学位論文要旨



No 122696
著者(漢字) 境,圭一
著者(英字)
著者(カナ) サカイ,ケイイチ
標題(和) 結び目の空間と配置空間について
標題(洋) ON THE SPACE OF KNOTS AND CONFIGURATION SPACE
報告番号 122696
報告番号 甲22696
学位授与日 2007.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(数理科学)
学位記番号 博数理第298号
研究科 数理学研究科
専攻 数理科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 河野,俊丈
 東京大学 教授 松本,幸夫
 東京大学 教授 森田,茂之
 東京大学 教授 坪井,俊
 東京大学 教授 古田,幹雄
 東京大学 准教授 河澄,響矢
内容要旨 要旨を表示する

 本論文では,Rn内のlong knot全体のなす空間κn,および枠つき版であるκn等の(コ)ホモロジー群について,特にn>3の場合に,Poisson代数の構造やグラフ複体との関わりの立場から考察する.ここでlong knotとは,埋め込みR1→Rnで,ある有界集合の外では与えられた線形埋め込みに一致するもの,またその枠とは,結び目の各点にRnの正規直交基底が連続的に与えられ,n番目のベクトルが結び目の長さ1の速度ベクトルに一致しているものをいう.

 研究に用いられる道具は,小球のなすoperadとその作用[6],余単体的空間の全空間のホモロジーに収束するスペクトル系列[1]とそこに現れるHochschild複体[4],Goodwillieの関手解析,配置空間上の反復積分による写像空間のde Rham理論とグラフ複体[2],等である.いずれもループ空間に関する古典的な研究の一般化,あるいは精密化としての側面を持っている.またκ3の場合に有限型不変量とコード図の関係が知られているが,n>3の場合の類似の議論では,グラフコホモロジーが補正項なしでH*(κn)の部分代数を実現する.

 理論の随所に,ユークリッド空間内の点の配置空間Confが現れることは注目に値する.根底には,結び目を有限個の点列で近似しようというアイデアがある(それはループ空間の幾何に既に現れていた).Confは有限個の点列の空間として自然に現れ,結び目の空間のトポロジーに深く関わる.

 本論文は大きく二つの部分に分けられる.前半ではコード図に由来するκnやκnの(コ)ホモロジーの部分代数と,ループ空間ΩConfの(コ)ホモロジーの自然な関係について考察した.後半ではκn及びその変種であるκ'n(後述)への小円板のなすoperadの作用を調べ,ホモロジー群に誘導されるPoisson代数の構造について,その代数的な公式を記述した.

 まずPoisson代数の構造に関して概観する.Poisson代数とは,積に対して微分として振舞うLieブラケットを持つ結合的代数である(結び目の空間は連結和によりホモトピー可換な積構造を持つ).ここではκn自身でなく,枠に相当する情報を付け加えた空間κ'nを扱う.κ'nは,κnからはめ込みの空間への自然な包含写像のホモトピーファイバーである.Sinhaは,ある乗法的operad Xnを用いて

が成り立つことを示した([9]).これはGoodwillie−Weissの関手解析に基づく結果である.ここでX●nは乗法的operadに付随する余単体的空間である.

 目的となるPoisson代数の構造は次のように得られる.(1)と[7]の構成から,小円板のなすoperadDの空間レベルでの作用により,H*(κ'n)にBrowder作用素λが導かれる.λがPoissonブラケットであることは[3]で示されている.

 λの代数的な公式を記述するため,(1)と[1,4]から得られる次のことを使う.H*(κ'n)に収束するスペクトル系列で,そのE1項がoperad H*(Xn)に対するHochschild複体であるものが存在し,E2上にGerstenhaberブラケットと呼ばれるPoissonブラケットΨが定義される.Ψは元々は代数的に定義されていたが,後にHochschild複体へのDの鎖複体の作用に基づくものであることが示された(Deligne予想).なお[1]においては,自然な同型ψ:H*(TotX●n)〓E∞も定義されている.

 以上の下で,主定理は次のように述べられる.主張は,空間レベルでのDの作用が導くPoissonブラケットが,E1項へのC*(D)の作用によるものと一致することである.

 定理1.ψはPoisson代数の同型(GH*(κ'n),λ)〓(E∞,ψ)を与える.Gはあるfiltrationに関するassociated quotientである.

 証明は,[7]による空間レベルでのDの作用をoperadの言葉で具体的に書き下し,λの代数的な公式をΨのものと比較することでなされる.その際にはoperadがXnであることは重要でない.定理1は,スペクトル系列が収束するような乗法的operad οに対し,H*(Totο●)上のPoisson代数の構造に関する定理として直ちに一般化される.Salvatoreはκnに対しても(1)と同様の定式化を得た([8].従って定理1はκnに対しても適用される.λの非自明性はグラフとの関連の中で述べられる.

 次に各種のグラフとの対応に触れる.まずH*(κ'n)やH*(κn)は,コード図のなす代数を4項関係式で割って得られる代数Aに同型な部分代数を含むことに注意する.この部分代数は,コードに対応する二重点を持つはめ込みを経由して定義されるサイクルで生成され,次数(n−3)k(kはコードの数)を持つ.その非自明性は,次の定理で得られるコサイクルとのペアリングにより示される.

 定理2.n>3を奇数とする.配置空間上での反復積分を用いて,あるグラフ複体D(*,*)からκnのdeRham複体へのコチェイン写像

を定義できる.この写像が3価グラフの部分l=0でコホモロジー群に導く写像は単射である.

 これはκnの場合には[2]により知られており,κnに対しても平行な議論で示せた.その方法はループ空間に対するChenのde Rham理論の精密化である.3価グラフに対応するコサイクルと,コード図から決まるサイクルとのペアリングは,ちょうど重み系とコード図のペアリングに対応し,そのことからΑに同型な部分代数が〓kH(n-3)k(κn)内に実現されることがわかる.

 この部分代数の元に対しλを適用することで,あるホモロジー類を特徴づけた.

定理3.〓ε∈H(n-3)(κn),v2∈H2(n-3)(κn)を,それぞれコードが1本,2本のコード図に対応する元とする.n>3が奇数のとき,これらにBrowder作用素を適用して得られる元は0でない:

同様の非自明なサイクルはκnの場合も存在する.

 証明はスペクトル系列上でのΨの計算と主定理1による.λ(i,v2)は次数が(n-3)kの形でないので,Αの元ではない.このような元は(幾何的には)これまで殆ど知られていなかった.

 純組み紐の空間との関連として,次のような考察を行った.ループ空間ΩConfはRn内の純組み紐のなす空間と見なせる.組み紐を適当な方法で閉じることで,写像c:ΩConf→κnを得る.H*(ΩConf)は水平コード図に対する重み系のなす代数であり,通常のコード図に対する重み系のなす代数Wを自然に含む([5].やはりコード図とのペアリングを考えることで,cが導く写像を決定できる.

定理4.写像c*;H*(DR)(κn)→H*(DR)(ΩConf)は,定理2の類似で得られる部分空間v=I(〓kH(k,O)(D))上で単射である.c*の像はWに一致する.

 写像Iはκ3のときは補正項つきで定義され,結び目に対する有限型不変量を与える.この意味でVの元は有限型不変量の高次元版と考えることができる.3次元の場合によく知られたW=Vという関係が,n>3においては幾何的な写像cにより実現されていることになる.

参考文献[1]A. Bousfield, On the homology spectral sequence of a cosimplicial space, Amer.J.Math.,109 (1987), no.2, 361-394.[2]A. Cattaneo, P.Cotta-Ramusino, R. Longoni, Configuration spaces and Vassiliev classes in any dimensions, Alg. and Geom. Topol.,2(2002),949-1000.[3]F. R. Cohen, The homology of C(n+1)-space, n > 0, Springer LNM 533, 207-351.[4]M. Gerstenhaber, A. Voronov, Homotopy G-algebras and moduli space operad, Internat. Math. Res. Notices 1995, no. 3, 141-153.[5]T. Kohno, Loop spaces of configuration spaces and finite type invariants, Geom. and Topol.Monographs Vol. 4: Invariants of knots and 3-manifolds (Kyoto 2001), 143-160.[6]P. May, The geometry of iterated loop spaces, Springer-Verlag, LNM 271, 1972.[7]J. McClure, J. Smith, Cosimplicial objects and little n-cubes I, Amer. J. Math. 126 (2004), no.5, 1109-1153.[8]P. Salvatore, Knots, operads and double loop spaces, math.AT/0608490.[9]D. Sinha, Operads and knot spaces, J. Amer. Math. Soc. 19 (2006), no. 2, 461-486.
審査要旨 要旨を表示する

 本論文の研究対象は,ユークリッド空間Rn内のlong knot全体の空間κnである.このような空間は,結び目のモジュライ空間として,近年,幾何的方法とホモトピー論的方法を含めたさまざまな手法で研究が進められている.論文提出者は,特にn>3の場合について,結び目の空間のホモロジー群に入るPoisson代数の構造について精密な研究を行った.

 結び目の空間κnからはめこみ全体の空間への包含写像のホモトピーファイバーをκ'nで表す.このときホモロジー群H*(κ'n)には,little disk operad Dの作用から導かれるBrowder作用素λによって,Poisson代数の構造が入る.論文提出者は,H*(κ'n)にこのようにして導入されたPoisson代数の構造に対して,スペクトル系列を用いた代数的な記述を行った.具体的結果とそこで用いられる手法は以下の通りである.Sinhaにより配置空間から構成されるある乗法的operad Xnを用いて同型κ'n〓TotX●nが示された.ここで,X●nは,乗法的operad Xnに付随する余単体的空間である.ここでは,Goodwillie-Weissのファンクター解析が用いられている.一方,Bousfieldの方法により,κ'nに収束するスペクトル系列で,そのE1項がoperad Xnに対するHochschild複体であるものが存在し,E2項にはGerstenhaberブラケットとよばれるPoisson積が定義されることが知られている.本論文の主結果は,H*(κ'n)にBrowder作用素から導かれるPoissonブラケットが上のGerstenhaberブラケットと同一視されることである.なお,この結果は乗法的operadについての定理として,一般的な枠組みの中で証明されている.これにより,Little disk operad Dの作用によって幾何的に定義されるH*(κ'n)のPoisson構造が完全に代数的に記述された.さらに,本論文では,この結果を用いて,H*(κ'n)のPoissonブラケットの非自明性を示し,これによって,従来コード図を用いて記述されていた結び目の空間のホモロジー類とは異なる,新しいクラスを構成した.

 本論文は,結び目全体の空間のホモロジー群の代数構造について,新しい知見をもたらしたものであり,位相幾何学の分野に大きく貢献する.よって,論文提出者境圭一は,博士(数理科学)の学位を受けるにふさわしい充分な資格があると認める.

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