学位論文要旨



No 121566
著者(漢字) 長谷川,功
著者(英字)
著者(カナ) ハセガワ,イサオ
標題(和) 向き付けられた閉曲面上のモノドロミー表現のチャート表示
標題(洋) Chart descriptions of monodromy representations on oriented closed surfaces
報告番号 121566
報告番号 甲21566
学位授与日 2006.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(数理科学)
学位記番号 博数第288号
研究科 数理科学研究科
専攻 数理科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 松本,幸夫
 東京大学 教授 森田,茂之
 東京大学 教授 坪井,俊
 東京大学 教授 河野,俊丈
 東京大学 助教授 河澄,響矢
内容要旨 要旨を表示する

4次元ユークリッド空間R4に埋め込まれた閉曲面を曲面絡み目と呼ぶ.曲面絡み目の全同位同値による分類が2次元結び目理論の主目的である。1次元結び目理論においてR3のなかの絡み目とArtinのブレイドとの関係が示されているが、2次元結び目理論においても同様な研究がなされている。Viroにより導入された2次元ブレイドの概念が鎌田氏による一連の研究より理論的に整備され発展した。

鎌田氏は一連の研究の中で、2次元ブレイドを記述するためにチャート表示と呼ばれる方法を導入し[K92]において次数が3の2次元ブレイドはある標準形に変形できることを示した。この結果は[KMMW]において種数1のレフシェッツファイバー空間の分類定理に応用された。これはすでに知られていた分類定理に対して簡明な別証を与えている。

筆者はまず鎌田氏のチャート表示の定義を一般化してAurouxの定理([A])の別証を得た。また2次元結び目理論における二重絡み数とある準同型Bm→Gとの関係をチャート表示を応用して研究した。現時点ではまだ応用された例は少ないがレフシェッツファイバー空間や2次元ブレイドの他にも複素射影平面上の有限被覆の分岐集合とモノドロミー表現との関連が示されているなど、特に4次元多様体のトポロジーに関してチャート表示が有用な道具になると期待される。以下論文の内容について述べる。

向き付けられた閉曲面上のモノドロミー表現のチャート表示

鎌田氏はまず2次元ブレイドがそのモノドロミー表現〓で決定されることを示した([K94])。ここでΣは2次元円板D2の内部の有限個の点からなる部分集合である。一方、D2の内部に埋め込まれたグラフによって2次元ブレイドを記述するチャート表示と呼ばれる方法を導入した([K96])。2次元ブレイドのモノドロミー表現は条件ρ(∂D2)=idを満たすので、pは穴あき球面S2\Σの基本群からBmへ準同型とみなせることに注意する。2次元ブレイド理論におけるモノドロミー準同型とチャート表示との対応を以下のように一般化した。

まず群Gをひとつ固定する。Bを向き付けられた閉曲面としてΣをBの有限個の点からなる部分集合とする。群Gに値をとるモノドロミーρとは準同型ρ:π1(B\Σ,b0)→Gの事であると定義する。また、2つのモノドロミーρとρ´が同値であるとは、向きを保つ同相写像とGの内部自己同型写像gが存在してρ´οh*=gορが満たされる事である。各点s∈ΣのまわりでρによってGの元が共役を除いて定まる。これをρのsにおける局所モノドロミー型と呼ぶ。

ここでチャート表示はピクチャー理論(cf.[I],[R])の拡張であるとみなせる事に注意しておく。以下の用語については[BP]によるピクチャーの定義を参考にしている。

チャート表示を定義するためにはGの表示P=(X R)とw(x)の部分集合Lを固定する。ここでXは生成元の集合でRは関係子の集合であり、W(X)はX∪X-1で生成される自由半群である。ΓをBの互いに交わらない有限個の2次元円板{Vi}と互いに交わらない有限個の向き付けられた連結な1次元部分多様体{Ej}からなるもので次を満たすものとする:それぞれのEjはB\UiIntViに正則に埋め込まれ、生成元xをラベルとしてもつ。さらに、それぞれのViはr,-rまたはlをラベルとしてもち(ただしr∈R,l∈L)、 ∂Vi\Ujに基点bviをもつ。

〓が(P,L)-チャートであるとは、それぞれのViのまわりでEjのラベルに符号を付加したものを∂Viに沿って並べて得られるW(X)の元がViのラベル(r,-rまたはl)に応じてr, r-1またはlに等しくなることであると定義する。チャートΓから自然にモノドロミーρΓが得られる事に注意する。このとき鎌田氏の理論の一般化として次が得られた。定理([K92] Theorem 14の一般化)Gに値をとるモノドロミーρの局所モノドロミー型がLの元で表されると仮定する。このときある(P,L)-チャートrが存在してρΓとρが同値になる。

またチャート変形同値の定義を一般化することで次が得られた。定理([K96]Theorem 1.1の一般化)2つの(P,L)-チャートΓとΓ′がチャート変形同値である事とρΓとρΓ′が同値である事は必要十分である。

応用として種数g(g〓3)のレフシェッツファイバー空間を考える。種数が2以上のレフシェッツファイバー空間はモノドロミー準同型によって決定されることがKasと松本幸夫氏によって独立に示されている([Kas],[M])。この結果からチャート表示を用いてレフシェッツファイバー空間を研究する事も可能であり、次の定理の別証をg〓3に対して与える事ができた。定理([A]Theorem 2)任意のgに対してある種数gのレフシェッツファイバー空間〓が存在して以下の性質を満たす:種数gのレフシェッツファイバー空間とその切断の対(f,s)と(f′,s′)を考える。ここでf′,f′の全空間はM,M′であるとする。さらに次を仮定する:

1.全空間MとM′のオイラー特性数と符号数はそれぞれ等しい、

2.切断sとs′は等しい自己交差数を持つ、

3.fとf′の可約な特異ファイバーの個数はファイバーの型ごとに等しい。

このとき、十分大きなすべてのnについてファイバー和〓と〓は同型である。

ブレイド群のある線形表現とチャート表示

2次元ブレイドSのモノドロミー表現ρsはブレイド群Bmに値をとるが、次の線形表現ψを考える:

この線形表現による像ψ(Bm)はある有限群Gに含まれる。そこでGに値をとるモノドロミーを適当な局所モノドロミー型の条件の下で分類する問題が考えられる。筆者はチャート表示のstate sum invariant (状態和)を用いて分類を完成し、さらに鎌田氏によって導入された彩色つきの状態和を用いて曲面絡み目の二重絡み数とψορsとの関係を示す事ができた。定理2次元ブレイドSの閉包Sが2成分からなる曲面絡み目であってそれぞれの成分のSにおけるブレイド次数が3以上であるとする。このときSの二重絡み数が。であることとψορsがfree edgeだけからなる(P(G),L)-チャートで表されることとが同値である。

一方、曲面絡み目の重要な族としてリボン型の曲面絡み目があるが、鎌田氏によって、リボン型曲面絡み目はリボン型チャートと呼ばれる6価頂点を持たないチャートによって表され,逆にリボン型チャートによって表される曲面絡み目はリボン型であることが示されている。この事実に関連して次の定理を示せた。定理リボン型チャートによって表すことのできない2次元ブレイドで,リボン型の曲面絡み目を表す2次元ブレイドが無限個存在する。

上記の定理の証明において具体的に2次元ブレイドの例を構成して曲面絡み目としての変形をするが、ここでもチャート表示が有用である。

Part 2の結果は題目"A certain linear representation of the classical braid goup and its applications to surface braids"でMath. Proc. Camb. Phil. Soc.に掲載予定である。

ツイストスパン曲面絡み目のチャート表示

任意の向き付け可能な曲面絡み目は2次元ブレイドによって表されることが鎌田氏によって示されているが,著者は一次元絡み目の組み紐表示を与えたときにその絡み目から[Z]で定義されたツイストスピニングの構成によって得られる曲面絡み目のチャート表示を構成する方法を得た。

この結果の応用として,ツイストスパン曲面結び目の1ハンドルによる結び目解消数は元の結び目の組み紐次数よりも1以上小さいことを示すことができ,さらに結び目解消変形を具体的に表示することも可能である.また別の応用として,今回得られたチャート表示を変形することによって,任意の一次元結び目から1-ツイストスピニングによって得られる球面結び目は自明な球面結び目に同型であるという[Z]において示された事実の組み合わせ的な別証明を与えることができた.

謝辞

本論文の作成に際して、研究をご指導してくださいました松本幸夫先生の励ましやご助言に心より感謝いたします。

題目The lower bound of the w-indices of non-ribbon surface-links.(Osaka J. Math. 41(2004)掲載)向き付けられた曲面絡み目に対してw-indexと呼ばれる不変量がチャートを用いて定義される。筆者は非リボン型の球面絡み目に対してw-indexの値の最小値を求め、具体的な例に対してw-indexの値を決定した。[A] D. Auroux, A stable classification of Lefschetz fibrations. Geom. Topol. 9(2005),203-217(electronic).[BP] W.A. Bogley; S. J. Pride,Calculating generators of II2. Two-dimensional homotopy and combinatorial group theory,157-188,London Math. Soc. Lecture Note Ser., 197,CambridgeUniv. Press,Cambridge,1993.[I] K. Igusa,The generalized Grassmann invariant. preprint.[K92] S. Kamada, Surfaces in R4 of braid index three are ribbon. J. Knot Theory Ramifications 1 (1992),no. 2,137-160.[K94] S. Kamada, On braid monodromies of non-simple braided surfaces. Math. Proc.Cambridge Philos. Soc.120(1996),no. 2,237-245.[K96] S. Kamada, An observation of surface braids via chart description J. Knot Theory Ramifications 5(1996), no. 4,517-529.[KMMW] S. Kamada; Y. Matsumoto;T. Matumoto;K. Waki, Chart description and a new proof of the classification theorem of genus one Lefschetz fibrations. J. Math. Soc. Japan57(2005), no. 2,537-555.[Kas] A. Kas, On the handlebody decomposition associated to a Lefschetz fibration. Pacific J.Math. 89(1980), no. 1,89-104[M] Y. Matsumoto, Lefschetz fibrations of genus two-a topological approach. Topology and Teichmuller spaces(Katinkulta,1995),123-148, World Sci. Publishing, Rive Edge, NJ,1996.[R] C. P. Rourke, Presentations and the trivial group. Topology of low-dimensional manifolds(Proc. Second Sussex Conf., Chelwood Gate, 1977), pp. 134-143, Lecture Notes in Math., 722, Springer, Berlin, 1979. Rourke[Z] E. C. Zeeman, Twisting spun knots. Trans. Amer. Math. Soc. 115(1965)471-495
審査要旨 要旨を表示する

古典的ブレイドは, D2×D1に固有に埋め込まれたn本の曲線であって,射影p:D2×D1→D1をその曲線の集合に制限するとD1上のn重被覆になっているようなものと考えられる.これの類似として, D2×D2に埋め込まれた曲面Sであって,第2射影p2:D2×D2→D2をSに制限するとn重の単純分岐被覆になっているようなもの(ただし,∂D2上では自明な被覆であると仮定する)を2次元ブレイドと呼ぶ.2次元ブレイド理論はViroと鎌田により創始された.古典的ブレイド理論が結び目理論で重要であるように,2次元ブレイド理論は4次元空間R4のなかに埋め込まれた曲面結び目の理論で重要である.

2次元ブレイドを記述するため,鎌田はD2に描かれた「チャート」を導入した.これは,D2から分岐跡集合Σを除いた補空間の基本群から古典的ブレイド群へのモノドロミー準同型ρ:π1(D2-Σ,b0)→Bnの双対概念である.チャートはBnの標準生成元によりラベルづけされた辺をもつD2内の有限グラフであって,井草の「ピクチャー」の拡張概念でもある.論文提出者 長谷川 功はチャート理論をレフシェツ・ファイバー空間の理論と曲面結び目の理論に応用した.

提出された論文は3部に別れている.

第1部では, 2次元ブレイドの場合にモノドロミーρ:π1(B-Σ,b0)→Bnのターゲットとなっている古典的ブレイド群Bnを一般の有限表示群G=<X R>に一般化した.それに伴って,チャートの概念を拡張し,チャートの変形理論とチャートに伴う種々の組み合わせ的不変量を論じている.さらに,この拡張されたチャートの概念をレフシェツ・ファイバー空間の分類に応用し,Aurouxによる安定分類定理の簡明な別証明を与えた.

第2部では,

によって定義されるBnの線形表現ψ:Bn→GL(n,Z)を導入し,これを応用したいくつかの興味深い結果を得ている.そのうちの特筆すべき結論は次のように述べられる:

定理:その「閉包」がリボン型の曲面絡み目となるような2次元ブレイドであって,それ自身はリボン型でないような2次元ブレイドSが存在する。

ここに,2次元ブレイドSの「閉包」とは,自明な2次元ブレイドをSの境界に沿って張り合わせて,4次元空間内の曲面結び目を得る操作である.また,2次元ブレイドが「リボン型」とはそのモノドロミーを表すHurwitz系が(〓)の形になることである.さらに,「リボン型」の曲面絡み目とは,4次元空間内に自明に埋め込まれたいくつかの2次元球面を互いに交わらないいくつかのチューブでつないで得られる曲面絡み目である.鎌田により,リボン型の2次元ブレイドは閉包をとればリボン型の曲面絡み目が得られることが証明されているが,長谷川による上記の定理はこの逆が成り立たないことを示す反例を与えたものである.その反例は具体的なチャートで与えられ,閉包がリボン型でないことの証明に線形表現ψを利用している.

第3部ではZeemanによるツイスト・スパンという構成によって得られる球面結び目を表すチャート表示を求めている.これも有用であり,例えば,1-ツイストスパンは常に自明な球面結び目になるというZeemanの定理のチャート表示による別証明を与えている.

以上のように,提出された論文により,4次元トポロジーにおけるチャート理論の有効性が,論文提出者の並々でない習熟を通して明らかにされ,また,種々の方面に拡張されたと言える.よって,論文提出者長谷川功は博士(数理科学)の学位を受けるにふさわしい充分な資格があると認める。

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