学位論文要旨



No 122065
著者(漢字) 竹野内,晃
著者(英字)
著者(カナ) タケノウチ,アキラ
標題(和) ベーテ仮説と周期箱玉系
標題(洋)
報告番号 122065
報告番号 甲22065
学位授与日 2007.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(学術)
学位記番号 博総合第742号
研究科 総合文化研究科
専攻 広域科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 國場,敦夫
 東京大学 教授 金子,邦彦
 東京大学 助教授 加藤,雄介
 東京大学 講師 和田,純夫
 東京大学 教授 時弘,哲治
内容要旨 要旨を表示する

 箱玉系は1990 年に最も簡単なソリトン系として高橋氏,薩摩氏によって提案された.ソリトン系と呼ばれる由縁は,無限個の保存量やN ソリトン解が存在するなどソリトンとしての性質(散乱に対して安定,散乱前後で位相がずれる,大きなソリトンほど速いなど) をあまねく備えていたからである.

 それから数年後,ソリトン方程式や可解格子模型との関係が明らかになり,箱玉系は注目を集め始めた.これらのことをもう少し詳しく述べよう.箱玉系はKorteweg-de Vries (KdV) 方程式を超離散化することによって得られ,その結果箱玉系のN ソリトン解をKdV 方程式のN ソリトン解を用いて求めることができる.また絶対零度に相当する極限(q → 0) での可解格子模型のスピンの配置によっても箱玉系は実現される.そこでは転送行列の作用によって時間発展が起こり,量子群の対称性が可解格子模型から箱玉系へと受け継がれている.つまり箱玉系はそれぞれの極限によって(本質的な性質は残しつつ) 単純化された古典可積分系と量子可積分系の共通部分に存在している.したがって箱玉系の解析方法は,

● ソリトン方程式の性質を超離散化によって箱玉系へ輸出する方法.

● 箱玉系を結晶化(q → 0) された可解格子模型とみなし,ベーテ仮説や量子群の対称性(結晶基底) を駆使する方法.

に大きく分けられる.

 1990 年代後半から2000 年代前半にかけての精力的な研究により,箱玉系は拡張され,様々な手法によってその性質が次第に知られるようになった.可解格子模型的立場をとれば,拡張の方法はLie 環の型やその表現を変えるのが代表的である.こうして拡張された箱玉系の時間発展は,繰り返し組合せR を作用させることにより定義される.そこで必要となる(一般のLie 環での) 組合せR の計算は複雑であったが,幡山氏らによって組合せR が拡大affine Weyl 群の平行移動として表されることが示さた.さらに時間発展は,(表現論の知識を必要としない) 簡単な粒子・反粒子的アルゴリズムによって記述されることがわかり,これにより(組合せRによる) 時間発展の複雑な計算は,暗算で出来る程度のものになった.

 拡張された箱玉系においても可積分性は保たれている.したがってN ソリトン解(τ 関数) は存在し,初期値問題を解くことが出来る.τ 関数を得る1 つの方法は,nonautonomous discrete Kadomtsev-Petviashivili(ndKP) 方程式の超離散化である.もう1 つの方法は,フェルミ公式に現れるcharge 関数を用いる方法であり,これにより始めて一般のN ソリトン解が得られた.Kerov-Kirillov-Reshetikhin (KKR) 全単射の明示式は,このτ 関数を使って書かれる.またKKR 全単射を順・逆散乱写像とした箱玉系の逆散乱法が定式化できる.これにより時間発展は線形化され,初期値問題は解かれる.

 超離散化された関数はすべて(max,min といった) 区分線形関数である.したがって箱玉系を記述するのも区分線形関数となるが,これらを解析的に扱うのは難しい.そこで区分線形関数から(区分線形関数に比べ解析しやすい) 有理関数へ戻す変換(逆超離散化) が考えられた.しかしながら超離散化の逆は一意的ではない.ゆえに逆超離散化の中で性質のよいものを採用する必要がある.この問題の1つの答えとして,トロピカル化と呼ばれる(可積分性から見て) 性質のよい逆超離散化が存在する.トロピカル化された系は,幾何クリスタルの対称性を持ち,全正値性が保たれている.幾何クリスタルの積の同型を与えるのがトロピカルR であり,組合せR のトロピカル化に相当する.量子R 行列とは異なり,今のところトロピカルR を系統的に作り出す手段は存在しない.新しいトロピカルR が見つかれば,それを超離散化することにより,組合せR の区分線形表示が得られる.その他にも新しい箱玉系が定義でき,そのτ 関数まで求まる可能性がある.

 以上で述べた箱玉系はすべて無限系であるが,それ以外のものとして周期系,反射系といった箱玉系も提案された.これらの系においても無限系と同様な拡張が可能である.本論文では周期系のみを扱い,そこでの非自明な性質を結晶基底の理論やベーテ仮説を利用し明らかにしてゆく.

 周期箱玉系は2002 年に由良氏,時弘氏によって考案された.最も基本的な周期箱玉系を簡単に紹介しよう.まずL 個の箱を周期的境界条件を課し1 次元的に並べる.箱の容量は1 であり,玉があるかないかの2 状態をとる.この状態をそれぞれ文字2,1 で表す.またここでは空箱は玉の数M より多いつまりL≧2M と仮定する.この条件を満たす状態の集合をB+ と書き,状態空間と呼ぶ.次に状態空間上に時間発展T∞ : B+ → B+を以下の操作により定義する.

(i) 右側に1 がある2 に注目し,その隣り合った21 ペアを線でつなぐ.

(ii) (i) でつながれたペアを無視して(i) の操作をする.

(iii) すべての2が1とつながるまで上の操作を繰り返す.

(iv) つながれた1と2の場所を交換する.

L = 13,M = 6 の状態1122212111122 ∈ B+ が時間発展する例を下に書く.(i) から(iii) までの操作は

となる.括弧の中はつながれた21ペアを表している.つながれた1と2を入れ替えると

を得る.一方この時間発展は可解格子模型的な見方が出来る.それはq = 0 での量子群Uq(A(1)1)に付随する

頂点模型の配置:

である.この図の上下の横一列を見比べることにより(1) が得られる.この一見異なって見える2 つの時間発展が等価であることは本論文で示される.可解格子模型的見方をすれば,状態空間の文字1,2 はそれぞれup spin,down spin を意味し,状態空間B+ はquantum space を表す.そして時間発展をもたらすのが転送行列のq = 0 類似である*1.図の各頂点には組合せR と呼ばれるR 行列のq = 0 類似が作用している.本論文では周期箱玉系をこのように可解格子模型的に扱い,そこでの非自明な性質を結晶基底の理論やベーテ仮説を利用し明らかにした.

*1 この図の場合,補助空間はspin 〓表現となっている.この時間発展はT3と呼ばれる.

 上で紹介した時間発展は可逆であり,状態空間は有限集合なので任意の状態p ∈ B+に対しT(N∞)(p)=pとなる自然数N が存在する.このNはpの周期と呼ばれ,この周期を求めることは周期箱玉系誕生当初からの問題であった.その他にもこの箱玉系の初期値問題を解くという問題も存在した.そこで本論文ではq=0とq=1 のベーテ仮説を組合せることにより,逆散乱法を定式化し,これらの問いに答えた.そこではrigged configuration,KKR 全単射,string center 方程式などの(組合せ) ベーテ仮説の手法を,準周期解の理論の超離散化に結びつけ,周期箱玉系の作用・角変数,超離散ヤコビ多様体,リーマン周期行列といった概念を提起した.上で紹介した時間発展(1) は非線形だが,逆散乱法によって時間発展は角変数の集合上で線形化される.つまり箱玉系の時間発展は角変数の直線運動に変換され,初期値問題は解かれる.作用・角変数は,状態から作用・角変数を分離するKKR 全単射によって得られる.作用変数はヤング図形で表され,ソリトンのデータを持つ保存量となる.さらに逆散乱法の副産物として周期公式や状態数公式が導かれる.

 以上はすべて最も基本的な周期箱玉系の場合であった.上の模型の拡張法として玉の種類や箱の容量を増やすなどがある.このように拡張された周期箱玉系においても保存量や周期などを求める問題が存在する.そこで本論文ではA(1)n 型で最大限に拡張された周期箱玉系の周期公式を,q=0でのべーテ固有値(転送行列の固有値) を計算することにより予想した.またこの周期箱玉系の状態数公式が,ある指標公式に一致することを予想した.その他にも一般の周期箱玉系において,様々な時間発展を導入し,それらが互いに可換であることおよび拡大affine Weyl 群対称性を持つことを証明した.

高橋・薩摩の箱玉系.(2-soliton)

図1 箱玉系の位置付け

審査要旨 要旨を表示する

 本論文の主題は,箱玉系と呼ばれる1次元の可積分セルオートマトンの解析である.箱玉系は1990年代初頭に発見され,全ての集団励起モードが多体衝突において安定であるなど,ソリトン系としての性質をあまねく備えた規範的なモデルとして様々なアプローチによる研究が行われている.その可積分性には二つの起源がある.一つはソリトン方程式の超離散化である.これは離散的時空間上で定義されるソリトン方程式に対し,可積分性を保ちつつ従属変数をも離散化する技法であり,90年代半ばに提唱された.箱玉系の運動方程式は可積分性な離散ロトカ・ボルテラ方程式の超離散化になっている.

 もう一つの起源は可解格子模型の結晶化であり,90年代末に発見された.統計力学の格子模型には,イジング,ハイゼンベルグ模型などに代表される厳密解を許す一群の非自明なクラスが存在する.これらの模型が「絶対零度」で結晶化したスピン配置は箱玉系の時間発展プロファイルに一致する.

 ソリトン方程式は古典可積分系であり,可解格子模型は量子可積分系である.この意味で,箱玉系は両者がそれぞれ超離散化と結晶化で歩み寄った接点に位置しており,可積分系における量子・古典対応に新たな知見をもたらす貴重な研究対象,「超離散可積分系」として認知されている.

 本論文の特色は,対象として周期的境界条件を課した箱玉系を扱うこと,手法として量子可積分系の解析法であるベーテ仮説を用いることにある.周期系では状態空間は有限集合であり,時間発展は可逆である.このことから,保存量のスペクトルの決定,位相空間の等エネルギー集合への分割,各等エネルギー集合の状態の数え上げ,初期値問題,任意の状態の基本周期の決定など,幾つもの基本的な問題が浮上する.本論文の主結果は,ベーテ仮説により逆散乱法を定式化し,これらの問題を全て統一的な観点から解決したことである.量子可積分系の手法であるベーテ仮説が,超離散可積分系に対しても有効であるかは決して先見的に明らかではない.本論文はそれを周期系において初めて実証し,広範な一般化に関する予想までを網羅した総合報告である.先行結果を包括的に拡張し,概念的に深化させている.特に作用・角変数,順・逆散乱写像,ヤコビ多様体,リーマン周期行列といった可積分系で重要な構造の超離散化を提起し,ベーテ仮説や量子群の結晶基底との関係を見出したことはオリジナルな成果として高く評価される.以下,章ごとにその内容を概説する.

 第1章では導入として,本論文の主題である箱玉系とその拡張についてこれまでの研究結果を概説している.特に周期系固有の問題やベーテ仮説の組み合わせ論に言及し,本研究の動機,位置づけ,意義等について述べている.

 第2章では最も基本的な周期箱玉系を扱っており,本論文の中核となる結果を与えている.可解格子模型の結晶化は,付随する量子群の変形パラメーターqが0になる極限として達成される.q=0における表現論は結晶基底の理論であり,これにより状態と時間発展が定義され,円環状に並んだ容量1の箱を占有しながら有限個の玉が移動する力学系との解釈が与えられる.次に組み合わせベーテ仮説を応用することにより作用・角変数を導入し,順・逆散乱写像を定式化している.角変数の空間はヤコビ多様体の超離散類似をなし,その上で時間発展が線形化されるという主定理が与えられる.初期値問題の解や基本周期の明示式は主定理の系として直ちに従う.また角変数とq=0ベーテ方程式のストリング根が1:1対応することが示され,状態数の明示式が導かれる.更にベーテ固有値が周期に関係した1の冪根になることが簡潔に証明されている.この性質は5章で応用される.

 第3章では箱の容量を一般にした拡張系について,2章とほぼ同様の逆散乱スキームの予想を定式化している.

 第4章ではアフィン・リー環An((1))に付随した周期箱玉系の最大限の一般化を与え,その基本性質を考察した.これは玉がn種類あり,各サイトごとに任意の幅と高さに相当する自由度を持った収容棚が配置された1次元の周期的セルオートマトンである.n種の時間発展の系列Tj((1)),...,Tj((n))を導入し,その可換性,拡張アフィン・ワイル群対称性を証明し,保存量Ej((a))を構成した.また,計算機実験にもとづいて時間発展可能な状態のスペクトルを特徴づける予想を与えている.

 第5章では4章で定式化した最も一般的なAn((1))型箱玉系について,ベーテ仮説に由来する二つの予想を提出している.それは力学的周期と保存量で特徴付けられる状態数の明示式であり,q=0におけるベーテ固有値やベーテ根の数に関係する.これらは最も基本的な箱玉系について2章で証明された結果の自然な拡張であり,多くの計算機実験による極めて非自明な検証例と共に提示されている.

 第6章ではAn((1))型以外の非例外型アフィン・リー環に付随した周期箱玉系を定式化した.An((1))型との定性的な違いとして対生成・消滅をする粒子系の様相を呈する.Dn((1))型の場合に5章と同様の周期公式を予想している.

 第7章では論文全体の要約と展望が述べられている.

 付録A,B,Cにはそれぞれ結晶基底の理論,組み合わせベーテ仮説の基本的事項,本文中の定理・命題の証明の詳細が与えられている.

 本論文は可積分系について新しい知見を提供している.証明や計算は,多くの例とともに具体的かつ明確に記載されており,内容,記述ともに学位論文の水準に達している.

 なお本論文2,4,5,6章の一部は國場敦夫氏,高木太一郎氏との共同研究に基づくものであるが,論文の提出者が主体となって分析を行ったもので,論文提出者の寄与が十分であると判断する.

 よって本論文は博士(学術)の学位請求論文として合格と認められる.

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