No | 121561 | |
著者(漢字) | 加藤,恭 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | カトウ,タカシ | |
標題(和) | 数理ファイナンスと極限定理 | |
標題(洋) | Mathematical Finance and Limit Theorems | |
報告番号 | 121561 | |
報告番号 | 甲21561 | |
学位授与日 | 2006.03.23 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(数理科学) | |
学位記番号 | 博数第283号 | |
研究科 | 数理科学研究科 | |
専攻 | 数理科学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 本論文では,数理ファイナンスと極限定理について,大別して次の二つのテーマを扱っている.一つ目は「マーケット・インパクトを考慮した市場モデルにおける最適執行問題」であり,投資家の売却行動が金融資産価格に与えてしまう場合,保有している金融資産をどのように売却すべきか,という問題である.二つ目は「汎関数型確率差分方程式の解に対する極限定理」であり,強混合条件下における確率差分方程式に対する拡散近似の理論を,汎関数型の場合に拡張したものである. マーケット・インパクトを考慮した市場モデルにおける最適執行問題 投資家の最適投資問題は数理ファイナンスの大きなテーマの一つである.その古典的な理論はMertonによって確立されたが,実際の市場における現実的な問題として,流動性の問題が近年注目されている.その一つとして,本論文ではマーケット・インパクト(投資家の売却行動が金融資産価格に与える影響)を考慮した下での投資家の最適執行(売却)問題に対する研究を行った.以下概略を述べる. 市場は一つの安全資産と一つの危険資産からなるとし,安全資産の価格は常に1とする.投資家は,初期時点t=0において危険資産をΦ0>0単位保有しているものとする.そして,投資家による(危険資産の)売却行動は,危険資産の価格に対して,売却量に従ったマーケット・インパクトを与えるとする.投資家は危険資産の売却方法を選ぶことで期末時刻1における期待効用の最大化を行うとする. n∈Nとし,取引時刻を0,1/n,...,(n-1)/nとする〓時における危険資産の価格を表し,その対数価格を〓とおく.まず0時における危険資産の価格を〓,投資家がι/n時に〓単位だけ危険資産を売却する時,危険資産の価格は〓に変化し(よって対数価格は〓に変化する),投資家はその売却代金〓を安全資産として得る.ここでgn:[0,∞)→Rは単調非減少で連続微分可能な関数.そして,〓時における危険資産の対数価格〓は で与えられるとする.ここでY(t;r,x)は確率微分方程式 の解であり,Btは1次元の標準Brown運動.また〓は によって与えられる. 執行戦略(売却戦略〓により,期末時刻1における投資家の資産の保有量は安全資産が〓単位,危険資産が〓単位となり,また期末時刻における危険資産の価格は〓となる.ここで〓及び〓は及び〓,〓によって与えられる. 投資家における最適化問題は,許容執行戦略〓を選択することで,期末時刻における期待効用〓を最大化することである(集合〓の定義は本論文19頁で与える).ここでu:D→[0,∞)は投資家の効用関数(但し〓).さて,K=1,...,n,(ω,ψ,s)∈D及び関数uに対し,離散時間のvalue function 〓を で定義する.ここで〓は関係式(1),(2)及び(3)〓と初期条件〓(ω,ψ,s)によって与えられるとする.また〓と書く.この時,投資家の最適執行問題は〓を考察することと同値である. 以下,〓の(適当なscalingを施した下での)n→∞とした時の極限について考察する.関数gnに次の仮定を置く. [A]ある単調非減少連続関数h:[0,∞)-[0,∞)に対して〓が成り立つ.t∈[0,1],(ω,ψ,s)∈D及び関数uに対して,関数Vt(ω,ψ,s;u)を以下で定義する. ここでAt(ψ)は"連続時間の"許容執行戦略(Sr)r∈[0,t]全体からなる集合(正確な定義は本論文20頁で与える).また確率過程の3つ組(Wr,ψr,Sr)r∈[0,t]は〓及び〓で与えられるものとする.ここで〓. 以上の設定の下で,各t∈[0,1],(ω,ψ,s)∈D及び関数uに対し が成り立つことを本論文では証明した.さらに,関数Vt(ω,ψ,s;u)の連続性,半群性等の性質について研究を行い,またVt(ω,ψ,s;u)がHamilton-Jacobi-Bellman方程式と呼ばれるある非線形偏微分方程式の粘性解となることを本論文では示した. 汎関数型確率差分方程式の解に対する極限定理 確率常微分方程式及び確率差分方程式の拡散近似の理論は様々な論文で扱われているテーマである.特にKesten-Papanicolaouはstrong mixing conditionの下で,ある確率常微分方程式の解に対する極限定理を示した.その離散版に相当する結果として,ある確率差分方程式の解に対する極限定理が渡邉壽夫氏によって示されている. 本論文ではその一般化として,確率空間(Ωn,Fn,Pn)(n=l,2,3,...)上の次の形の汎関数型確率差分方程式 linear interpolation 及び初期条件〓が定める確率過程〓に対して同様の問題を考察し,渡邉氏の結果の拡張に相当する極限定理を得た.ここで〓は,パラメーター空間として連続関数の空間C〓を持つ〓可測なRd-値のrandom function(但しBt=σ(ω(s);s t)).また〓の期待値は0とする. 渡邉氏の結果は,上のrandom functionが〓という形をしている場合に相当する.渡邉氏は,random function〓,〓に対してsmoothness,moment condition及びstrong mixing conditionを仮定した下での極限定理を示している.そこではstrong mixing係数を用いた共分散のある評価式(mixing不等式)が重要な役割を果たしている.しかしその不等式はパラメーター空間の次元が深く関与するものであり,本論文ではパラメーター空間C([0,∞);Rd)が無限次元であるため,その不等式をそのままの形で用いることは出来ない.そこで本論文では,このmixing不等式の拡張としてある次元に関する条件(以下dimensional conditionと呼ぶ)を満たすrandom functionに対する新たなmixing不等式を示し,〓がsmoothness, moment condition, strong mixing conditionに加えてdimensional condition(詳細は本論文55頁で与える)を満たす場合に,〓の分布があるmartingale problemの解にC([0,∞);Rd)上弱収束することを示した. 本論文で得られた結果を用いることで,例えば (但しfk(x,ω)はkについてstationaryな平均0のrandom function,ψ(x)は滑らかなdeterministic function)や (但しξkはstationary Gaussian process,〓とし,またg(x),u(t,x,y)ψ(x)は有界かつ滑らかなdeterministic function.厳密な設定は本論文87頁で与える)という形の差分方程式に対しても〓の極限を得る事が出来る. また主定理の応用として,陰関数型のrandomな方程式系における極限定理も本論文では示した.これは,均衡理論に基づく株価過程の構成に関する私の修士論文の主結果の数学的な拡張に相当するものである. | |
審査要旨 | 本論文では市場において大規模な量の証券を売買した場合に市場価格に影響を与えるというマーケットインパクトを考慮した上での最適の資産の売買戦略を考察している。論文では実際には、特定の時間内にある量の証券を売却しなくてはいけないという状況下で、マーケットインパクトを含むファイナンスのモデルを与え、そのモデルの下で効用関数を考え、効用を最大にする最適化の問題を考察している。 以下モデルを与える。 (Ω,F,P)を確率空間とし、Bt,t〓0,は1次元ブラウン運動、〓とし、〓は以下の確率微分方程式の解とする。 Φ0を証券の初期保有量、S0を証券の初期価格、n〓1とし、時刻0,1/n,2/n,...(n-1)/nでのみ証券の取引ができるものとする。また、gn:[0,∞)→[0,∞)は単調非減少かつ連続微分可能な関数とする。時刻k/nにおける証券の価格がS>0であり、時刻(K+1)/nにおいてa〓0の証券を売却したとき、証券の価格S′は となり、取引は価格S′で行われるものとする。今、金利をゼロとすると、時刻k/nにおける売却前の証券の保有量を〓とすると〓,K=0,1...,n,は (l)〓, (2)〓は〓可測、を満たす。さらに、時刻k/nにける証券の価格及び売却益の総和、〓及び〓はで決められていく。 本論文では、効用関数u:[0,∞)×[0,∞)×(0,∞)→Rに対して (supは許された戦略全体の下でとる)を考えた。 論文では、ある単調非減少関数hが存在して、 が成り立つという仮定の下で、関数〓のn→∞における挙動を調べ,それが、あるHJB方程式の粘性解となることを示している。 特に興味深い結論として、hが有界な場合は、極めて短期間の間に証券を売却するのが最適となるが、 hが非有界の場合は長期的に売却することが最適であることが示されている。これはマーケットインパクトの構造により最適戦略が質的に異なることを意味しており、実務に対する示唆を与えている。 論文ではまた、強混合的なノイズを持つ過去の履歴に強く依存した確率差分方程式の極限についても論じており、ある強混合性の条件の下で履歴依存型の伊藤型確率微分方程式へ収束することが示されている。この結果は従来のマルコフ型確率微分方程式への極限定理の拡張であるが、単純な形式的拡張ではない。状態が有限次元から無限次元となるため新しい混合条件を導入するなどの多くのアイデアを用いて得られた結果である。 このように本論文ではマーケットインパクトに関して新しい視点を与えると同時に、ファイナンスのモデルに関連した確率過程の極限定理を示しており高く評価できるものである。 よって、論文提出者 加藤恭は、博士(数理科学)の学位を受けるにふさわしい十分な資格があると認める。 | |
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