学位論文要旨



No 122700
著者(漢字) 吉田,享平
著者(英字)
著者(カナ) ヨシダ,キョウヘイ
標題(和) pseudo-ribbon sphere-linkの射影図と分類について
標題(洋)
報告番号 122700
報告番号 甲22700
学位授与日 2007.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(数理科学)
学位記番号 博数理第302号
研究科 数理科学研究科
専攻 数理科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 松本,幸夫
 東京大学 教授 森田,茂之
 東京大学 教授 坪井,俊
 東京大学 教授 河野,俊丈
 東京大学 准教授 河澄,響矢
内容要旨 要旨を表示する

定義1 4次元ユークリッド空間R4に埋め込まれた閉曲面のことをsurface-linkという。

 2つのsurface-linkは、1次元の絡み目のときと同様にR4のisotopyで移りあうとき、同値であるという。

 定義2 自然な射影π:R4→R3をπ(x,y,z,t)=(x,y,z)で定義する。

 surface-link Fがgenericジェネリックであるとは、任意の点p∈π(F)が図1のように、正則点、ブランチ点、2重点、3重点のいずれかになっていることをいう。

 次のことが一般的に知られている。

定理1(CS) 任意のsurface-link FはR4のisotopyで動かすことでgenericになる。

 Fが向きづけ可能なときは、さらにπ(F)にブランチ点がないようにできる。

定義3 surface-link Fのブランチ点、2重点、3重点の集合をΓ(F)と表す。

定義4 surface-link Fがpseudo-ribbonであるとは、Γ(F)が2重点のみからなることをいう。

 Fをpseudo-ribbon surface linkとすると、Γ(F)はR3にdisjointに埋め込まれたいくつかのcircleになっている。これらをFのcrossing circleと呼び、その数をn(F)と表す。

 π|F:F→R3をπのFへの制限、Cを任意のcrossing circleとする。(π|F)(-1)(C)は2つのcircleになる。それらをC1,C2とし、R4内で座標軸tに関してC1よりC2が上になっているとする。このとき、C1のF内での正則近傍Aを取り、π(F)からπ(A)を取り除く。この操作をすべてのcrossing circleで行い、上下の情報を入れる。

定義5 pseudo-ribbon surface link Fに対し、π(F)に各crossing circleでの上下の情報を加えたものを射影図という。

 また、Fと同値なすべてのpseudo-ribbon surface linkの中でのcrossing circleの最小数をFのcrossing numberと呼び、c(F)とあらわす。

 この論文ではFがpseuso-ribbonでいくつかの球面から成る場合について(pseudo-ribbon sphere-link)、射影図の性質を調べた。また、それらを利用してFが2つの球面から成り、crossing circleが6本以下の場合について、分類をした。

 2成分のpseudo-ribbon surface link Fが分離可能であるとは4次元円盤D⊂R4が存在して、F∩∂D=0、F∩B≠0、F-B≠0となることをいう。Λ(s),Λ(t),Λ(s,t)を括弧内の文字を変数とするローラン多項式環とする。FのAlexander invarintをA(F)と表す。また、Fの連結成分になっているpseudo-ribbon surface-knotをK1(F),K2(F)と表す。

定理2 2つの球面からなり、crossing circleが6本以下の分離しないpseudo-ribbon sphere-linkは図2,3,4,5,6のどれかただ1つと同値である。

 図には射影図の半分だけが描かれている。L2,L5のlinkとしてのAlexander invariant A(L2),A(L5)は自明なlinkのそれと一致している。

 Fが1つの球面から成り、crossing circleが5本以下の場合、1つのトーラスまたは1つのクラインボトルで、crosing circleが3本以下の場合についてはすでに分類されている。[Ai,Sh1,Sh2]

 一般のsurface-linkについては、Fが1つの球面で2つ以下の3重点を含む場合はribbonであることがわかっている。[Sh3]

 定理2を証明するために射影図をリストアップする必要がある。そのためにpseudo-ribbon sphere-linkに対応するgraphを定義した。リストアップされた射影図の中から同値なものを取り除いていき、分類を行った。このgraphは1次元の絡み目のGauss wordに対応する。

図1

A(L1)-Λ(s,t)/(1-s2+s3)〓Λ(s,t)/(1-t) (1)

A(K1(L1))-Λ(s)/(1-s+s2) (2)

A(K2(L1))=0 (3)

図2 L1

A(L2)=ΛA(s,t) (4)

A(K1(L2))=Λ(s)/(1-3s+s2) (5)

A(K2(L2))=0 (6)

図3 L2

A(L3)-ΛA(s,t)/(1-s+s2)〓Λ(s,t)/(1-t)(s-t) (7)

A(K1(L3))=0 (8)

A(K2(L3))=0 (9)

図4 L3

A(L4)-Λ(s,t)/(1-s+s2)〓Λ(s,t) (10)

A4(K1(L4))=0 (11)

A(K2(L4))=0 (12)

図5 L4

A(L5)=Λ(s,t) (13)

A(K1(L5))=Λ(s)/(1-2s) (14)

A(K2(L5))=0 (15)

図6 L5

審査要旨 要旨を表示する

 3次元ユークリッド空間R3に滑らかに埋め込まれた円周S1(結び目)あるいはそれらの非交和(絡み目)を扱う古典的結び目理論の類似として,4次元ユークリッド空間R4に埋め込まれた球面S2(結び目)あるいはそれらの非交和(絡み目)を扱う理論が近年活発に研究されている.それらの研究において,対象となる結び目あるいは絡み目のリストを作成することは基礎的な重要性を持っている.

 古典的な結び目理論については,19世紀のテイト以来,結び目のリストの作成が行われており,すでに,射影図に10個以下の交点が現れるものの分類が完成している.これに引きかえ,R4のなかの球面結び目や球面絡み目の数え上げに関する研究は,未だにそう多くない.

 論文提出者 吉田享平は,R4内の2個の球面からなる球面絡み目Fであって,π:R4→R3により射影したとき,像π(F)が特異性として2重線のみをもつはめ込みになっているようなもの,いわゆる「擬リボン型球面絡み目」(pseudo-ribbon sphere-link)の数え上げを,2重線が6本以下のものについて実行した.2個の成分の絡み目の場合,R4のなかの3次元単位球面の内側と外側に1つずつ成分を持つ絡み目,あるいはそれに同位な絡み目は「分離型」と呼ばれる.分離型は本質的には成分1つの球面結び目の考察に帰着されるから,絡み目として興味があるのは非分離型の絡み目である.この論文の主定理は次のように述べられる.

定理.2つの球面からなり,R3への射影像π(F)が2重線のみの特異性を持ち,しかもそれが6本以下の2重線からなるような非分離型の擬リボン型球面絡み目Fは5つの同位型に分類される.

 論文には,それら5つの絡み目の具体的な図が与えられ,それぞれのアレキサンダー不変量も計算されているが,この要旨では省略する.

 この分類のための方法は次のようなものである.射影像π(F)の2重線(n本とする)をπ:F→π(F)によりFに引き戻すとFの上に2n本の互いに交わらない円周C=C1〓C2〓...〓C(2n)が得られる.これの双対グラフをg(F)とする。すなわち,g(F)の頂点はF-Cの連結成分であり,g(F)の辺はCiである.Ciが2つの連結成分の共通の境界となっているとき,Ciに対応する辺により,2つの連結成分に対応する頂点を結ぶ.Ci達はπ(F)の同一の2重線に由来するものを対として考えることができて,そのことに対応して,g(F)の辺も2つずつ対にして考えることができる.この意味でg(F)は"paired graph"である.さらに,R3-π(F)の連結成分は,π(F)の面で隣り合うものが違う色になるように白と黒で塗り分けられる.この塗りわけを用いて,g(F)の辺に「向き」を与えることができる.このようにして,球面絡み目Fにoriented paired graph g(F)が対応する.

 論文では,擬リボン型球面絡み目から生じるoriented paired graphの形の満たすべき必要十分条件を与えた.また,一つのグラフに対応する擬リボン型球面絡み目の同位類は一意的であることを証明した.これらの結果に基づき,可能性のあるグラフ百十数個(まだ向きと対のないもの)についてコンピュータを援用しつつその上の辺の対と向きの入れ方を調べ上げた.得られたグラフの一つ一つを球面絡み目で実現して異同をしらべ,定理の結論を得たものである。

 先行する研究としては,相曽秀昭の修士論文(東京大学1987年修士論文)がある.相曽は5本以下の2重線をもつ球面結び目の分類を行った.相曽もグラフを用いるが,吉田のように実際の球面結び目に対応するグラフの特徴づけにまで到達しておらず,グラフの利用はむしろ補助的であった.吉田の方法はより強力なものになっており,相曽の分類が再現できた.さらに,6本以上の2重線をもつ球面結び目の分類も吉田の方法により原理的に可能である.

 以上のように,この論文は擬リボン型球面結び目あるいは球面絡み目の分類のアルゴリズムを与えたものと考えられ,4次元空間内の球面の位置の研究に大きく寄与するものといわねばならない.

 よって,論文提出者吉田享平は,博士(数理科学)の学位を受けるにふさわしい充分な資格があると認める.

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