学位論文要旨



No 121587
著者(漢字) 廣田,真
著者(英字)
著者(カナ) ヒロタ,マコト
標題(和) 流れをもつプラズマの安定性 : 非エルミート生成作用素、特異性、変分原理
標題(洋) Stability of Flowing Plasmas : Non-Hermitian Generator, Singularities and Variational Principle
報告番号 121587
報告番号 甲21587
学位授与日 2006.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(科学)
学位記番号 博創域第169号
研究科 新領域創成科学研究科
専攻 先端エネルギー工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 吉田,善章
 東京大学 教授 小川,雄一
 東京大学 教授 儀我,美一
 東京大学 教授 岡野,邦彦
 東京大学 助教授 鈴木,宏二郎
 東京大学 助教授 古川,勝
内容要旨 要旨を表示する

研究背景

近年、天体プラズマや実験室プラズマにおいて、流れが引き起こす構造とダイナミックスに注目が集まっている。本研究では流れをもったプラズマの平衡の線形安定性解析を行った。プラズマ中の流れが揺らぎ(摂動)の安定性にどのような影響を与えるのかという問題は、さらに複雑な非線形現象や輸送現象を理解する上でも根本的なテーマである。しかし、平衡に流れを加えて解析することは、従来の理論に単に流れの効果を付加して解ける程度の問題ではなく、安定性解析手法の根本的な見直しを必要とする。これは方程式の非エルミート性に起因する難しさであるとも言える。

プラズマ物理では流れのない平衡(圧力と電磁気力のみのバランス)についての歴史が長く、MHD(magneto-hydrodynamics)の教科書[1]ではしばしば、プラズマの摂動場ζ(x,t)に対して、

〓(1)

という時間発展方程式が導出されている。ここで、ρ(x)は平衡の密度分布であり、Fは"forceoperator"と呼ばれる線形作用素である。プラズマの安定性解析手法としては「固有モード解析(分散関係)」と「エネルギー原理」がよく用いられる。これら二つの手法は「流れが無い場合」にはほとんど等価であり、どちらも安定性の必要十分条件を与える。これはFがエルミート(自己共役)作用素であることに強く依存している。エルミート作用素のスペクトル分解理論はVonNeumannの定理によって数学的に完成されており、量子力学のシュレディンガー方程式と同様にスペクトル分解できることが保証されている。しかし、平衡に流れ場v(x,t)が存在すると、摂動を支配する時間発展方程式は

〓(2)

のように時間の一階微分を含んだ項が加わる[2]。Fは依然としてエルミート作用素ではあるが、発展方程式の生成作用素(generator)は非エルミートになり、スペクトル分解が数学的に解けていない問題となる。具体的に言うと、流れが存在する場合には固有モード解析やエネルギー原理といった従来の手法は不完全になってしまう。

アルフベン連続スペクトルの共鳴による非指数関数的不安定性

一般に非エルミート作用素Lを生成作用素とする発展方程式i∂tf-Lfにおいて、固有モード解析では解fの安定性の「必要条件」しか得られない。すなわち、解をf∝e-iωtと仮定し、Lの固有値ωが全て実数だとしても、縮退した固有値が存在すると、共通の周波数を持った波同士の共鳴によって非指数関数的に成長する不安定性が生じうる(モードの独立性や重ね合わせの原理が破綻する)。この現象は、fが有限自由度でLが行列の場合には線形代数学において解明されており、Lはジョルダンの標準形に変換できる[3]。有限自由度系では一般にモードの振幅が時間のべき関数tn e-iωtで増大することが知られている。

しかし、連続スペクトルが縮退した場合に生じる揺らぎの挙動は数学的にもまったく定式化されておらず、本研究ではそのような非エルミート性に起因する新たな非指数関数的不安定性に着目した。本研究ではアルフベン連続スペクトル[4]の最も単純なモデルにおいて、共鳴が起きているかどうかを考察した。流れと磁場のシアを両方含んだ非圧縮プラズマのスラブ平衡を考えると、各点でそれぞれに振動数の異なるアルフベン波が局在しており、連続スペクトルを形成している。アルフベン波には二種類の偏波と二種類の伝播方向があるため、合計で4つの連続スペクトルが存在していることがわかる。生成作用素は

といった形をしており、L1,2,Nはそれぞれ線形作用素である。L1とL2はモードの偏波方向が異なるものの、全く同じ周波数帯のアルフベン連続スペクトルをそれぞれ二つもっている。これらは縮退しているばかりか、非対角成分Nまで存在し、ジョルダンの標準形とよく似た構造をしている。

本研究では、特異な関数に厳密な定義を与えることができる佐藤超関数理論[5]を応用して、揺らぎが漸近的に成長するかどうかを調べることに成功した。一般の発展方程式i∂tf=Lfに対して、f(t)のラプラス変換をF(Ω)とすると、これがΩの複素平面上で特異になる(正則でない)ところが作用素Lのスペクトルである。Ωが連続スペクトルに属するとすると、F(Ω)を定義関数として

のように与えられる超関数を特異固有関数とみなせる。解析的に解ける例として線形化Vlasov方程式を考えると、連続スペクトルに相当する固有関数はデルタ関数などを含んだ特異な関数であり、これはVanKampenモードと呼ばれる。上記の議論はラプラス変換に基づいているので、これらの特異な固有関数の集合が、ランダウ減衰などを引き起こす初期値問題の解と等価であることを意味する(完全系を成す)。よって、点スペクトルと同様に、連続スペクトルに対しても特異固有関数で揺らぎのモード分解が行えることを示唆している。

Lが非エルミート作用素の場合の難しさは、連続スペクトルが縮退して相互作用(共鳴)をすることである。本研究では、トカマクでいうところの有理面に相当する位置において、4つのアルフベン連続スペクトルが複雑に共鳴していることを発見した[6]。この不安定性は有理面に局在化しており、グローバルなモードとして観測されることはないが、これが成長すると乱流を生成したり、磁気リコネクションの引き金になりうると予測される。一方、L2の解からは磁気島が生成される現象が見つかる。興味深いことに、流れのシアが磁気シアよりも強くなると磁気島がミキシングによって消滅することもわかった。

流れをもった平衡に対する変分原理

流れをもったMHD平衡の安定性解析に古くから用いられている方程式は(2)である。ζはラグランジュ変位と呼ばれ、プラズマの微小な変位を表すベクトル場である。この方程式ではエネルギー保存則

〓(3)

が成り立っており、 U(ζ)=-(ζ,Fζ)が正定値であれば、ζのノルムに上限があることがわかる。よって、流れがある場合にもエネルギー原理を適用することができるが、これは安定性の「十分条件」しか得ることができない。すなわち、U(ζ)が不定値であったとしても、それは不安定性を意味するわけではない。さらに、流れが存在するとほとんどの場合U(ζ)が不定値になるという問題点が知られている。本研究ではこのような問題を解消する手法としてdynamically accessible variation(DAV)[7]と呼ばれる変分について考察した。これはカシミール不変量を一定に保つような特殊な変分として近年着目されており、DAVを用いた変分原理はエネルギー原理よりも幾分改善された安定性の十分条件を与える。

一般に様々な流体方程式が∂tG=(G,H)というハミルトン方程式で書くことができる[7,8]。Gは密度、流速、磁場といった変数の任意の汎関数である。Hは流体のハミルトニアンであり、{,}はポアソンの括弧である。任意の汎関数Gに対して、{G,C}=Oとなるような汎関数Cはカシミール不変量と呼ばれる保存量である。汎関数GのDAVとは任意の汎関数Kに対して、δGda={G,K}で定義される変分である。このような変分をとると自動的にδCda=Oであり、DAVは理論上すべてのカシミール不変量を一定に保つ特別な変分であることがわかる。興味深いのは、密度や圧力、磁場といった変数のDAVを計算すると、ラグランジュ変位で表した密度、圧力、磁場と同じ形をしていることであり、これはラグランジュ変位が質量、エントロピー、磁束などのカシミール不変量を一定に保つ摂動であったことを裏付けしている。ただし、流速の摂動についてはDAVとラグランジュ変位では形が異なり、DAVでは渦度を一定に保つのに対し、ラグランジュ変位は渦度を変化させてしまうことがわかる。DAVによるハミルトニアンの第二変分δ2Hdaは(3)とよく似ているが、運動エネルギーが別の表現に変わり、δ2Hdaはエネルギー原理の(3)よりも正定値になりやすい。

また、ハミルトン方程式では、第一変分δ(H+C)=0によって平衡状態が得られ、さらにその平衡において第二変分δ2(H+C)=Oが正定値かどうかを調べることで安定性が解析できる(リアプノフ安定性)[8]。本研究ではδ(H+C)=0で与えられるような平衡に対しては、このDAVによる安定性解析が摂動を制約しているにもかかわらずリアプノフ安定性を与えることを示すことができた。この時、任意の摂動はdynamically accessibleな成分とnon-accessibleな成分との和に分解することができ、non-accessibleな成分は時間的に変化しないことがわかる。

Hall MHDの線形安定性解析

Hall効果は二流体効果とも呼ばれ、これが存在すると磁束はイオンの流れではなく、電子の流れに凍りついている。Hall MHDでは流れ(イオン)と磁場(電子)が別々に運動できるため、多様な流れを持った平衡が存在すると考えられており、それらの安定性にも関心が集っている。本研究ではエネルギー原理や上述のDAVを用いてHall MHDの安定性解析を行った。

本研究ではまず、Hall MHD方程式に対して(2)に相当するラグランジュ変位による定式化を行った。ただし、イオンと電子のそれぞれの変位場ζ(x,t),ζe(x,t)を導入する必要があり、η=ζe-ζとすると、結果として、

という縦ベクトルζ=t(ζ,η)に対する発展方程式が得られた。さらに、QとHはエルミート(対称)、Aはアンチエルミート(歪対称)な2x2行列作用素であることも証明できた。ちなみに、η=0においてこの方程式は(2)に一致し、MHDの場合が再現される。このような対称性をもつ方程式には(3)と同様なエネルギー原理が存在する。ただし、流れが存在する時はやはりポテンシャルが不定値になるので、本研究では前述のDAVを用いた安定性解析手法を適用した。応用例としては、具体的にdouble Beltrami平衡[10]に対して安定性の十分条件を求めた。

J. P. Freidberg, Ideal Magnetohydrodynamics (Plenum Press, New York, 1987).E. Frieman and M. Rotenbergl, On Hydromagnetic Stability of Stationary Equilibria. Rev.Mod. Phys. 32, 898 (1960).T. Kato, Perturbation Theory for Linear Operators (Springer-Verlag, New York, 1976).A. Hasegawa and C. Uberoi, The Alfven wave. (Natl. Tech. Inform. Service, Springfield,Virginia, 1982).I. Imai, Applied hyperfunction theory, edited by M. Hazewinkel (Kluwer Academic Pub., Dordrecht, 1992).M. Hirota, T. Tatsuno and Z. Yoshida, Resonance between continuous spectra: Secular behavior of Alfven waves in a flowing plasma. Phys. Plasmas 12, 012107 (2005).P. J. Morrison, Hamiltonian description of the ideal fluid. Rev. Mod. Phys. 70, 467 (1998).D. D. Holm, J. E. Marsden, T. Ratiu and A. Weinstein, Nonlinear stability of fluid and plasma equilibria. Phys. Rep. 123, 1 (1985).M. Hirota, Z. Yoshida and E. Hameiri, Variational principle for linear stability of flowing plasmas in Hall magnetohydrodynamics. Submitted to Physics of Plsmas.S. M. Mahajan and Z. Yoshida, Double Curl Beltrami Flow: Diamagnetic Structures. Phys. Rev. Lett. 81, 4863 (1998).
審査要旨 要旨を表示する

流れをもつプラズマの構造とダイナミクスが近年注目を集めている。太陽フレア、降着円盤などにおける天体プラズマ流や、トカマク等の核融合実験装置において自発的に発生する流れなどである。実際、ほとんどのプラズマは流れをもっており、流れがプラズマの平衡や揺らぎ(摂動)の安定性に与える影響を正確に理解することは、プラズマ物理において極めて本質的なテーマである。しかし、流れのあるプラズマの理論には、いくつかの本質的な困難があり、十分な理論的基盤が構築されているとは言い難い。

本論文は、流れをもつプラズマの一般的な線形安定性理論について研究したものである。流れのない平衡については、すでに厳密な理論が多く研究されており、プラズマの摂動をラグランジュ変位で表す定式化が有効であることが知られている。ラグランジュ変位の線形時間発展は、エルミート作用素によって生成される群を用いて表現できることから、生成作用素の固有モード解析(分散関係)によって運動が完全に理解できる(フォンノイマンのスペクトル分解定理)。あるいは生成作用素によって定義される2次形式に関するエネルギー原理によって、安定性の必要十分条件が示される。しかし、流れをもつ平衡に対しては、揺らぎの線形発展方程式の生成作用素は非エルミートになり、一般的なスペクトル分解理論が存在しない難問となる。本研究は、この数学的に未開拓の領域に踏み込み、新たな解析手法を開発して、流れの重要な効果を明らかにしている。論文は十の章から構成され、各章は以下の内容を記述している。

第一章は序章にあてられ、流れをもつプラズマの安定性の重要性や難しさ、本論文の概要がまとめられている。

第二章では,一般的な線形発展方程式に対して、スペクトル分解などの概念を解説している。

第三章では,プラズマの安定性解析手法として普及している固有モード解析とエネルギー原理の限界について考察し、流れがある場合にそれらがどのような欠点をもつかを示している。すなわち、非エルミート作用素のモードは、互いの線形独立性が破綻するために、二つ以上の固有値が縮退するとモード間の共鳴によって非指数関数的に振幅が増大する可能性がある。したがって、固有モード解析において安定であっても不安定性が生じうる。この問題は有限自由度の場合にはジョルダン標準形の理論で解決できるが、無限自由度の空間では一般的な理論がない。

第四章は、この無限自由度特有の問題として、連続スペクトルが縮退した場合に生じる揺らぎを解析している。佐藤超関数理論を用いて連続スペクトルに属する特異な固有関数を厳密に定義する手法を提案している。

第五章および第六章では、縮退する連続スペクトルの具体的な例を解析している.すなわち,ブラゾフ-ポアソン方程式(第五章)、縮退したアルフベン連続スペクトル(第六章)において、非エルミート性に起因する新たな非指数関数的不安定性を発見し、解の挙動を解析的に解いている。アルフベン波の不安定性は有理面に局在化しており、乱流や磁気リコネクションの引き金になると予測される。

第七章および第八章では、変分法に基づいた安定性解析について一般的な視点から考察している。流れをもつプラズマに対して、エネルギー原理は安定性の十分条件しか与えないが、さらにポテンシャルエネルギーが負の項を含むため、ほとんどの場合に安定条件の指針すら得ることが難しい。この問題を解消する手法としてdynamically accessible variation (DAV)と呼ばれる変分について考察している。DAVによるハミルトニアンの第二変分は、エネルギー原理における全エネルギーとよく似ているが、運動エネルギーの方にポテンシャルエネルギーの負の項とキャンセルする正の項が含まれており、全エネルギーが正定値になり得る。さらに、ハミルトニアンとカシミール不変量の和の極値として表現される平衡に対しては、DAVを用いた変分原理の方がエネルギー原理よりも改善された安定性条件を与えることを証明している。

第九章では、ホール効果を含んだ方程式系に対してラグランジュ変位の定式化が行われている。ホール効果によって、多様な流れをもった平衡が生みだされると考えられており、それらの安定性に関心が高まっている。本研究では、エネルギー原理やDAVを用いてホール効果が安定性に与える効果を解析している。

第十章は、本論文のまとめにあてられている。

以上を要するに、本論文は流れをもつプラズマの線形安定性に関して、数学的な基礎付けを行ないながら新しい解析手法を開発し、理論解析によって得られた重要な知見をまとめたものである。その成果は、高速流をもつプラズマの核融合装置や、宇宙・天体現象の解明などに応用することができ、先端エネルギー工学、とくにプラズマ物理学に資するところが大きい。

なお、本論文の第四章から第六章にわたる成果は、吉田善章、龍野智哉の各氏との共同研究によるものであり、第八章、第九章は吉田善章、Eliezer Hameiriの各氏との共同研究であるが、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

したがって、博士(科学)の学位を授与できると認める。

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