学位論文要旨



No 121573
著者(漢字) 戸田,幸伸
著者(英字)
著者(カナ) トダ,ユキノブ
標題(和) 連接層の導来圏とフーリエ向井変換
標題(洋) Derived categories of coherent sheaves and Fourier-Mukai transforms
報告番号 121573
報告番号 甲21573
学位授与日 2006.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(数理科学)
学位記番号 博数第295号
研究科 数理科学研究科
専攻 数理科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 川又,雄二郎
 東京大学 教授 桂,利行
 東京大学 教授 宮岡,洋一
 東京大学 助教授 寺杣,友秀
 東京大学 助教授 小木曽,啓示
 東京大学 助教授 高木,寛通
 東京工業大学 教授 石井,志保子
内容要旨 要旨を表示する

本論分はパートIとパートIIで構成されている。パートIでは連接層の導来圏とフーリエ向井変換の関係について扱った。導来圏の変形理論については論文[1],[9]等で扱われているが、これらはフーリエ向井変換との関連を明らかにはしていない。そこでパートIでは連接層の圏の1次無限小変形を具体的に構成し、それらがフーリエ向井変換で保たれることを示した。より詳しくは以下の通りである。X,Yを滑らかな複素射影代数多様体とし、Φ:Db(x)→Db(Y)が導来圏の同値を与えているとする。この時、ΦはHochschildコホモロジーの間の同型Φ: HHN(X)→HHN(Y)を与えることが知られている。一方でHH2(X)はHKR-同型により、次の形に分解する。 従ってΦ同型Φt:HT2(X)→HT2(Y)を誘導する。ここでHT2(X)の直和成分のうち、H1(TX)は倉西変形空間の接空間である。本論分では〓を非可換変形、H2(OX)を振れ層としての変形と解釈することにより、各μ∈HT2(X)に対してC[ε]/(ε2)-線形なアーベル圏Coh(X,μ)を構成する。以下がパートIの主定理である。Theorem O.1 μ∈HT2(X)に対し、υ:=φT(u)∈HT2(Y)とする。この時、同値Φ:Db(X)→Db(Y)は同値に拡張する。定理0.1の興味深い点の一つは、ΦTがHT2(X)とHT2(Y)の直和分解を必ずしも保たないことである。これにより、変形を通じて興味深い対称性が得られると期待できる。また定理0.1は論文[2]により、Xがアーベル多様体、 Yがその双対多様体、Φがポアンカレ直線束で与えられている場合に、Φ+が無限次の次数まで拡張することが示された。

パートIIの目的は、3次元クレパント小特異点解消から定まる三角圏のstability conditionの空間を記述することである。三角圏のstability conditionは2002年、論文[4]においてT.Bridgeland氏によって導入され、M.R.Douglas氏によるII-stabilityの数学的な枠組みを与えているとして現在注目を浴びている研究対象である。三角圏Dに対してそのstability conditionは、t-構造A及び群準同型Z:K(D)→C(セントラルチャージと呼ばれる)の組で、ある性質を満たすものとして定義される。stability condition全体はStab(D)と記述されるが、Stab(D)には自然な位相構造が入り、K(D)が有限生成の場合には複素多様体になる。一方stabilityのデータから、各φ∈R対してstableな対象達P(φ)⊂Dが定まる。Dが3次元カラビーヤウ多様体の導来圏の場合、P(φ)達はあるN=2超共型場理論(SCFT)に対応するBPS-ブレインであると期待され、特に自己同値群で割った空間Stab(D)/Aut(D)は「弦理論的ケーラーモジュライ空間」であると考えられる。これはSCFTのモジュライ空間の部分多様体であり、XがXのミラー多様体とすると、Xの複素構造のモジュライ空間と一致すべき空間である。

X,Yを複素数体上の3次元スキームとし、 f:X→Yをクレパント小特異点解消とする。Cをfの例外集合、Db(X)をX上の連接層の導来圏としDX/Yを次のように定める。DX/Yのstability conditionを記述することが本論分の目的である。DX/YはCに沿って完備化しても不変であるため、本論分では完備局所ネターC-代数Rについて、Y=SpecRと書けると仮定して議論している。現在までに研究されているstability conditionの具体的な記述に関しては、曲線やK3曲面の導来圏([4],[5])、Op2(-3)の全空間、 2次元Kleinian特異点から定まるカラビーヤウ圏([8],[7])についてのみであり、本論分は更なる例を与えたことになる。

DX/Yのstability conditionについては、少なくとも2種類のタイプがある。一つは代数的、もう一つは幾何的に構成できるstability conditionである。代数的なstability conditionについては、論文[7]においてT.Bridgeland氏がMcKay対応を用いた方法と同様の方法で構成することが出来る。一方、幾何的には次のように構成できる。まずt-構造として、CohC(X):=DX/Yn∩Coh(X)をとる。次にセントラルチャージとしては、β+iω∈A(X/Y)C⊂N1(X/Y)Cに対してと定める。ここでN1(X/Y)CはX上のC-係数因子の数値的同値類、A(X/Y)Cは複素化された豊富錘である。この様にして構成されたstability condition全体Ux,nは部分多様体の開集合を定める。Ux,nはXに対応する「極大体積極限」の近傍を表していると考えられる。一方、各双有理モデルg:W→Y及びフーリエ向井変換Φ:Db(W)→Db(X)に対して同様の開集合Un(W,Φ)が得られる。この様な組のうち、Φが特別な形(論文[3]で与えられた変換と直線束のテンソルの合成)で与えられるもの全体をFMo(X)と書く。パートIIの最初の目的は次の定理である。TheoremO.2Mnをと定める。この時Un(W,Φ)達はMnの領域分解を与え、Mnの閉包はStabn(DX/Y)の一つの連結成分になる。上の定理はStabn(DX/Y)のある連結成分の幾何的記述を与えていることになる。実際、各双有理モデルに対応した極大体積極限の近傍が稠密に入っていることになる。次の目的は以下の定理である。Theorem 0.3 〓(DX/Y)を上の定理で与えられる連結成分とする。この時、有限個の複素余次元1の超平面Hυ⊂Nl(X/Y)Cが存在し、写像は被覆写像になる。ZX,nはstability conditionをそのセントラルチャージに送ることで与えられる。この定理は論文[7]の主定理の3次元版である。論文[7]においては2次元の特殊事情を用いた論文[5]の議論を用いているが、本論分の様な3次元以上の状況では論文[5]の議論は使えない。そのため、本論分においては別証明を与えている。

なお、パートIIの結果、stability condition及び導来圏に関する最近の話題についてはT.Bridgeland氏のICM講演[6]からも参照できる。

謝辞

本論分を作成するにあたり、大学4年時のセミナーから著者に研究者となるべく指導して下さった川又雄二郎先生には大変お世話になりました。またセミナー及び学会等では、小木曽啓示先生をはじめとする川又研の諸先輩方にも大変お世話になりました。厚く御礼申し上げます。

又、本論分のパートIIは2005年9月から12月にかけて著者がシェフィールド大学に訪問している際に執筆しました。この間、著者のイギリスでの生活面での支援、及びstability conditionについて研究するきっかけを与えて下さったT.Bridgeland氏には心より感謝申し上げます。

S. Barannikov. Generalized periods and mirror symmetry in dimensions n>3. preprint,pp. 1-51,1999.math.AG/9903124.O. Ben-Bassat, J.Block, and T.Pantev. Non-commutative tori and Fourier-Mukai duality, preprint,pp. 1-79,2005.math.AG/0509161.T. Bridgeland. Flops and derived categories. Invent.Math, Vol. 147, pp. 613-632,2002.T. Bridgeland. Stability conditions on triangulated categories. preprint, pp. 1-21,2002.math.AG/0212237.T. Bridgeland. Stability conditions on K3 surfaces, preprint, pp. 1-41,2003. math.AG/0307164.T. Bridgeland. Derived categories of coherent sheaves. The manuscript for the ICM talk in 2006,pp. 1-21,2005.T. Bridgeland. Stability conditions and Kleinian singularities. preprint, pp. 1-13. 2005.math.AG/0508257.T. Bridgeland. Stability conditions on a non-compact Calabi-Yau threefold. preprint, pp. 1-20,2005.math.AG/0509048.T. Lowen and M.Van den Bergh. Deformation theory of abelian categories, preprint, pp. 1-44,2004.math.CT/0405226.
審査要旨 要旨を表示する

論文提出者戸田幸伸は,代数多様体の連接層の導来圏の研究を行い,興味深い結果を得た.論文の前半では,連接層のアーベル圏の1次微小変形の理論を展開し,導来圏の間のFourier向井変換が微小変形に延長されることを証明した.後半では,3次元多様体のクレパントで小さな縮小写像に対して,相対的導来圏の上の安定性条件全体のなすモジュライ空間の構造を決定した.これらはいずれも導来圏の構造に関する重要な結果である.

小平Spencerの変形理論によれば,代数多様体Xの1次微小変形は,通常のコホモロジー群H1(X,TX)によって記述される.X上の連接層全体のなす圏(Coh X)はアーベル圏をなす.元の多様体Xは圏(Coh X)から復元することができる.Xの変形があれば,圏(Coh X)の変形が得られる.しかし,後者はもっと多くの変形を持つ.戸田氏はまず,圏(Coh X)のアーベル圏としての1次微小変形をHochschildコホモロジー群HH2(X)を使って具体的に記述した.Hochschild-Kostant-Rosenbergによれば,HH2(X)は直和〓と同型になる.ここで,第2項が多様体の変形に対応している.第1項は層の圏をねじれ層の圏に変形することに対応し,第3項は非可換構造層を持つ多様体への変形に対応する.

さて,アーベル圏(CohX)から作られた有界導来圏Db(Coh X)を考える.二つの代数多様体XとYが同型ではないにもかかわらず,それらの導来圏が同値になる場合がある.このような同値関手Db(Coh X)→Db(Coh Y)をFourier向井変換と呼ぶ.例えば,Xがアーベル多様体で,Yがその双対アーベル多様体である場合が最初に発見された向井のFourier変換である.戸田氏はFourier向井変換があるような多様体の組に対して,(Coh X)と(Coh Y)の1次微小変形を研究し,変形されたアーベル圏上に作られた導来圏の間に,与えられたFourier向井変換が延長されることを証明した.Xがアーベル多様体で,Yがその双対アーベル多様体である場合をとると,Xのねじれ層方向の変形が,Yの非可換変形方向に対応したりするが,導来圏をとれば同値になることがわかるのである.

論文の後半では,戸田氏は安定性条件のモジュライ空間の研究をした.導来圏のような三角圏Dの上の安定性条件とは,中心電荷と呼ばれるK群からの加法的写像Z:K(D)→Cと,部分圏の族P(φ)(φ∈R)の組であって,適当な条件を満たすものであり,安定性条件全体は複素多様体の構造を持つことが知られている.理論物理学のミラー対称性予想によれば,Calabi-Yau多様体の複素構造のモジュライ空間は,そのミラーCalabi-Yau多様体の安定性条件のモジュライ空間を同型になると予想されている.戸田氏は,3次元のクレパントで小さな縮小写像f:x→Yに対して,例外集合C上に台を持つ連接層の導来圏Dbc(Coh X)を考え,その安定性条件のモジュライ空間を記述した.安定性条件には,XのフロップX'上の連接層のアーベル圏Coh X′に対応したt構造の上に構成された幾何学的な安定性条件と,McKay対応によって定義されたt構造の上に構成された代数的な安定性条件の2種類があることを示した.そして,それぞれの場合にモジュライ空間が具体的に記述できることを示し,Xのフロップたちに対応したモジュライ空間の分割の存在を証明した.

以上の結果は,代数多様体の導来圏の研究の発展に大きく貢献するものである.よって,論文提出者戸田幸伸は,博士(数理科学)の学位を受けるにふさわしい充分な資格があると認める.

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