセルの列からなる離散力学系である。時間発展規則は単純であるにもかかわらず、セルオートマトンは一般に複雑な挙動を示す。この特徴に加えて計算機でのシミュレーションが容易なことから、自然現象あるいは社会現象のモデルとしてセルオートマトンを用いた研究がなされてきた。高橋・薩摩はソリトン的な挙動を示すセルオートマトン,ソリトンセルオートマトンを提出した。その後,時弘・高橋・松木平・薩摩によってソリトンセルオートマトンとKdV方程式などの連続系ソリトン方程式との直接の対応関係が明らかにされた。鍵となったのは超離散化と呼ばれる手続きである。

 超離散化の利点の1つは,もし差分方程式の解や保存量の極限が存在すれば、それが対応するセルオートマトンの解や保存量となることである。よってソリトン方程式の超離散化によって得られるセルオートマトンは可積分系のよい数理構造を保ったものになる。しかしながら、超離散化には「負の困難」と呼ばれる問題点がある。すなわち、超離散化を考える際、差分系の従属変数は正でなければならない。また、式の和を差に置き換えた場合、その意味のある極限は報告されていない。よって負値をとる変数あるいは減算を含む系を一般に超離散化することは困難である。このために超離散化の手続きを素直に適用できる系は限定され、ソリトン方程式ならば必ず超離散化できるというわけではない。

 本論文ではまず第2章でcKP方程式のソリトン解が有限な空間領域で網目状の構造を持ったパターンを描くことを報告した後、漸近挙動解析に改良を加え、有限領域での解の挙動を解析的に調べる手法を提案している。さらに、この手法を用いて、網目をなす波がソリトンでよく近似されることを示している。また、この手法は「ソリトン解に現れる位相のうち,どの位相がどういった領域で最大になるか」という問題に深く関わっているとの視点から、cKP方桿式の2ソリトン解はパラメータの選び方によっては3つのソリトンの相互作用を記述する場合があることを示している。

 次に第3章で、ソリトン方程式の超離散化において負の困難のため未解決である諸問題に一定の解答を与え,その研究を通して負の困難を克服する一般的な手続きの構成を試みている。すなわち、代表的なソリトン方程式であるサインゴルドン方程式について、新しい変数を導入することにより、超離散方程式とその解を得ている。また負値変数塗超離散化するための一般的な手続きとしてsinh関数を用いた変数変換を提案し、具体例として離散mKdV方程式のソリトン解にこの手法を適用し,得られた極限関数がmKdV方程式の解の特徴である正のソリトンと負のソリトンとの相互作用をよく再現していることを示している。

 以上、本論文は連続ソリトン解の有限領域での挙動を解析する手法を提案するとともに、その手法を用いてcKP方程式のソリトン解を解析し,網目状のパターンが現れる仕組みを明らかにしている。また、サインゴルドン方程式のある超離散類似を与え,その解と離散サインゴルドン方程式のソリトン解との対応を示している。また、sinh関数を用いて負値変数を超離散化する手法を提案し,その手法をmKdV方程式に適用して正と負のソリトン同士の相互作用現象をよく再現する解を得ている。本論文の成果は離散問題と連続問題を繋ぐという研究に新しい光を当てるものであり、そこで用いられている方法は数理科学的方法論の一つの方向性を示唆するものと考えられる。

 よって論文提出者礒島伸は博士(数理科学)の学位を受けるにふさわしい充分な資格があると認める。

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