学位論文要旨



No 121572
著者(漢字) 澤野,嘉宏
著者(英字)
著者(カナ) サワノ,ヨシヒロ
標題(和) Doubling条件を満たしていない測度に対するMorrey空間
標題(洋) Morreyspacesfornon-doublingmeasures
報告番号 121572
報告番号 甲21572
学位授与日 2006.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(数理科学)
学位記番号 博数第294号
研究科 数理科学研究科
専攻 数理科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 新井,仁之
 東京大学 教授 片岡,清臣
 東京大学 教授 中村,周
 東京大学 助教授 林,修平
 東京大学 助教授 坂井,秀隆
 首都大学東京 教授 岡田,正己
内容要旨 要旨を表示する

この論文の目的は,Doubling条件を満たしていないRdの測度空間上のMorrey空間を定義してそこでのCardedon-Zygmund理論を展開することにある.この論文で論じられているのはDoubling条件を満たしていないRd上の測度空間とMorrey空間の交差点である.1938年C.Morreyは関数の滑らかさとの関連でMorreyノルムの原型となるものを定義した[3].その後1950年代において,S.CampanatoによってCampanato型のノルムが考えられてMorreyノルムとの同値性が後に発見された[1].その後Morrey空間はNavierStokesやその他楕円型微分方程式に活用されるようになった.

一方,極大作用素を中心とする理論は調和解析で主流である.調和解析において,今まではDoubling条件は基本的な測度に対する仮定であった.すなわち,RdにおいてB(x,r)をx中心の半径rの球とするとき,x∈supp(μ)にたいして,μ(B(x,r))〓c0μ(B(x,r))を満たしているというのは,非常に基本的な仮定であった.しかし,1998年にNazarov,Treil,Volbergたちがこの条件をはずしてCalderon-Zygmund理論を展開出来ること示した.増大条件を仮定するだけで,Doubling条件を仮定しなくても大丈夫なのである.増大条件とは

を満たしていることを言う.彼らに加えてTolsaなどは,この測度をうまく使って,解析的容量の性質を示した.特に,Tolsaによる解析的容量の劣加法性や両リプシッツ不変性は著しい結果である.Nazarov,Treil,Volbergたちはパラメーターの入ったBMOを用いてT1定理を証明して見せた.Doubling条件のないT1定理は,非常に巧妙なものであった.Tolsaはこれに加えて,BMO空間の代替となるRBMOを定義して古典的なBMO空間の性質の多くを復元してみせた.この代替のRBMOにおいてもT1定理は復元されている.Tolsaはこのほかに,Littlewood-Paley分解を構成しており,これらはYangはHanの構成したTriebel-Lizorkin空間,Besov空間の構成に貢献している.このように多種の古典的な関数空間が構成されているが,そのうちのひとつMorrey空間を増大条件を満たしている測度に関してのCalderon-Zygmund理論に合うように構成するのが,われわれの目的である.

このように,多様な関数空間が出来ている中われわれはMorrey空間の理論を構築した.モレーノルムを

と定義する.p=qとすることでルベーグ空間の拡張になっていることがわかる.このノルムの一番著しい性質は,k>1ならば,互いに同値なノルムを定義するところである.この柔軟な性質が,Calderon-Zygmund理論の展開に重要な役割を果たす.初めに,この関数空間に関して見つけられた先ほどの柔軟性との関連で著しい性質はVolbergらによって定義された修正極大作用素が有界になることである.

しばしば,non-doubling条件を満たしていない測度空間では,増大条件を仮定しないといけないが,われわれの理論のうちかなりの部分がdoubling条件なしで成立することも示されてきた.doubling条件を要求するのは特異積分作用素やSharp-極大作用素などである.

研究の過程で一般にMorrey空間はSharp-極大作用素の不等式に対して補足的な役割を持つことが示された.この論文では,Sharp-極大作用素に対するMorrey空間の効用を扱う.古典的には

と定義する.ここで,・はルベーグ測度,B(y,r)は半径r中心yのユークリッド球,mB(y,r)(f)はfのB(y,r)での平均である.定義から明らかなようにこの作用素は定数を打ち消す.したがって,Sharp-極大不等式

はすべての局所可積分関数には成立しない.先ほど触れたように定数関数を打ち消すためである.したがって,この定数関数の失う情報を補わないと,一般の関数にこの不等式は成立しない.右辺をその意味で大きくして,意味のある不等式を作るのが目的である.Morrey-ノルムはその重要な役割を果たす.具体的には次の結果を得る.ノルム同値の意味ですべての局所可積分関数に対して

が成り立つ.M#の定義はgrowth条件を満たすときの極大作用素に変更してある.定義はX.Tolsaによるものである.ルベーグ測度の時にはこの定義の変更は本質的ではない.この不等式から元のSharp-極大不等式を示せることおよびこの不等式の応用として,Commutator-のMorrey空間における有界性を示すことが出来る.

この論文では大半の結果はベクトル値不等式に拡張されている.ベクトル値拡張とはたとえば,線形作用素Tの〓有界性

がいえたときに

と不等式を拡張することである.この不等式は一見するとただの拡張にしか見えないが,Littlewood-Paley分解などと絡んで,作用素のLp(μ)-有界性を示すのに大変有用である.Littlewood-Paley分解から派生したTriebel-Lizorkin空間やBesov空間は近年,フラクタル上の解析,多様体上の解析,偏微分方程式などに活用されている非常に重要な空間である.特にTriebel-Lizorkin空間の解析にはFefferman-Steinの不等式は非常に重要である.この論文では,今までのベクトル値不等式の応用としてTriebel-Lizorkin-Morrey空間とBesov-Morrey空間を定義してそこでの特異積分作用素の有界性を示している.

Morrey空間は先ほど見たように2-parameterで補間性質などが一般には成立しないことが知られている.しかし,〓の定義において,βをとめてq=βpとなるp,qを束にして考えると,分数積分作用素はこの関数空間の束(族)から同じ関数空間の束に移ることを示すことが出来る.曽布川拓也氏と田中仁氏と共同でこの関数空間の束での補外の定理を見出すことが出来た.

このような束にした関数空間族にはそのほかいろいろな性質が成り立つのではないかと期待している.

また,Campanato型のノルムが考えられてきているが,われわれは,増大条件の下これに対応する等価なノルムを得ることが出来て,X.Tolsaの考えた増大条件に対応するBMO関数はわれわれの関数空間の極限であることも示せた.

この研究は一部東京大学研究拠点形成特任研究員の田中仁氏と岡山大学曽布川拓也氏との共同研究である.

S. Campanato, Caratterizzazione delle tracce di funzioni appartenenti ad una classe di Morrey insieme con le loro derivate prime,(Italian)Ann. Scuola Norm.Sup.Pisa(3)15 1961 263-281.F. Nazarov, S. Treil and A. Volberg, Weak type estimates and Cotlar inequalities for Calderon-Zygmund operators on nonhomogeneous spaces, Internat. Math. Res. Notices(1998),463-487.C. Morrey, On solutions of quasi-linear elliptic partial differential equations, Trans. Amer. Math. Soc. 43(1938),126-166.
審査要旨 要旨を表示する

本論文はd次元ユークリッド空間Rd上のdoubling条件をみたすとは限らない測度に基づいたMorrey空間に関する結果,ならびに関連した作用素,関数空間に関するものである.Morrey空間はもともと偏微分方程式との関連から,d次元ユークリッド空間上のd次元ルベーグ測度に基づいて定義された関数空間である.この空間についてはすでに多くの先行研究があり,この関数空間の構造,Hardy-Littlewood極大関数,特異積分をはじめとする調和解析で重要な役割を果たす作用素に関する研究がされてきた.そのうちの少なからぬものはある種のdoubling条件をみたす等質型空間に一般化されている.d次元ユークリッド空間上のd次元ルベーグ測度はいわゆるdoubling条件をみたす測度の典型的な例である.これに対して,本論文の申請者はd次元ユークリッド空間上の必ずしもdoubling条件をみたすとは限らないRadon測度,non-doubling measureに基づいた関数空間の研究を行った.Doubling条件をみたさない測度としてはたとえば近年増大条件をみたすRadon測度などが複素解析やフラクタルに関する数学で注目されている.申請者はこういったnon-doubling measure μについて,Morrey空間を中心に,いくつかの関数空間そして調和解析に動機をもつ作用素に関する新しい知見を数多く得た.

澤野氏はまず古典的な定義を若干変更して,Morrey空間〓を次のように定義した.

ただしここで,k>1,1〓q〓p<∞であり,Q(μ)は各辺が座標軸に並行であるようなd次元立方体でμ測度が正のもの全体のなす集合であり,

である.澤野氏はこの空間に関する基本的ないくつかの性質を証明した.その一つの帰結として,Morrey空間の定義はk>1であればkの取り方によらないこと,すなわちMorrey空間を定義するノルム〓はkが異なっても同値であることが示された.そのため以下kに関する記述は省略することもある.そして彼は,変更されたHardy-Littlewood極大関数

の空間〓における有界性に関する次の結果を証明した:k,k>1と1<q〓p<∞に対してある定数C>0が存在し,

をみたす.そしてこれをさらにベクトル値の場合に一般化した.それを記述するためいくつか記号の説明を記す.f=(f1,f2,...)をベクトル値の関数とする.これについて0<r<∞に対して

とする.r=∞の場合は上限についての通常のノルムを考える.そしてベクトル値関数fに対して

と定義する.澤野氏が得た定理は次のものである:k,k>1,1<q〓p<∞,1<r〓∞に対してある正定数Cが存在し

が成り立つ.また澤野氏は分数極大関数に関する弱型有界性も証明している.

調和解析で極めて重要な作用素として特異積分作用素がある.特異積分の研究の歴史は古く,Hilbert変換のLp有界性(1<p<∞)に関するCalderonとZygmundの仕事にまでさかのぼる.この研究は多くの研究者により発展してきたが,Nazarov,Treil,Volberg(1998)はいわゆるCalderon-Zygmund特異積分作用素を増大条件のある測度付きの可分距離空間上で研究し,そのLp有界性に関する研究を行った(1<P<∞).澤野氏はd次元ユークリッド空間の場合にこの特異積分作用素がMorrey空間〓でも有界になることを証明した(1<q〓p<∞).また彼は分数積分作用素についての研究ならびにMorrey空間での分数積分作用素の有界性も証明した.ただしその結果は澤野氏自身と田中仁氏による共同研究でさらに改良された.本論文にはその改良された形が記されている.そのほかさらに調和解析で有用なシャープ極大関数も適切な定義の変更のもとで,Morrey空間で有界になることを証明している.シャープ極大関数を用いて,RBMO関数と特異積分作用素の交換子に関するMorrey空間での有界性も証明している.また以上に記した結果に付随した研究結果やBesov-Morrey空間,Triebel-Lizorkin-Morrey空間などについての研究結果も記されている.

澤野氏はMorrey空間をはじめとする関数空間を単独あるいは他の研究者と共同で研究し,多くの成果を挙げている.それらは単著の論文,あるいは別の結果と併せて共著論文としていくつかの学術誌等にほとんどが発表ないし発表が予定されている.彼の学位申請論文は,彼単独による研究のほか,共同研究による結果も記されたものであるが,そのうち彼が証明した結果は,本論文に記されている他の共同研究によるものも含めて,この方面の基本的な結果であり,博士論文に値するものであると考えられる.よって論文提出者 津野嘉宏は,博士(数理科学)の学位を受けるにふさわしい充分な資格があると認める.

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