学位論文要旨



No 121553
著者(漢字) 梅澤,祐二
著者(英字)
著者(カナ) ウメザワ,ユウジ
標題(和) リスクメジャーによるヘッジング
標題(洋)
報告番号 121553
報告番号 甲21553
学位授与日 2006.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(数理科学)
学位記番号 博数第275号
研究科 数理科学研究科
専攻 数理科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 楠岡,成雄
 東京大学 教授 舟木,直久
 東京大学 教授 時弘,哲治
 東京大学 教授 吉田,朋広
 東京大学 教授 新井,仁之
内容要旨 要旨を表示する

本論文は、数理ファイナンスの研究の一つとして、リスクメジャーを使ってデリバティブをヘッジすることを考察し、その理論的基盤を与えることを企図して書かれた論文である。第一章は、単一期間リスクメジャー・多期間リスクメジャーの定義や基本事項について書かれており、補足的な内容になっている。第二章・第三章が筆者の研究結果である。第二章では、単一期間の枠組みにおいてヘッジングを考察した。その結果として、ヘッジの最小リスクについての表現を得た。第三章では、多期間の枠組みにおいてヘッジングを考察し、更に時間幅を無限小にするという極限を考察した。その結果として、ヘッジの最小リスクがあるベルマン方程式の粘性解になることが分かった。

以下ではより具体的に内容を述べてゆく。まずは、本研究の背景・先行研究について述べる。

現在の数理ファイナンスの重要な課題の一つに、金融派生商品のヘッジ・価格付けの問題がある。特に非完備市場の状況下でのヘッジ・価格付けには現時点で決定版と呼べるものが存在せず、数多くの研究者が研究を行っている。

非完備市場下でのヘッジ・価格付けに関する結果としては、superhedgingの手法が第一に挙げられる。しかしsuperhedgingは多額の初期費用を要するので現実的であるとは言い難い。そこで、ある程度のリスクを許容することによって、superhedgingより少ない初期費用で金融派生商品をヘッジするという、いわゆる『部分ヘッジ』の考えが広まって研究が重ねられている。

部分ヘッジの先駆的な研究はFollmer, Leukertによって行われた。所謂Quantile Hedging, Efficient Hedgingの考えである。一方リスクの研究は、Artzner, DelbaenらがCoherent Risk Measureの概念を打ち出して以来さかんに行われるようになった。そして近年、従来の『満期でのリスクを現時点で一回だけ測る』単一期間リスクメジャーの枠組みを超えて、『期間の途中でもリスクを測る』多期間リスクメジャーの概念が何人もの研究者から提出される状況となってきた。

本論はこの二つの流れを汲み、考えを更に押し進めた。即ち部分ヘッジを行う者にとって許容できるリスクをリスクメジャーの概念によって記述し、そのリスクメジャーを使ってヘッジを行うという枠組みを考察した。この枠組みは、Barrieu, El KarouiやRoordaらによって考察が始まり、同様の問題意識を持った論文がいくつか出ている。いずれも単一期間Risk Measureに関するものである。

上述のような背景の下で、本論文では単一期間の場合と多期間の場合の考察を行った。その概要は以下の通りである。

単一期間での考察は第二章で述べられており、具体的な枠組みは次のようになっている。(Ω,F,P)を確率空間とし、(Ω,F,)上の確率測度でPと絶対連続であるようなもの全体のなす集合をPとする。Convex Risk Measureと呼ばれる写像(定義などの詳細は本論に述べてある)

ρ:L∞→Rを一つ決めておく。適当な条件のもとρは〓と表現される。〓はρから決まる写像である。C⊂L∞を非空な凸集合とし、〓と置く。第二章の主要な結果は次の通りである。

定理:適当な仮定の下で、〓が全てのH∈L∞に対して成立する。但し〓と置く。

この定理において、Cは(何らかの意味で)完全ヘッジが可能な確率変数の集合であり、-Hはヘッジすべき対象となっているヨーロッパ型条件付き請求権の満期におけるペイオフを表していると解釈できる。従ってこの定理は、ρをRisk Measureとして使用した場合の、ヘッジリスクの最小値の表現を与えていることになる。

多期間での考察は第三章で述べられており、具体的な枠組みは次のようになっている。まず満期を表す時刻T<+∞を一つ決め、時間を示す区間[0,T]をn等分する。そしてn→∞とするような状況をここでは考える。元になるフィルトレーション付き確率空間(Ω,F,P; {Fk}k=0,1,2,…)をランダムウォークによって構成し、この確率空間上で各nごとに非完備市場モデルを考える。危険資産の個数はM個とし、それらの(割り引き後)危険資産価格S.(n)の極限がブラックショールズ的になるようにモデルを構成する。そのモデル上、初期資産と自己充足的投資戦略の組(υ, ξ)で与えられる割り引きポートフォリオの時刻kにおける価値を〓(υ,ξ)と書く。また、デリバティブのペイオフを表す関数をf:[0,∞)M→Rで書く。

一方で、フィルトレーション{Fk}k=0,1,2,nに付随する多期間バリューメジャー(これはリスクメジャーと等価なもの)〓,X∈L∞を、Mild Value Measureという関数ηから構成する(ηの定義域は[0,1]上の確率測度全体からなる集合)。第三章の主要な結果は次である。

定理〓が成立する。ここでSFは取りうる自己充足的投資戦略全体の集合、U:[0,T]×[0,∞)M→Rは次のベルマン方程式〓の粘性解であり、条件U∈C([0,∞)M:R)を満たす粘性解としては一意なものである。

ここでΓはηから決定される、非負対称行列のある集合を示している。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は金融機関におけるリスク管理において主要な道具となりつつあるリスク尺度について研究し、特にリスク尺度と動的なヘッジングとの関係について調べたものである。

論文は2つの部分よりなる。第1部は、価格過程の極限が通常のブラックショールズモデルとなるような、ファイナンスでよく用いられる多項分岐的な離散時間の非完備市場のモデルにおいて、動的なリスク尺度を法則不変なコヒーレントリスク尺度に基づき定め、リスクを最小にするヘッジング戦略の問題を考え、その極限定理を示したものである。その結果について詳述する。

ηを法則不変なコヒーレントリスク尺度とする。いま、M<N<∞としSは濃度がNであるようなRMの有限部分集合、μはS上の確率測度とする。Ω=SN,FはΩのボレル加法族、P=μ〓∞とおくと(Ω,〓,P)は確率空間となる。Zn:Ω→RM,n〓1,をZn(ω)=ωn,ω=(ω1,ω2,…)で定め、r>0,b∈R,Si>0,i=0,1,…,M,とする。さらに〓とする。1+M種類の証券があり、その価格過程が〓,i=0,1,…,Mで与えられているという離散時間のファイナンスモデルを考える。

今、T>0,f:RM→Rとし、満期時刻が[nT]、支払が〓となるヨーロッパ型デリバティブを考える。ηに対応する多期間リスク尺度をρ(n)とし、さらに、ポートフォリオ戦略ξをとったときの時刻κでの利得をW(κ;ξ)としたとき〓を考える。U(n)は動的ヘッジング戦略を考慮したときの最小リスクである。

論文では、ある種の無最低条件の下でU(n)の性質を調べ、さらに、n→∞の時、それが、ある確率制御の問題に対応するHJB方程式の一意の粘性解に収束することを示した。

この結果は以下のような意味を持つ。まず、S(n)([nt])はn→∞において、法則収束するとは限らないが、もし、収束すれば、それは通常の多次元のBlack-Sholesモデルとなる。その場合は完備モデルとなり、ファイナンスにおいてはヨーロッパ型デリバティブの価格は同値マルチンゲール確率測度での期待値で表現される。

しかしながら、ここで示されたことは、Black-Sholesモデルの確率測度に対して絶対連続ではないより広いマルチンゲール測度の族による期待値を考える必要があるということである。この結果はモデルリスクを考える際にも重要な示唆を与えてくれるものである。

また、第2部では凸リスク尺度を基礎にしてヘッジングを考えた場合ヨーロッパ型オプションに対しては新たな凸リスク尺度が定義されることを示しその形を特徴づけている。特に、この結果により、コヒーレントなリスク尺度に基づいて、ヨーロッパ型デリバティブを動的にヘッジングする問題を考えると、このリスク尺度に対応する確率測度の族に同値マルチンゲール測度が含まれていない場合はリスクを無限に小さくすることができ、このリスク尺度は無効になることが示される。この結果はリスク管理の方法について重要な示唆を与えている。

このように本論文ではリスク尺度と動的ヘッジングに関して基本的な結果を与えると同時に、不完備市場の取り扱いに対して新しい視点を与えており高く評価できるものである。

よって、論文提出者梅津祐二は、博士(数理科学)の学位を受けるにふさわしい十分な資格があると認める。

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