No | 121564 | |
著者(漢字) | 戸松,玲治 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | トマツ,レイジ | |
標題(和) | コンパクト量子エルゴード系 | |
標題(洋) | COMPACT QUANTUM ERGODIC SYSTEMS | |
報告番号 | 121564 | |
報告番号 | 甲21564 | |
学位授与日 | 2006.03.23 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(数理科学) | |
学位記番号 | 博数第286号 | |
研究科 | 数理科学研究科 | |
専攻 | 数理科学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 本論文の主眼は,コンパクト量子群のエルゴード作用の一般的研究と量子群SUq(2)の右余イデアルの分類におかれている.コンパクト量子群Gとは,単位的C*環Aと余積δの組G=(A,δ)のことである.このときAをG上の連続関数環と意識する為に(非可換環ではあるが),しばしばAはC(G)と記される.これは「変形した群」である量子群を関数環の立場から把握するWoronowiczの提唱したアプローチであり, Drinfel'dやJimboらによる包絡環からのアプローチとはリー群とリー環のように密接に関係している.量子群Gの作用素環(C*環やvon Neumann環)Aへの(右)作用とは,単射的*準同型α:A→A〓C(G)で(α〓id)oα=(id〓δ)oαを満たすもののことである.とくにその固定点環AαがCになるとき,エルゴード的な作用であるという. コンパクト群のエルゴード作用については多くの研究があるが,それらの中でもA.Wassermannによる一連の研究[6,7,8]の重要性は際立っている.[6]では,エルゴード系の同変K理論が研究されmultiplicity mapの理論が展開されている.それを受けて[8]では,コンパクト群SU(2)のエルゴード系が全て決定される.この流れを簡単に説明しよう.コンパクト群Gのエルゴード系{A,α}を用意する.有限生成射影的(A,G)加群全体(正確には同値類たち)の成す群が同変K群〓(A)である.Green-Julg写像3jは〓(A)とK0(AxαG)の間の同型を導く.これらには自然にGの双対Gが作用し表現環R(G)の加群となるが,jはR(G)加群としての同型でもあることが重要である.さて,エルゴード性から接合積環AxαGはコンパクト作用素の成す環(行列環のようなもの)K(Hi)たちの直和〓と同型である.それゆえK群K0(AxαG)はZIという格好をしており,そのR(G)加群の構造から準同型M:R(G)→M1(Z)が導かれる.写像Mはmultiplicitymapと呼ばれる.A. Wassermannはmultiplicity mapが常に同時固有ベクトルを持つこと,より正確には等式 M(π)c=dπc が全ての既約表現π(dπはその次元)について成り立つような(無限)ベクトルc∈ZIが存在することを示した.この等式はdπ=2の場合に行列M(π)を分類してしまうほど強力である([2]).G=SU(2), π=π1/π2の場合にこの観察を適用してAの既約分解を解明し,エルゴード系{A,α}の分類が行われたのであった. 私はコンパクト量子群のエルゴード作用についても同変K理論を研究してコンパクト量子群SUq(2)のエルゴード系を分類しようと考えた.量子群の同変K群については先行する結果[1,5]を利用でき,エルゴード作用にたいしてmultiplicity mapを構成するのはやさしい.しかしながら,一般のエルゴード系に対する同時固有ベクトルの存在証明はうまくいかなかった.これは群が量子化されたことで見せる「非トレース的」な振る舞いに起因する.そのため量子群SUq(2)のエルゴード系すべてを分類することをあきらめて,小さなクラスについて分類した.それらがSUq(2)の右余イデアルである. コンパクト量子群Gの右余イデアルAとは,C(G)の(ノルム閉)単位的*部分環でδ(A)⊂A〓C(G)をみたすもののことである.この状況は,Gが右移動作用でAを大域的に不変にしていると見直すとわかりやすい.Gがコンパクト群であるとき,右余イデアルのなす集合と閉部分群のなす集合との間に次のような一対一対応が存在する. {右余イデアル}〓{閉部分群} C(H\G)〓H. それゆえコンパクト量子群の右余イデアルを非可換等質空間上の連続関数環と解釈してもよいであろう.SUq(2)の右余イデアルの例でよく知られたものとして, Podlesの量子球面族〓や後述の部分量子群Hによる商空間上の連続関数環C(H\G)がある.さて,Gの右余イデアルAは自然にエルゴード系(A,δ)をなすが,次の定理はこのエルゴード系に対するmultiplicity map Mには同時固有ベクトルが常に存在することを示す. 定理(論文, Corollary 4.21)Gをコンパクト量子群とする.A⊂C(G)を右余イデアルとし,添字集合Iは同型〓に現れるものとする.eiをi∈Iに対応するAxδGの極小射影とする.そのときベクトルc=(ci)i∈Iが次の条件をみたすように存在する. 1. 各ciは1以上の整数であり,ある添字i0∈Iに対してci0=1である. 2. cは同時固有ベクトルである,より正確には等式 M(π)c=dπc が全てのπ∈Gについて成り立つ. 3. 共変系{A,G,α}と〓は同型である. 上記定理中の記号の説明は論文を参照されたい.上でG=SUq(2),π=π1/2とすれば,右余イデアルの既約分解の許されうるいくつかのケースが列挙される.これらはSU(2)やSI-1(2)の部分群のMcKay図で分類され,右余イデアルの型とかタイプと呼ばれる.これらを逐一考察して,本当に矛盾なく存在するかどうかを観察することで分類を完成させる. たとえば,右余イデアルAの既約分解が〓型,〓であったとしよう.これはπ3既約表現空間Hπ3,がAに同変に埋め込まれていることを示す.この写像をj,Aの掛け算写像を〓と書こう.写像〓はテンソル積表現空間〓からAへの同変写像である.ところで分解〓のうちl=1,2,5にあたる表現空間は写像〓核空間に含まれるから,j(Hπ3)のベクトルからClebsh-Gordan分解係数を使ってl= 1,2,5の最高ウェイトべクトルを作ればそれらは0である.さらに[3]で与えられたC(SUq(2))のPeter-Weyl分解を利用してj(Hπ3)のベクトルについての方程式ができあがる.この方程式が自明な解しか持たないならば, 〓型右余イデアルはないと結論できる.実際には〓型を含めて多くの型が q ≠1の制約下でこの方法により棄却される.難しいのは非自明な解が見つかる場合である.これはqが負の場合に起こり,求めたベクトルが生成する右余イデアルが実際に望むタイプであることを示さねばならない.そのベクトルが低スピン(1/2ぐらい)のものなら直接的な代数計算が可能である.しかしq=-1のTn,Dn型(n〓3,奇数)で実際に解析が必要となるように,もっと高スピンの所に生まれているのならもはや代数計算から帰結することは不可能といってよい.これらの場合次のように実現されることが判明する.H=(C(H),δH)を別の量子群とし,全射*準同型rH:C(G)→C(H)が〓存在する場合を考える.この状況はHがGの「量子部分群」であると思うと分かりやすい.そこでB⊂C(H)を部分*代数とする.このとき集合〓は右余イデアルとなる.特にB=Cの場合A=C(H\G)と書かれる.さて分類結果は次のようになる. 定理(論文,Theorem 6.1, 7.1, 8.1) C(SUq(2))の右余イデアルAは以下のものに限る. (1) 0 (2)-1 (3)q=-1の時は次のようになる. (a)Aのタイプが,Tn型(n〓3は奇数),又はDn型(n〓1は奇数)でなければ,閉部分群H⊂S0-1(3)が唯一つ存在し,A=C(H\S0-1(3))が成り立つ. (b)AのタイプがTn型(n〓3は奇数)の時,Aはc(Tn\SU-1(2)),又は〓に共役である. (c)AのタイプがDl型の時は,AはC(D1\SU-1(2))に共役である. (d)AのタイプがDn型(n〓3は奇数),AはC(Dn\SU-1(2)),又は〓に共役である. |q| ≠1の場合,〓,Dl型は量子球面でも商等質空間でもない右余イデアルである.q=-1の場合,右余イデアル〓と〓は商等質空間ではない.これらの定義は論文(p.63)を参照されたい.エルゴード共変系としては, C(Tn\SU-1(2))と〓は非同型であるのに対して,C(Dn\SU-1(2))は〓に同型であることも示される(論文,Proposition 8.11). 謝辞 東京大学の河東泰之,白石潤一,茨城大学の山上滋の各氏に格別なる感謝の意と敬意を表する.論文内容に一層の磨きをかけられたのは山上氏から賜った示唆に富むアドバイスによる所が大きい.論文完成までに出会った幾多の困難に気持がめげそうなときに,白石氏はいつも温かく励ましてくださった.そして特に指導教官の河東氏は数学だけでなく,英語指導など何事にも苦言なしに懐深く接してくださった.最後に何年間も面倒をみていただいた数理科学研究科の皆様に心からのお礼と将来の活躍を約して謝辞とする. | |
審査要旨 | 本論文において,論文提出者は量子群SUq(2)の右余イデアルの完全な分類を行った. 作用素環上の群作用を分類することは,作用素環論における重要かつ基本的な問題の一つである.任意の群の任意の作用素環上の作用を考えたのでは手がかりがないので,当然,群と環に,さらには作用の種類に条件をつけることになる.さまざまな条件がこれまでに研究されているが,その中で,コンパクト群のエルゴード作用,すなわち不動点環がスカラーのみからなるような作用を考えると,いろいろと興味深い現象が起こることが知られている.この方面での大きな結果に,A. Wassermannによるものがあり,群をさらに限定してSU(2)のエルゴード作用を考えると,作用される方の作用素環に自動的にきわめて強い限定がつき,エルゴード作用完全な分類リストが得られることがわかっている.そこで論文提出者は,この設定でSU(2)のかわりに量子群SUq(2)の作用素環へのエルゴード作用を分類する問題を考えた. 量子群は, Drinfel'd,神保によって発見されたものだが,ここで考えるSUq(2)はWoronowiczによるもので,Lie環のかわりにLie群上の関数環のq-変形に当たるものである.Hopf代数を作用素環の設定で考えたものと言ってよい.また変形パラメータqの値は-1〓q 論文提出者は,この設定でまず,A. Wassermannの一般的理論の量子化を行い,同変K-理論を用いた道具を整備して,多重度写像と呼ばれる写像を導入してその性質を研究した.さまざまな一般論を整備した後は,すべての場合を一つ一つ,徹底的に調べることになり,技術的にたいへん困難な議論が必要になる.これらをすべて実行して,論文提出者はSUq(2)の右余イデアルの分類リストを得た.その結果は,変形パラメータqの値によって次の3つの場合に分かれる. (1)0 (2)-1 (3)q=-1の場合.複雑なのでここでは省略するが,論文提出者は完全なリストを得ている. これらは,SUq(2)の「部分群」に対応するようなものとも考えられるので, SUq(2)の閉部分群の分類リストに対応して,A-D-E型のDynkin図形が現れることは自然であるが,上の結果は,-1 よって,論文提出者戸松玲治は,博士(数理科学)の学位を受けるにふさわしい充分な資格があると認める. | |
UTokyo Repositoryリンク |