学位論文要旨



No 122707
著者(漢字) 松井,優
著者(英字)
著者(カナ) マツイ,ユタカ
標題(和) 構成可能函数のラドン変換とその応用
標題(洋) Radon transforms of constructible functions and their applications
報告番号 122707
報告番号 甲22707
学位授与日 2007.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(数理科学)
学位記番号 博数理第309号
研究科 数理科学研究科
専攻 数理科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 片岡,清臣
 東京大学 教授 大島,利雄
 東京大学 教授 野口,潤次郎
 東京大学 准教授 河澄,響矢
 東京大学 准教授 関口,英子
内容要旨 要旨を表示する

 構成可能函数とは,実解析的多様体の劣解析的(subanalytic)な滑層分割における各層(stratum)上で整数定数値を取る函数である.構成可能層(sheaf)の複体の局所Euler-Poincare指数(複体のcohomologyの茎の次元の交代和)は構成可能函数となるが,構成可能函数は常にこのように表されることが知られている.構成可能函数の順像,逆像は,対応する層の複体の固有順像,逆像のEuler-Poincare指数を取ることで得られる.特に,劣解析的集合の特性函数の積分とはその幾何学的Euler数を与える操作となる[3].

 X,Yを実解析的多様体,SをX×yの部分多様体,f,gを解析的な射とし,次の図式を考える.

X上の構成可能函数ψに対して,そのRadon変換を次で定義する.

 特に,Xを射影空間Pn,yをGrassmann多様体Gn,k(Pnのk次元線形部分空間全体)S={(x,y)∈X×Y|x∈y},f,gをX×Yからの自然な射影のS上への制限とするとき,Xの劣解析的集合Kの特性函数1Kの位相的Radon変換RS(1K)は,Pnの各k次元線型部分空間Lに対して,KのLによる切断面のEuler数X(K∩L)を与える函数となる.

 本研究ではこの構成可能函数のRadon変換という,代数的,幾何学的な変換に対して,通常の解析的Radon変換と同様に,その反転公式,像の特徴付けに関する考察を行い,結果を得た.また,その代数幾何学への応用として双対多様体の次数公式に関する結果を得た.本論文は次の3部から成る.なお,本論文中のPartIIおよびPartIIIには竹内潔筑波大学数学系助教授との共同研究の内容を含む.

PartI:構成可能函数のRadon変換の組み合わせ論的考察.

 Grassmann多様体のSchubert分割を用いた組み合わせ論的な手法によって,実および複素数体上のGrassmann多様体からGrassmann多様体への位相的Radon変換の反転作用素を具体的に構成した.これは実射影空問からその双対空間への位相的Radon変換のSchapiraによる反転公式[5]の一般化である.

Theorem1.(i)0〓p

(a)複素数体の場合:p+q〓n-1.

(b)実数体の場合:p+q〓n-1かつq-pが偶数.

(ii)更に,p+q=n-1を満たすとき,RSは構成可能函数全体の成す群の問の非自明な同型を与える。

この結果は幾何学的に,例えば,射影空間Pnの劣解析的集合Kに対して,任意のk次元線型部分空間切断による切断面のEuler数の情報のみから,元の集合Kを復元できることを意味する.但し,実のときはんは偶数とする.これはCTスキャンなどに応用されている解析的Radon変換の幾何学版とも言うべき結果である.

また,ここでの手法を応用し,Grassmann多様体の各Schubert胞体の特性函数の位相的Radon変換像を各Schubert胞体に付随するYoung図形によって特徴付けた.

PartII:構成可能函数のRadon変換の超局所的考察.

 柏原による構成可能函数とLagrange多様体との対応付けという超局所的な視点[3]を応用し,射影空間からGrassmann多様体への位相的Radon変換の像の特性サイクルの挙動,すなわち位相的Radon変換の超局所像の特徴付けを行った.これにより,Ernstromによる複素射影空間から複素Grassmann多様体への位相的Radon変換の像の特徴付けに関する結果[1]の簡明な別証明を与えただけでなく,実射影空間X=RPnから実Grassmann多様体Y=G(n,k)へのRadon変換の像の特徴付けにも成功した.特に複素の場合にはない実特有の結果として,Y=RP*n(resp.Y=G(n,k))のとき,Xの滑らかな部分多様体Mの特性函数のRadon変換RS(1M)の特性サイクルCC(RS(1M))を表すには,代数幾何で古典的に知られているMの双対多様体M*(resp.k双対多様体M(k))の主曲率という微分幾何学的な情報が必要であることがわかった.また,このためにk双対多様体の微分幾何学的な性質を調べた.

Theorem2.X=RPn,Y=G(n,k)とする.MをX=RPnの滑らかな連結部分多様体とする.k〓dimMのとき,θy∈T*(Mreg)の近傍において,次が成り立つ.

ただし,MはMのk双対多様体,

h(M(reg),θy)はM(reg)⊂Y=G(n,k)のθ,方向の第2基本形式.

 この応用として,滑らかな射影多様体Mの特性函数のRadon変換RS(1M)のY=RP*n(resp.y=Gn,k)上の各点における値をある1点での値と双対多様体M*(resp.k双対多様体M)の主曲率などの幾何学情報のみから再構成する結果を得た.また,構成可能函数のRadon変換に対するHelgason型の台定理も得た。

PartIII:構成可能函数のRadon変換と次数公式.

 複素における構成可能函数のRadon変換の代数幾何学への応用として,双対多様体の(位相的)次数を与える公式を求めた.特に,Ernstromによる射影代数多様体VのEuler障害EuVを用いた次数公式図を超局所的観点から再考察し,双対多様体のみならず鳶双対多様体にまで結果を拡張した.

Theorem3.VをX=CPnの射影代数多様体とする.

(i)V*をVの双対多様体とし,r=codimV*=n-dimV*とおく.このとき,

ただし,Hiは一般の位置にあるCPnのi次元線形部分空間.

(ii)VをVのk双対多様体とし,VがG(n,k)の超曲面であると仮定する.このとき,

(iii)(ii)の仮定の下,次が成り立つ:

ただし,(V∩H(k+1))*⊂CP*(k+1)はV∩H(k+1)をH(k+1)〓CP(k+1)の射影代数的集合とみなしたときの双対多様体.

 MacPhersonによる構成可能函数とChow群の元との対応付け[4]に注目し,(1)のChern-Mather類を用いた次数公式を得た.これはDeligne-Katzの公式の一般化と言える.

Theorem4.Theorem3(i)の設定の下,次が成り立つ.

ここで,c(CM)*(V)はVのChern-Mather類,hは一般の位置の超平面の第1Chern類.

 更には,Yokura-Parusinski-Pragacz-Schurmannの結果([6]etc.)を応用して,(2)を具体的に計算するアルゴリズムを得,最も具体的な形で種々の次数公式を得た.これらの公式は,Vの次数を用いたV*の期待次数とVの特異点により生ずる補正項から成り,古典的なPlucker公式の自然な拡張になっている.更にこれは,双対多様体が超曲面になるときに古典的に知られていたPlucker,Teissier,Kleimanらによる補正項がVの特異点におけるMilnor数を用いて記述されるという結果を双対多様体が超曲面でない場合に拡張したものになっている.これらのうち簡潔に表記できる公式の一例として,次の結果を得た.

Corollary5.Vを(CPnの孤立特異点V(sing)={p1,...,pq}のみをもつ次数4の超曲面とする.このとき,次が成り立つ.

ただし,r=codimV*=n-dimV*,μi(resp.μ'i)はpiにおけるVのMilnor数(resp.slice Milnor数).

 k双対多様体の次数公式についても全く同様に様々な次数公式を得ている.

参考文献[1] L. Ernstrom, Topological Radon transforms and the local Euler obstruction, Duke Math. J. 76 (1994), 1-21.[2] L. ErnstrOm, A Pliicker formula for singular projective varieties, Communications in algebra 25 (1997), 2897-2901.[3] M. Kashiwara and P. Schapira, Sheaves on manifolds, Grundlehren Math. Wiss. 292, Springer-Verlag, Berlin-Heidelberg-New York (1990).[4] R. MacPherson, Chern classes for singular varieties, Ann. of Math. 100 (1974), 423-432.[51 P. Schapira, Tomography of constructible functions, Lecture Notes Computer Science 948, Springer Berlin (1995), 427-435.[6] J. Schurmann, A generalized Verdier-type Riemann-Roch theorem for Chern-Schwartz-MacPherson classes, preprint available in arXiv:math AG/0202175.
審査要旨 要旨を表示する

 本論文提出者は,構成可能関数の位相的ラドン変換とその応用に関する研究を行った。構成可能関数とは構成可能層複体の局所コホモロジー群の指数として表される様な実解析的多様体上の整数値関数である。より具体的にはその値が与えられた整数である様な点全体が劣解析的な図形,すなわち多様体上の実解析関数の連立不等式で表現できるような集合になる関数のことである。例えば区分的に実解析的な境界をもつ領域の特性関数や射影空間内に埋め込まれた代数多様体の特性関数、即ち代数多様体上で1,その外で0となる様な関数がよい例である。従って多様体上の位相に関し連続でない関数でありまたルベーグ積分の意味では殆ど至る所0である関数の場合も多い。さらにラドン変換とはユークリッド空間や射影空間においてその上の関数の各超平面での積分値を与える積分変換でありより一般的にはグラスマン多様体から別の種類のグラスマン多様体上への積分変換として定義される。本論文提出者のいう位相的ラドン変換とはこれとはやや異なるパリ大学のSchapira教授が1995年の論文の中で導入した概念で,通常の積分における図形の体積のかわりに図形のオイラー数を用いるものであり,可算加法性はないものの構成可能関数に対して定義される有限加法性をもつ整数値演算である。

 本論文の結果は大きく3部に分かれる。第1部は位相的ラドン変換の反転公式に関するものである。ユークリッド空間上の解析的なラドン変換に対してはその反転公式がフーリエ変換の理論を通して古くから構成され,グラスマンの場合にも拡張されている。構成可能関数の位相的ラドン変換に対してもSchapira教授が構成可能層複体の導来圏における関手論的方法によって射影空間の場合にその反転公式を得ていた。論文提出者はSchapira教授の方法をさらに拡張し一般のグラスマン多様体の場合にも反転公式を得ることに成功した。実際この反転公式が存在するためのグラスマン多様体の次元などに対する必要条件は通常のラドン変換の場合と同様であることもわかった。さらにグラスマン多様体上に特有なある種の構成可能関数についてその位相的ラドン変換をヤング図形などの組み合わせ論的量を使って具体的に計算することにも成功した。

 第2部では位相的ラドン変換を構成可能関数の作る空間の間の写像と考えたときの像空間を決定する問題を考察した。このような問題は通常のラドン変換においても重要であるが構成可能関数の場合も後に述べるように応用上からも重要である。方法としては京都大学の柏原教授とSchapira教授による構成可能層複体と当該実解析多様体の余接束内のラグランジアン部分多様体の作る特性サイクル群との同型対応を用いる。この対応により位相的ラドン変換は特性サイクル群間の対応,というより幾何的な写像になり見通しがよくなることがわかっていた。論文提出者はErnstromの複素射影空間内の代数多様体の特性関数の位相的ラドン変換の決定に関する仕事に触発され,まず筑波大学の竹内潔助教授と共同でその特性サイクル群による再証明を試みグラスマンへの拡張まで含めて成功した。さらに単独でより難しい実グラスマン多様体の場合の解析に取り組み,実ラグランジアンに付随するマスロフ指数と部分多様体の曲率との関係に着目することにより上記のような特性関数の位相的ラドン変換の決定にも成功した。ちなみに複素の場合は対応するマスロフ指数はすべて0であり簡単化されている。さらにこれらの応用として解析的ラドン変換ではCTスキャナーの数学的基礎として知られているHelgasonの台定理を位相的ラドン変換に対しても得ることができた。

 第3はこれらの理論の代数幾何学への応用である。この部分はやはり筑波大学の竹内潔助教授との共同研究である。射影空間内の代数曲線の特性関数を考えるとその位相的ラドン変換とは超平面との切り口が有限集合であることからそのオイラー数、即ち交点の数に一致する。従って代数曲線の超平面との切り口の交点数に関する公式は対応する特性関数のラドン変換に関する公式として読み替えることができる。このようなアプローチにより代数曲線の交点数に関する古典的な公式のいくつかを位相的ラドン変換理論の立場でより直接的に再証明することに成功した。またグラスマンや実の場合に拡張することにも成功しこれらは新しい結果である。

 以上の結果において先駆者や共同研究者による寄与の分を除いてもこの分野において重要な新しい結果を得ただけでなく新しい研究の境地を開き,今後のこの分野の発展に大きく貢献している。

 よって,論文提出者 松井 優 は,博士(数理科学)の学位を受けるにふさわしい充分な資格があると認める。

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