No | 121570 | |
著者(漢字) | 李,書敏 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | リー,シュミン | |
標題(和) | マスクウェル方程式と2階双曲型方程式に対する逆問題 | |
標題(洋) | Inverse Problems for Maxwell's Equations and Second Order Hyperbolic Equations | |
報告番号 | 121570 | |
報告番号 | 甲21570 | |
学位授与日 | 2006.03.23 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(数理科学) | |
学位記番号 | 博数第292号 | |
研究科 | 数理科学研究科 | |
専攻 | 数理科学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 本論文では,空間的に一様でない非等方性媒質における非定常のマックスウェル方程式の解の観測データから,媒質の物性を決定する逆問題ならびに2階双曲型方程式に関する逆問題を考察した. 物性が空間方向によって著しく異なる非等方性は結晶構造を考察する際に基本的な性質であり,そのような性質を有するシリコンなどは例えばマルチメディア技術の基本材料である.非等方性の空間分布の決定や評価は工学等の応用面において重要な課題である.類似の逆問題はすでに等方性媒質の双曲型方程式に関して考察され理論的な成果があるが,応用上の重要性にも関わらず非等方性の場合には結果がほとんどない. 本論文の第1,2,3,4章では,非等方性媒質におけるマックスウェル方程式に現れる空間変数に依存する物性を表す係数を決定するという逆問題に対して,重み付きのL2-評価であるカーレマン評価による方法を用いて,有限回の境界観測によって一意性と安定性を証明した. このような有限回の観測の反復による逆問題の定式化は無限回の観測が必要なデイリクレ.ノイマン写像による定式化よりはるかに実用的であるが,入力として加えるべき初期値がある種の正値性を満たす必要がある.初期値を0としてデルタ関数で表される外力のみを加えて得られる解の境界観測値によって係数を決定するという逆問題は実際的な定式化であるが,2階双曲型方程式に対して未知の係数あるいは領域が十分小さいという条件の下に限って局所的な安定性がようやく最近になって証明されたに過ぎない.本論文の第5章では新たなカーレマン評価を確立して,このような制限条件を緩和した. 以下,D,B,E,Hはそれぞれ電束密度,磁束密度,電界強度,磁界強度を表わす場所xと時刻tに依存するベクトル場とし,xjはxのj-分で〓とおき,∇は空間変数に関する勾配とする.さらにΩ⊂R3またはR2は滑らかな境界∂Ωをもつ有界領域で,Q=Ω×(-T,T)とし,v(x)はxにおける∂Ωの単位外向き法線ベクトルを表わす.以下に各章ごとに主要結果を述べるが,そのために必要な観測時間などの所与の条件はより直接的に記述できるが,詳細は本文に譲る. 第1章の結果について 双等方的(bi-isotropic)と呼ばれる非等方性を持つ媒質におけるマックスウェル方程式を考察した.ここで,双等方的とよばれる非等方性のためにD,B,E,Hの間には次のような状態方程式が成り立っている: 誘電率ε,透磁率μならびに磁気誘電率ζを決定する逆問題について一意性ならびに安定性を証明した.すなわち,未知の3つの実数値関数ε,ζ,μはC2(Ω)のノルムで有界な集合∪に限定されていると仮定した.ここで集合∪は十分に多くの係数を含む集合であることもわかる.このとき,初期値ならびに境界値を2回選んで(すなわち(dj,bj,qj),j=1,2)対応する解Dj(ε,ζ,μ),Bj(ε,ζ,μ)の境界∂Ωの近傍ωでの値を観測することによって3つの係数の決定逆問題を考えた.結果の概略は以下の通りである. 定理1.1(安定性). e1=(1,0,0)T,e2=(0,1,0)T,e3=(0,0,1)Tとおく.T>0は十分大きいとし,次の行列の9次の小行列式でΩで一様に正値なものが存在するとする.そのとき,対応(ε,ζ,μ)→{Dj(ε,ζ,μ),Bj(ε,ζ,μ)}j=1,2はU⊂(C2(Ω))3から{(H2(ω×(-T,T)))}2への写像と考えて1対1であり,逆写像はリプシッツ連続である. 第2章の結果について 空間次元が2の場合に,一般の非等方性媒質におけるマクスウェル方程式(*)を状態方程式(**)とともに考えた:ここで,2次元の非等方性から透磁率μ(x)は実数値関数であるが,誘電率ε(x)は2×2の正定値行列となる: 解の観測データから総計4つの係数ε1,ε2,ε3,μを決定する逆問題のリプシッツ連続性を示すためには カーレマン評価を確立すれば十分である.ε,μに関して第1章と類似の制限条件の下で以下を証明した. 定理2.1(カーレマン評価).ある正定数C,s0>0が存在して(*),(**)を満たす〓とすべてのs〓s0に対してここで,〓,β,λ∈R,x0∈R2はQと係数によって決まり,〓である. さらに,境界入力によって与えられた状態に時刻Tで系を制御するという完全可制御性と同値なエネルギー評価式も同時に証明した. 第3章の結果について 2次元の一般の非等方性媒質のマックスウェル方程式に関して,第2章で示したカーレマン評価を用いて,ある正値性が満足されるように初期値を適切な方法で5回選んで,対応する解の∂Ω×(0,T)におけるデータによって誘電率テンソルならびに透磁率を決定する逆問題を考察した.適切な集合に未知係数が制限されていることを仮定して,十分大きなTに対して定理1.1と同様なリプシッツ連続性を本逆問題に対して証明した.4 第4章の結果について 本章では非等方性媒質における,次のような空間3次元の非等方性媒質におけるマクスウェル方程式について,アンテナに対応するR(x,t)F(x′,t)における空間変数の2つの成分ならびに時間に依存する因子Fを決定する逆問題を考えた.ここで〓は既知の3×3行列,F=(f1,f2,f3)Tであって,〓は,それぞれ誘電率テンソル,透磁率テンソルである. 定理4.2(安定性). R,ε,μは十分滑らかとし,与えられた正値性を満足すると仮定する.α>0,K<αと十分小さな定数β>0に対して〓とおく.このとき,任意のK∈(0,α)に対して,ある定数C>0が存在して, 第5章の結果について 爆破地震学におけるモデル方程式であるを研究した.ここでδ(x1)はx1=0に台をもつディラックのデルタ関数,δ′はtについての導関数であり,初期時刻で爆薬などによる衝撃的な力を加えて媒質を振動させて,物性q(x)を決定することが地質探査などのために考えられているが,その数学的基礎を与えた.Ω⊂{x1>O}となる有界領域Ω⊂Rnに対して,ST={(x,t);x∈∂Ω,x1 定理5.1.Tは十分大きいとする.このとき与えられた定数M>Oに対して,〓である 証明のために,ΣT, Σ0ならびにSTによって囲まれた領域だけではなく,ΣT, Σ0という特性面におけるuの導関数も評価する,既存文献にはないカーレマン評価を確立した. | |
審査要旨 | 李書敏氏は,電磁的な性質が空間変数に依存する一様でない非等方性媒質における非定常のマックスウェル方程式の解の観測データから媒質の物性を決定する逆問題、ならびに衝撃的な外力を持つ2階双曲型方程式に関する逆問題を考察した. 物性が方向によって著しく異なる非等方性は結晶構造を考察する際に基本的な性質であり、物性の決定は工学等の応用面において重要な課題であるにも関わらず非等方性の場合には結果がほとんどない. 本論文の第1,2,3,4章では,いくつかの非等方性媒質におけるマックスウェル方程式について状態方程式に現れる物質定数を決定する逆問題を考察し、重み付きのL2-評価であるカーレマン評価による方法を用いて,有限回の境界観測によって一意性と安定性を証明した. まず、第1章では双等方的(biisotropic)と呼ばれる非等方性を持つ媒質におけるマックスウェル方程式を考察した.すなわち、電束密度D,磁束密度B,電界強度E,磁界強度Hの間に次のような状態方程式が成り立っており、誘電率ε、透磁率μならびに磁気誘電率ζを決定する逆問題について一意性ならびに安定性を証明した. 未知の3つの実数値関数ε,μ,ζが物理的に許容できる集合に属しているという仮定の下で、初期値を適切に2回選択することによって得られる解の境界付近での値を十分長く観測することによって、それら3つの関数が一意的に決定でき、しかもその対応がリプシッツ連続であることを証明した. 第2,3章において空間次元が2の場合に,一般の非等方性媒質におけるマクスウェル方程式を考えた.非等方性を記述する総計4つの誘電率テンソルならびに透磁率とよばれる未知係数を決定する逆問題の数学解析を行った.すなわち、ある正値性が満足されるように初期値を適切な方法で5回選んで、対応する解の境界付近でのデータによって誘電率テンソルならびに透磁率を決定する逆問題を考察した.適切な集合に未知係数が制限されていることを仮定して、十分長い観測時間をとることによって、第1章と同様なリプシッツ連続性を証明した.さらに、制御論における基本的な課題である完全可制御性と同値なエネルギー評価式も証明した. 第4章においては、空間3次元の非等方性媒質におけるマクスウェル方程式について、アンテナの空間変数の2成分ならびに時間に依存する因子を決定する逆問題を考え、一意性およびヘルダー連続性を証明した.ここで得られたヘルダー連続性はあるレベル集合での空間局所的な評価式である. 第5章においてはディラックのデルタ関数で記述される衝撃的外力をもつ波動方程式を研究した.これは、初期時刻で釣り合いの位置にあって静止している媒質に爆薬などによる衝撃的な力を加えて媒質を振動させて、物性q(x)を決定するという爆破地震学におけるモデルであり、対応する逆問題の数学解析は地質探査の理論的な根拠である.第4章までのような有限回の観測の反復による逆問題の定式化はDirichlettoNeumann写像による定式化よりはるかに実用的であるが、入力として加えるべき初期値がある種の正値性を満たす必要がある。本章では初期値を0としてデルタ関数で表される外力のみを加えて境界観測によって係数を決定するという逆問題の1つの実際的な定式化を考察した。 このとき、解の境界でのコーシーデータから係数q(x)を決定する逆問題について一意性およびリプシッツ連続性を証明した.これまでは、考えている空間領域または未知係数が充分小さいという制限条件の下での結果しかなかったが、そのような制限条件を大幅に緩和した. 同氏による上記の成果は古典的な偏微分方程式論に基づく精微な評価を確立することによってなされたものである.キーとなるカーレマン評価は非等方性のため、従来のヘルマンダーらによる一般論から証明することが困難であり、格別の工夫が必要であった.さらに第5章では解の領域内部だけではなく、特性面での値までも評価する新たなカーレマン不等式を始めて証明するなど、独創性を随所に認めることができ、応用上も重要な非等方性の場合の逆問題ならびに双曲型方程式の逆問題の数学的研究への寄与が著しい.よって、論文提出者李書敏は博士(数理科学)の学位を受けるにふさわしい充分な資格があると認める。 | |
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