No | 120455 | |
著者(漢字) | 永井,保成 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | ナガイ,ヤスナリ | |
標題(和) | 射影的ラグランジュファイバー空間の双対ファイバー空間 | |
標題(洋) | Dual fibration of a projective Lagrangian fibration | |
報告番号 | 120455 | |
報告番号 | 甲20455 | |
学位授与日 | 2005.03.24 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(数理科学) | |
学位記番号 | 博数理第267号 | |
研究科 | 数理科学研究科 | |
専攻 | 数理科学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 標準因子が自明な代数多様体は高次元代数多様体の分類理論において重要な位置を占める多様体のクラスであることは良く知られているが,実際これらの多様体は代数幾何の研究において重要であるばかりでなく,数論や数理物理などの隣接分野においても重要であり,盛んに研究されている.たとえば,アーベル多様体の数論幾何的な研究や,カラビ=ヤウ多様体の数理物理,特にミラー対称性と関連した研究などにその例を見ることができる. そのような標準因子が自明な射影代数多様体,より広くは,コンパクトケーラー多様体のなかのひとつとして既約シンプレクティックケーラー多様体がある.これは,K3曲面の高次元への自然な一般化のひとつになっている.K3曲面については,その上の線形系,コホモロジーが非常に良くわかるばかりでなく,周期と同型類,自己同型の間の対応(大域トレリ定理)が知られており,非常に豊かな研究が多く展開されてきた.既約シンプレクティック多様体はK3曲面と類似の性質を多く持つと広く予想されており,その一部は証明されてもいる[1,6].しかしながら,既約シンプレクティック多様体の本格的な研究はまだ始まったばかりといわねばならない. 一般に代数多様体の上のファイバー空間の構造,すなわち正規多様体への射であって,ファイバーが正の次元を持ちかつ連結であるようなもの,はその多様体の情報を多く持つ重要な対象である.たとえばK3曲面上のファイバー空間の構造は楕円曲面の構造に他ならず,楕円曲面の構造は非常に詳しくわかっている[7]ので,そこからもとのK3曲面の情報を取り出すことができる.これの高次元化が既約シンプレクティック多様体の上のラグランジュファイバー空間の構造である[8,9].射影的なラグランジュファイバー空間の局所的な構造については楕円曲面の場合との強い類似が成り立つことが知られている[10,11]. ファイバー空間の大域的な性質を知りたいときには,そのファイバー空間に大域切断が存在する場合を考えると有利になるが,一般のファイバー空間には大域切断が存在するとは限らない.しかしながら,局所切断を持つ,すなわち底空間の任意の点のユークリッド近傍上に制限すると切断が存在する楕円曲面は,そのヤコビアンファイバー空間を考えることによって大域切断を持つ楕円曲面の場合に還元でき,例えばK3曲面上の楕円曲面には常に局所切断が存在し,そのヤコビアンファイバー空間はまたK3曲面になる.ここで,ヤコビアンファイバー空間と元の楕円曲面の関係は,ヤコビアンがもとのファイバー空間の上の直線束のモジュライ空間として構成されることからきていることが重要であった. このような観点から,本論文では,ヤコビアンの高次元への拡張であるピカール空間[2,4,5,13]を用いて,ラグランジュファイバー空間の双対ファイバー空間を定義し,次の定理を証明した: 定理. Xを(正則)シンプレクティック多様体,f:X→Sをその上の射影的なラグランジュファイバー空間とする.さらに,fは解析位相に関して局所切断を持ち,R1OXが局所自由層になると仮定する.このとき,fの双対ファイバー空間π:Q→Sを考えれば,Q上に自然なシンプレクティック形式が存在する,更に,そのシンプレクティック形式に関してπはまた(一般に固有でない)ラグランジュファイバー空間となる. これはモジュライ空間上のシンプレクティック形式の存在の定理と見れば[12]の定理の拡張ともみなすことができるが,証明方法はまったく異なっている.また,既約シンプレクティック多様体上のラグランジュファイバー空間がつねに局所切断を持つかどうかは未解決の問題である.この論文で定義した双対ファイバー空間は一般に非コンパクトであるので,それ自身を代数幾何学的な対象として研究するには不満足であるが,非コンパクトなものを考えることで,可約なファイバーを持つラグランジュファイバー空間をも扱うことができるという利点がある.この双対ファイバー空間の良いコンパクト化が得られれば,多くの幾何学的な応用が期待できる. 射影的既約シンプレクティック多様体上の大域切断を持つラグランジュファイバー空間は,その底空間が射影空間になることが知られている[3].本論文では上の定理を応用して,これを局所切断を持つ場合にまで拡張した: 系. Xを射影的な既約シンプレクティック多様体とし,f:X→Sをその上の局所切断を持つラグランジュファイバー空間とする.このとき,Sはその次元がXの次元の半分の射影空間と同型である. 参考文献 | |
審査要旨 | 論文提出者永井保成は,既約で射影的なシンプレクティック多様体の研究を行い,それが代数的ファイバー空間の構造を持つような場合についての結果を得た.局所解析的には切断が存在するという仮定の下で,与えられたファイバー空間の双対ファイバー空間というものを構成し,これにもシンプレクティック多様体の構造が入ることを証明した.応用として,同じ仮定のもとに,底空間が射影空間と同型になることを証明した. 高次元複素多様体の研究において,標準因子が0になるような複素多様体は特別な重要性を持っている.Bogomolovの分解定理によれば,このような多様体の研究は,複素トーラス,Calabi-Yau多様体およびシンプレクティック・ケーラー多様体の研究に帰着される.永井氏はシンプレクティック・ケーラー多様体に惹かれるところがあり,その中でも特に重要であると思われる既約で射影的なシンプレクティック多様体を研究対象に選んだ.このような射影的多様体は,定義により,単連結であり,すべての点で非退化であるような正則2形式を持ち,しかも,任意の正則2形式がこの基本正則2形式の定数倍に限るようなものである. 一般に,高次元多様体論においては,代数的ファイバー空間の研究が重要である.このことは,小平邦彦氏による複素曲面論において,楕円曲面の理論が占めていた役割を思い出せば納得がいく.ここで,代数的ファイバー空間というのは,普通のファイバー空間の概念よりもはるかにゆるいものであり,一般ファイバーたちは同型ではなく,退化した特異ファイバーも任意に許すものである. 代数的ファイバー空間の構造を持つような既約で射影的なシンプレグティック多様体については,松下大介氏による以下のような一般的な結果がある.それによれば,底空間の次元は全空間の次元の半分であり,しかも任意のファイバーの既約成分に基本正則2形式を制限すると0になる,すなわちLagrangianファイバー空間になっていることがわかっている.さらに,底空間は高々対数的末端特異点のみを持つようなFano多様体になっていることもわかっている.Fano多様体というのは,反標準因子が豊富になるような多様体であるが,特異点を持っている場合には,その構造を知ることは一般的にはかなり困難である. しかし,代数的ファイバー空間の構造をもつ既約で射影的なシンプレクティック多様体に対して,大域的な切断が存在する場合には,趙-宮岡-Shepherd-Barronの結果により,底空間が実は射影空間と同型になってしまうということが証明されている.そこで永井氏は,大域的切断の存在という仮定をはずすことを考えた。 楕円曲面の場合には,それに付随するJacobianファイバー空間を考えれば,大域的切断を持つ楕円曲面が得られる.それを拡張して,永井氏は,与えられた代数的ファイバー空間のPicard空間というものを考えた.しかし,Picard空間は一般には分離的ではないので,まず,これを分離化した空間を考えた.そして,はじめの代数的ファイバー空間に,局所解析的には切断が存在すると仮定して,Picard空間から得られた空間上に正則2形式を構成し,複素シンプレクティック多様体の構造が入ることを証明した. こうして得られた複素シンプレクティック多様体は,コンパクトには必ずしもならないが,大域的な切断を持つので,その近傍で部分多様体の変形理論を展開することが可能になる.そこで,趙-宮岡-Shepherd-Barronの論法を拡張することができて,結局,底空間がこの場合にも射影空間と同型であることが証明できた.この結果は,それ自体重要であるが,Picard空間を使った議論は,いろいろなケースで応用が期待できる. 以上の結果は,複素シンプレクティック多様体の研究の発展に大きく貢献するものである.よって,論文提出者永井保成は,博士(数理科学)の学位を受けるにふさわしい充分な資格があると認める. | |
UTokyo Repositoryリンク |