学位論文要旨



No 121563
著者(漢字) 田中,心
著者(英字)
著者(カナ) タナカ,ココロ
標題(和) カンドル及びカンドルホモロジー理論を用いた曲面結び目の研究
標題(洋) Studies on surface-knots using quandles and quandle homology theory
報告番号 121563
報告番号 甲21563
学位授与日 2006.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(数理科学)
学位記番号 博数第285号
研究科 数理科学研究科
専攻 数理科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 松本,幸夫
 東京大学 教授 森田,茂之
 東京大学 教授 坪井,俊
 東京大学 教授 河野,俊丈
 東京大学 助教授 河澄,響矢
内容要旨 要旨を表示する

曲面結び目とは,4次元ユークリッド空間内に局所平坦に埋め込まれた連結有向閉曲面の事であり,非連結な有向閉曲面の場合には曲面絡み目と呼ばれる. Carter-Saitoら[5]によって,図式を用いた曲面結び目の研究が発展してきているここで図式とは,曲面絡み目を3次元ユークリッド空間へ射影した像(の特異点集合に高さの情報を与えたもの)の事である.曲面結び目理論の最終目標は,曲面結び目の全同位による同値類の分類であり,同値類を区別する為に様々な不変量が考えられてきた.例えば,補空間のホモトピー型に関わる不変量(曲面結び目群など)や,補空間の無限巡回被覆空間から得られるホモロジー群に関わる不変量(アレキサンダー多項式など)は古くから知られていた.最近,カンドルという代数系を用いた曲面結び目不変量(カンドル彩色数[8,13]やカンドルコサイクル不変量[3]など)が発見され,様々な研究がなされている.これらの不変量は図式を用いて定義される為,図式的手法と非常に相性が良い.本論文では,カンドルやそれに伴うホモロジー理論から構成される不変量を用いて,曲面結び目を研究した.

本論文で主に扱う不変量は,結び目カンドル[8,13](或いは,カンドル彩色数)と基本類[4](或いは,カンドルコサイクル不変量)である.ここで,結び目カンドルとは,カンドル彩色数に関する普遍的な対象物であり,また基本類とは,カンドルコサイクル不変量に関する普遍的な対象物である.不変量が与えられた際に,我々が知りたい事は以下の二点であろう.

その不変量から曲面結び目のどのような情報が読み取れるか?

その不変量はどの程度曲面結び目を区別するのか?

第一論文と第二論文では一番目の視点から,第三論文では二番目の視点から,それぞれ研究を行った

本論文の内容

1.1.第一論文.

題目: On surface-links represented by diagrams with two or three triple points(J. Knot Theory Ramifications 14(2005),no. 8,963-978.に掲載)

この論文では,曲面絡み目に対してgeneralized fundamental classという不変量を定義した.これは,結び目カンドルの3次generalized quandle homology group [1]に値をとる不変量である.さらに,三重点を2個又は3個持つ図式によって表される曲面絡み目に対して, generalized fundamental classの取り得る値を分類した.分類結果からは,「三重点を2個又は3個持つ図式によって表される曲面絡み目のgeneralized fundamental classはねじれ元である」という系や,「admissibleなカンドルに関するgeneralized quandle cocycle invariantが消えていないならば,最小三重点数は4以上である」という系が得られる.後者は,以下で述べるSatoh-Shimaらの定理の拡張になっており,応用として,「奇素数pに対して,(2,p)トーラス結び目から得られた2ツイストスパン球面結び目をKpとした時,任意の曲面結び目FとKpの連結和F#Kpの最小三重点数は4以上である」事も示せた.

曲面絡み目の最小三重点数とは,同じ曲面絡み目を表す図式の中で三重点の個数の最小値として定義されるものである.最小三重点数がoであるような曲面絡み目は擬リボン曲面絡み目と呼ばれており,無限に存在する事が知られている.最小三重点数が正である場合にその値を決定することは困難であったが,Satoh-Shimaら[14]はカンドルコサイクル不変量を用いて,「2ツイストスパン三葉結び目の最小三重点数が4である」という事を示した.その中で彼らは,「位数3の二面体カンドルに関するカンドルコサイクル不変量が消えていないならば,最小三重点数は4以上である」という議論をしていた.彼らの証明をよく見直す事で,彼らの議論の本質がカンドルコサイクル不変量そのものではなく,曲面絡み目から決まる「基本類(fundamental class)」にあることが分かった.そこで,現在知られている一番強いコサイクル不変量であるgeneralized quandle cocycle invariant [2]をホモロジー論的に解釈し, generalized fundamental classという曲面結び目不変量を定義した.また,最小三重点数が1以上3以下の場合に関しては,Satohにより「最小三重点数が1であるような曲面絡み目は存在しない」事や,「球面結び目ならば,最小三重点数が2や3のものは存在しない」事が示されている.これらを踏まえて,三重点を2個又は3個持つ図式によって表される曲面絡み目に注目した.

1.2.第二論文.

題目: The braid index of surface-knots and quandle colorings(Illinois J. Math. 49(2005),no. 2, 517-522. に掲載)

一次元結び目理論と同様に,曲面結び目理論においてもブレイドの概念(曲面ブレイド[9])がViro,Rudolphらによって定義されており,またKamadaによって「任意の曲面結び目は単純曲面ブレイドの閉包として表される」という事が示されている.同じ曲面結び目を表す単純曲面ブレイドの中で,曲面の枚数の最小値を曲面結び目のブレイド指数と呼ぶ.定義より直ちに,ブレイド指数が2以下ならば自明な曲面結び目である事が分かる.ブレイド指数が3以上の場合に関しては,「ブレイド指数が3であるような曲面結び目はリボン型である」という特徴付けや,「(2,n)トーラス結び目から得られたスパン球面結び目のブレイド指数は3である」という結果が,Kamadaにより得られていた.Kamada-Satoh-TaKabayashiら[10]は,連結和によるブレイド指数の振る舞いを調べ,「(2,n)トーラス結び目から得られたスパン球面結び目を,二つ連結和してできる球面結び目のブレイド指数は4である」という事を示した.この中で彼らは,1融合リボン球面結び目のアレキサンダー加群の性質を用いてブレイド指数を下から評価したが,この方法で下からの評価を良くする事は難しいと思われる.これらを踏まえた上で,ブレイド指数を下から評価するという事,またブレイド指数が5以上であるような具体例の決定に興味をもち研究した.

この論文では,曲面結び目のブレイド指数をカンドル彩色数によって下から評価する定理を得た.この定理は,結び目カンドルの生成元の個数と曲面ブレイドの分岐点の関係を明らかにする事により証明される.得られた定理を用いて,「(2,n)トーラス結び目から得られたスパン球面結び目を,s個連結和してできた球面結び目のブレイド指数はs+2である」という結果を得た.さらに,「任意の整数k〓3とg〓0に対して,ブレイド指数がkである種数gのリボン曲面結び目が加算無限個存在する」という系や,「任意の整数k〓4に対して,ブレイド指数がkである非リボン球面結び目が存在する」という系も得られた.

1.3.第三論文.

題目:Inequivalent suface-knots with the same knot quandle

曲面結び目F⊂IR4に対する不変量として,結び目カンドルQ(F)と基本類〓を考える.ここで〓は,結び目カンドルQ(F)の3次カンドルホモロジー群(quandle homology group)である.この論文では,「これら二つの不変量はどのくらい強力であるのか?」という問いに対して,一次元結び目理論に於ける状況と比較するという立場から考察した.

曲面結び目の場合と同様に,一次元結び目k⊂R3に対しても,結び目カンドルQ(k)と基本類〓)が定義される.一次元結び目kに対して,-kをkの向きを逆にした結び目とし, k*をkの鏡像を取った結び目とする.この時,一次元結び目kとk′に対して次のことが知られている.

カンドル同型写像φ:Q(k)→Q(k′)が存在するならば, kはk′と同値であるか,或いは-(k′)*と同値である.

カンドル同型写像φ:Q(k)→Q(k′)が存在し, φがホモロジー群に誘導する写像φ*がφ*[k]=[k′]を満たすならば, kとk′は同値である.

一番目の事実はJoyce[8]とMatveev[13]によって独立に示された定理であり,「Q(k)が"ほぼ"完全な不変量である」事を意味している.また二番目の事実はEisermann[6]によって示された定理であり,「Q(k)と[k]の組が完全不変量である」事を意味している.

そこで,「曲面結び目の種数を固定した際に, Joyce-Matveevの定理やEisermannの定理は,曲面結び目に対して成立するのか?」という問題を考察し,否定的な解答を得た.具体的には,「同じ結び目カンドルを持つような,任意有限個の異なる(種数gの)曲面結び目が存在する」事や,「同じ結び目カンドルと基本類を持つような,二つの異なる(種数gの)曲面結び目が存在する」事を示した.

参考論文

題目:Khovanov-Jacobsson numbers and invariants of surface-knots derived from Bar-Natan's theory(proc. Amer. Math. Soc.に掲載予定)

Khovanov [11]は,向き付けられた1次元絡み目に対して新しいコホモロジー理論を構築し,絡み目不変量となる事を示した.このコホモロジー理論には,(次数付けられた)Euler標数を取ると絡み目のJones多項式が回復されるという特性がある.また,Jacobsson[7]とKhovanov[12]は独立に,Khovanov理論が絡み目コボルデイズムに関して関手的である事を示した.特に,曲面結び目F⊂R4(〓R3×(0,1)を空絡み目間の絡み目コボルディズムとみなす事で,Khovanov-Jacobsson数と呼ばれる曲面結び目不変量KJ(F∈Zを得る.定義より,x(F)≠0であるような曲面結び目Fに対してKJ(F)=0となる事や,自明なT2-knot F(X(F)≠0である曲面結び目)に対してKJ(F)=2となる事はすぐに分かる.また,あるクラスのT2-knotに対してはKhovanov-Jacobsson数が自明となってしまう(つまり,KJ(F)=2となる)事がCarter-Saito-Satohらにより示されていた.しかし,一般のT2-knotについては計算されておらず,Khovanov-Jacobsson数が曲面結び目不変量としてどのくらい意味があるのか知られていなかった.

この論文では,Bar-Natanにより定義された絡み目に対するコホモロジー理論(Khovanov理論の変種)を用いて

Khovanov-Jacobsson数の拡張であるような不変量BN(F)∈Z[t]}を定義し,「BN(F)は曲面結び目の種数で決定される」という定理を得た.不変量BN(F)には,という性質があるので,上の定理より「任意のT2-knot Fに対して,KJ(F)=2である」という系が得られた.

謝辞

この博士論文執筆に際して,温かく励まし御指導下さった松本幸夫先生に深く感謝致します.また,筆者の研究活動を支援してくださった東京大学21世紀COEプログラム,日本学術振興会にも感謝致します.

N. Andruskiewitsch, M. Grana, From racks to pointed Hopf algebras, Adv. Math. 178(2003), no. 2, 177-243.J. S. Carter, M. Elhamdadi, M. Grana, M. Saito, Cocycle knot invariants from quandle modules and generalized quandle cohomology, Osaka J. Math. 42(2005), no. 3, 499-541.J. S. Carter, D. Jelsovsky, S. Kamada, L. Langford and M. Saito, Quandle cohomology and state-sum invariants of knotted curves and surfaces, Trans. Amer. Math. Soc. 355(2003), no. 10, 3947-3989.J. S. Carter, S. Kamada, M. Saito, Diagrammatic computations for quandles and cocycle knot invariants, Contemp. Math., 318, 51-74.J.S. Carter and M. Saito, "Knotted surfaces and their diagrams", Math. Surveys and Monographs 55, Amer. Math. Soc., 1998.M. Eisermann, Homological characterization of the unknot, J. Pure Appl. Algebra 17(2003),no. 2, 131-157.M. Jacobsson, An invariant of link cobordisms from Khovanov's homology theory, Algebr. Geom. Topol. 4(2004), 1211-1251.D. Joyce, A classifying invariant of knots, the knot quandle, J. Pure Appl. Algebra 23(1982), no. 1, 37-65.S. Kamada, "Braid and Knot Theory in Dimension Four", Math. Surveys and Monographs 95, Amer. Math. Soc., 2002.S. Kamada, S. Satoh and M. Takabayashi, The braid index is not additive for the connected sum of 2-knots, to appear in Trans. Amer. Math. Soc.M. Khovanov, A categorification of the Jones polynomial, Duke Math. J. 101(2000), no. 3,359-426.M. Khovanov, An invariant of tangle cobordisms, Trans・ Amer. Math. Soc. 358 (2006), no. 1, 315-327.S. V. Matveev, Distributive groupoids in knot theory,(Russian)Mat. Sb.(N.S.)119(161)(1982),no. 1, 78-88, 160.S. Satoh and A. Shima, The 2-twist-spun trefoil has the triple point number four, Trans. Amer. Math. Soc. 356(2004),no. 3, 1007-1024
審査要旨 要旨を表示する

約20年ほど前に,Joyce(1982),Matveev(1982)達によりクワンドル(quan-dle)またはカンドルと呼ばれる代数系が導入され,結び目理論に応用されるようになった.クワンドルとは2項演算を備えた代数系(X,*)であって,次の3条件を満たすものである:

(i)a*a=a, ∀a∈X,

(ii)∀a, b∈Xに対し,c*b=aであるようなc∈Xが一意的に存在する.

(iii)(a*b)*c=(a*c)*(6*c), ∀a,b,c∈X.

これらの条件は結び目理論で基本的なReidemeister移動の代数的表現と考えられる.

論文提出者 田中 心はクワンドル理論を応用して, 4次元空間のなかの結ばれた閉曲面,いわゆる「曲面結び目」を研究した.論文は3部からなっている.

第1部では,曲面結び目の最小三重点数について研究している.曲面結び目,あるいはより一般に,必ずしも連結でない曲面絡み目の最小三重点数とは,4次元空間R4内で結ばれている曲面Kを自然な射影p:R4→R3により3次元空間R3に射影したとき,像p(K)の持つ三重点の個数を数え, KをR4のなかでアイソトピーで動かしてその三重点数の最小値を考えたものである.与えられた曲面結び目Kについて最小三重点数t(K)を求めることは容易ではない.佐藤・志摩(2004)はクワンドルのコホモロジー論から導かれる「クワンドル・コサイクル不変量」を用いて,「2ツイストスパン3葉結び目」の最小三重点数が4であることを証明した.この結果を契機として,曲面絡み目の最小三重点数を求めるいろいろな研究がなされた.とくに佐藤(2005)は最小三重点数が2または3であるような球面結び目は存在しないことを証明している.

論文提出者は一般の曲面絡み目について研究し,一般基本類と呼ばれる3次元クワンドルホモロジー類を定義し,三重点が2個あるいは3個であるような射影をもつ曲面絡み目の一般基本類の形を分類した.この定理の系として,

系.「認容的な」クワンドルのコサイクルに一般基本類を代入して得られる「一般クワンドル・コサイクル不変量」が0でなければ,そのような曲面絡み目の最小三重点数は4以上である.ということが分かる.応用として,2ツイストスパン3葉結び目と任意の曲面結び目との連結和の最小三重点数は4以上であることが示されている.

第2部は,曲面結び目のブレイド指数を扱っている.Viro(1990)と鎌田(1992)により,曲面結び目は2次元ブレイドの閉包として得られる.曲面結び目について,その曲面結び目を閉包として与える2次元ブレイドの次数の最小値を曲面結び目のブレイド指数という.さて,曲面結び目KのR3への射影p(K)に4次元方向の高さの情報を付け加えたものを曲面結び目の図式という.これから出発して,曲面結び目の「結び目クワンドル」という不変量を構成することができる.結び目クワンドルから任意のクワンドルXへのクワンドル準同型のことをXによる彩色という.とくに,与えられた有限クワンドルXによる全ての可能な彩色の数は曲面結び目の不変量になる.第2部の主結果は「もし,位数nのクワンドルにより可能な彩色の数がns以上であれば,その結び面のブレイド指数はS+1以上である」というものである.応用として,任意の正の整数kについて,ブレイド指数がkであるような曲面結び目が存在することを証明している.

第3部では,結び目クワンドルと3次の基本類がどの程度,曲面結び目を決定するかという問題を扱い,次の結果を証明している:

定理.結び目クワンドルが同型で,その同型で基本類も対応しているような,同型でない曲面結び目が存在する.

以上のように,この論文の結果はクワンドルの曲面結び目の応用について,いくつかの異なる側面から豊かな可能性を示したもので,クワンドルを用いた曲面結び目の研究に多大の示唆を与えるものである.

よって,論文提出者 田中 心は博士(数理科学)の学位を受けるにふさわしい充分な資格があると認める.

UTokyo Repositoryリンク