学位論文要旨



No 120457
著者(漢字) 部家,直樹
著者(英字)
著者(カナ) ヘヤ,ナオキ
標題(和) 無限次元確率微分方程式の解の分布の絶対連続性
標題(洋) The absolute continuity of a measure induced by infinite dimensional stochastic differential equations
報告番号 120457
報告番号 甲20457
学位授与日 2005.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(数理科学)
学位記番号 博数理第269号
研究科 数理科学研究科
専攻 数理科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 楠岡,成雄
 東京大学 教授 舟木,直久
 東京大学 教授 吉田,朋広
 東京大学 教授 時弘,哲治
 東京大学 教授 薩摩,順吉
内容要旨 要旨を表示する

 (B,H,μ)を抽象Wiener空間とする.本論文では,次の形のB-値確率微分方程式を考える:

ここで,WtはB-値Wiener過程で,係数〓およびb:jB→Hは,無限回連続的H-Frechet微分可能であり,その各階の導関数は有界であると仮定する.

ここで,Kを可分な実Hilbert空間とするとき,写像f:B→Kが連続的H-Frechet微分可能であるとは,連続写像〓が存在して,

が各x∈Bについて成り立つことを言う.本論文の主要な結果は次の通りである.

定理1.もし,

ならば,XTの分布はμTに対して絶対連続である.

 上定理において,〓を写像〓によるμの像測度である.また,〓はMalliavin共分散作用素であり,有限次元の場合の共分散行列に対応する.

 B=H=Rdの場合は,定理1の主張は良く知られている.それは,P.Malliavinが基本的なアイデアを提出し(cf.[5],[6]),楠岡成雄,D.Stroockにより精密に議論された(cf.[2],[3],[4]).Malliavinの理論はその後多くの人たちによって発展し,Malliavin解析と呼ばれる.その概要は[7]に詳しい.本論文は無限次元の場合について,Malliavin解析の手法を用いて有限次元と同様の結果を得た.

 まず確率微分方程式(1)の解の存在と一意性,およびMalliavinの意味での滑らかさについて論じる.次に,Malliavin共分散作用素を定義し,条件(A)の下で,その逆作用素が滑らかであることを示す.

定理2.各t∈(0.T]について

である.

 この事実は,有限次元においては行列式の評価を用いて容易に示すことができる.無限次元では行列式に対応するものとしてdet2(cf. [1] Chapter XI.9)があるが,これは行列式と違って多項式ではないので有限次元のときと同じ方法は使えない。そこで,微分も込めて有界な滑らかなcut off関数をうまくとって,Lpの中で収束することを示す.定理2より,次の部分積分の公式が得られる.

定理3.Kを可分なHilbert空間とする.任意の〓に対して,ρt∈W∞(K)が存在して

がすべてのK-値多項式u∈FC∞b(K)に対して成り立つ.

 有限次元においては,上に述べた部分積分の公式から直ちに分布の絶対連続性が従うのであるが,無限次元ではSobolevの不等式などの有限次元における重要な結果を使うことが出来ない.したがって,絶対連続性を示すには別のアプローチが必要である.本論文では,Ptf(x)=E[f(x+Wt)]]によって定義される半群Ptに対するHarnack型の不等式,Ornstein-Uhlenbeck半群の超縮小性(cf.[7]),および定理3を用いて,次を示す.Xtの分布の絶対連続性はこの定理から直ちに得られる.

定理4.VT=PoX-1TをXTの分布とする.条件(A)のもとで,任意のp∈(1,∞)に対して,pとTにのみ依存する定数C>0が存在して

が任意の有界Borel関数f:B→Rと任意のε∈(0,1)に対して成り立つ.

 最後に,条件(A)が成り立っための充分条件を考える.その一つは一様楕円性である.すなわち,すなわち,inf|h|H=1|(IH+A(0))h|H>0であれば(A)が成立する.これは,有限次元の場合と同様に,ある停止時刻の評価に帰着される.

 さらに,一様楕円性より弱い準楕円性の条件のもとで(A)が成り立つことを示す.Hの正規直交基底{ei}をひとつ固定する.Vi(x)=ei+A(x)eiとおき,[Vi,Vj]=Vj(1)[Vi]-Vi(1)[Vj]と定める.さらに,

と定め,Σj=∪ji=1Σiとおく.このとき,あるN∈Nが存在して,{V(0);V∈Σn}の張る部分空間がHで稠密ならば,(A)が成立することが示される.ただし,この場合は拡散係数Aに関して,

という条件が必要になる.

参考文献

[1] Dunford, D. and Schwartz, J.T., Linear Operators; Part II: Spectral Theory, Wiley, New York, (1963).[2] Kusuoka, S. and Stroock, D.W., Applications of Malliavin calculus I, Stochastic Analysis, Proc. Taniguchi Intern. Symp. Katata and Kyoto, 1982, (ed. by K.Ito), 271-306, Kinokuniya, Tokyo, (1984).[3] Kusuoka, S. and Stroock, D.W., Applications of Malliavin calculus II, J. Fac. Sci. Univ. Tokyo. Sect. IA Math., 32 (1985), 1-76.[4] Kusuoka, S. and Stroock, D.W., Applications of Malliavin calculus III, J. Fac. Sci. Univ. Tokyo. Sect. IA Math., 34 (1987), 391-442.[5] Malliavin, P., C-hypoellipticity with degeneracy, Stochastic analysis, ed. by A. Friedman and M. Pinsky, 199-214, 327-340, Academic Press, New York, (1978).[6] Malliavin, P., Stochastic calculus of variation and hypoelliptic operaters, Proceedings of Intern. Sypm. SDE, Kyoto, 1976, ed. by K.Ito, 195-263, Kinokuniya, Tokyo, and Wiley, New York, (1978).[7] Shigekawa, I., Stochastic analysis, Translations of mathematical monographs,Vol.224, (Iwanami series in modern mathematics), Providence, R.I.,American Mathematical Society, (2004).
審査要旨 要旨を表示する

 本論文では無限次元ブラウン運動に摂動的拡散項・ドリフト項を付け加えた無限次元空間上の確率微分方程式の解について考察し、その解の時刻T>0での分布がガウス測度と絶対連続となるための十分条件を与えている。

 (B,H,μ)を抽象Wiener空間とし、WtはB-値Wiener過程とする。Xtは以下のB上の確率微分方程式の解とする。

係数〓およびb:B→Hは,無限回連続的H-Frechet微分可能であり,その各階の導関数は有界であると仮定する。

 本論文では、この確率微分方程式にMalliavin解析を適用することを試みた。XtそのものにMalliavin解析を適用するのは難しくXt-Wtに適用し、補正項を加えていくというのが基本的なアイデアである。論文ではまず、確率微分方程式の解XtがMalliavinnの意味で滑らかであることを示し、さらにXtに対応するMalliavin共分散作用素σ(t)のを定義した。これらの定義は有限次元の場合と同じではなく、無限次元の問題を取り扱うために修正された概念を導入している。

 本論文ではまず次の定理を示している。

定理 もし,すべてのP∈(1,∞)に対して

ならば,X1の分布はμに対して絶対連続である.

 定理の証明では、無限次元特有の問題が現れる。まず、Malliavin共分散作用素の逆作用素γ(1)=(I+σ(1))-1-IがMalliavinの意味で滑らかであることを示している。有限次元においては行列式の評価を用いてこのことは容易に示すことができるが、無限次元では行列式が多項式ではなくなることが難点となり、手の込んだ証明を行っている。さらに、有限次元においてはSobolevの不等式を用いて、微分に対する評価から絶対連続性を示すが、無限次元ではそのような不等式が存在しないために、従来とは全く違う新しい方法を用いている。

 論文では最後に,定理の条件が成り立つための十分条件を与えている。1つは、出発点における楕円性である。すなわち,

であれば定理の条件炉成立することを示している。2つ目は、楕円性より弱いHormanderの準楕円性の条件に類似した条件である。則ち、以下のような条件である。

 {ei}をHの正規直交基底とする。Vi(x)=ei+A(x)eiとおき,[Vi,Vj]=Vj(1)[Vi]-Vi(1)[Vj]と定める.さらに,

と定める。あるN∈Nが存在して{V(0);V∈∪Ni=1Σi}の張る部分空間がHで稠密ならば,定理の条件が成立することが示されている。

 この条件を適用する場合、伊藤の公式がポイントとなるが、ここで扱っている確率微分方程式の場合にはラプラシアンが絡み、やはり無限次元特有の問題が生ずる。それに対する条件もきっちり述べられている。

 このように本論文では無限次元の確率微分方程式の理論的研究、特にMalliavinn解析の適用について新しい方向性を打ち出し、従来の手法では証明できなかった定理を与えており、高く評価できるものである。

 よって、論文提出者 部家 直樹 は、博士(数理科学)の学位を受けるにふさわしい十分な資格があると認める。

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