No | 121554 | |
著者(漢字) | 桑子,和幸 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | クワコ,カズユキ | |
標題(和) | クラインボトルを生じるデーン手術について | |
標題(洋) | Dehn surgery creating Klein bottles | |
報告番号 | 121554 | |
報告番号 | 甲21554 | |
学位授与日 | 2006.03.23 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(数理科学) | |
学位記番号 | 博数第276号 | |
研究科 | 数理科学研究科 | |
専攻 | 数理科学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 本論文では,結び目のデーン手術によってクラインボトルが生じるという状況について考察している.デーン手術とは,元の多様体から新たな多様体を構成する一つの手段であり,これまでさまざまな人たちによって数多くの研究がなされてきた.以下で,デーン手術とは何か,どのような結果が知られているのかを説明しながら,論文の内容を述べる. Kを閉3次元多様体Σ内の区分的線形な結び目とする.Kの正則近傍N(K)を考えると位相的にはソリッドトーラスになる.N(K)を考えている多様体Σから抜き去り,新しいソリッドトーラスを埋め戻す操作のことを,結び目Kにそったデーン手術という.以下,Kを含む空間としては閉多様体を考えることにする. どのようなデーン手術を行うのかを記述するにはスロープを用いる.結び目Kの補空間Mの境界∂M上の単純閉曲線λ,Mを,それぞれロンジチュード,メリディアンとする.閉3次元多様体ΣがS3の場合,入はプリファードロンジチュードとする.以下,記号を濫用して,λ,Mは1次元ホモロジー群H1(∂M)の元でもあるとみなす.λ,MはH1(∂M)の生成元になることが知られている. 埋め戻すソリッドトーラスのメリディアン円板の境界がaλ+bM∈H1(∂M)という元を代表しているとする.このようにメリデイアン円板の境界の貼り合わせ先を指定すると,貼り合わせる同相写像のとり方によらずに出来る多様体が決まることが知られている.そこで,このようにしてできる閉多様体はスロープb/a∈Q∪{1/0}によるデーン手術によって生じた多様体である、という言い方をし,手術後に出来る多様体をM(b/a)のように表す.例えば,自明な埋め戻しにはスロープ1/0が対応する.Gordon-Luecke([GL89]によりM(m/n)がS3になるならば,m/n-1/0であることが示されている. 任意の閉3次元多様体はS3から絡み目のデーン手術によって構成できるということがLickorish([Lic62])により証明されている.結び目は1成分からなる絡み目とみなすことができる事とあわせて考えれば,結び目のデーン手術による結果がよく分かるということが3次元多様体の理解につながることが推測できる. 二つのスロープr=m1/n1,s=m2/n2に対し,距離Δ(r,s)を|m1n2-m2n1|により定める.Δ(r,s)はr,sが代表する単純閉曲線の∂M上での幾何学的交点数である.一般の閉3次元多様体Σではロンジチュードは一意的に決まらないのでスロープ自身の値は決まらないが,スロープ間の距離は定まるので,以下はこの量を評価することを考える. 境界を一つ持ち,ザイフェルト多様体ではないような向き付け可能コンパクト既約3次元多様体Mのデーン埋め込み(境界でソリッドトーラスと貼り合わせること)により,基本群が巡回群になるとすると,そのような手術を与える手術係数間の距離は1で押さえられることが,Culler,Gordon,Luecke,Shalen ([CGLS87])により示されている(巡回手術定理).この論文の後半部では,本質的トーラスが埋め込み後に圧縮できる状況を考える部分がある.そこでは,デーン埋め込み後の多様体M(r),M(s)それぞれに取れる圧縮円板からグラフを構成し,解析することで証明を行なっているこの,曲面同士の交わりからグラフを構成し解析する手法は時にGordon-Luecke methodと呼ばれる. この手法はもともとは向き付け可能な曲面同士の交わりを解析するだけであった.向き付け可能な場合にはparity ruleと呼ばれる性質があり,議論の要所要所で使われている. Teragaito([TerO2])により,向き付け可能ではない曲面がある場合でも同様なparity ruleが成立し,Gordon-Luecke流の解析を利用できることが示されている.3次元球面内には向き付け不可能な閉曲面は入らないから,デーン手術によって向き付け不可能な閉曲面が生じる状況を考える問題にGordon-Luecke流の手法で挑むことが可能になる. 向き付け不能閉曲面としてクラインボトルを考える.Ichihara,Teragaito([ITO3], [ITO5])による2本の論文で,3次元球面内の結び目のデーン手術により生じる多様体にクラインボトルが入るとすると,その手術係数rは結び目の種数gに対して,4g+4で上から押えられることを示している.Gordon-Luecke流の証明を行う部分と,3次元多様体論で知られている結果を元に,詳細に解析していく部分の大きく二つに分かれる. それではS3内の結び目によるデーン手術によって出来る多様体M(r),M(s)の両方にクラインボトルが入る状況が起こるとすると,二つの手術係数r,sの関係はどうだろうか.この部分の解明が本論文の結果である.正確に言うと 定理.MをS3内の結び目Kの補空間とする.デーン手術で得られる多様体M(r),M(s)両方にクラインボトルが入るとすると,次のいずれかである. 1.Kは8の字結び目でΔ(r,s)〓 8 2.Kはp=±2あるいはq=±2となる(p,q)トーラス結び目で, 3.Kは(2,q)ケーブル結び目で,r,s ∈ 〓 4.Δ(r,s) 〓 4 議論は上述のIchihara,Teragaitoの論文による議論を参考にし,大きく二つの部分に分けて議論する.ひとつは,ケーブル結び目ではない結び目を考える部分で,もうひとつは,ケーブル結び目として扱う部分である.ここで,ケーブル結び目というのは,トーラス結び目のサテライトとして得られる結び目のことである.特にケーブル結び目になりうるのは,トーラス結び目とサテライト結び目の一部であり,双曲結び目などはケーブルではないことに注意しておく. ケーブルでない場合はGordon-Luecke流の手法を用いる.考える曲面はM(r),M(s)内に生じるはずのクラインボトルΡ,QをM内で見たΡ,Qという穴の開いたクラインボトルである.両方ともに向き付け不可能な曲面のため,出来るグラフにレベルエッジと呼ばれる特殊な辺が生じる状況がある.このレベルエッジというのは,向き付け不可能な曲面を扱うときに生じる特有の問題で,向き付け可能な曲面同士を扱っている限りは生じない.このレベルエッジのあるなしにかかわらず通じる議論というのが困難をきたす点であるが,生じるグラフの辺をポジティブ,ネガティブの二つに分け,議論していく.簡単に言うと,ある程度以上にΔ(r,s)の値を大きくとると,ポジティブあるいはネガティブな辺が集中してきてしまい,ポジティブな辺がある程度以上多いときにはS3内のデーン手術を考えているということに反する状況を生じ,ネガティブな辺が多いとすると,考えている結び目がケーブル結び目になってしまうということを証明している. ケーブル結び目の場合は次のように議論する.トーラス結び目の場合にはデーン手術により生じる多様体はMoser([Mos71])により調べられている.また,トーラス結び目のデーン手術により生じた多様体はレンズ空間やその連結和,あるいはザイフェルト多様体と割合よく知られたものたちばかりになる.これらの多様体については数多くの研究結果が知られているのでそれらを用いながら議論していく.トーラス結び目ではないケーブル結び目の場合については,コンパニオントーラスと生じるクラインボトルとの交わりに注目して考える.このコンパニオントーラスと交わらなければ先ほどのトーラス結び目の状況に還元される.そうではないときは,コンパニオントーラスでデーン手術により生じる多様体を分割し,おのおのの部分でどのようなことが起こるのかを考えていく.片一方はS3内の結び目補空間とみなすことが出来る.もう一方はケーブルスペースの内側部分にソリッドトーラスを貼り合わせる状況であるので,こちらについてはトーラス結び目にデーン手術をした場合とほぼ同様な状況であるから,出来る多様体自身については比較的分かっている.おのおのの部分と生じるクラインボトルの交わり方に注目し,今まで知られている3次元多様体論の結果を用いることで議論を行う. | |
審査要旨 | 本論文の研究テーマは,結び目のDehn手術をしたときにできる3次元多様体がKleinの壷を含むことが,どの程度起きうるのかを調べることである. 任意の3次元閉多様体は、3次元球面内の絡み目について、Dehn手術を行って構成することができる。Dehn手術は絡み目の各成分について、D2×S1と同相な管状近傍を取り除き、再びD2×S1を埋め戻すことにより定義される。絡み目の管状近傍の境界のトーラス上に定義されるメリデイアン・ロンジチュードに対する∂D2×{*}の傾きの値の有理数(手術係数)で記述される。 3次元有向閉多様体がKleinの壷を含めば,それはプリズム多様体であるか,Kleinの壷を2重被覆する本質的トーラスを含むかのいずれかである.これらの多様体は3次元多様体の中で,特殊なものであるから,3次元球面内の結び目についてDehn手術して得られた多様体がそのようなものになることは,genericには起きないものと期待される. 論文提出者桑子和幸は,この問題について,任意の結び目Kについて,2つの手術係数r,s双方がKleinの壷を含む場合につて考察し,Kが8の字結び目,トーラス結び目,ケーブル結び目等になる例外的な場合を除くとr,sはΔ(r,s) 4という互に近接した位置にあることを示した.ここで〓,〓を既約分数とするとき,Δ(r,s)= m1n2-m2n1 である。また上記の例外の場合についてもどのような可能性があるかを決定した.この不等号は等式を満たす例が実際に存在するという意味でbestpossibleであることもわかっている. 同様な問題でDehn手術して得られた多様体がいつレンズ空間になるかとか,いつ射影平面を含むかという問題については,Culler-Luecke-Gordon-Shalenの巡回手術理論の後,最近のOzsvath-Szabo,Kronheimer-Mrowka-Ozsvath-Szaboらによって,大変良く理解されている.今回の桑子和幸の仕事は,市原-寺垣内の結果と合わせることによりDehn手術して得られた多様体がKleinの壷を含む場合も理解することを可能にした大変意義のあるものである. よって論文提出者桑子和幸は、博士(数理科学)の学位を受けるにふさわしい充分な資格があると認める。 | |
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