No | 122703 | |
著者(漢字) | 大橋,了 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | オオハシ,リョウ | |
標題(和) | Out(Fn)のホモロジー群について | |
標題(洋) | On the homology group of Out(Fn) | |
報告番号 | 122703 | |
報告番号 | 甲22703 | |
学位授与日 | 2007.03.22 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(数理科学) | |
学位記番号 | 博数理第305号 | |
研究科 | 数理科学研究科 | |
専攻 | 数理科学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 1 有理係数ホモロジー群について Fnを階数nの自由群とし、 Out(Fn)=Aut(Fn)/Inn(Fn) をその外部自己同型群とする。この群について、古くは組み合わせ群論的な手法による研究が行われてきたが、1986年にCullerとVogtmannの定義したOuter Spaceを用いることで、幾何学的な対象としての研究が可能になった。 この群についての有理係数ホモロジーについての既知の結果としては、HatcherとVogtmannによる、安定ホモロジーの存在 Theorem1.1(Hatcher,Vogtmann)Hi(Out(Fn);Q)はn〓2i+4の範囲ではnによらず定まる。 および、近年のGalatiusによる安定ホモロジーの計算 Theorem1.2(Galatius) などが挙げられる。また、非安定部分については、Vogtmannによって、n〓4に対し、 であることが知られており、n=5についてもGerlitsによって自明であることが計算されている。非安定ホモロジー類の具体例については、森田氏の定義したtrace mapを用いて が定義されるが、このうちμ1については森田氏により、またμ2についてはConantおよびVogtmannによって非自明であることが確かめられている。これより、n=6に対し、μ2以外の非自明なホモロジー類が存在するか否か、という問題が考えられる。 Outer Space XnはTeichmuller spaceと類似した定義を持つ、実(3n-4)次元の可縮な空間であり、Riemann面の代わりに基本群Fnを持つ(基点なしの)metricグラフを用いることで定義される。また、Xnのspine Knは実(2n-3)次元であり、単体的複体の構造を持つ。XnおよびKnにはOut(Fn)が真正不連続に作用し、従って が成り立つ。また、この作用はKnの単体を単体へ写し、単体ごとの固定部分群は有限群であることなどから、Qn=Kn/Out(Fn)はCW複体としての構造を持つ。 以上から、Qnの各セルを基底とする有理係数鎖複体のホモロジーを計算することでOut(Fn)のホモロジーが得られるが、実際にはnの増加に伴ってQnのセルの個数は急速に増加し、コンピュータを用いても、n〓6に対してはこの通りの計算は難しい。 本論文ではこの複体にKontsevichのフィルター付けを用いて2つの線形写像の核の次元を計算する問題として扱い、またその写像をグラフの性質を用いて直和分解することでH*(Out(F6);Q)を計算した。計算にはコンピュータを用いたが、その際に2つのグラフが同型であるかどうかの判定を簡単にするため、HatcherとVogtmannの定義したnormal formを用いた。 Kontsevichのフィルター付け{F*Qn}に対応するスペクトル系列{Er(p,q)}に対し、 Proposition 1.3(Kontsevich) が成り立つため、これはE2項で退化する。このとき、E2(p,0)は2つの写像の列{∂C(p,q)},{∂R(p,q)}を用いて と書けるため、Ker∂C(p,0)およびKer∂C(p,0)∩Ker∂R(p,0)を計算すればよいことになる。このうち∂C(p,0)については、自然な写像Cpを用いて直和分解することができる。これらからコンピュータを用いて上記の空間の各次元を求めると、とくにn=6の場合は次のようになる。 これより、次の結果が得られる。 Theorem 1.4 n〓6に対し、Out(Fn)の有理係数ホモロジーは以下のように計算される。 Corollary 1.5n〓6ではH*(Out(Fn);Q)の非自明な元はMorita class μ*によって生成される。 2 整係数コホモロジー群について 整係数コホモロジーについてはBradyによりH*(Out+(F3);Z)が計算されており、そのp成分について Theorem 2.1(Brady) であることが知られている。但しOut+(F3)は によって定義されるOut(F3)の部分群である。この際Out+(F3)とK3との整係数の同変コホモロジーを考え、Knが可縮であるためにそれがH*(Out+(F3);Z)と同型であることを用いている。 我々はこの手法をOut(F4)に対して用い、奇数成分について次の結論を得た。 Theorem 2.20ut(F4)の整係数コホモロジーに関する奇数成分は以下の通りである。 また、7以上の奇素数に関する成分は存在しない。 | |
審査要旨 | 有限階数の自由群の自己同型群は,曲面の写像類群と並んで,組み合わせ群論と呼ばれる分野の重要な研究対象であり,Dehn,Nielsen,Magnus以来,100年近くにわたって多くの研究成果が積み重ねられて来た.しかし,写像類群の場合には,タイヒミュラー空間という幾何学的な空間が附随して定義され,それに伴って代数幾何学,複素解析学,位相幾何学,微分幾何学等,数学の多くの分野の研究との関わりを持ちつつ研究されて来たのに対し,自由群の自己同型群の場合には,対応する幾何学的な対象が構成されたのは比較的最近のことである.それはCullerとVogtmannによる仕事が出版された1986年のことで,これ以来,幾何学的な手法による研究が活発に進められて来た.この新しい空間はShalenの命名によりOuter Spaceと呼ばれている. 論文提出者の大橋氏のテーマは,自由群の自己同型群の内部自己同型群による商群として定義される,自由群の外部自己同型群のホモロジー群の研究である.大橋氏は,上記Outer Spaceの幾何学的構造を詳細に解析することにより,これらのホモロジー群の研究を行い,いくつかの結果を得た.本論文は二つの部分からなり,第一部は有理係数ホモロジー群,第二部は整数係数コホモロジー群に関する結果を述べたものである. 第一部のテーマは,自由群の外部自己同型群の有理係数ホモロジー群に関するものである.これらの群は,そのホモロジーの次数を定めたとき,それに対応して階数を充分大きくとると,階数によらずに一定となることがHatcher-Vogtmannにより知られている.したがって,自由群の外部自己同型群の安定ホモロジー群が定義される.これは写像類群におけるHarerの安定性定理に対応するものである.写像類群の有理係数安定コホモロジー群については,2002年Madsen-Weissにより,それがMumford-Morita-Miller類で生成される多項式代数である,という決定的な結果が得られた.程なくして,2005年,自由群の外部自己同型群の有理係数安定ホモロジー群は自明であるという結果が,Galatiusにより証明された.これにより写像類群との相違が明らかとなった. 一方,1990年代の末,森田茂之は自由群の外部自己同型群の有理係数ホモロジー群のある系列を定義し,その第一の元の非自明性を示した.同じ頃,Hatcher-Vogtmannは任意階数の自由群の自己同型群の次数6以下の有理ホモロジー群を決定し,階数4次数4のところにのみ非自明な元が現れることを,コンピューターによる計算により証明した.その後,森田とVogtmannの議論により,Hatcher-Vogtmannの非自明な元は上記第一の元に対応することが確認された.その後,Conant-Vogtmannは上記の系列をMorita類と呼んでOuter Space上で幾何学的に解釈し,とくに階数6次数8の元として定義される第二Morita類が非自明であることを,再びコンピューターの助けを借りて証明した. 大橋氏の得た結果は,階数6以下の自由群の外部自己同型群の有理係数ホモロジー群を完全に決定したものである.手法は,理論的な考察とコンピューターによる計算を巧みに組み合わせたものである.まずホモロジーの境界作用素とOuter Space上のグラフの性質を精密に解析することにより,Outer Spaceから生じる複体を分解した.これにより必要な計算量が大幅に縮小され,コンピューターによる計算が可能となったのである.この結果により,階数6以下の範囲ではMorita類が有理係数ホモロジー群を生成することが示された. 第二部のテーマは,自由群の外部自己同型群の整数係数コホモロジー群の研究である.ここでは,Outer Spaceへの自由群の外部自己同型群の作用が,真性不連続ではあるが自由ではないことから生じる有限固定群を解析する必要がある.階数3の場合には,Bradyの結果が知られていたが,大橋氏は階数4の場合を研究し,Outer Space上のグラフの対称性と対称群のコホモロジー群の関連を明らかにする精緻な計算により,整数係数コホモロジー群のodd primary partを完全に決定した. 上記で述べた論文提出者の研究は,自由群の外部自己同型群のホモロジー群に関して,現在知られている範囲で最良の結果を与えるものであり,これらの群の構造の研究に貢献するものである. よって,論文提出者 大橋了 は,博士(数理科学)の学位を受けるにふさわしい充分な資格があると認める. | |
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