学位論文要旨



No 120473
著者(漢字) 小林,大輔
著者(英字)
著者(カナ) コバヤシ,ダイスケ
標題(和) 連想システムのためのアナログ不揮発性記憶デバイス
標題(洋) Analog Non-Volatile Memory Devices for Associative Processing Systems
報告番号 120473
報告番号 甲20473
学位授与日 2005.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(科学)
学位記番号 博創域第93号
研究科 新領域創成科学研究科
専攻 基盤情報学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 柴田,直
 東京大学 教授 岡部,洋一
 東京大学 教授 浅田,邦博
 東京大学 教授 桜井,貴康
 東京大学 教授 高木,信一
 東京大学 助教授 藤島,実
内容要旨 要旨を表示する

 連想システムとは連想プロセッサ・アーキテクチャに基づいた情報処理システムであり、従来のバイナリ・デジタル信号処理に基づいたVLSIが最も不得手とする人間のような柔軟な知的情報処理を実現するシステムとして注目されているものである。連想システムにおける情報処理はベクトル間の距離によるテンプレートマッチングの原理に基づいており、システムには予め過去の経験が大量のテンプレートベクトルとして記憶されている。未知の入力が与えられたとき、システムはその入力ベクトルとテンプレートベクトルの距離を計算し、最も距離の近いテンプレートベクトルを検出する。これにより現在の入力を過去の記憶に結びつけて、その入力を理解し処理するシステムである。音声や静止画・動画像の圧縮や認識など様々な分野での応用可能性が示唆されているが、計算量が膨大であるために現在主流の逐次処理型汎用CPUとその上で実行されるソフトウェアの組み合わせでの実装では大変な演算時間を必要とすることが知られている。そのため実時間処理を目指した専用のVLSIチップ「連想プロセッサ」がデジタル回路技術、アナログ回路技術の両面から研究開発されている。特にアナログ回路技術による実装は、携帯端末のように使用可能な電力や面積が限られた環境で連想システムを実現するために注目を集めている。音声や静止画・動画像の圧縮や認識などの情報処理は、携帯端末のような常に人の側にあるコンピュータでこそ実現が望まれるものであり、そのような端末上で連想システムを実現する意義は大きい。

 アナログ不揮発性記憶デバイスとは、アナログデータを不揮発的に記憶保持するデバイスである。特にトランジスタ構造を持つデバイスは、記憶素子として働くだけでなく記憶値に応じて自身の動作特性を変える演算素子として機能することから、アナログ連想システムを更に低電力かつ省面積で実装するために必要不可欠なデバイスとして注目されている。本論文では、デバイス物理やデバイス構造の面から、このアナログ不揮発性記憶デバイスを開発することを目的とする。本研究では、二つの物理現象に注目した。一つはMOSFETのチャネル中で発生するホットエレクトロン現象であり、もう一つは強誘電体薄膜が持つ残留分極現象である。

 まず、ホットエレクトロン現象を用いた不揮発性記憶デバイスのデータ保持特性を明らかにした。ホットエレクトロン現象を用いた不揮発性記憶デバイスとして、ホットエレクトロン注入の自己収束特性を利用したアナログEEPROMが我々の研究室で研究されている。注入現象の物理的特性によって複雑な制御なしに従来よりもはるかに効率よくアナログデータの書き込みを行えることが実証されていた。しかし、そのデータ保持特性については十分な検証がなされていなかった。アナログ連想システムでは、記憶デバイスは記憶素子としてだけでなく距離計算を実行する演算素子としても動作する必要があり、距離演算回路の一部として組み込まれることが要求される。そのためには記憶データを保持しつつ動作できるバイアス条件を知ることが重要である。そこで本論文では、デバイスの動作バイアスに注目してその保持特性を原理的に考察し実験結果から検証した。データ保持に必要なバイアス条件はドレイン電圧とコントロールゲート電圧(フローティングゲート電位)に対して与えられることを示した。ドレイン電圧の制約はゲート酸化膜のポテンシャル障壁の高さによって決定されること、コントロールゲート電圧の制約はトンネリング発生電圧によって決定されることを明らかにした。本論文で使用した評価TEGの場合、ドレイン電圧を2.0V以下に保持し、動作時のフローティングゲート電圧を6V以下に抑えることでデータ保持が可能であることを示した。

 次に、強誘電体の残留分極現象を用いた連想システムのためのアナログ不揮発性記憶デバイスを開発した。低電力データ書き込みを可能とすることから次世代不揮発性記憶素子として研究が盛んなトランジスタ型強誘電体メモリを連想システムのために発展させた。トランジスタ型強誘電体メモリとは、通常のMOSFETのゲートを構成する絶縁体を強誘電体に置き換えた構造を持つものである。例えば、ゲート酸化膜を強誘電体に置き換えたMFSFET構造や、フローティングゲートMOSのフローティングゲートとコントロールゲート間の絶縁体として強誘電体絶縁膜を利用したMFMISFET構造が存在する。強誘電体の残留分極の向きによりMOSFETのチャネルコンダクタンスが変わることを利用した記憶デバイスである。従来のトランジスタ型強誘電体メモリでは、記憶データを破壊せずにデータ読み出しを行うために、印加するゲート電圧を十分小さくする必要があった。このように入力電圧が制限された状態では、アナログ電圧入力を必要とするアナログ連想システムに応用することはほとんど不可能である。この問題を解決するために、新しい素子構造を提案した。その構造はフローティングゲートMOSを発展させたものであり、フローティングゲート上にキャパシタンス・カップリングした二つの入力ゲートを持つ。一つはフローティングゲートと入力ゲート間を強誘電体薄膜で絶縁したものであり、もう一つは常誘電体薄膜で絶縁したものである。これをヘテロゲート・フローティングゲートMOS構造(ヘテロゲートFGMOS構造)と名付けた。この構造に書込み制御スイッチを接続することで、データ読み出し電圧の制約を解消した。

 ローム株式会社の技術協力を受け、0.6-μm CMOS PZT-FeRAMプロセスで評価デバイスを作成し、原理の妥当性を実証した。入力電圧の制約を解消した見返りに、その電圧の印加時間に制約を受けるが、その時間は連想演算を実行するに十分長いものであることを確認した。また、そのメカニズムを等価RC回路モデルにより明らかにした。更に、ヘテロゲートFGMOS構造を用いた強誘電体連想メモリを設計し、その動作を実証した。

 また、ヘテロゲートFGMOS構造のデータ保持に対する信頼性について検証した。試作したヘテロゲートFGMOSでは、データ読み出し操作を繰り返した際に記憶データにわずかな変化が観測されたが、これは、提案するデータ読み出し手法によるものでないことを実証した。そのデータ変化の原因が強誘電体キャパシタに流れる電流によるものであることを明らかにした。また、温度依存性についても評価した。

 最後に、ヘテロゲートFGMOS構造のデバイス設計論を述べた。まず、素子が記憶できる電圧レンジ「メモリウィンドウ」を最大化するために、ヘテロゲートを構成する強誘電体キャパシタと常誘電体キャパシタの面積比を最適化する手法を示した。アナログ値を記憶する際にはメモリウィンドウが広いほどデータ記憶の信頼性が向上する。ヘテロゲートFGMOS構造のメモリウィンドウは強誘電体キャパシタと常誘電体キャパシタの容量比で決定されることを示し、その最適化手法を述べた。また、デバイスに要求されるスペックから、それを実現する強誘電体をデザインする手法を示した。更に、ヘテロゲートFGMOS構造にデュアルトランジスタ構造を導入し、様々なタイプの強誘電体連想演算回路を設計した。フローティングゲートを共有する二つトランジスタからなる素子構造を利用することで、ヘテロゲートFGMOS構造を用いた連想メモリの設計がより効率化されることを示した。

 このように本研究は、デバイス物理学の原理やデバイス構造を応用することで、より高度な情報処理を実現することを目的に行ったものである。この目的の元、本不揮発性記憶デバイスの研究と平行して、高度情報処理を実現するためのMEMSデバイスの研究を行ったので、これを付録にまとめた。これは、従来の走査型プローブ磁気顕微鏡が持つ問題点をプローブ構造に注目して解決することを目的としたものである。ハードディスクのデータ記憶単位である磁区を、磁性体プローブを使わずにサブナノメートルの分解能で観測することが目標である。そのプローブを実現する基礎となる金属/絶縁体型マイクロ尖塔構造の作成方法について述べる。

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は、連想システムのためのアナログ不揮発性記憶デバイス(英訳:Analog Non-Volatile Memory Devices for Associative Processing Systems)と題し、人間のように柔軟な情報処理実現の最も基本となる連想演算に関し、これを並列処理で実行するVLSI実現のためのアナログ不揮発性記憶デバイスに関する研究成果を纏めたもので、全文6章よりなる。

 第1章は、序論であり、本研究の背景について議論するとともに、本論文の構成について述べている。

 第2章は、「ホットエレクトロン注入を用いたアナログ不揮発性記憶デバイス」と題し、フローティングゲートMOS型記憶素子を連想演算に用いた際に問題となる、記憶データの保持特性について述べている。連想演算には、MOS型記憶素子のゲート・ドレインに電圧が印加されるため、これによりフローティングゲートへの電子注入・放出が生じ、記憶データが変化する。これに対し、実験データに基づき、データ変化を十分小さく抑えることが可能な動作条件について明らかにしている。

 第3章は、「強誘電体分極を用いたアナログ不揮発性記憶デバイス1‐動作原理‐」と題し、強誘電体の分極現象を連想演算に用いるための新たなデバイス構造、「ヘテロゲート・フローティングゲートMOS」を提案している。これまでの構造では、強誘電体を用いたMOSトランジスタを連想演算に用いると、その分極に変化が生じ、記憶データが変化するという信頼性上の大きな問題があった。新提案のデバイスでは、連想演算用の入力ゲートと強誘電体キャパシタ入力ゲートの二つの電極を設けるともに、後者にはスイッチを付与し、連想演算の際にはそのスイッチをオフするという方式を導入した。本章では、本デバイスの動作原理を説明するとともに、強誘電体薄膜としてチタン酸ジルコン酸鉛(PZT)を用いた素子を実際に試作し、本方式が優れたデータ保持特性を持つことを実証している。更に、ヘテロゲート・フローティングゲートMOSを用いた連想回路のテストチップを設計・試作し、実際に連想演算が行えることを示している。これは重要な成果である。

 第4章は、「強誘電体分極を用いたアナログ不揮発性記憶デバイス2‐信頼性‐」と題し、前章で提案したヘテロゲート・フローティングゲートMOSデバイスのデータ保持特性について、これに影響を及ぼす様々な要因に関する詳細な実験的解析を行っている。データ保持の信頼性を決める主要因は、試作に用いたPZT薄膜に流れる漏れ電流であり、更に温度を上げた場合には熱による分極変化が影響することを明らかにしている。

 第5章は、「強誘電体分極を用いたアナログ不揮発性記憶デバイス3‐デバイス設計論‐」と題し、第3章で提案したヘテロゲート・フローティングゲートMOSデバイスを用いて連想システムを構築する際に重要となる、最適デバイス構造の設計論、並びに連想回路の設計方法について論じている。強誘電体薄膜の分極特性を与えれられたものとして、記憶データの可変範囲を最大化するためには、パターン・レイアウトにおける、強誘電体キャパシタ入力ゲートと連想演算用入力ゲートの面積比をどのように決定するかという方法論を展開している。これは、連想システム設計上重要な知見である。

 第6章は結論である。

 以上要するに本論文は、人間のように柔軟な情報処理実現に重要な連想システム構築に関し、その構成要素であるアナログ不揮発性記憶・演算デバイスに関する研究を行い、強誘電体薄膜をアナログデータの記憶媒体として用いる新たなデバイス構造を提案すると共に、その信頼性に関する詳細な検討を行い、実際にVLSIテスト回路を設計・試作することにより提案したデバイスの有効性を実証したもので、半導体電子工学の発展に寄与するところが少なくない。

 よって本論文は博士(科学)の学位請求論文として合格と認められる。

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