学位論文要旨



No 120453
著者(漢字) 謝,啓鴻
著者(英字)
著者(カナ) シャ,ケーコー
標題(和) 擬有効性と有効な非消滅
標題(洋) Pseudo-effectivity and Effective Non-vanishing
報告番号 120453
報告番号 甲20453
学位授与日 2005.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(数理科学)
学位記番号 博数理第265号
研究科 数理科学研究科
専攻 数理科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 川又,雄二郎
 東京大学 教授 桂,利行
 東京大学 教授 宮岡,洋一
 東京大学 助教授 寺杣,友秀
 東京大学 助教授 小木曽,啓示
 東京大学 助教授 高木,寛通
内容要旨 要旨を表示する

 チャーン類は複素多様体または代数多様体に対して極めて重要な特性類の1つである。例えば、複素多様体におけるベクトル束のチャーン類は大域的枠が存在する障害であって、代数多様体のチャーン類とリーマン・ロッホ定理は固く関連づけられていると知られている。

 チャーン類の研究について、いろいろな手段がある。ベクトル束に強い条件を加えて、そのチャーン類に良い性質をもたせるのは1つの方法である。例えば、豊富なベクトル束のチャーン類はすべてある意味で正になる([BG71]参照)。もう1つは、第1チャーン類が適当な条件を満たすとき、高次元チャーン類が強く制限されることを用いる方法である。この方法に関する重要な例は次の宮岡の定理である([Mi87]参照)。

定理1.Xをn次元極小射影的代数多様体とする。つまり、Xが高々末端特異点をもって、標準因子Kxがネフである。任意のX上の豊富なカルティエ因子H1,…,Hn-2に対して、次の不等式が成立する。

 特に、Xは3次元極小射影的代数多様体であるとき、第2チャーン類c2(X)が1-サイクルとして擬有効になる。つまり、c2(X)の数値的同値類がクライマン・森錐NE(X)に含まれている。

 この結果によって、3次元極小射影的代数多様体に対して、小平次元が非負であって、アバンダンス予想が成り立つことは広く知られている。

 本論文では、次の予想を考えている。

予想2.Xを高々末端特異点をもつ3次元射影的多様体とする。反標準因子-Kxがネフであるとき、第2チャーン類c2(X)が擬有効になる。

 この予想について、次の結果が示されていた([Mi87,KMM04,KMMT00]参照)。

定義3.Xを正規完備な代数多様体とし、DをX上のネフなQ-カルティエ因子とする。Dの数値的次元は〓で定義される。

定理4.仮定は予想2と同じ。数値的次元v(-Kx)≠2のとき、c2(X)が擬有効になる。v(-Kx)=2のとき、〓および不正則数〓が成立する。

 予想2を証明するために、v(-Kx)=2だけで考えれば十分である。しかし、定理4の証明に用いられた方法はv(-Kx)=2の場合へ拡張することができないので、新しい考え方が絶対に必要であると思われる。本論文では、極小モデル・プログラムを用いて、v(-Kx)=2の場合を議論している。

 次の概念は主定理のキーポイントとして非常に重要である。

定義5.R+[l]をNE(X)の端射線とし、f:X→Yを対応する端収縮写像とする。fが良いとは、ある非負整数nが存在して、c2(X)+nlが擬有効になることである。

 主要なアイディア

 仮定は予想2と同じ。さらに、XがQ-分解的と仮定する。NE(X)に対応するXのすべての端収縮写像を考える。

(1)すべての端収縮写像は良い

(2)〓

⇒c2(X)が擬有効になる

 まず、v(-Kx)=2で滑らかな場合を考えて、次の定理を得る。

定理6.Xを滑らかな射影的3次元多様体とする。-Kxがネフかつv(-Kx)=2と仮定する。

(1)q(X)=1のとき、c2(X)が擬有効になる。

(2)q(X)=0のとき、c2(X)が擬有効になることと次の仮説(ADIII)が成り立つこととは同値である。

仮説(ADIII).仮定は定理6(2)と同じ。R+[l]を端射線とし、対応する端収縮写像f:X→Yは因子Eを曲線Cへつぶすとする。さらに、次のいずれかが成り立つと仮定する。

(A)〓かつ〓

(B)〓かつ〓

 このとき、ある正整数nが存在して、c2(X)+nlが擬有効になる。

 上の主要なアイディアを用いて、滑らかな場合の証明は末端特異点をもつ場合に伸ばすことができる。末端特異点をもつ場合にフリップが出てくるのは1つの難しいところである。また極小モデル・プログラムをするとき、末端特異点の範囲をおさえるのが一般的に難しくなっている。

定義7.XをQ-分解的末端特異点をもつ3次元射影的多様体とする。集合A(X)は次のように定義される。A(X)の元Yは3次元多様体であって、XからYへの次のようないくつかの双有理写像の合成がある。

ただし、〓は因子収縮写像またはフリップである。

 次は本論文の主定理である。

定理8.Xを末端特異点をもつ3次元射影的多様体とする。-Kxがネフかつv(-Kx)=2と仮定する。

(1)q(X)=1のとき、c2(X)が擬有効になる。

(2)q(X)=0およびA(XQ)のすべての元Yに対して〓

が成り立つと仮定する。ただし、μ:XQ→XはXの1つのQ-分解化である。このとき、c2(X)が擬有効になる。

 一般的に、第2チャーン類の擬有効性を証明するために、接層または余接層のある半安定性或いは半正値性が示されるのが必要であると思われる。本論文では、この問題に対して、極小モデル・プログラムという手段で議論するのははじめてである。この議論について、今後の発展が期待されている。

 主定理の応用として、Ambroと川又による次の有効な非消滅の予想を考える([Am99,Ka00]参照)。

予想9.Xを正規完備な代数多様体とし、BをX上の有効なR-因子とする。ただし、(X,B)は川又対数的末端特異点をもつ。DをX上のネフなカルティエ因子とする。D-(Kx+B)がネフかつ巨大であると仮定する。このとき、H0(X,D)≠0が成立する。

 この予想について、次の結果が知られている。

注意10.(1)川又・フィーベックの消滅の定理によって、H0(X,D)≠0は〓と同値である。

(2)曲線の場合、有効な非消滅はリーマン・ロッホの定理から従った。曲面の場合、この予想は川又によって半正値性の定理で示された([Ka00]参照)。高次元の場合、この予想は未解決である。

(3)Xがトーリック多様体であるとき、任意のネフなカルティエ因子が固定点自由であることによって、この予想は自明である([Mu02]参照)。

 次の定義から、3次元の有効な非消滅の予想が成り立つための1つの十分条件が与えられる。

定義11.Xを末端特異点をもつ3次元多様体とする。XがrE-条件を満たすとは、ある実数γが存在して、c2(X)-rc21(X)が擬有効になることである。

命題12.Xを末端特異点をもつ3次元多様体とし、XがγE-条件を満たすと仮定する。ただし、〓とする。DをX上のネフなカルティエ因子とする。D-Kxがネフかつ巨大であると仮定する。このとき、HO(X,D)≠0が成立する。

 第2チャーン類の擬有効性によって、次のいくつかの系を得る。

系13.Xを標準特異点をもつ極小3次元射影的多様体とする。このとき、X上の有効な非消滅が成立する。

系14.Xを標準特異点をもつ3次元射影的多様体とする。-Kxがネフであると仮定する。さらに、次のいずれかが成り立つとする。

(1)v(-Kx)≠2

(2)v(-Kx)=2かつq(X)=1

 このとき、X上の有効な非消滅が成立する。

系15.Yを滑らかな極小3次元射影的多様体または滑らかな3次元ファノ多様体とする。f:X→Yをいくつかの点を中心とするブローアップまたはエタール写像の合成とする。このとき、X上の有効な非消滅が成立する。

 次の定理は、有効な非消滅の予想が特異点に関して一般化できることを示している。

定理16.Xを正規射影的n次元多様体とし、BとB0をX上の有効なQ-因子とする。ただし、〓、(X,B0)が川又対数的末端特異点をもって、(X,B)が固有対数的標準特異点をもつ。DをX上のネフなカルティエ因子とする。D-(Kx+B)が豊富であると仮定する。次元がnより小さなとき、予想9が成り立つと仮定すると、H0(X,D)≠0が成立する。

謝辞.この論文を書くにあたって、修士課程に進学して以来多くの数学の示唆、激励を下さった川又雄二郎先生には深く感謝しております。また、川又セミナーの先輩として様々な面で私を励まして下さった小木曽啓示先生、高木寛通先生、上原北斗さん、川北真之さんには大変感謝しております。最後に、この論文について有益な議論を交わしたAmbro Florinさん、安田健彦さん、永井保成さん、齋藤夏雄さん、高木俊輔さんにこの場を借りて感謝致します。

参考文献

[Am99] F. Ambro, Ladders on Fano varieties, Algebraic geometry, 9. J. Math. Sci., 94(1999), 1126-1135.[BG71] S. Bloch, D. Gieseker, The positivity of the Chern classes of an ample vector bundle, Invent. Math., 12(1971), 112-117.[Ka00] Y. Kawamata, On effective non-vanishing and base-point-freeness, Asian J. Math., 4(2000), 173-182.[KMM04] S. Keel, K. Matsuki, J. McKernan, Corrections to "log abundance theorem for threefolds", Duke Math. J., 122 (2004), 625-630.[KMMT00] J. Kollar, Y. Miyaoka, S. Mori, H. Takagi, Boundedness of canonical Q-Fano 3-folds, Proc. Japan Acad. Ser. A Math. Sci., 76(2000), 73-77.[Mi87] Y. Miyaoka, The Chern classes and Kodaira dimension of a minimal variety, Alg. Geom., Sendai, 1985, Adv. Stud. Pure Math., 10(1987), 449-476.[Mu02] M. Mustata, Vanishing theorems on toric varieties, Tohoku Math. J., 54(2002), 451-470.
審査要旨 要旨を表示する

 論文提出者謝啓鴻は,3次元代数多様体の第二Chern類が擬有効になるための条件を研究した.結果として,末端特異点を持った3次元代数多様体において,反標準因子がnefになる場合には,ある種の補助的な仮定の下に,第二Chern類が擬有効になることを証明した.そしてその応用として,有効な非消滅に関する予想に対して部分的に肯定的な解答を得た.

 代数多様体のChern類は,その多様体の本質的な性質をよく記述する不変量であることが知られている.代数曲面に対しては,c31が3c2で抑えられるという,有名な宮岡-Yauの不等式が知られている.この不等式は強力であり,c31とc2の比は代数曲面の構造をよく反映している.

 一方,高次元の代数多様体においては,極小モデルの理論が基本であり,従って特異点を許す多様体も同時に扱うことが重要になる.これらの特異点は,末端特異点とか対数的末端特異点とか呼ばれるものであって,特殊ではあるが重要な特異点である.

 高次元においても,数多様体が有理曲線の族で覆われない場合には,c21とc2の関係が宮岡洋一氏によって証明されており,特に3次元の場合において,いわゆるabundance予想の解決のための重要なステップになった.Chern類の性質は,接束の安定性と深く関係しており,その重要性はまだくみ尽くされてはいない.

 謝氏は,このような背景の下に,末端特異点を持つような3次元の代数的多様体の第二Chern類について研究した.宮岡氏の結果を踏まえれば,代数多様体が有理曲線の族で覆われる場合が重要である.標準因子がnefになるような代数多様体が極小モデルであり,この場合には有理曲線の族で覆われることはない.そこで,謝氏は,反標準因子がnefである場合を考えることにし,この場合には第二Chern,類c2が擬有効であろうと予想した.ただし,擬有効というのは,その数値的同値類が,有効なQ係数1サイクルの極限になっているということである.

 次元が3であるので,反標準因子の数値的小平次元は0,1,2,3の4とおりの値をとりうる.Keel-松木-McKernanやKollar-宮岡-森-高木の結果によれば,数値的小平次元が2の場合を除けば,c2が擬有効であることがわかる.そこで謝氏は数値的小平珠元が2の場合を考えたわけだが,その方法として極小モデル・プログラムを使うことにした.極小モデル・プログラムは,標準因子がnefではないような代数多様体を与えると,自動的に双有理変換を引き起こすもので,この操作を追跡していけば多様体の構造に迫ることができる.この双有理変換は,因子収縮写像かまたはflipと呼ばれるものになるが,これらの場合におけるChern類の変化を詳しく分類することによって,謝氏は,いくつかの例外を除いて,c2が擬有効であることを証明した.

 謝氏は,この結果を,有効な非消滅予想へ応用した.極小モデル理論の基本定理の一つある固定点自由化定理は,以下のことを主張する:それ自身nefであるCartier因子は,標準因子を引くとnefかつ巨大になるならば,何倍かすれば,自由な線形系を与える.有効な非消滅予想はこれを強化したもので,このようなCartier因子は,何倍かしなくても,必ず有効因子と線形同値になると主張する.この予想は,漸近的な性質ではなく有効な性質を扱っているので,具体的な代数多様体の分類には強力な道具になる可能性がある.2次元までと,3次元の極小モデルに対しては,この予想は正しいことが知られていたが,謝氏は,反標準因子がnefであるような3次元の代数的多様体に対しても,いくつかの例外を除けば,この予想が正しいことを証明した.

 以上の結果は,極小モデル理論の発展に大きく貢献するものである.よって,論文提出者 謝啓鴻は,博士(数理科学)の学位を受けるにふさわしい充分な資格があると認める.

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