学位論文要旨



No 122705
著者(漢字) 笹平,裕史
著者(英字)
著者(カナ) ササヒラ,ヒロフミ
標題(和) 2トーションインスタントン不変量のSO(3)版
標題(洋) An SO(3)-version of 2-torsion instanton invariants
報告番号 122705
報告番号 甲22705
学位授与日 2007.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(数理科学)
学位記番号 博数理第307号
研究科 数理科学研究科
専攻 数理科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 古田,幹雄
 東京大学 教授 松本,幸夫
 東京大学 教授 森田,茂之
 東京大学 教授 河野,俊丈
 東京大学 准教授 今野,宏
 東京大学 准教授 吉川,謙一
内容要旨 要旨を表示する

 R. FintushelとR. SternはSU(2)束上のASD接続のモジュライ空間の2-torsion cohomology classを用いて、4次元スピン多様体に対する不変量を構成した([5])。これはDonaldson不変量([3])の変種であるが、次の異なる性質をもつ。一般に、4次元多様体がb+〓1を満たす2つの4次元多様体の連結和とかけるとき、Donaldson不変量は自明になることが知られている([3])。しかし、FintushelとSternは、b+が1以上の4次元多様体YとS2×S2の連結和Y#S2×S2に対して、彼らのtorsion不変量は一般には非自明であることを示した。

 論文の目的は、Fintushel-Sternの構成をnon-spin 4次元多様体に拡張することである。またFintushel-Sternの不変量と同様に、Y#S2×S2に対してその不変量は一般には非自明であることを示すことである。ただし、用いる主束はSU(2)束でなくSO(3)束である。

 以下その不変量の構成のあらましを述べる。Xを向きの付いた単連結non-spin 4次元閉リーマン多様体とする。また、ある1以上の整数aにたいしてb+(X)=2aと仮定する。PをX上のSO(3)束とする。B*PをP上の既約な接続のゲージ同値類の空間とし、MPをP上のインスタントンのモジュライ空間とする。今Pは

を満たすとする。このときS. Akbulut, T. Mrowka, Y. Ruanは[1]の中で、H1(B*P;Z2)〓Z2であることを示した。その生成元をu1 ∈ H1(B*P;Z2)とする。一方[Σ] ∈ H2(X;Z), [Σ]・[Σ] ≡ 0 mod 2に対して、ある標準的な方法で整数係数コホモロジー類μ([Σ]) ∈ H2(B*P;Z)を構成できる。ここで、ある0以上の整数dにたいして、dim MP = 2d + 1であると仮定する。一般にMPはコンパクトでないが、自己交点数が偶数であるd個のホモロジー類[Σ1],...,[Σd] ∈ H2(X;Z)に対して,pairing

を定義することができる。これはホモロジー類[Σi]にのみに依存するXの微分同相不変量であることが示される。

 この論文の主定理はSO(3)-torsion不変量のY#S2×S2に対するgluing formulaである。以下その主張を述べる。Yを向きの付いた単連結non-spin 4次元閉多様体とし、b+(Y) = 2a - 1と仮定する。ただしaは1より大きい整数とする。QをY上のSO(3)束で

を満たすとする。また、ある0以上の整数dにたいして、dim MQ=2dと仮定する。このとき、(符号を除いて)Donaldson不変量

が定義されている。自己交点数が偶数のd個のホモロジー類[Σ1],...,[Σd】∈H2(Y;Z)に対してDonaldson不変量の値qY([Σ1],...,[Σd])は整数である。次にX = Y#S2 × S2上のSO(3)束Pで

なるものを考える。このときPは(1)を満たす。またdim MP = 2d + 5である。S2 × S2に埋め込まれた曲面Σ,Σ'を

により定義する。このとき、Σ,Σ'の自己交点数は偶数である。よって自己交点数が偶数であるホモロジー類[Σ1],...,[Σd] ∈ H2(Y;Z)に対してq(ui)X([Σ1],...,[Σd],[Σ],[Σ'])は定義されている。論文の主定理は次である。これは[5] Theorem 1.1のSO(3)版である。

Theorem 1. 上の状況で、以下の等式が成り立つ。

 このTheorem 1とD. KotschickによるCP2のDonaldson不変量の計算([6, 7])、さらにCP2#S2 × S2が2CP2#CP2に微分同相であること([9])を組み合わせると次が証明できる。

Theorem 2. i = 1,2に対してCP2iをCP2のコピーとし、HiをH2(CPi;Z)の標準的生成元とする。また、EをH2(CP2;Z)の標準的生成元とする。このとき

である。

 q(u1)(2CP2#CP2)が非自明であることは次の2つのことを意味する。

 一つ目は不変量の消滅定理に関することである。X = 2CP2#CP2をY1 = CP2とY2 = CP2#CP2の連結和とみる。考えているSO(3)束Pはw2(P) = w2(X)を満たす。よってi = 1,2に対してw2(P)|Yiは非自明である。一般にX = Yi#Y2, b + (Yi)>0, w2(P)|Yi ≠ 0のとき、Pに随伴するDonaldson不変量はdimenison-count argumentにより0になる([8])。したがって、q(u1)(2CP2#CP2)の非自明性は、dimension-count argumentを直接適用して、q(u1)(Y1#Y2)の消滅定理を証明することはできないことを示している。

 二つ目はSeiberg-Witten理論に関わることである。E. Wittenは[10]の中で、monopole方程式を用いてSeiberg-Witten不変量を導入し、それがDonaldson不変量と等価であることを予想した。P. M. N. FeehanとT. G. Lenessは最近b1=0,b+>1を満たすsimple typeの4次元多様体にたいして、この予想が正しいことを証明したと主張している([4])。一方でpositive scalar curvature metricを持つ4次元多様体に対して、monopole方程式から得られる不変量(Seiberg-Witten不変量とその精密化であるBauer-Furuta不変量[2])は自明である。2CP2#〓2はpositive scalar curvature metricを持つので、Seiberg-Witten不変量とBauer-Furuta不変量の自明である。よってq(u1)(2CP2#〓2)の非自明性はDonaldson不変量とSeiberg-Witten不変量の等価性と非常に対照的であるといえる。

参考文献[1] S. Akbulut, T. Mrowka and Y. Ruan, Torsion classes and a universal constraint on Donaldson invariants for odd manifolds, Trans. Amer. Math. Soc. 347 (1995), 63-76.[2] S. Bauer and M. Furuta, A stable cohomotopy refinement of Seiberg-Witten invariants. I, Invent. Math. 155 (2004), 1-19.[3] S. K. Donaldson, Polynomial invariants for smooth four-manifolds, Topology 29 (1990), 257-315.[4] P. M. N. Feehan and T. G. Leness, Witten's conjecture for four-manifolds of simple type, math.DG/0609530.[5] R. Fintushel and R. Stern, 2-torsion instanton invariants, J. Amer. Math. Soc. 6 (1993), 299-339.[6] D. Kotschick, SO(3)-invariants for 4-manifolds with b+2 = 1, Proc. London Math. Soc. (3) 63 (1991), 426-448.[7]―――, Moduli of vector bundles with odd c1 on surfaces with q = pg = 0, Amer. J. Math. 114 (1992), 297-313.[8] J. Morgan and T. Mrowka, A note on Donaldson's polynomial invariants, Internat. Math. Res. Notices (1992), 223-230.[9] C. T. C. Wall, On simply-connected 4-manifolds, J. London Math. Soc. 39 (1964), 141-149.[10] E. Witten, Monopoles and four-manifolds, Math. Res. Lett. 1 (1994), 769-796.
審査要旨 要旨を表示する

 笹平氏は、Z/2に値をもつDonaldson不変量の変種を定義し、2CP2#CP2に対してその不変量が非自明であることを示した。

 Fintushel-Sternは、4次元閉スピン多様体に対して、Z/2に値をもつDonaldson不変量の変種をSU(2)束を利用して定義した。笹平氏の構成は、彼らの構成を非スピン多様体に拡張するものであるが、SU(2)束の代わりにSO(3)束が利用される。それに伴って、不変量の定義に必要なモジュライ空間のコンパクト性が成立するメカニズムは、両者で異なる。結果として、不変量の定義に用いられる2次元ホモロジー類の個数が、前者においてはある閾値より多い必要があったが、笹平氏の場合においては制限は不必要である。この点が、笹平氏による例の構成において有効に用いられている。

 Fintushel-Sternは、彼らの不変量の張り合わせ公式を、X#S2 × S2に対して得ていた。笹平氏は同様の張り合わせ公式を彼の不変量に対して平行した方法で証明した。笹平氏は、上述の例の計算のために、彼の張り合わせ公式とともに、KotschickによるCP2の通常のSO(3)版のDonaldson不変量の計算を用いる。

 笹平氏の不変量は、次の点で顕著な特徴をもつ。

 Wittenは、Donaldson不変量とSeiberg-Witten不変量とは同等の情報をもつと物理学による考察から予想した。ただし、この予想において、二種の不変量は、有理数、整数に値をもつ通常の不変量である。Seiberg-Witten不変量にはコホモトピー群を利用した高次版が定義されている。しかし、モジュライ空間が空である計量をもつ多様体に対しては、高次版の不変量も0となる。正スカラー曲率計量を許す2CP2#CP2はその例である。ただし、スピン多様体に対しては、不変量の棲家は、群構造をもたないある同変コホモトピー集合となり、不変量の非自明性の定式化が不分明である。20P2#CP2は、そうした不分明さをもたない非スピン多様体である。すなわち、2CP2#CP2は、現在考えられているいかなる意味においても、Seiberg-Witten方程式を用いて定義される不変量は自明である。しかし、笹平氏の計算例は、この多様体に対して、Donaldson不変量の変種が非自明であることを意味している。

 これらの研究は、Wittenによる予想がトーション不変量に対しては不成立である、という、極めて注目すべき提示を行うものである。よって、論文提出者 笹平裕史 は、博士(理学博士)の学位を受けるにふさわしい充分な資格があると認める。

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