学位論文要旨



No 122096
著者(漢字) 佐藤,純
著者(英字)
著者(カナ) サトウ,ジュン
標題(和) スピン-1/2ハイゼンベルク鎖の相関関数の厳密な研究
標題(洋) Exact Study of Correlation Functions for Spin-1/2 Heisenberg Chain
報告番号 122096
報告番号 甲22096
学位授与日 2007.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第4959号
研究科 理学系研究科
専攻 物理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 押川,正毅
 東京大学 教授 瀧川,仁
 東京大学 教授 宮下,精二
 東京大学 助教授 加藤,雄介
 東京大学 助教授 国場,敦夫
内容要旨 要旨を表示する

理論物理学に現れる様々な模型において、物理量を厳密に計算することは一般には不可能である。ところが、一次元系においてはいくつかの厳密に解ける模型が存在する。それらの模型における厳密解は、他の近似的な手法の試金石として重要な役割を果たす。また、そのような実用的な意味を超えて、「厳密に解ける」ということ自体が深い数学的な起源を持っており、多くの研究者を魅了している。

スピン-1/2ハイゼンベルク鎖は、一次元可解格子模型における最も基本的な模型である。この模型はベーテ仮説法によって厳密に解くことができ、固有ベクトルと固有値が厳密にこの方法によって求められる。熱力学極限におけるたくさんの物理量、例えば、比熱、帯磁率、素励起などが有限温度においてでさえも、ベーテ仮説法によって厳密に計算されてきた。

ところが、相関関数の厳密計算に関しては、絶対零度における静的な相関関数という一番簡単な場合に限っても、未だに難しい問題として残されている。実際、2点相関関数に関しては、第一近接相関関数がフルテンによって1938年に、第二近接相関関数が高橋によって1977年に計算されたのみであり、それらの結果だけしか長年知られていなかった。しかしながら、最近になって、相関関数の厳密計算に関して急速な進展があった。ボースとコレピンは、EFPと呼ばれる特殊な相関関数について詳しく調べた。EFPはP(n)と書かれ、これはnサイトにわたってスピンが全て上を向いている確率を表している。EFPに関しては、ボース、コレピン、スミルノフによって2003年にP(7)までの解析的な表示が得られた。2点相関関数に関しては、彼らの方法を他の一般の相関関数に適用することによって、第三近接相関関数が堺、城石、西山、高橋によって2003年に、第四近接相関関数がボース、城石、高橋によって2005年に計算された。この学位論文において、相関関数の厳密計算に関するさらなる結果を報告する。

第一章では、XXZ鎖のハミルトニアンの固有状態がベーテ仮説法によってどのように構成されるかを示す。まず、座標ベーテ仮説法の枠組みでベーテ仮説方程式を導出する。ベーテ固有状態は、このベーテ仮説方程式の解によって表される。続けて、代数的ベーテ仮説法を概観する。ここで、同じベーテ仮説方程式が代数的に再導出される。さらに、模型を非一様な模型へと拡張することを考える。これは後の章において相関関数を計算するときに必要である。そして、ベーテ仮説法によって、反強磁性基底状態を構成し、有限系の基底状態に対応するベーテ仮説方程式を実際に解く。最後に、熱力学極限におけるベーテ仮説方程式を解析することによって、無限系における基底状態を構成する。

第二章では、qKZ方程式から、非一様なXXX模型の相関関数が満たすべき関数方程式を導く。神保、三木、三輪、中屋敷は、量子アフィン代数の表現論の枠組みでXXZ模型の相関関数を研究した。そこでは、相関関数は頂点作用素の対角和関数で記述される。一方、qKZ方程式は、量子アフィン代数の頂点作用素の積の行列要素が満たす線形差分方程式系である。古典極限においてqKZ方程式は、WZW模型に対応するリーマン球面上の共形場理論の$n$点相関関数が満たす微分方程式系である。つまり、XXZ模型の相関関数はqKZ方程式を満たすのである。この事実から、相関関数が満たすべき関数方程式を導くことができる。さらに、一般的な相関関数の関数形を陽に書き下す。

第三章では、ボース、コレピン、スミルノフによって発展させられた代数的な方法によって、EFPを具体的に評価する。EFPはそれ自体で閉じた関数方程式系を満たすことが示される。これによって、他の密度行列要素を評価することなくEFPを得ることが可能になる。さらに、EFPは非一様変数の入れ替えに関して不変であるという対称性を持っており、このことによって効率的に計算することができる。ここでは、この方法によって得られた新しい結果P(7)とP(8)を示す。

第四章では、2点相関関数を計算する新たな効率的な方法を提示する。その鍵となるのが2点相関関数の生成母関数である。まず、生成母関数が満たすべき関数方程式を導き、具体的な計算を詳細にわたって示す。この方法における最も重要な利点は、生成母関数がEFPと同じく非一様変数の入れ替えに関する対称性を持っていることである。この事実によって2点相関関数を得るための面倒な計算量が大幅に減るのである。実際この方法によって、一度に三つの新たな相関関数、第五、第六、第七近接相関関数を得ることに成功した。

第五章において、密度行列の非対角要素も含む全ての6サイト間の相関関数に関する結果を報告する。この結果を用いて、対掌相関関数、二量体相関関数などの相関関数を評価した。さらに6サイトまでの密度行列の全ての固有値を計算し、その固有値分布を調べた。

そして、その最小固有値がEFP:P(n)となっており、それが(n+1)-重縮退していることがわかった。また、これらの結果から、エンタングルメントエントロピーの厳密値を得た。これが共形場理論から導かれる漸近公式とよく一致することを見た。

すでに述べたように、この学位論文において新たに以下のXXX模型の相関関数の解析的な表示を得た。

・EFPn=7,8

・2点相関関数n=6,7,8

・全ての密度行列要素n=6

これらがこの学位論文の成果である。

審査要旨 要旨を表示する

 古典力学における三体問題の研究以来認識されているように、相互作用する多体系は一般に厳密に解くことができない。しかし、無限の自由度を持ち相互作用する量子多体系であるS=1/2 Heisenbergスピン鎖に厳密解が存在することがBetheによって1931年に見出された。しかし、このモデルについても相関関数の計算は未だ困難な問題として残されている。佐藤純提出の学位請求論文では、新たな手法の開発により、スピン相関関数については過去の最高記録である第四近接スピン間から一気に3サイト更新し、第七近接スピン間までの相関関数の厳密解を得た。また、6サイトの区間上で定義される任意の相関関数について厳密な表式も得ることに成功した。

 本論文は、英文で5章からなる。第一章では、Bethe仮設法による厳密な基底状態の構成についてレビューを行っている。第二章では、非一様なパラメータを導入したHeisenberg鎖の可解な一般化において、任意の相関関数がquantum Knizhnik-Zamolodochikov(qKZ)方程式から導かれる関数関係式によって決定されると言うBoos等による手法を導入している。この手法が、本論文の基礎となっている。

 第三章では、Emptiness Formation Probability(EFP)を考察している。これは、n個の連続するサイトが同時にスピン上向きとなる確率に対応する量である。第2章で導入したqKZ方程式に基づく手法では、密度行列の単一要素についての閉じた関数関係式のみによって決定することができるので、他の相関関数に比して計算が最も簡単である。この手法によって、2003年にBoos,Korepin,Smirnovは第五近接スピン間(連続する6個のサイト)までのEFPを厳密に求めている。本論文では、計算をさらに推進し、第六、第七近接スピン間(連続する7個、8個のサイト)までのEFPを厳密に求めることに成功した。EFPについては、その多重積分表示より長い区間の極限での漸近形が求められており、サイト数のガウス型関数として急速に減衰することが予想されていた。近距離でもEFPの値は非常に小さくなり数値計算でEFPを精度よく求めることは困難であるため、今まで漸近形の定量的検証はできていなかった。本論文の成果により、連続する8個のサイトまでのEFPの厳密な値が得られ、この範囲で既に漸近形がかなり良い近似となっていることが確認された。

 第四章では、最も良く議論される相関関数である、スピンの2点相関関数の厳密な評価を行っている。第二章で導入したqKZ方程式に基づく手法を用いて、基底状態から構成される有限区間上の縮約密度行列の全ての要素を求めればスピン2点相関関数を厳密に求めることができる。しかし、この方法では計算の手間が膨大になり、第四近接スピン間までしか求められていなかった。著者らは、この困難な計算を遂行することで、第五近接スピン間の2点相関関数の厳密評価に成功した。さらに、本論文では生成母関数を用いて評価する要素を大幅に減らす手法を開発し、第六、第七近接スピン間の2点相関関数の厳密計算にも成功した。1931年のBethe仮設の発表以来、2003年の第四近接スピン間の2点相関関数の厳密評価までに70年以上かかっていることを考えると、本論文の成果はめざましいものと言える。また、スピンの2点相関関数は場の理論によっても精力的に研究されており、遠距離での漸近形が求められている。本論文の成果により、第七近接スピン間の2点相関関数は既に漸近形と良く一致することがわかった。

 第五章では、縮約密度行列の全ての要素を求めると言う方法に立ち返り、第五近接スピン間(連続する6個のサイト上)で定義される全ての相関関数を厳密に評価している。これには、ベクトルカイラル秩序の相関関数など、物理的に興味深い相関関数も含まれる。特に、縮約密度行列の全ての要素を求めたことにより、量子エンタングルメントの指標として最近注目されている、有限区間のvon Neumannエントロピーの厳密評価にも成功した。このvon Neumannエントロピーに関しても場の理論により大きな区間での漸近形が求められているが、第五近接スピン間までの結果で既にこの漸近形と良く一致することがわかった。

 以上のように、本論文では近年の数理的手法の発展に立脚し、またこれを発展させることにより、計算の困難な相関関数について既存の記録を大幅に更新する新しい結果を得た。本論文での成果は漸近形の検証や数値計算のベンチマークとしても有用であり、物理学に対する貢献として高く評価される。従って、学位論文として十分な水準にあり博士(理学)の学位授与に値するものであると、審査員が全員一致で判定した。なお、本論文の内容の大部分は、城石正弘氏や高橋實氏との共著としてJounal of Physics A誌、Nuclear Physics B誌、Journal of Statistical Mechanics誌に出版済または出版予定であるが、論文提出者はこれらの論文の第一著者として主体的に計算および結果の考察を行ったものであり、論文提出者の寄与が十分であると判断される。また、この件に関して城石氏と高橋氏の同意承諾書が提出されている。

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