No | 121557 | |
著者(漢字) | 田所,勇樹 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | タドコロ,ユウキ | |
標題(和) | コンパクトリーマン面の調和体積に対する解析的,位相幾何学的手法 | |
標題(洋) | Analytic and topological approaches to harmonic volumes of compact Riemann surfaces | |
報告番号 | 121557 | |
報告番号 | 甲21557 | |
学位授与日 | 2006.03.23 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(数理科学) | |
学位記番号 | 博数第279号 | |
研究科 | 数理科学研究科 | |
専攻 | 数理科学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 私は本論文で,CP2上の2種類の平面曲線の調和体積の一部,超楕円曲線のWeierstrass点を基点とする点付き調和体積を計算した.証明に主に使う手法として,(1)代数曲線上での反復積分および反復積分の一般超幾何関数の特殊値への言い換え,グリーン関数から得られる1-形式の積分,(2)Hurwitz系([9])を利用したRiemann面上の1次元ホモロジー類の交点数の記述,(3)調和体積を超楕円曲線のモジュライ空間上のある局所系の切断とみなして,ある超楕円曲線の調和体積の計算への帰着,(4)群のねじれ係数コホモロジー,などが挙げられる.上記の解析的および位相幾何的手法により,調和体積を研究してきた.応用として,Klein 4次曲線のヤコビアンにおけるある代数的サイクルが非自明であることを示した. これまでの(点付き)調和体積の結果を簡単にまとめておこう.種数g 〓 3のコンパクトRiemann面をXとおき,Xの1次元コホモロジー群H1(X;Z)をHと表す.HはX上のZに周期を持つ実調和1-形式全体と同一視できる.B. Harris[4]は調和体積Iを,2個の実調和1-形式を反復積分(Chen [2])することによって自然に得られる準同型(H 〓 3)′→R/Z,として定めた.(H 〓 3)′はH 〓 3のある部分加群である.Harrisは,Xの複素構造をSchiffer内部変分で変化させたときのIの変分公式を導いた.IはRiemann面のモジュライ空間Mg上のある種の連続関数とみなすこともできる.さらに,IはXから定まる3次元トーラスR3/Z3上での調和3-形式の積分と一致することを示した.これとXのヤコビアンJ(X)の中間ヤコビアンを利用し,J(F(4))上の代数的サイクルF(4)−F(4)-が非自明であることを示した([5],[6]).ここで,F(4)はFermat 4次曲線である.Faucette[3]は調和体積を拡張したXの高次元調和体積を定義し,それが調和体積と似た性質が成り立つことを示した.Pulte[7]は調和体積Iを定義する際に得られる反復積分を点付き調和体積Ix0 : K 〓 H → R/Zとして定めた.ここで,x0はX上の点であり,Kは交叉形式H 〓 H→Zの核である.PulteはIx0を精密にとらえ,混合Hodge構造を用いて,点付きTorelliの定理を示した.また,Hain,河澄は独立に,(点付き)調和体積の変分によって得られる2-形式がMgの特性類である森田-Mumford類e1∈H2(Mg;C)を表す微分形式と一致することを示した.Harrisによって,超楕円曲線の調和体積は0 or 1/2 mod Zであることが知られていたが,(H 〓 3)′のどの元に対して,0になるか1/2になるかは知られていなかった.[8]において,私は超楕円曲線の調和体積を完全に決定した.証明は直接反復積分を計算する方法と超楕円的写像類群のねじれ係数コホモロジー群を計算する方法の2通りある. これより,論文内容について述べる.本論文は主に3つの部分に分かれている. A nontrivial algebraic cycle in the Jacobian variety of the Klein quartic 定理1 (論文,Theorem 1.17) CをKlein 4次曲線とする.J(C)における代数的サイクルC−C-は非自明である. この定理をCの調和体積を計算することによって示した.Ceresa[1]によれば,Mg上の一般的なRiemann面Xに対して,J(X)上の代数的サイクルX−X-が非自明であることを示した.しかし,その具体例はHarrisによる,Fermat 4次曲線の場合しか知られていなかったと思われる.Harrisの手法は,Fermat 4次曲線曲線の特殊な性質が利用されていて,他のRiemann面には適用しにくい.調和体積の計算には,ガロア理論,一般超幾何関数3F2の特殊値,を用いて煩雑な計算をまとめることに成功した. 2. The pointed harmonic volumes of hyperelliptic curves with Weierstrass base points 超楕円曲線のWeierstrass点pを基点とする点付き調和体積を完全に計算した.証明は2通りある.1つは,ある超楕円曲線C0の点付き調和体積Ipを直接反復積分を用いて計算し,IpがMg上のある局所系の連続切断であることを利用して一般の超楕円曲線Cに拡張する方法.[8](参考論文)のものに比べ,計算は複雑となった.もう1つは超楕円的写像類群ΔgのHom(K 〓 H,Z/2Z,/2Z)係数コホモロジーH0(〓;Hom(K 〓 H,Z/2Z)を利用して求める方法.後者の方法では,超楕円曲線C上に2g+2個あるWeierstrass点P0,P1,…,P2g+1を利用して,以下のような組み合わせ公式を導いた. 定理2 (論文,Theorem 2.14) Pvを固定する.A∈K 〓 Hに対して,組み合わせ的に関数Kv : K 〓 H → 〓Z/Z = {0,1/2}が定まる.このとき, Ipv(A)≡Kv(A)modZ, が成立する. A nontrivial algebraic cycle in the Jacobian variety of the Fermat sextic 定理3 (論文,Theorem 3.13) F(6)をFermat 6次曲線とする.J(F(6))における代数的サイクルF(6)−F(6)-は非自明である. Harrisが,F(4)の場合に利用した証明と同様の手法を用いた.現時点では,この手法はF(4)とF(6)以外のRiemann面には適用できていない. 謝辞 本論文の執筆にあたって,私は多くの方々に支えられた.河野俊丈東大教授・森田茂之東大教授の講義からは大きな刺激を受け,私が取り組んだ研究の動機付けとなった.院生室406のメンバーや友人,特に同年代の,伊藤哲史・勝良健史・吉永正彦・吉田輝義の4氏には,数学上の有益な助言だけではなく数学者としての心構えを学んだ.最後に,修士・博士課程の長期間に渡って指導して頂いた河澄響矢東大助教授には最大の感謝を捧げたい.畑を耕すように辛抱強く見守ってくれた彼の温かく細やかな指導は,これから先の人生の豊かな糧となるだろう. | |
審査要旨 | リーマン面のモジュライ空間および写像類群の幾何学的研究は、一般理論の構築がひと段落した現在、一般理論と具体例のせめぎあう場所でのより深い研究が必要となりつつある。モジュライ空間のもっとも基本的なコホモロジー類である森田Mumford類の根本にあるのは写像類群のJohnson準同型であって、そのモジュライ空間における複素解析的な対応物が、本学位論文の主たる研究課題である調和体積である。このように調和体積はリーマン面のモジュライ空間の幾何に基本的重要性をもつものであるが、創始者のB. HarrisによるFermat四次曲線についての計算を除けば、M. Pulte,G. Ceresa,W. Faucette,R. Hain等の一連の研究は重要ではあるが一般理論の展開ということになる。本論文の目指すところは、具体的なリーマン面について調和体積の具体的な値を求めることにあって、一般理論と具体例が相互作用する、より深い研究のための先駆けであるということができよう。 田所氏は、本論文および参考論文において幾つかの具体的なリーマン面について調和体積を具体的に計算している。調和体積の定義にはChenの反復積分があらわれるので、それが超幾何関数が関係するだろうということはある程度予想されるが、実際の具体的なリーマン面について、具体的にどの特殊関数が関係するか?という問題ははるかに難しいと思われる。超幾何関数と射影直線上の分岐被覆の構造を用いて、具体的なリーマン面について調和体積が0になるかどうか?を決定しよう。というのが田所氏の本論文での研究である。調和体積のある部分が0にならないことが分かれば、Jacobi多様体J(C)の(ホモロジー的には自明な)代数的サイクルC−C-が代数的には非自明であることがわかる。これらは、G. Ceresaによって種数3以上のgenericなリーマン面について0でないことは知られているが、具体的にどのリーマン面について0でないかということについてはB. HarrisによるFermat四次曲線の例の他は知られていなかったようである。 論文の第一部ではKlein四次曲線について計算している。その調和体積の一部を超幾何関数3F2の特殊値であらわし、とくに上述の代数的サイクルがKlein四次曲線については非自明であることを証明した。分岐被覆の記述方法の一つであるHurwitz系を用いKlein四次曲線の対称性を活用した計算を実行している。調和体積と超幾何関数の関係を具体的に明らかにした点に大きな意義がある。 論文の第二部では、修士論文である参考論文に引き続き、超楕円曲線の点つき調和体積を計算している。調和体積の一般理論では、通常、調和体積そのものよりも、その二倍が意味をもち、超楕円曲線の調和体積の二倍は0となるため見過ごされてきた。超楕円曲線の調和体積そのものが非自明であり、幾何学的な意味をもつことを明らかにした点で参考論文および論文第二部は独創性をもつ。実際の計算にあたり、複素解析的なものと、純粋に位相幾何的なものの二つの手法を提示したことにも意義がある。 論文の第三部では、Fermat六次曲線について、第一部と同様に、調和体積の一部を超幾何関数3F2の特殊値であらわし、とくに上述の代数的サイクルがFermat六次曲線についても非自明であることを証明した。 これらの論文の結果は、いくつかの特殊例の計算であるとはいえ、リーマン面のモジュライ空間の複素解析的また位相幾何学的研究に、将来の展望および多大の示唆を与えるものである。 よって、論文提出者 田所勇樹 は博士(数理科学)の学位を受けるに充分な資格があると認める。 | |
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