学位論文要旨



No 120753
著者(漢字) 寧,呉慶
著者(英字)
著者(カナ) ニン,ウチン
標題(和) 非対称な常微分作用素に対する逆スペクトル問題とその応用
標題(洋) Inverse spectral problems for a nonsymmetric differential operator and applications
報告番号 120753
報告番号 甲20753
学位授与日 2005.09.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(数理科学)
学位記番号 博数第273号
研究科 数理科学研究科
専攻 数理科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 山本,昌宏
 東京大学 教授 片岡,清臣
 東京大学 教授 俣野,博
 東京大学 教授 中村,周
 東京大学 助教授 北田,均
 学習院大学 教授 谷島,賢二
内容要旨 要旨を表示する

本論文では,非対称な常微分作用素に対する逆スペクトル問題に関する一意性、再構成、安定性を考察し,さらに減衰項を持つ波動方程式の初期境界値問題に対する逆問題への応用を考えた。

非対称な常微分作用素

に対する固有値問題を考える。但しP(x)は一回連続的微分可能な複素数値行列関数である。この固有値問題は様々な振動現象(電信方程式,粘性抵抗付き弦の振動)を記述しており,時間に依存しない一次元のDirac方程式もApであらわすことができる。

逆スペクトル問題はスペクトルに関するデータから作用素を決定することであり,研究が数多くなされてきた。しかしこれまでの研究は自己共役微分作用素に集中している。例えば、I,M,Gel'fand,B.M. Levitan,V.A.Marchenko,B.SimonらによるSturm-Liouville問題とDirac問題に対する逆スペクトル理論に関する成果がある。本論文においてはGel'fand-Levitan理論の一般化として,非対称な常微分作用素に対する逆スペクトル問題を考察した。

本論文は5章からなり,以下章ごとに主要結果を述べる。

以下〓とおく。μ、ν∈Cは定数であり,Ap,μ、νはAp,μ、νψ=Apψで定義し,定義域

を持つ非対称な常微分作用素である。σ(Ap,μ、ν)={{λι}1≦ι≦N U{λn)n∈zとあらわされることが知られている。問題(1)におけるスペクトル特性S(P、μ、ν)を次のように定義する:

ただしmι≧2は固有値λιの代数重複度で,ριはAp、μ,νとAp、μ,νの共役作用素Ap,μ,νの定められた方法で選ばれた一般化固有ベクトルの(L2(0,1))2でのスカラー積であり,pnはAp,μ,νとAp,μ,νの固有ベクトルのスカラー積である。また, αι=(αι、・・・、αιmι-1)はmι-1次のベクトルで,その成分はAp,μ,νとAp,μ,νの一般化固有ベクトルから定められる。。ここでρι,ρn、αιの定め方は本文の記述(第一章の式(1,2,13)の所,その付録式(2)(5)(10)(12)(13)(16))にゆずる。

結果を説明するため,いくつかの記号を導入する。

とおく.ここで

ただしαはα∈Cの共役複素数であり、

とおく。さらに(x,y)∈[0,1]2に対して行列関数f(x,y),F(x,y)を

で形式的に定義する。但し・Tは転置行列をあらわし, ν0∈Cとしてσ(A0、μ,ν)={μn}n∈z,μn=nπ√-1-μ-ν0とおいた。

定理1.1.p= 〓 とする。このとき,S(P、μ,ν)=S(Q、μ,ν)が成立すれば, p≡Qが成り立つ。

以下

とする。

定理1.2. P=〓とする。このとき,式(2)-(7)で定義されるF(x,y)は(C1(Ω))4,〓に属し,次の積分方程式

は唯一の解M=(Mw)1

定理1.1と定理1.2はスペクトル特性からApを決定する際の一意性と再構成法をそれぞれ与えている。特に定理1.2は非対称な常微分作用素に関してGel'fand-Levitan理論に対応する結果を与えている。

第2章では第1章の再構成の安定性を調べた。以下常にPとP0の二行目の横ベクトルは一致していると仮定する。〓=0,1として‖・‖Cθは[0,1]でのCθ-ノルムをあらわすものとする。定理2.1.とPを〔C1[0、1])4の有罪な集合に含まれ、かつ〓とする。スベタ

トル特性をそれぞれS(P0μ、ν)=〓

が十分小言くなると仮定する。このとき,ある定数C>0が存在して,〓=0,1に対し

が成り立つ.

定理2.2.定理2、1において〓以外の仮定をおく。ある定数C>0が存在して,〓=0,1に対し

となる。ただし〓

第3章において適当な条件を満たす与えられたデータから再構成された固有値問題(1)のスペクトル特性が与えられたデータと一致することを示した。結果は次である.

定理3.1.〓がp21(x),p22(x),μを既知として(1)のような固有値問題に対応するスペクトル特性となる必要十分条件は次のA1とA2である:

A1.

(i)λnとpnが次のような漸近挙動を持つ:

ここでa0は定数である。

(ii)n∈Z,1≦i≦Nに対してpn≠0,pi≠0,N∋mi≧2.

A2.F(x,y)が式(2)-(7)で定義されるものとすると, 〓であって〓。ここで〓とおいた。

第4章において第3章までに得られた結果を利用して,減衰項を持つ波動方程式の二つの係数を境界観測データから再構成する問題を研究した。減衰項を含まない波動方程式に対する再構成問題はBlagoveshchenskijによって解決されていたが,減衰項がある場合は対応する作用素が非対称であって困難な問題となり,未解決の問題であった。次の初期値境界値問題を考える。

ただし作用素Lpは

である。ここでT≧2として、p1、P2は複素数値関数でp1、P2∈C1[0,1],∂(x)はディラックのデルタ関数である。

定理4.1.〓とおく。超関数〓((0,1)2)の意味でν(x+y),ν(x-y),ν(-x+y)皮びν(-x-y)のxについての偏微分を〓とあらわす。さらにV(x,y):=(Vki(x,y))l≦k,i≦2を次のように定義する:

このとき,V∈(C1(Ω))4かつ〓である。しかも,積分方程式

は0≦x≦1に対して次の関係

を満たす唯一の解M=(Mki)1≦k,i≦2∈(C1(Ω)))4を持つ。

第5章では(0,∞)で作用素Apを考えた場合にスペクトル関数の存在を示した。区間[0,1]で考えた場合と異なり,この場合にスペクトル関数は一般に測度とならず,ある線形位相空間上の連横線形汎関数である。

K2(0,∞)={a∈L2(0,∞):aの台が(0,∞)でコンパクト}とおく。整関数e(p)はe(p)に依存する定数cとσ,が存在して|e(p)|≦C exp(σ|Ip|)(p∈C)が成り立つとき,指数型整関数と呼ぶ。Zを実直線で積分可能な指数型整関数の集合から構成される線形位相空間とし,Z′をZ上の線形連練汎関数の集合とする。p(x)∈(C1[0、∞))4がBP(x)=P(x)Bを満たすとしてPとμ∈Cに対して次の境界値問題を考える。

ここでψ=(ψ[1]ψ[2]),

とおいた。ψ-1の存在を示すことができるのでψ-1=(ψ[1](・、λ)ψ[2](・、λ))とおく。いま〓

とおく。このとき次の定理を証明した。

定理5.1.問題(8)に対応する〓が存在してすべての〓に対し

となる。さらに,(K2(0,∞))2の収束の意味で

が成り立つ。

p=p(x)がBP=PBを満たさない場合にも類似な結果も得られた。すなわちに2×2行列RがRB+BR=BかつR2=Rを満たすとして,p∈Rとする。次の二つの境界値問題を考える。

任意のf,9∈(K2(0,∞))4に対し,

とおくと次が成り立つ。

定理5.2.問題(9)と(10)に対応してD=RDRとなる〓が存在してf,g∈(K2(0,∞))4に対し

が成立する。さらに, (K2(0,∞))4の収束の意味で

審査要旨 要旨を表示する

寧呉慶は本論文において,有界区間における2次元ベクトル値関数に関する非対称な常微分作用素に対して逆スペクトル問題を考察し、一意性,再構成,安定性を証明した。さらに、それらの成果を用いて減衰項を持つ波動方程式の初期値境界値問題に関して係数決定逆問題についての一意性ならびに再構成法を確立した。最後に半無限区間における同種の微分作用素に関してスペクトル関数を構成し、Fourier変換の反転公式を一般化した等式を証明した。

寧呉慶の研究成果の意義につきやや詳しく述べる。区間(0,1)における非対称な常微分作用素〓に対して、適切な境界条件を付けて固有値問題を考える。係数行列(pij(x))1≦i,j≦2が非対称行列である場合、この作用素の固有値問題は電信方程式や粘性抵抗付き弦の固有振動などを記述することができ、物理的に重要である。現実的な状況では多くの場合、非均質な媒質の物理的な性質を表す係数行列が未知であるが、固有振動に関して何らかの情報は観測できる。このような問題は一般に逆スペクトル問題とよばれ、Sturm-Liouville問題やDirac方程式などの自己共役な常微分作用素の場合に、I. M. Gel'fand,B. M. Levitan,V.A. Marchenkoらによって一意性,安定性、再構成法が理論的に満足できるかたちで解決されている。ここで考察された非対称なシステムの場合にはGel'fand-Levitan-Marchenko理論に対応する結果がその物理的な意義にも関わらず皆無であった。その原因として、自己共役の場合と異なり、理論を構築する際に常に共役微分作用素を考慮にいれなくてはいけないことと、固有値の代数的重複度が必ずしも1でなく固有空間の構造が複雑であることを挙げることができる。

論文提出者寧呉慶の研究はこのような非対称の場合に、Gel'fand-Levitan理論に対応する理論を構築したものであると同時に、その応用としてDiracのデルタ関数で記述されるような衝撃的な力が加わった場合に変位の観測量から係数を決定する逆問題を考察し、Gel'fand-Levitan理論に相当する結果を証明した。これらの問題は永らく未解決問題であったものである。

このようなことから論文提出者

寧呉慶は博士(数理科学)の学位を受けるにふさわしい充分な資格があると認める。

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