学位論文要旨



No 122078
著者(漢字) 飯田,俊朗
著者(英字)
著者(カナ) イイダ,トシアキ
標題(和) 1次元デルタ関数気体の厳密な解析
標題(洋) Exact Analysis of One-Dimensional δ-Function Gases at Zero Temperature
報告番号 122078
報告番号 甲22078
学位授与日 2007.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第4941号
研究科 理学系研究科
専攻 物理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 宮下,精二
 東京大学 教授 高橋,實
 東京大学 助教授 小形,正男
 東京大学 助教授 加藤,雄介
 東京大学 助教授 鳥井,寿夫
内容要旨 要旨を表示する

本研究は,2成分の1次元デルタ関数気体を対象とし,ベーテ仮説法を用いた厳密解に基づく解析を行った.学位論文では,研究の背景とベーテ仮説法を導入した後,ベーテ仮説法により厳密解を求めることのできる3つの模型について,その解を明示的に計算し,物理的意義を明らかにした.

研究の背景

量子力学の誕生からわずか数年ののち,ベーテ(1931)は最近接相互作用する2成分スピンの模型である1次元ハイゼンベルク模型の固有状態を計算した.この計算方法の本質は,N個(Nは非常に大きい)のスピンを記述するハミルトニアンのエネルギースペクトルを計算することが,N個の代数方程式を解くことに帰着された点である.この方法と方程式とは,現在ではそれぞれ,ベーテ仮説法,ベーテ方程式と呼ばれている.もっとも,この連立方程式を直接解くことは,現実的には,非常に難しい.ハルテン(1938)は熱力学的極限,すなわち,粒子数Nと系の大きさLを無限大,ただしその比である密度N/Lは一定に保つ,という極限のもとで,ベーテ方程式の解を記述する変数が稠密に分布するとして,その分布関数のみたすべき積分方程式を提案し,基底状態のエネルギーの算出に成功した.

 ほぼ30年間にわたる空白の後,リーブとリニガー(1963)とが1次元デルタ関数ボース気体へ適用することにより,ベーテ仮説法は新たな息吹を与えられた.デルタ関数気体とは,相互作用がデルタ関数型の2体間ポテンシャルで与えられる量子気体である.これを契機とし,ヤン(1967)とゴーダン(1967)による内部自由度のある系への拡張(一般化されたベーテ仮説法),ヤン(1969)による有限温度への拡張(熱的ベーテ仮説法),がいずれもデルタ関数気体を研究対象としてなされた.さらに,サザーランド(1968)と高橋(1970)は,一般化されたベーテ仮説法を用いて,任意の内部自由度をもつデルタ関数気体の固有状態が実際に計算できることを示した.

 これらの定式化を経て,ベーテ仮説法は異方性ハイゼンベルク模型(XXZ模型),ハバード模型,近藤模型をはじめとする,様々な模型の厳密解を求めることを可能にし,それらの物理的性質を明らかにする上で大きな役割を果たした.

 その一方で,最も基本的なデルタ関数気体そのものを対象とする研究は,1970年代の半ばをもって行われなくなった.デルタ関数気体のハミルトニアンが記述する物理系は,現実にはあまり存在していなかったことも一因である.ベーテ方程式と,その熱力学極限である積分方程式は求められたものの,それを用いた模型の性質の解明まで踏み込んだ研究は,ほとんどなされることがなかった.

 しかしながら,ボース・アインシュタイン凝縮(BEC)の実現(1995)以降,爆発的に進展を続けている超低温アルカリ原子気体の一連の実験が,デルタ関数気体への新たな興味を呼び起こすこととなった.かつて,数理物理学者の好んで用いた「模型」は,現在では,冷却原子の極低温・擬1次元的な閉じ込め条件下における実効的なハミルトニアンとして,活発に研究されている.

基礎理論

本研究の基礎となるベーテ仮説法は,2成分のデルタ関数フェルミ気体に対するヤン(1967)とゴーダン(1967)の研究にその源を発する.ボース・フェルミ混合気体への適用にあたっては,サザーランド(1968)の3成分以上の系への拡張も必要となる.それらの手法に忠実に,2成分のデルタ関数気体のベーテ方程式を導出にいたる過程を解説した.

スピン-1/2引力フェルミ気体

スピン-1/2引力フェルミ気体の温度T=0における基底状態は実数の擬運動量kの分布関数ρ(k)とスピン波のラピディティーΛ の分布関数σ(Λ)で特徴づけられ,これらの関数は以下のゴーダン積分方程式に従う.

ここで,c<0は2体間デルタ関数相互作用の結合定数である.粒子数はρ(k)とσ(Λ)に対する規格化条件から定まり,これらの分布関数からエネルギーを計算することが可能である.

 全スピンが任意の場合に対して,我々は,級数展開法を用いて,ゴーダン積分方程式の解σ(Λ)とρ(k)を計算した.引力の下では,σ(Λ)はスピン1重項に対応する虚数の擬運動量のペア,k=Λ+ic/2とk'=Λ-ic/2の実部Λの分布と解釈することができるため,2σ(Λ)がペアの擬運動量の分布関数になる.一方,ρ(k)はペアを形成しない,実数の擬運動量分布関数である.すべての物理量は最終的に,無次元化した結合定数γ≡2mc/(〓2D)とスピン偏極P≡(N↑-N↓)/(N↑+N↓),数密度D≡N/Lの3つのパラメータを用いて整理できた.ここで,mは粒子の質量,〓はプランク定数,N↑,↓はスピンσ=↑,↓をもつ粒子の数(N↑+N↓=N)である.〓=2m=1となる単位を採用し,対称性より,0〓P〓1とした.

 全スピンが0(P=0)の場合,ゴーダン積分方程式は,上の式でQ=0とおいて得られる,σ(Λ)に対するただ1つのものになる.我々は,この場合を仔細に検討した.その結果,この模型が,相互作用が弱いときはスピン1 重項の対(ペア),強いときは強固に結合した2粒子からなる「分子」として振る舞い,ボース粒子の性質を獲得することを確認した.すなわち,フェルミ粒子のクーパー対からボース粒子へのBCS-BECクロスオーバーを,1次元において定量的に記述していることが結論づけられた.

 全スピンが任意の場合(0〓P〓1)の結果を図1に示す.(a),(b)とも,大きい値をとる方(上方にあるグラフ)が4πσ(Λ),小さい値をとる方が2πρ(k)である(係数2π は値を視やすくするためのもの).相互作用の強い場合(a)においては,ペアとペアでない擬運動量とが同じΛとkとに対して共存している,すなわち分布関数が値をもつのに対して,相互作用の弱い場合(b)においては,ペアの擬運動量が原点付近に存在する一方で,ペアでない擬運動量はその周辺にのみ存在する.これは,同じkを2個以上の同種粒子が同時にとることができない,というパウリの排他原理のためと解釈される.それとは対照的に,相互作用が強い場合(a) はペアの「分子」とペアでないフェルミ粒子とはあたかも別の種類の粒子のように振る舞うために,分布関数が原点周辺に共存できるのである.これらの性質はおのおの全てのPにおいて確認できるため,全スピン0(P=0)において確認できたBCS-BECクロスオーバーの描像は,スピン1重項に対しては,全てのスピン偏極に対して成立しているといえる.

 エネルギーの計算結果を図2に示す.強い相互作用における表式は|γ|>3.5,弱い相互作用の表式は|γ|<2において,数値計算の結果と極めて良く一致する.2つの展開を併せると,パラメター(γ,P)に関し,0〓|γ|〓∞,0〓P〓1の,ほぼすべての領域を覆うことができる一方,2〓|γ|〓3.5がクロスオーバー領域に相当していることも明らかになった.

 |c|が小さい場合,すなわち相互作用が弱い場合は,古くから難問として知られている.計算過程では自明ではない展開や,数多くの公式が必要であった.P=0の場合,多くの形式的な発散級数が現れ,それらを正しく取り扱うことは難しい.しかし,P>0の場合には式の複雑さは著しく増すものの,この問題についてはある程度解消し,正しい結果を導くことができた.条件収束する級数において,有限のPが項の順序を指定する役割を果たすためと解釈できる.

スピン-1/2斥力フェルミ気体

引力相互作用と斥力相互作用の場合とでは,ベーテ方程式までは同一であるが,熱力学極限を考えたときにその解の分布関数が従う積分方程式(ヤン積分方程式)は異なる.引力の場合とほぼ同様の手法を用いて,解析を行った.系を特徴づけるパラメ−タとしては,やはりγ,P,Dを用いた.

 相互作用弱い場合(γ小)は,引力の場合と連続する解を得た.相互作用は斥力でペアは形成されないものの,それに相当する特徴的な台形状の分布が原点周辺に現れる.さらに,相互作用の消える点,γ=0において物理量は連続であり,エネルギーのγ=0からの展開式は,γの2次の範囲で完全に一致した.すなわち,γ=0のまわりで積分方程式は異なるにもかかわらず,エネルギーは解析的である.

 強い相互作用の場合(γ大)は,2成分フェルミ気体の他の場合のように,全てのP,0〓P〓1で成り立つような物理量の表式を求めることは,非常に困難である.可能であると思われるのは,1成分フェルミ気体に相当する,P=1からの展開である.しかし,我々の手法では,展開パラメータ1/γの1次の補正までしか信頼に足る結果は得られない.1次元における強い斥力相互作用は粒子をその統計性によらず「フェルミ的」にし,γ=+∞はPの値に関わらず1成分フェルミ気体に対応する.つまり,この極限では,γとPとが似通った役割を担うために正しいパラメータとして機能しないことが,困難さを生じさせていることが判明した.

ボース・フェルミ混合気体

最後に,スピンをもたないボース粒子とフェルミ粒子との混合気体の解析を行った.ボース粒子の割合を表すパラメータα≡Nb/N(Nbはボース粒子の数)を導入し,γ,α,Dの3つのパラメータを用いて系を記述した.α=0は1成分フェルミ気体,α=1は1成分デルタ関数斥力ボース気体に対応し,いずれもその性質はよく調べられている.これらの極限への移行を念頭に置き,系を特徴づける2つの分布関数に対する積分方程式(サザーランド積分方程式)の解を,2成分フェルミ気体と同様に調べた.

 相互作用が弱い場合(γ小),擬運動量の分布関数は原点付近に集中する,ボース粒子のそれと思われる半円状の分布と,より広範囲にわたるフェルミ粒子の一様分布とを単純に足し合わせたような形状になる.それに応じエネルギーは,1成分斥力ボース気体,1成分フェルミ気体にそれぞれの極限α〓1,α〓0で対応する項と,いずれの極限においても0 になるボース粒子とフェルミ粒子との相互作用に由来する3つの項の和で与えられる.この領域では,平均場的な取り扱いも可能であることを強く示唆している.

 相互作用が強い場合(γ大),擬運動量は一様分布に近づく.強い斥力相互作用がボース粒子をフェルミ的にすることを実証するものであるが,その一方で,エネルギーは,1成分フェルミ気体のそれに近づくものの,γ<+∞である限り,つねにγとαとに関して解析的な表式をもち,我々は1/γの4次の補正まで求めることに成功した.さらにその式はα=0とα=1の極限とを正確に再現する.これは2成分斥力フェルミ気体における状況と対照をなす.斥力ボース気体がγ→+∞の極限でスピンなしのフェルミ気体のように振る舞うことはかねてよりジラルド(1960)らにより指摘されてきた.実際には,γが有限である限り,ボース統計性の痕跡を保持する.我々が1成分斥力ボース気体で検証し,上述の全スピン0のスピン-1/2引力フェルミ気体との対応においても重要な役割を果たした議論を,重ねて補強するものである.

結論

以上のように,本学位論文では,ベーテ仮説法によって求められた積分方程式に対して,3種類の2成分デルタ関数気体の厳密解を明示的に計算した.いずれも,本研究が初めての成果である.その結果,BCS-BECクロスオーバー理論をはじめとする他の理論との整合性や,デルタ関数気体に対するベーテ仮説法それ自体における理論の首尾一貫性について,多くの新しい知見を得た.

図1:いくつかのスピン偏極P≡(N↑-N↓)/(N↑+N↓)と実数の擬運動量k,あるいは虚数の擬運動量の実部Λに対する,ゴーダン積分方程式の規格化した解2πρ(k)と4πσ(Λ)のプロット.(a)相互作用の強い場合(γ=-8.33),(b)相互作用の弱い場合(γ=-0.062);実線は解析的な計算結果,点は数値計算の結果を示す.

図2:規格化した基底状態のエネルギーe(γ,P)=E/(D3L) の|γ|=-c/DとP=(N↑-N↓)/(N↑+N↓)に対するプロット:|γ|<3では弱い相互作用の場合の表式,|γ|>3では強い相互作用の場合の表式を示す.2つの曲面はほぼ滑らかにつながり,数値計算の結果ともよく一致する(図には示さず).γ=0は2成分自由フェルミ気体に対応する.P=1は1成分フェルミ気体であり,全ての|γ|に対してe(γ,1)=π2/3である.

審査要旨 要旨を表示する

本論文は、デルタ関数型の相互作用をする1次元粒子系の基底状態に関する性質を、ベーテ仮説に基づき具体的な物理量の振る舞いを通して明らかにしたものであり、6章からなる。第1章はイントロダクションであり、本文で扱うベーテ仮説の歴史的な背景と、関連する実験であるレーザー冷却法による原子閉じこめ実験について説明し、最近注目されているいわゆるBCS-BECクロスオーバー現象など本研究結果の解釈上重要な話題を説明している。また、相互作用の符号や粒子の統計性などによる分類など、論文全体の概要を述べている。

 第2章はベーテ仮説の考え方を説明し、多成分に拡張されたときの粒子の統計性の扱いについて詳しく説明している。ベーテ仮説は、多体の波動関数が一体の波動関数の積で与えるものであるが、相互作用の反映として運動量の分布に制約が現れる。熱力学極限において、許される運動量分布が積分方程式の形で与えられる。この方程式自身はこれまでの先行研究で求められているが、具体的な物理量に関しては積分方程式を数値的に解くことで求められてきており、解析的な研究がなされてきてない。本論文は、相互作用の強さに関する級数展開法を用いて、強結合、弱結合極限での解析的な表式を求めている。

 まず、第3章では、スピン1/2の引力相互作用を持つフェルミ粒子系の場合を扱っている。この場合、波動関数は実数の擬運動量とスピン波のラピディティと呼ばれる量で特徴づけられ、それぞれの量の分布関数の積分方程式はGaudin積分方程式と呼ばれるものである。そこでのパラメターとして、全粒子数N、スピン下向きの粒子数Mがあり、スピンポーラリゼーションP=(N-2M)/Nを変えて基底状態の変化を調べている。まず、強結合の場合は、すべてが上向きスピンであるP=1のケースは実質的に1成分フェルミ粒子系であるが、P<1の場合には、相互作用のために興味深い現象が現れる。本論文ではP依存性を強結合の場合と弱結合の場合に、それぞれ、相互作用の強さの逆数、相互作用の強さの級数として求め、対応する数値解と比較し、両展開を合わせることで相互作用の強さのほぼ全域にわたる広い範囲でよい評価を与える表式を求めることに成功している。特に強結合の場合には、相互作用のためにペアになった状態「分子」とペアになっていない粒子はあたかも独立に振る舞うのに対し、弱結合の場合にはそれぞれの状態間にまだパウリの排他原理が働き、分布関数が分離する現象を明らかにしている。この結合相互作用依存性と、レーザー冷却法による原子閉じこめ実験でのBCS-BECクロスオーバー現象の関連についても議論している。また、方法論的には、弱結合の場合に展開係数が形式的に発散する問題があり、注意深い取り扱いが必要である。本論文でも、はじめからP=0とした場合、2次の展開で数値計算の結果が異なる問題があることがわかった。これは多く現れる形式的な発散項の取り扱いが難しいためである。この問題に対して、有限のPから0の極限を取った場合には正しい表式が得られることを見いだしている。

 第4章では、スピン1/2の斥力相互作用を持つフェルミ粒子系の場合を扱っている。この場合、扱う積分方程式はYang積分方程式と呼ばれるものであり、Gaudin積分方程式と異なるものである。ここで、エネルギーなど物理的な振る舞いは相互作用が小さい場合、自然に引力の場合とつながることを明らかにしている。相互作用の強い場合には展開が困難であることを議論している。

 第5章では、フェルミ粒子とボーズ粒子の混合系を解析している。ここでの積分方程式はSutherland積分方程式と呼ばれるものである。ここでも弱結合と強結合のそれぞれの場合に擬運動量の分布の特徴を明らかにしている。

本論文は、デルタ関数型の相互作用をする2成分からなる1次元粒子系の基底状態における具体的な物理量の振る舞いがどのように相互作用の強さ、粒子の統計性に依存するかを解析的に明らかにし、新しい知見を与えるとともに、高い水準の方法論の開発を行っており、学位論文として十分な内容を持っていると判断する。

なお、本論文の第3章、第4章の一部は和達三樹氏との共同研究に基づくものであるが、論文提出者が主体的に研究を遂行したものであり、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

 したがって、博士(理学)の学位を授与できると認める。

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