学位論文要旨



No 120459
著者(漢字) 山下,剛
著者(英字)
著者(カナ) ヤマシタ,ゴウ
標題(和) 準安定還元を持つ開多様体のp進エタール・コホモロジーとクリスタリン・コホモロジー
標題(洋) p-adic e tale chohomology and crystalline cohomology for open varieties with semi-stable reduction
報告番号 120459
報告番号 甲20459
学位授与日 2005.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(数理科学)
学位記番号 博数理第271号
研究科 数理科学研究科
専攻 数理科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 斎藤,毅
 東京大学 教授 織田,孝幸
 東京大学 教授 斎藤,秀司
 東京大学 助教授 辻,雄
 東京大学 助教授 志甫,淳
 東京都立大学 助教授 栗原,将人
内容要旨 要旨を表示する

 この論文の主定理ではp進Hodge理論におけるFontaine-JannsenのCst予想(辻の定理[Tsu])の開多様体に対する拡張を証明する.大雑把に言うと,それはp進エタール・コホモロジーとクリスタリン・コホモロジーの比較定理である.そこから開多様体に対するCcrys予想やCdR予想,一般のCpst予想も証明される.証明にはFontaine-Messing-加藤-辻のサントミック・コホモロジーの手法を使う.Faltingsのオルモスト・エタール理論の手法は用いない.記号を準備する.Kを標数0の完備離散付値体,OKをその付値環とする.その剰余体kは標数p>0の完全体とする.K0をkを係数に持つWitt環の商体,σをK0のFrobenius自己準同型とする.BdR,Bcrys,BstをFontaineのp進周期の環([Fo])とする.XをOK上固有な準安定モデル,すなわち,Xは正則で一般ファイバーXKはK上滑らか,かつ特殊ファイバーYはXの被約な正規交叉因子であるものとする.DをXの水平な正規交叉因子で特殊ファイバーYとも正規交叉を持つとする.DをD=D1∪D2と共通の既約成分持たない2つの和に分解する.D,D1,D2の特殊ファイバーをそれぞれC,C1,C2とする.この時,次の3種類のコホモロジーを考える.

1.(エタール・コホモロジー)〓:Kの絶対Galois群GKが連続に作用する有限次元Qpベクトル空間.

2.(de Rhamコホモロジー)HmdR(XK,D1K!,D2K*/k):有限のフィルトレイションを持つ有限次元Kベクトル空間.

3.(対数的クリスタリン・コホモロジー)Hmlog-crys(Y,C1,C2):Nψ=pψNを満たすσ半線型なFrobenius自己準同型ψとK0線型なモノドロミー自己準同型Nを持つ有限次元K0ベクトル空間.ここでこれらのコホモロジーは部分台付きコホモロジーである.D1=0の時は,これらはそれぞれ〓の台を考慮しないコホモロジーになり,D2=0の時は,それらの台付きのコホモロジーになる.Yに入れる対数構造やその(部分)台付きコホモロジーの定義はここでは省略するが,それらの定義のもとで対数的クリスタリン・コホモロジーは有限次元になる.また,これらのコホモロジーは「モティヴィック重みフィルトレイション」と呼ばれる有限フィルトレイション{W'ν}νを持つ.「モティヴィック重みフィルトレイション」はクリスタリンFrobenius重みに対応するフィルトレイションではなく,大雑把に言って「他の良い素点でのFrobenius重み」に対応するフィルトレイションであり,D=0の時はpの所で退化が起こっていても純になる.「モティヴィック重みフィルトレイション」の定義は省略するが,DeligneのHodgeII([D1])の類似と思えばよい.ここで,これから示したい比較同型を部分台付きコホモロジーにまで拡張する事は,応用上開多様体の代数的対応を考えるときに重要になってくるもので,ある意味いわば「Homに対するp進Hodgeの比較」を意味する事に注意する.開多様体に対するCst予想を証明する前にまず,兵頭-加藤同型([HK])を部分台付きコホモロジーに対して示す.Proposition 0.1 OKの素元πの選び方にのみ依存する次の同型がある:

さらにこの同型は積構造とも整合的であり,モティヴィック重みフィルトレイションを保つ.次がこの論文の主定理である.Theorem 0.2 (open Cst)次の標準的なBst同型がある:

この同型はGK,ψ,Nの作用を保ち,Bst上BdRをテンソルした後のHodgeフィルトレイションも保ち,積構造とも整合的である.さらに,D1=0あるいはD2=0の時にはモティヴィック重みフィルトレイションも保つ.ここで両辺にそれらの構造は以下の表のように入っている.(右辺でBst上BdRをテンソルした後のHodgeフィルトレイションの定義には兵頭-加藤同型を使っている.)

この主定理の証明について短く述べる.ナイーヴに比較写像を構成すると積構造との整合性を示す事が困難になり,

それにより比較写像が同型である事を示すのが困難になる.この論文では「べったり対数的概型」を導入する事で積構造との整合性の困難を克服して比較同型を証明する.この主定理から開多様体に対するCcrys,CdR,一般のCpstが導出される.Theorem 0.3 (open Ccrys)XをOK上固有滑らかな代数多様体,Dをその水平な正規交叉因子で特殊ファイバーYとも正規交叉なものとする.DをD=D1∪D2と共通な既約成分を持たない和に分解する.D,D1,D2の特殊ファイバーをそれぞれC,C1,C2とする.この時,次の標準的なBcrys同型がある:

この同型はGK,νの作用とを保ち,Bcrys上BdRをテンソルした後のHodgeフィルトレイションも保ち,積構造とも整合的である.さらに,D1=0あるいはD2=0の時にはモティヴィック重みフィルトレイションも保つ.Theorem 0.4 (open smooth CdR)XKをK上の固有滑らかな代数多様体,DKをその正規交叉因子とする.DKをDK/D1K∪D2Kと共通な既約成分を持たない和に分解する.この時,次の標準的なBdR同型がある:

この同型はGKの作用,Hodgeフィルトレイションを保ち.積構造とも整合的である.さらに,D1=0あるいはD2=0の時にはモティヴィック重みフィルトレイションも保つ.特に,HodgeフィルトレイションについてFil0=Fil1を取る事により,次の分解(Hodge-Tate分解)を得る.

ここでI(D1k)はD1kを定義するイデアル層,CpはKの代数閉包のp進完備化とする.Theorem 0.5 (open non-smooth CdR)UKをK上の有限型分離的概型とする.この時,次の標準的なBdR同型がある:

ここでHdRはHartshorneの代数的de Rhamコホモロジー([Ha])を表している.この同型はGKの作用,Hodgeフィルトレイション,積構造とも整合的である.(ここでHodgeフィルトレイションの定義は省略するが,DeligneのHodgeIII([D2])の類似と思えばよい.)

Theorem0.6(Cpst)UKをK上の有限型分離的概型とする.この時,GKのp進表現Hm(UK,Qp),Hmet,c(UK,Qp)は潜在的準安定表現である.このCpst予想に関してはもともと一般のK上有限型分離的概型に対しての予想であったので,拡張された予想を証明したのではなくもともとの予想を証明した事になる.最後に,同時に提出した参考論文「bounds for the dimensions of p-adicmultiple L-value spaces(p進多重L値空間の次元の評価)」について短く述べる.参考論文では上の主定理の応用として混合Tateモティーフに対するp進Hodgeの比較同型を示し,それを用いた考察を行っている.主定理ではp進多重L値空間の次元の上からの評価を与える.それは複素の多重ゼータ値に関するZagierの予想のp進類似である.参考文献

[D1] Deligne, P.Theorie de Hodge.II.Inst.Hautes Etudes Sci.Publ.Math.No.40 (1971), 5-57.[D2] Deligne, P.Theorie de Hodge.III.Inst.Hautes Etudes Sci.Publ.Math.No.44 (1974), 5-77.[Fo] Fontaine, J.-M.Le corps des periodes p-adiques.Periodes p-adiques (Bures-sur-Yvette, 1988).Asterisque 223 (1994), 59-111.[Ha] Hartshorne, R.On the De Rham cohomology of algebraic varieties.Inst.Hautes Etudes Sci.Publ.Math.No.45 (1975), 5-99.[HK] Hyodo, O.; Kato, K.Semi-stable reduction and crystalline cohomology with logarithmic poles.Periodes p-adiques (Bures-sur-Yvette, 1988).Asterisque 223, (1994), 221-268.[Tsu] Tsuji, T.p-adic etale cohomology and crystalline cohomology in the semi-stable reduction case.Invent.Math.,t.137,(1999), 233-411.
審査要旨 要旨を表示する

 Kを標数0の完備離散付値体で,剰余体kが標数p>0の完全体であるものとする.p進Hodge理論は,このような体上の多様体に対し,そのp進エタール・コホモロジーとde Rhamコホモロジーあるいはその還元のクリスタリン・コホモロジーとの関係を与えるものであり,複素数体上の多様体に対するHodge理論の類似と考えられるものである.コンパクトな多様体については,この関係を与える比較同型は辻によって定義されていた.本論文では,これの拡張としてし,開多様体に対する比較同型が構成された.数論的な応用上からも,開多様体に対するp進Hodge理論の基本定理は重要な結果である.

 XをOK上の準安定固有スキームとし,DをX上の正規交叉因子で,oK上平坦なものとする.さらに閉ファイバーXkとの和D+XkもX上の正規交叉因子であるとする.Bstで,Fontaineが定義したp進周期の環を表わす.

 定理1標準同型〓および,〓がある.

論文では,より一般に,開多様体のコホモロジーとして,0延長と高次順像とが混ざった中間的なものに対しても,比較同型が示されている.これは,開多様体上の代数的対応への応用が期待できるものである.定理の証明は,基本的には辻によるコンパクトな場合の証明に沿ったものであるが,証明の新しい重要な要素として,次のものがある.それは,無限遠での対数構造として,Xの対数構造のひきもどしとして得られる,通常はとりあつかわないような対数構造である.

 証明の概略は次のとおりである.辻の証明と同様に,サントミック・コホモロジーからの標準射Hqsyn→Hqetおよび〓を定義する.そして,辻の結果を用いて,射Hqsyn→Hqetな同型なことを示し,標準射〓を定義する.この標準射が,カップ積と両立することを示すために,上記のような対数構造を使う.まず,上記のような対数構造を用いて,もう一つの比較写像を定義する.これは,定義より,カップ積と両立することが容易に従う.さらにこの新しい比較写像が,既に定義されているものと一致することを示す.こうして,比較写像とカップ積の両立性が証明される.あとは,標準的な議論により,このカップ積との両立性とPoincare双対性より,標準射が同型であることがしたがう.

 以上のように,本論文では,p進Hodge理論の基本定理である比較同型が,開多様体に対しても証明されている.よって論文提出者山下剛は博士(数理科学)の学位を受けるにふさわしい充分な資格があると認める.

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