学位論文要旨



No 122710
著者(漢字) 山田,大輔
著者(英字)
著者(カナ) ヤマダ,ダイスケ
標題(和) 例外型アフィンリー環D4(3)に付随するキリロフ・レシェティヒン加群の結晶基底に関する話題
標題(洋) Topics on crystal bases for Kirillov-Reshetikhin modules of exceptional algebra D4(3)
報告番号 122710
報告番号 甲22710
学位授与日 2007.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(数理科学)
学位記番号 博数理第312号
研究科 数理科学研究科
専攻 数理科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 時弘,哲治
 東京大学 教授 岡本,和夫
 東京大学 教授 神保,道夫
 東京大学 准教授 ウィロックス,ラルフ
 東京大学 准教授 白石,潤一
 大阪大学 准教授 尾角,正人
内容要旨 要旨を表示する

1. 量子アフィン代数U'q(D((3))4)の結晶基底について

 可解格子模型の1点関数を計算するために,Kang-柏原-Misra-三輪-中島-中屋敷らにより,"完全結晶"という概念が導入された.これはアフィンリー環gの量子展開代数U'q(g)に付随する結晶基底の中で,非常に良い性質をもつものである.完全結晶の存在性は,幾つかの場合に証明されたが,その後の研究の中で新たに発見され続けている.ところが,任意の既約な有限次元U'q(g)-加群が必ずしも結晶基底をもつとは限らない.そこで,次の問題を考えたい.

問題1.1. 結晶基底をもつ既約な有限次元U'q(g)-加群を全て見つけよ.

 この問題にアプローチするために,キリロフ・レシェティヒン加群W((r)s)(以下略してKR加群)を研究したい.これは,アフィンリー環のディンキン図形の頂点0を除く頂点の番号rと,任意の正整数sの組によってパラメトライズされる.KR加群に関して,"フェルミ型公式"に起源をもつ以下の予想がある.尚,現在までにこの予想の反例は見つかっていない.

予想1.2. KR加群W((r)s)は結晶基底をもつ.さらにsがtr:=max(1,2/(αr|αr))の倍数ならば,KR加群W((r)s)の結晶基底B(r,s)は,レベルs/trの完全結晶である.ただし,(・|・)はウェイト格子上の標準線形形式.

 我々は,例外型アフィンリー環D(3)4のr=1場合において,上の予想が正しいことを示した。以下,順を追って説明する.

 アフィンリー環D(3)4は,部分代数として有限次元単純リー環G2をもつ.その基本ウェイトは,Λ1=Λ1-2Λ0, Λ2=Λ2-3Λ0で与えられる.量子アフィン代数U'q(D(3)4)は,Q(g)上の結合代数で,{ei,fi,t(±1)i|i=0,1,2},により生成される.量子アフィン代数U'q(D(3)4))の基本表現V1:=W((1)1)は,最高ウェイトΛ1,0をもつ既約最高ウェイトUq(G2)-加群V(G2)(Λ1)とV(G2)(0)の直和で与えられる.V1の基底を{ν1,ν2,ν3,ν0,ν3,ν2,ν1,νφ}とする.V1はU'q(D(3)4))-加群の構造をもち,基底ベクトルのウェイトはそれぞれΛ1-2Λ0,Λ2-Λ1-Λ0,2Λ1-Λ2-Λ0,0,-2Λ1+Λ2+Λ0,-Λ2+Λ1+Λ0,-Λ1+2Λ0,0で与えられる.ただし,νφはV(0)に属する.我々は,U'q(D(3)4)加群V1のテンソル積V1:=V1に対する量子R行列を計算し,"フュージョン"と呼ばれる方法により,U'q(D(3)4)-加群Vl:=W((1)l)を構成した.さらに,Vlが結晶基底をもち,かつ次の形式の分解をもつことを示した.

我々は,U'q(D(3)4))-加群Vlと同じ分解をもつU'q(D(3)4)結晶Bl(l∈Z(〓0))を,有限次元既約U'q(G2)-加群〓l(j=0)V(G2)(j〓1)の結晶基底〓l(j=0)B(G2)(j〓1)と同型なものとして導入し,各B(G2)(jΛ1)に対し,その元を全順序つきのletter 1〓2〓3〓0〓3〓2〓1からなる型(j)の標準盤(letter 0は高々1個)と同値な座標形式で定義した.作用ei,fi(i=1,2)を,Kang-MisraのUq(G2)結晶より定義した.作用e0,f0に関しては,山根のU'q(G2)結晶を基にした我々の計算機実験の結果から独自に定義した.この定義の下で我々は,Blの結晶グラフから2-arrowを除去するとBlは次の形式に分解されることを示した.

 "結晶BlはVlの結晶基底として同型か?"という問題が生じる.この問題は柏原により肯定的に解決された.尚,柏原がこの問題を解決するために提出した定理は,別の型のアフィンリー環にも適用できる.

 以上の研究から,次の主結果を得た.

定理1.3. 任意のl∈Z(>0)に対し,結晶BlはU'q(D((3)4))加群Vlの結晶基底として同型であり,かつレベルlの完全結晶である.

 我々はまた,アフィンリー環D(3)4)のディンキン図形の頂点2に対応するKR加群W((2)1)の結晶基底について新しい結果を得た.我々は,別のフュージョンにより基本表現W((1)1)から反対称テンソル表現W((2)1)を構成し,それが結晶基底をもち,かつ次の形式に分解されることを示した.

 さらに,結晶Blのときと同様の議論を経て,W((2)1)の具体的な結晶構造を与えた.

2. 超離散可積分系への応用

 1990年に高橋・薩摩により"箱玉系"と呼ばれるソリトン・セルオートマトンが導入された.この系は,離散ソリトン方程式を"超離散化"と呼ばれる操作を施すことにより得られることが発見され,超離散可積分系の重要な例となった.90年代後半に,非例外型アフィンリー環に付随する結晶化された可解格子模型の中にソリトン・セルオートマトンが現れることが発見された.この系はアフィン化された結晶のテンソル積から構成される.組合せR(量子R行列のq=0極限)をテンソル積の左端から右端に向かって順次作用させることにより,系の時間発展とそれに付随するエネルギーが定義される.組合せR行列がヤン・バクスター方程式を満たすことから,時間発展は可換性を満たし,かつエネルギーは保存量であることが示される.1-ソリトン状態は系のエネルギーの視点から定義される.ソリトンセルオートマトンの重要問題のひとつに,次のようなものがある.

問題2.1. ソリトンの散乱則を表現論的に記述せよ.

 この問題にアプローチするために,長さlの1-ソリトン状態をレベルlのアフィン結晶でラベル付けする.このとき,ソリトン状態は一意的には定まらない.これを長さlのソリトン状態の内部自由度という.系の中でm個の1-ソリトン状態が互いに十分離れて存在するとき,これをm-ソリトン状態といい,アフィン結晶のm重テンソル積で表す.1-ソリトン状態は時間発展すると,内部自由度を保存したまま長いものほど速く伝播する.よって,初期状態が,長いソリトンが左側,短いソリトンが右側にある2ソリトン状態の場合,十分時間が経過すると,古典ソリトン理論のような現象"長いソリトンが短いソリトンを通過して,位相がずれる"が起きると期待される.

 ランクnの非例外型アフィンリー環gnに付随するソリトンセルオートマトンについて、次のことが知られている.

 ・1-ソリトン状態は,ランクが1下がった量子アフィン代数Uq(g(n-1))の結晶基底でラベル付けされる.

 ・ソリトンの2体散乱則は,Uq(g(n-1))結晶に付随する組合せR(for内部自由度の変化)とエネルギー関数(for位相のずれ)の"1倍"で記述される.

 ・多体散乱は2体散乱に分解する.

 結晶基底の視点から箱玉系を構成するには,Bl〓B1上の組合せRが重要な鍵となる.結晶構造が既知ならば,組合せRの定義にしたがって,その対応表{(b1〓b2,R(b1〓b2))}を作ることができるが,系の状態の時間発展は組合せR:Bl〓B1→B1〓Blをシステムサイズの回数分(これは十分大きい!)だけ繰り返すことにより定義されるため,系の時間発展を計算するのに非常に時間を要する.そこで組合せRの高速アルゴリズムを構成する必要が出てくる.

 以下,アフィンリー環D(3)4に話を限定する.我々は,Kang-MisraのG2型タブローに対するLecouveyの列挿入算法を用いて,Bl〓B1上の組合せRのアルゴリズムを構成した.我々は,非例外型アフィンリー環の場合と同様の方法で,例外型アフィンリー環D(3)4に付随するソリトンセルオートマトンを構成し,以下の結果を得た.

 ・1-ソリトン状態は,量子アフィン代数Uq(A(1)1)の結晶基底でラベル付けされる.

 ・ソリトンの2体散乱則は,Uq(A(1)1)結晶に付随する組合せR(for内部自由度の変化)とエネルギー関数(for位相のずれ)の"3倍"で記述される.

 ・多体散乱は2体散乱に分解する.

 ここで特筆すべき点は,ソリトンとその散乱則を記述するアフィンリー環がA(1)1であることと,散乱後の位相のずれがエネルギー関数の"3倍"で表せることである.この点で,我々の研究は新しいといえる.

審査要旨 要旨を表示する

本論文は量子代数に関する2つの重要な結果を与えている。ひとつは、量子アフィン代数U'q(D((3)4))のキリロフ・レシェティヒン加群W((1)s)は結晶基底をもち、その結晶基底Blが完全結晶であることを証明したことである。もうひとつは、その応用としてU'q(D((3)4))に付随するソリトンセルオートマトンを構成し、ソリトンの散乱規則を決定したことである。

 アフィンリー環D(3)4は、部分代数として有限次元単純リー環G2をもつ。その基本ウェイトは、Λ1=Λ1-2Λ0, Λ2=Λ2-3Λ0で与えられる。量子アフィン代数U'q(D((3)4))の基本表現V1:=W((1)1)は、最高ウェイトΛ1、0をもつ既約最高ウェイトUq(G2)-加群V(G2)(Λ1)とV(G2)(0)の直和で与えられる。論文提出者は、U'q(D((3)4))加群V1のテンソル積V1:=V1に対する量子R行列を計算し、"フュージョン"と呼ばれる方法により、U'q(D((3)4))-加群Vl:=W((1)l)を構成した。そして、Vlが結晶基底をもち、かつ次の形式の分解をもつことを示した。

さらにU'q(D(3)4))-加群Vlと同じ分解をもつU'q(D(3)4))結晶Bl(1∈Z(〓0))を、有限次元既約Uq(G2)-加群〓l(j=0)V(G2)(j〓1)の結晶基底〓l(j=0)B(G2)(j〓1)と同型なものとして導入し、各B(G2)(jΛ1)に対し、その元を全順序つきのletter 1〓2〓3〓0〓3〓2〓1からなる型(j)の標準盤(letter 0は高々1個)と同値な座標形式で定義した。柏原作用素については先行研究と類似の定義を行い、Blの結晶グラフから2-arrowを除去するとBlは次の形式に分解されることを示した.

以上をもとに、主定理「任意のl∈Z(>0)に対し、結晶BlはU'q(D(3)4))加群Vlの結晶基底として同型であり、かつレベルlの完全結晶である。」を得ている。本論文では、この主結果に加えて、アフィンリー環D(3)4のディンキン図形の頂点2に対応するKR加群W((2)1)の具体的な結晶構造も与えている。

 論文の後半では、U'q(D(3)4))に付随するソリトンセルオートマトンの構成とその散乱則について考察している。ランクnの非例外型アフィンリー環gnに付随するソリトンセルオートマトンについて、次のことが知られている。

 ・1-ソリトン状態は、ランクが1下がった量子アフィン代数Uq(g(n-1))の結晶基底でラベル付けされる。

 ・ソリトンの2体散乱則は、Uq(g(n-1))結晶に付随する組合せR(for内部自由度の変化)とエネルギー関数(for位相のずれ)の"1倍"で記述される。

 ・多体散乱は2体散乱に分解する。

これに対し、本論文ではKang-MisraのG2型タブローに対するLecouveyの列挿入算法を用いて、Bl〓B1上の組合せRのアルゴリズムを構成し、非例外型アフィンリー環の場合と同様の方法で、例外型アフィンリー環D((3))4に付随するソリトンセルオートマトンを構成し、以下の結果を得ている。

 ・1-ソリトン状態は、量子アフィン代数Uq(A((1)1))の結晶基底でラベル付けされる。

 ・ソリトンの2体散乱則は、Uq(A((1)1))結晶に付随する組合せR(for内部自由度の変化)とエネルギー関数(for位相のずれ)の"3倍"で記述される。

 ・多体散乱は2体散乱に分解する。

ここで特筆すべき点は、ソリトンとその散乱則を記述するアフィンリー環がA((1)1)であることと、散乱後の位相のずれがエネルギー関数の"3倍"で表せることである。

 まとめると、論文提出者は、アファイン量子代数U'q(D(3)4))似付随するキリロフ・レシェティヒン加群の結晶基底の族Blに関して、(1)柏原作用素の作用の決定、(2)クリスタルとしての分解の決定、(3)組み合わせR行列のアルゴリズムの構成、(4)可積分セルオートマトンの構成、(5)可積分セルオートマトンのソリトンの散乱則の決定、を行った。(1)〜(3)には地道で膨大な計算が必要であり、例外型の結晶基底に関する新しい知見を与えている。(4)、(5)については例外型アファイン量子代数に付随する最初の可積分セルオートマトンに関する結果である。よって、論文提出者 山田大輔 は、博士(数理科学)の学位を受けるにふさわしい充分な資格があると認める。

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