学位論文要旨



No 120452
著者(漢字) 軍司,圭一
著者(英字)
著者(カナ) グンジ,ケイイチ
標題(和) レベル3構造を持つ普遍的アーベル曲面の定義方程式
標題(洋) Defining equations of the universal abelian surfaces with level three structure
報告番号 120452
報告番号 甲20452
学位授与日 2005.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(数理科学)
学位記番号 博数理第264号
研究科 数理科学研究科
専攻 数理科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 織田,孝幸
 東京大学 教授 斎藤,毅
 東京大学 教授 斎藤,秀司
 東京大学 助教授 辻,雄
 東京大学 助教授 志甫,淳
内容要旨 要旨を表示する

 よく知られているように,射影空間P2におけるHesseの3次曲線

E:X3+Y3+Z3=3μXYZ

はμ≠∞,1,ω,ω2(ω=e2πi/3)であるときにレベル3構造を持つ楕円曲線の式を与える.一方で複素上半空間の元τをとり,E=C/(τZ+Z)という表示を与えると,上式の係数μはτの関数として,保形関数を使って表わされる.実際,

と定義すれば(X[Y]:=tYXYとかく),μ=θ/xが成り立つ.ここでθ,x∈M1(γ(3)),ただしMk(γ(3))をレベル3の主合同部分群に関する重さkの保型形式の生成する空間とする.さらに

となり,これよりX(3)をレベル3のmodular curveとすれば,その関数体がC(X(3))=C(μ)となることも分かる.

 この論文では,上の有名な事実のアーベル曲面への拡張を考えた.すなわち問題になるのは次の2点である.

(1)アーベル曲面の射影空間の中での定義方程式を書き下すこと.

(2)係数をSiegel modular formとしてとらえること.

 これに対する結果は以下のようになる.まず,Hesse3次曲線の拡張として

定理(Theorem8.3) アーベル曲面C2/(τZ2+Z2)の定義方程式はP8の中で,2次式9つ,3次式3つの計12本の式で与えられる.

 ここでτはSiegel上半空間〓の元である.

 次に保形関数μの拡張として

定理(Theorem3.2,Theorem7.3) 上記の定理に現れる係数は,τの関数としてすべて次数2,レベル3の主合同部分群に関する次数が高々2の指標付の保型形式である.

 以下,この二つの定理の証明の概要及び,各節ごとの内容を簡単に紹介する.今A=C2/(τZ2+Z2)を主偏極を持つアーベル曲面とし,L0をその主偏極を与える直線束,L=L30とする.このときアーベル曲面をLによって射影空間P(HO(A,L))に埋め込んだときのの定義方程式は,以下の写像の核を計算することによって得られる.

ψn:SymnH0(A,L)→H0(A,Ln)とかくことにする.すでにMumford([M1,M2])やSekiguchi[S]等の結果により,L=L30である場合にkerψは2次および3次の元で生成されることが知られている.さらにそのうちの3次式については,BirkenhakeおよびLangeによってkerψ3の生成元が与えられている([BL]).しかしながら最小の生成系,すなわちkerψ3の基底が与えられているわけではなく,またその生成系から自明でない元を取り出すことは易しくない.

 本論文では,まず§1においてBirkenhake-Langeの定理の復習をした後,§2においてkerψ3の生成元が二次形式のテータ関数で与えられており,よって保型形式となることを見る.しかし二次形式のテータ関数の理論によると,この保型形式はM1(Γ2(36))という非常に大きな空間に属しているということまでしか,直ちには分からない.

 §3において我々は3次の関係式のうち,最も重要となる4つの式を具体的に与え,更にその係数が(Γ2(3))に属していることを,既に与えられたレベル3の保型形式の元と比較することによって証明する.更に§4で84個すべての3次式の基底のリストを与えた後,§5においてその係数が指標付のレベル3の保型形式となっていることを証明する.この際ポイントになるのは,群Γ2(3)/Γ2(36)の生成元を具体的に,二次形式のテータ関数の理論を適用しやすい形で与えることである.

 §7においては2次の関係式について考察する.Mumfordはレベルが偶数の場合,すなわち主偏極を与える直線束L0の偶数乗で射影空間に埋め込んだ場合の2次の関係式についての生成系を与えているが([M1,M2]),レベルが奇数の場合の2次式については,これまであまり考察されてこなかったように思われる.しかしながら,写像ψ2を適当な基底を取って表現することができるので,kerψ2の元を具体的に表示することは可能である.そしてその係数をτの関数と見なした場合,再び二次形式のテータ関数の理論からこれがレベル12の保型形式となることもすぐに分かる.これがレベル3の指標付の保型形式であることを示すのが,本論文の中で技術的にもっとも面白い点である.

 最後に§8において,§7で得られた9つの2次式を使って,§4で与えた84個の3次式のリストのうち,不要なものを消去する作業を行う.ここで本質的な役割を果たすのがFreitag及びSalvati Manniによって示された次数環〓の環構造である([FS]).すなわち定義方程式の係数として与えられた保型形式を既知の関数を使って書き直すことにより,各係数の間の関係式が分かるのである.筆者も参考論文([G])によって,この環の生成元やそれらの元の性質について考察しており,この計算の際には大いに役に立った.そして最終的には12本という比較的少ない数の方程式系で,しかも非常に対称性の高い定義方程式を得ることができるのである.

参考文献

[A] A. N. Andrianov, "Quadratic forms and Hecke operators", Glundl. math. Wiss. 286, Springer-Verlag, 1987[Ba] W. Barth, "Quadratic equations for level-3 abelian surfaces" Abelian varieties (Egloffstein, 1993), 1-18, de Gruyter, Berlin, 1995[BL] Ch. Birkenhake, H. Lange, "Cubic theta relations", J. reine. angew. Math., 407(1990), 167-177.[FS] E. Freitag, R. Salvati Manni "The Burkhardt Group and Modular Forms", Manuskripte der Forschergruppe Arithmetik Mannheim-Heidelberg, Nr. 6(2002), 1-24.[G] K. Gunji, "On the graded ring of Siegel modular forms of degree 2, level 3", J. Math. Soc. Japan, 56(2004), no. 2, 375-403.[Ke] G. Kempf, "Projective coordinate rings of abelian varieties" in: Algebraic Analysis, Geometry and Number Theory. Edited by J. Igusa. 225-236 The John Hopkins Press (1989)[Kl] H. Klingen, "Introductory lectures on Siegel modular forms", Cambridge Std. in Adv. Math. 20, Cambridge Univ. Press, Cambridge, 1990[Ko1] S. Koizumi, "Theta relations and projective normality of abelian varieties", Am. J. Math., 98(1976) 865-889.[Ko2] S. Koizumi, "The equations defining abelian varieties and modular functions" Math. Ann., 242(1979) 127-145[LB] H. Lange, Ch. Birkenhake, "Complex Abelian Varieties", Glundl. Math. Wiss., 302, Springer-Verlag, 1992.[M1] D. Mumford "On the equations defining abelian varieties I", Invent. Math., (1967) 287-354.[M2] D. Mumford "Varieties defined by quadratic equations" Questions on. Algebraic Varieties (C.I.M.E., III Ciclo, Varenna, 1969) Edizioni Cremonese, Rome(1970) 29-100.[S] T. Sekiguchi "On the cubics defining abelian varieties", J. Math. Soc. Japan, 30(1978), NO.4 701-721.
審査要旨 要旨を表示する

 楕円曲線の古典的な定義式の一つである,射影空間P2におけるHesseの3次曲線

は,レベル3構造を持つ楕円曲線の普遍的な定義式を与える.特に係数μはモジュラー関数となる.即ち複素上半平面の点τをとり,楕円曲線の複素トーラスとして表示E=C/τZ+Z)を与えると,上式の係数μのτの保形関数としては,二つの重さ1でレベル3の楕円モジュラー形式

によって(ここではX[Y]:=tYXYと書く),商μ=θ/Xとして表わされる.さらに一般にMk(Γ(3))をレベル3の主合同部分群に関する重さkの保型形式の生成する空間とするとき,〓となり,これよりX(3)をレベル3のmodular curveとすれば,その関数体がC(X(3))=C(μ)となることも知られている.この論文では,この良く知られた古典的な事実の,アーベル曲面への拡張を考えた.

 つまり問題は次の二つある.

(1)アーベル曲面の射影空間の中での定義方程式を明示的に書き下す.

(2)その係数をSiegel modular formとして意味付ける.

本論文はこれに完全に成功し,これが即ち当論文の主たる結果である.

先ずHesse 3次曲線の拡張として次を得る.

定理(問題(1)へ答)アーベル曲面C2/(τZ2+Z2)の定義方程式はP8の中で,2次式9つ,3次式3つの計12本の式で与えられる.

ここでτは種数2のSiegel上半空間H2={Z∈M2(C)|tZ=Z,ImZ≫0}の元である.

次に保形関数μの拡張としては以下の結果が得られる.

定理(問題(2)への答)上記の定理に現れる係数は,τの関数としてすべて次数2,レベル3の主合同部分群に関する次数が高々2の指標付の保型形式であり、テータ級数によって具体的表示できる.

 以下,この二つの定理の証明の概要及び,研究史上の意義を述べる.

 A=C2/(τZ2+Z2)を主偏極を持つアーベル曲面とし,L0をその主偏極を与える直線束,L=L30とする.このときアーベル曲面をLによって射影空間P(H0(A,L))に埋め込んだときのの定義方程式系を与えることは,以下の標準写像の核の生成系を具体的に計算することに他ならない.

各nに対して上の標準写像のn次部分をψn:SymnH0(A,L)→H0(A,Ln)とかくことにする.既にDavid Mumford(60年代)や関口宏(70年代)等の結果により,L=L30である場合にkerψは2次および3次の元で生成されることが知られている.さらにそのうちの3次式については,90年代のBirkenhakeおよびLangeの研究によってkerψ3の生成元が与えられている.しかしながら彼らの生成系には不要なものが数多く含まれていて,kerψ3の基底を与えていない.その生成系から自明でない元を取り出し,3次の関係式の線形空間の基底を見出すことは,決して容易ではない.

 本論文では,まず§1においてBirkenhake-Langeの結果を概観した後,§2においてkerψ3の生成元が二次形式のテータ関数で与えられており,よって保型形式となることを見る.しかしながら,二次形式のテータ関数の一般論のみでは,この保型形式はM1(Γ2(36))という高いレベルの保型形式の次元の非常に大きな空間に属しているということまでしか,直ちには分からない.当論文の§3において3次の関係式のうち,最も重要となる4つの式を具体的に与え,更にその係数がM1(Γ2(3))に属していることを,既に知られているレベル3の保型形式の元と比較することによって証明する.ここで著者は、著者自身の以前の研究成果を利用している.更に§4で84個すべての3次関係式の基底のリストを与えた後,§5においてその係数が指標付のレベル3の保型形式となっていることを証明する.

 §7においては2次の関係式について論じる.既にMumordはレベルが偶数の場合,すなわち主偏極を与える直線束L0の偶数乗で射影空間に埋め込んだ場合の2次の関係式についての生成系を与えている.しかし,レベルが奇数の場合の2次式については,これまであまり考察されていない.ここでは,写像ψ2を適当な基底を取って表現し,kerψ2の元を具体的に表示する.そしてその係数をτの関数と見なした場合,再び二次形式のテータ関数との比較から、これがレベル12の保型形式となることを見る.最後に§8において,§7で得られた9つの2次式を使って,§4で与えた84個の3次式のリストのうち,不要なものを消去する.ここでは,Freitag及びSalvati Manniによって示された次数環〓の環構造を用いる(未出版).すなわち定義方程式の係数として与えられた保型形式を,既知の関数を使って書き直すことにより,各係数の間の関係式が導出される.

 さてレベル3種数2のSiegelモジュラー多様体に関しては100年以上も前に,Burkhardtによる研究がある.古典的な時代から関心を持たれたこの種の問題は,整数論や代数幾何学の研究者の強い興味や関心を呼び起こした.謂わば,「実例の計算」であるこの種の結果は,我々の研究手法の適切さや深さを測る大切な指標ともなる.多くの分野の手法を駆使し(多変数保型形式論,アーベル多様体論,有限群の表現論),非常に対称性の高い美しい定義方程式系を明示的に得るという深い結果に当達した当論文の結果は,著者の他分野に渉る数学的な力量を証明し,多くの人から賞賛されるに値する.

 よって,論文提出者 軍司圭一は,博士(数理科学)の学位を受けるにふさわしい充分な資格があると認める.

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