学位論文要旨



No 121567
著者(漢字) 伴,克馬
著者(英字)
著者(カナ) バン,カツマ
標題(和) 多変数保型形式に対するランキン・コーエン・伊吹山型微分作用素について
標題(洋) On Differential Operators of Rankin-Cohen-Ibukiyama Type for Automorphic Forms of Many Variables
報告番号 121567
報告番号 甲21567
学位授与日 2006.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(数理科学)
学位記番号 博数第289号
研究科 数理科学研究科
専攻 数理科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 織田,孝幸
 東京大学 教授 大島,利雄
 東京大学 教授 斉藤,毅
 東京大学 助教授 松本,久義
 東京大学 助教授 関口,英子
 東京大学 助教授 志甫,淳
内容要旨 要旨を表示する

ランキン・コーエン・伊吹山型微分作用素とは,いくつかの保型形式に対して,それらの微分を通して新しい保型形式を与えるものである.楕円モジュラー形式の場合にはランキン,コーエンによる古典的な結果が知られていたが,伊吹山によりジーゲル・モジュラー形式の場合にも微分作用素がどのように記述されるかについて一般論が与えられた[6].本論文は,この伊吹山の結果を表現論的な観点から捉え直すことでランキン・コーエン・伊吹山型微分作用素をハウ双対性の応用として扱い,その結果ジーゲル・モジュラー形式と平行してU(p,q)とO*(2p)の上の正則保型形式に対する微分作用素の記述も得ることに成功した.

以下,主結果について説明する.簡単のためここではジーゲル・モジュラー形式の場合にのみ述べる.Mp(n,R)を行列サイズ2nのメタプレクティック群とし,その極大コンパクト群Knをとる.さらにf1,...,fdをウェイト〓の保型形式とし,φf1,...,φfdをそのMp(n,R)上の関数へのリフトとする.〓を最低Kn型が〓のMp(n,R)のユニタリ最低ウェイト表現とするとき,保型形式fsは保型実現〓に対応する.〓たちのテンソル積の部分表現として現れる既約表現はユニタリ最低ウェイト表現に限られるが,これらの一つに最低Kn型がtのユニタリ最低ウェイト表現L(t)が現れるとする.すると,合成

として新たら保型実現が得られる.ここで,最後の準同形は対角埋め込みΔが誘導するものである.この保型実現はウェイトtの保型形式に対応する.これが元々の保型形式から新しい保型形式を作り出す仕組みである.

一つ目の問題は,テンソル積〓にはどのような既約部分表現が現れるかと決定することである.これは,どのようなウェイトの保型形式が得られるか,ということに対応する.二つ目の問題は,上のようにして得らる保型形式を記述することであり,これがランキン・コーエン・伊吹山型微分作用素の記述に他ならない.前者への解答は次の定理である.以下k=k1+…kdとおく.

定理1. テンソル積の既約分解は

で与えられる.ここで,Δkはあるヤング図形の集合で,t(D)はDでパラメトライズされるU(n)の支配的整ウェイトであり,Vλ(D)はDでパラメトライズされるO(k)の有限次元既約表現である.

さて,〓となるtに対して,保型実現L〓を考える.まず,HkをO(k)-調和多項式,すなわちf(x)∈C[Mn,k]であって〓に対して〓となるもの全体のなす空間とする.〓の作用を〓として定める.この作用のもとで,O(k)-調和多項式の空間は〓と分解する.各因子Hk(D)は既約で〓と同型な既約表現である.部分加群L〓を与えることと〓を与えることは同値になる.したがって,hに対応するジーゲル・モジュラー形式を計算することにする.

〓による不変性から(n, n)対称行変数z(s)=x(s)tx(s)の多項式,ただしx(s)は(n,ks)-行列変数〓と現せる.これを〓と書く.さらに〓とおく.ジーゲル上半空間上の関数fsのかわりに,Mp(n,R)上へのリフトφfsに関して定理を述べる.

定理2. s=1, ...dに対して,φfsをΓに関するウェイト〓のスカラー値保型形式とする.各〓に対してはΓに関するウェイト〓の保型形式である.ここで〓である.

ここでΔ*はΔが誘導する準同型〓である.

これらの定理の背後にある理論はハウ双対性の特殊な場合である柏原・ヴェルニュの結果である.実際,定理1はMp(n,R)のヴェイユ表現をMp(n,R)×O(k)による分解から得られる.定理2はもう少し微妙な問題ではあるが,やはり同じ表現のフォック模型の構造を調べることで導かれる.ここでジーゲル・モジュラー形式に対して行った議論は他の簡約双対ペア(U(p,q),U(k))と(O*(2p),Sp(k))に対しても平行して成り立つ.本論文ではこれらの場合にも定理1,2に対応する定理を証明する.

さて,元々の伊吹山の定理はリフトでなくfsたちについて述べられていたが,これは定理2から導くことができる.Knの表現(t,Ut)に対して,(t′,Ut′)をUt′= Utへの表現〓とする.と同型であるので,これを同一視する.さらに,〓の変数をzで書くことにして,〓で行列〓を表すことにする

定理3. s=1,...,dに対して, fsをΓに関するウェイト〓のスカラー値保型形式とする.各〓に対してはΓに関するウェイト〓の保型形式である.

これは伊吹山によるランキン・コーエン・伊吹山型微分作用素の記述(論文[6]のCorollary 2 (2))に他ならない.

Y. Choie and W. Eholzer, Rankin-Cohen operators for Jacobi and Siegel forms, J. Number Theory, 68(1998), 160-177W. Eholzer and T. Ibukiyama, Examples of invariant pluri-harmonic polynomials and Rankin-Cohen type differential operators, International J. Math., 9(1998), 443-463.H. Cohen, Sum involving the values at negative integers of L-functions of quadratic characters, Math. Ann., 217 (1975), 271-285.R. Howe, Remarks on classical invariant theory, Trans. A.M.S., 313 (1989), 539-570.R. Howe, Perspectives on invariant theory: Schur duality, multiplicity-free actions and beyond, in The Schur Lectures (1992), Israel Math. Conf. Proc. 8,Bar-Ilan Univ., 1995, 1-182.T. Ibukiyama, On differential operators on automorphic forms and invariant pluri-harmonic polynomials,Comm. Math. Univ. Sancti Pauli, 48 (1999), 103-118T. Ibukiyama, Vector valued Siegel modular forms of half integral weight, Preprint.M. Kashiwara and M. Vergne, On the Segal-Shale-Weil representations and harmonic polynomials, Invent. Math., 44 (1978), 1-47
審査要旨 要旨を表示する

二つの正則楕円モジュラー形式f(z),g(z)で重さがそれぞれk,lのものが与えられたとき、明らかに積f(z)g(z)も重さk+lの正則楕円モジュラー関数になる。半世紀以前にRankinは、fとgの適切な回数の微分〓,〓の双線型形式で重さがk+l+m(mがある正整数)となるものを無限個構成する手法を見つけた。この種のものは、その後Cohenその他の人々によって一般化と応用がなされ、Rankin-Cohen作用素と呼ばれている。

ここ10年ほどの間に、大阪大学の伊吹山知義は、これの類似物をSiegelモジュラー形式に対して構成することに成功した。ある定まった種数gの有限個数n個のSiegelモジュラー形式に対し、それに多変数の調和多項式型の偏微分作用素を適用して、同じ種数のより重さの高いSiegelモジュラー形式を構成する手法である。この伊吹山の構成法(以下Ibukiyama.の作用素と称する)を詳しく見ると、これは不連続群のありかたに殆ど依存していないこと、実は不連続群が入る実Lie群であるn次シンプレクッティック群Sp(n,R)(とその表現)の構造にのみに依存していることが読み取れる。

本論文は、Ibukiyama作用素の構成に見え隠れする、この実の表現論的な枠組みを明示的に取り出して、これがSp(n,R)のWeil表現に対するKashiwara-Vergneの結果より導出される定理によって完全に説明されることを明白にし、さらに他の半単純Lie群SU(p,q),SO*(2n)に対しても一般化して、所謂Howe双対性の枠組みで捉えらるものを包括的に取り扱った。

以下,数式を交えて主結果ついて説明する.簡単のためここでは3種の場合のうちの最初の場合であるSiegelモジュラー形式の場合について述べよう.Mp(n,R)を行列サイズ2nのシンプレクティック群sp(n,R)の自明でない2重被覆、つまりメタプレクティック群とし,その極大コンパクト群Knをとる.さらにf1,...,fdを重さ〓の保型形式とし,φf1,...,φfdをそれらに対応するLie群Mp(n,R)上の関数への持ち上げとする.〓をlowest Kn-typeが〓のMp(n,R)のユニタリIowest weight表現とするとき,保型形式fsは保型的な実現〓に対応する.〓たちのテンソル積の部分表現として現れる既約表現はユニタリlowest weight表現に限られるが,これらの一つにIowest Kn-type型がtのユニタリlowest weight表現L(t)が現れるとする.すると,合成

として新たな保型的な実現が得られる.ここで,最後の準同型は対角埋め込みΔから誘導される.この合成で得られる保型的な実現は,「重さ」tの保型形式に対応する.これが元々の保型形式から新しい保型形式を作り出す仕組みに他ならない.

ここで問題は二つある.(1):テンソル積〓内に生じる既約部分表現を決定することである.(2):その既約因子に対応する保型形式を記述する.後の問題がRankin-Cohen-Ibukiyama型微分作用素の記述に他ならない.初めの問題への答は次の定理である.以下k=k1+…kdとおく.

主定理1.テンソル積の既約分解は

で与えられる、ここで,Δkはあるヤング図形の集合で,t(D)はDでパラメトライズされるU(n)のdominant integral weightであり,Vλ(D)はDでパラメトライズされるO(k)の有限次元既約表現である.

さて,〓となるtに対して,保型実現〓を考える.まず,HkをO(k)-調和多項式,すなわちf(x)∈C[Mn,k]であって〓に対して〓となるもの全体のなす空間とする.HkへのKn×O(k)の作用を〓として定める.このときO(k)-調和多項式の空間は〓と分解する.各因子Hk(D)は既約で〓と同型な既約表現である.埋め込み〓を与えることと0でない〓を与えることは同値である.それ故,hに対応するSiegelモジュラー形式を計算することにする.

〓は〓の下での不変性から(n,n)対称行列変数z(s)=x(s)tx(s)の多項式となる.ただしx(s)は(n,ks)-行列変数(xi,k1+…+ks-1+j)i,j'と現せる.これをΦh(z(1),...z(d))と書く.さらに〓とおく.保型形式faのMp(n,R)上への持ち上げφfsに関して定理を述べる。

主定理2.s=1,...,dに対して,φfsをΓに関する重さ〓のスカラー値保型形式とする.各〓対して

はΓに関する重さ〓の保型形式である.ここで〓である.

主定理2はWeil表現のFock模型の構造を調べることで証明される.当論文では、Siegelモジュラー形式に対して行った議論は、他のdual reductive pairs (U(p,q),U(k))と(O*(2p), Sp(k))に対しても平行して拡張され、これらの場合にも定理1,2に対応する定理を証明している.

本論文は、古典系列の有界対称領域のスカラー値の正則保型形式の構成法に、極めて一般性のある手法のあることを明らかにした.しかもこれまでの古典的な文脈に含まれた表現論的な仕掛けを極めて自然で透明な形で明らかに当該分野の研究に大きく寄与できる.よって、論文提出者伴克馬は、博士(数理科学)の学位をうけるにふさわしい充分な資格があると認める.

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