学位論文要旨



No 122702
著者(漢字) 袁,崗華
著者(英字) Yuan, Ganghua
著者(カナ) エン,コウカ
標題(和) 薄板の運動方程式と放物型方程式とSchrodinger方程式に対する逆問題
標題(洋) Inverse problems for plate equations, parabolic equations and Schrodinger equations
報告番号 122702
報告番号 甲22702
学位授与日 2007.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(数理科学)
学位記番号 博数理第304号
研究科 数理科学研究科
専攻 数理科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 准教授 山本,昌宏
 東京大学 教授 俣野,博
 東京大学 教授 儀我,美一
 東京大学 教授 中村,周
 東京大学 准教授 Weiss Georg
内容要旨 要旨を表示する

 本論文において種々の板の方程式、放物型方程式ならびにSchrodinger方程式の係数や外力項を有限回の観測データによって決定する逆問題の一意性と安定性を考察した。さらに非線形項をもつ薄板の方程式に関する完全可制御性と滑らかでないポテンシャルを持つSchrodinger方程式に対する観測不等式を確立した。証明はCarleman評価ならびにBukhgeimとKlibanovの方法に基づく。Carleman評価とは偏微分方程式の解に対する適切な重み関数によるL2-不等式であり、十分大きな正のパラメータに関して一様に成り立つものであって、一意接続性を証明するために楕円型方程式に対してCarlemanによって証明された。BukhgeimとKlibanovは、時間に関する積分項を持つ偏微分方程式の一意接続性の問題に変換することによって、単独2階の偏微分方程式の逆問題の一意性を始めて解決した。彼らの方法論のためには考察している偏微分方程式に対するCarleman評価をまず確立しなくてはならない。さらに未知係数が複数個ある場合にはもとの偏微分方程式とは別個に付随的にCarleman評価を示さなくてはならない。また、係数の滑らかさを緩和することは、特にSchrodinger方程式に関しては物理的にも意味あることであるが、その場合にCarleman評価を示すことには技術的な困難がある。本論文ではこれらの困難を克服して、上に述べた諸問題を解決した。

 以下、n〓1,ただし板の方程式の場合はn=2とし、Ω⊂Rnは滑らかな境界∂Ωをもつ有界領域で、部分領域ωは∂Ω⊂∂ωを満たすとし、Q=(0,T)×Ω,QT=(-T,T)とし、v(x)はωにおける∂Ωの単位外向き法線ベクトルを表す。第4、5章を除いてT>0は任意にとって固定する。xjはx∈Ωのj-成分で∂t=∂/∂t,∂j=∂/∂xj,▽=(∂1,...,∂π),∂v=▽・v,△=∂21+...+∂2nとおく。方程式の主要部に現れるxに依存するρ,λ,μ,Kなどの係数は適切に定義されたある有界集合に限定されているものとする。

 第1章.Kirchhoffの板の方程式(1)を考察した。すなわち、飛行機の翼のような薄板が運動している場合に、つり合いの位置からの変位を表すy(t,x)は

を満たす。さらに適切な初期条件ならびに境界条件を満たす解yを考えた。初期変位y(0,x)をl回適切に変えて対応する解のl組の過剰決定な境界データ(∂kvy|(0,T)x∂Ω)01〓k〓3から、板の密度ρ(x)、Lame係数λ(x),μ(x)を決定する逆問題の安定性を証明した.密度が既知の場合は、l=6とし、det(△2aj,∂1(△aj),∂2(△aj),∂21aj,∂22aj,∂1∂2aj)1〓j〓6(x)≠0,x∈Ωを満たすように初期変位aj,1〓j〓≦6を選択するならば、本逆問題に対して適当なSobolev空間のノルムに関してLipschitz連続性が成り立つことを証明した。特に、初期変位を適当な2次関数にとると、l=2で逆問題についてLipschitz連続性を示すことができた。密度も未知の場合には、l=7とし初期変位ajとともに外力Hj,〓j〓7を

となるように選択するとして、ρ,λ,μを決定する逆問題に関してLipschitz安定性を証明した。特に初期変位を2次関数で適切に選ぶとl=3でLipschitz連続性が成り立つことも示した。

 第2章.点ソースσ(t)δA(x)を持つKirchhoffの板の方程式(1)を適当な初期条件と境界条件の下で考察した。ここで、A={α1,α2,...,αm}∈Ωm,δA=mΣ(j=1)δajであって,δ(aj)はajに台をもつDiracのデルタ関数である。σ(0)≠0を仮定する。次の逆問題の一意性を証明した:与えられたσ,ρ,λ,μに対して、ソース項A(k)={a(k)1,a(k)2,...,a(k)m}∈Ωm,k=1,2に対応する解y(A(k))を考える。もし、y(A(2))(t,x)=y(A(1))(t,x),(t,x)∈(0,T)×ωならば、必要に応じて要素を適当に並べ替えるとして.A(1)=A(2)である。

 第3章.適切な初期条件と境界条件の下で、一様な材質の板の方程式

を考察した。ここで、q∈L∞(Q),z0∈L2(Ω),Z1∈(H2(Ω)∩H10(Ω))'とする。但し、(H2(Ω)∩H10(Ω))'はH2(Ω)∩H10(Ω)の双対空間をあらわす。このような板の方程式に対して、H(-1)空間におけるCarleman評価に基づいて、L2空間における観測不等式を証明した:

ここで、r=‖q‖L∞(Q)とおき、定数Cはrならびにz(0,・),∂tz(0,・)に依存しない。次に〓〓=0を仮定し、Xωをωの特性関数とする。このとき非線形項を持つ板の方程式`

に対して、観測不等式(2)を利用して、完全可制御性を証明した。

 第4章.薄板の運動を記述する別のモデルであるMindlin-Timoshenkoの板の方程式に対して、初期値ならびに境界値を適切に選んで、対応する解の適切な部分境界におけるデータを観測することによってLame係数と剛性率を決定する逆問題に対して、T>0が十分大きいとしてLipschitz連続性を証明した。

 第5章.板の熱弾性方程式に対して振動源と熱源を決定する逆問題を考察した:

ここで、θは板の温度、yは変位を表している。0<t1<θ<t2<Tとおく。R,Hが与えられたとして、(y(F,H)(・,・),η(F,H)(・,・))が(3)と適切な初期条件と境界条件を満たすとする。適当な部分境界Γ0を固定して、観測データ(y(F,H)(θ,・),η(F,H)(θ,・))と(y(F,H)(・,・),η(F,H)(・,・))|(t1,t2)×Γ0から、FとHを決定する逆問題を考察した。二つのパラメーターを含むCarleman評価を確立して、十分大きなT>0に対してHolder連続性を証明した。

 第6章.次の放物型方程式の最高次の係数を同時に決定する逆問題を考察した:

ただし、0<t1<θ<t2<Tであって、Γ0⊂∂Ωは任意の部分境界とし、y({a(ij)},h)(・,・)は(4)と適当な初期条件とDirichlet境界条件を満たすとする。このとき、hをl回選んで(すなわちhk,1〓k〓ly({aij},hk)(θ,・)と∂vy({a(ij)},hk)|(t1,t2)×Γ0を観測することによって、n(n+1)/2個の係数{a(ij)}を決定する逆問題を考えた。本逆問題に対して、適切なhkをn(n+3)/2回選んでLipschitz連続性を証明した。

 第7章.一般化されたSchrodinger方程式:

を考えた。以下、3/4<s≦〓1,0<T1<T、γ>max{n,2}とし、Ω0⊂ΩはΩ0⊂Ωを満たす。λとβを適当な定数に選んでφ(t,x)=e(λ(d(x)-βt2))とおく。適当な条件を満たす滑らかなg1,r(1j),r(2j)に対して、次のCarleman評価を証明した:ある定数C>0が存在して、十分大きいすべてのγ>0とsuppu∈Ω0×(-T1,T1)なるすべてのu∈L2(-T,T;H(1-s)(Ω))に対して

が成り立つ。このCarleman評価を利用して、ポテンシャルq∈Lγ(Ω)を持つSchrodinger方程式

に関してqの決定とL2空間における観測不等式を証明した。

 第8章.q∈L∞(QT)を持つSchrodinger方程式に対してL2空間における(2)と類似の観測不等式を証明した。ここでポテンシャルは時間にも依存し第7章におけるような滑らかさの条件は仮定していない。

審査要旨 要旨を表示する

 袁 崗華氏は、薄板の方程式、放物型方程式ならびにシュレーディンガー方程式に現れる空間変数に依存する物理係数や外力項を境界または部分領域における観測および固定された時刻における空間方向の観測によって決定するという有限回の観測データによる逆問題について、一意性ならびに安定性を考察した。さらに非線形項を持つ薄板の方程式に関する完全可制御性と滑らかでないポテンシャルを持つシュレーディンガー方程式に対する観測不等式を確立した。対象とされた方程式のうち薄板の方程式に関しては、有限回の観測データによる逆問題の結果がなく、他の方程式についても限られた場合にしか研究がなされていなかった。同氏の方法論はブフゲイム-クリバフの方法論に基づくものであるが、新たにカーレマン評価とよばれる重み付き不等式を確立する必要があり、この部分も本論文における主要な成果である。以下、各章ごとに内容を記述し審査結果を述べる。

 第1章において、材質が一様でなく場所によって変化する薄板に対する古典的なキルヒホッフの方程式を適切な境界条件と初期条件の下に考察した。物理係数としては空間変数に依存する2つのラメ係数と密度があり、これらの係数を初期条件を適切にl回変えて得られる変位の境界での観測データから決定する逆問題に関して、物理的にも合理的な許容集合の範囲内でリプシッツ連続性を証明した。最小の観測回数による成果としてはl=2として2次関数で与えられる初期変位を加えた場合に2つのラメ係数を決定する際のリプシッツ連続性がある。しかも初期変位のこのような選択も実用的に容易である。本章だけではなく第2,3章でも基礎となるカーレマン評価はシュレーディンガー方程式のカーレマン評価を巧みに組み合わせたものであり、逆問題への適用の着想とともに特に独自性が認められる。

 第2章において、第1章で考察したキルヒホッフの薄板方程式に対して有限個の点に集中した外力が加わった場合に、それらの位置を境界近くの部分領域における変位の時間変化によって決定する逆問題について一意性を証明した。

 第3章においてキルヒホッフの薄板方程式に関して指数-1をもつソボレフ空間における観測方程式と呼ばれるエネルギー評価式を示し、与えられた時刻で系が与えられた状態を満足するように、部分領域における制御入力を決定するという完全可制御の問題を半線形性に関する緩和された条件に下で確立した。

 第4章において、薄板の振動を記述する第二のモデルであるミンドリン-ティモシェンコ方程式を考察し、空間変数に依存する2つのラメ係数と剛性率を決定する逆問題を第1章と同様に定式化し、リプシッツ連続性を証明した。ミンドリン-ティモシェンコ方程式は未知関数に関して最高階の偏導関数が連立された方程式系であり、カーレマン評価の確立は単独の関数に関するキルヒホッフの薄板方程式と異なり別種の困難さがあるが、袁氏は弾性波のP波とS波への分解という古典的なアイデアも援用してそれを克服した。

 第5章においてを薄板の振動を記述する第三のモデルである熱弾性方程式を考察した。これは、熱方程式と板の方程式が組み合わされた連立偏微分方程式である。熱弾性方程式に働いている外部振動源と熱源を境界観測から決定する逆問題に関してヘルダー連続性を証明した。薄板の支配方程式として熱弾性方程式は重要であるにも関わらず、逆問題の数学解析の結果は皆無であり本結果は高く評価できる。

 第6章においては、物性が場所だけではなく方向にも依存する異方性媒質における熱伝導を記述する放物型方程式:

を考察した。異方性のために方程式の主要部はn(n+1)/2個の係数を含む。熱源hを適切に選んで時刻θ(>0)における温度分布u(θ,x),x∈Ωと境界∂Ω×(0,T)でのコーシー・データを観測してn(n+1)/2個の全ての係数aijを決定する逆問題を考察した.熱源をn(n+1)2/2回適切に選んで対応して得られる観測データによるリプシッツ連続性を本逆問題に対して証明した。さらに逆問題におけるリプシッツ連続性のための観測の回数をn(n+3)/2まで減らすことができることを証明した。放物型方程式に関する対応する逆問題は等方性a(ij)=0(i≠j)かつa(ii)(x)=a(x)の場合のみしか考察されておらず、本章の結果の独創性は明らかである。

 第7章において、一般化されたシュレーディガー方程式

を考えた。適当な条件を満たす滑らかなg1,r(1j),r(2j)に対して、負の指数をもつソボレフ空間におけるカーレマン評価を証明した。これを利用して、ポテンシャルq∈Lγ(Ω)(ただしnを空間次元としγ>max{n,2}とする)を持つシュレーディガー方程式

に関してqの決定とL2空間における観測不等式を証明した。

 第8章において、時間にも依存する滑らかでないポテンシャルq∈L∞((-T,T)×Ω)を持つシュレーディガー方程式に対してL2空間における観測不等式を証明した。

 第7,8章における袁氏の結果はポテンシャルなどに十分な滑らかさを仮定しない場合にシュレーディガー方程式に対して逆問題や制御の問題を初めて解決したものであり手法的にも独創性が認められる。

 袁崗華氏による以上の結果は、古典的な偏微分方程式論における評価を精緻にかつきわめて精力的に遂行することと逆問題における方法論を独自に適合させることによって始めて確立された労作である。対象とする薄板の方程式、放物型方程式ならびにシュレーディガー方程式が重要であるにも関わらず、対応する結果がなかったのはこのような格別の努力が必要不可欠であることの証左に他ならない。よって、論文提出者 袁崗華 は博士(数理科学)の学位を受けるにふさわしい充分な資格があると認める。

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